|
1月8日
熊本空港に山下一史、安永徹、オットマール・ボルヴィツキーの3氏が降り立った。
いよいよ、おいでなすったか。この日のために今まで努力を重ねてきただけに、この時生まれて初めて武者震いというものを経験した。空港の出口を見つめる。3人ともオーラすごい。圧倒的な存在感だ。3人と握手をしてほとんど挨拶する間もなくタクシーに乗り込みホテルへ。後は、夕方の練習までまな板の鯛の心境で待つ。
その日の夕方、本番の演奏会場である熊本県立劇場コンサートホールでの初練習がはじまった。
「このオーケストラにベルリン・フィルの二人がきたら怒って帰るから、この演奏会はキャンセルしたほうがいい。絶対にそうしたほうがいいです」
T氏の言葉が私だけでなくオケ全員の頭にこびりついて離れない。本当に彼らが怒って帰ったらどうしよう。全員が極度の緊張のなかで、しかし、やれることはやったという自信も確かに持ってブラームスを始めた。ブラームスのドッペル・コンチェルトは冒頭4小節のトッティのあとに長いソロが続く。二人のソロを聴きながら当たり前だが眼前に次元の違う音楽が展開されていくことに驚き、それを聴ける喜びとさらなる緊張感をもって、次のオーケストラだけの長い呈示部を待った。
ここまで努力して身につけたものを全部出し切るしかない。この時、我らがThe Sinfonietttaの音はひょっとしたら本番を越えた究極の音がしていたかも知れない。
ちらちら、ソリストを見ているとなんということか!ボルヴィツキーが安永さんを見て笑顔で話しかけているではないか!!!
今でもボルヴィツキーのこの笑顔は、はっきりと私の目に焼き付いている。オケの仲間もこの時ここ4か月の努力がいっぺんで報われた瞬間だった。
あとの練習はは、とにかく感動の連続だった。ずっと持ち続けてきた不安が一気に解消されたものだからただただ音楽に浸ることができた。練習はたっぷりやっていたらみんなほとんど暗譜状態だった。指揮、ソロは本物の音楽家で、オケの方も準備ができているとこんなにもオーケストラで弾くことが楽しいものとは。先にも書いたが、だから、アマチュアでも絶対に甘く取り組まないで、真剣にやったほうがオーケストラは絶対おもしろい。オケを100倍楽しむ方法は、精一杯がんばることだ。
休憩時間にボルヴィツキーが興奮気味に山下さんに話している。このオケはいい!!と。
「坂本、ボルヴィツキーも安永さんも、本当に喜んでいるよ」山下さんも実に嬉しそうだ。
それにしても山下さん、よくあの二人を連れてきてくれたものだ。ベルリンでたまたま出会った私の一本の電話だけで安永、ボルヴィツキーと共演のチャンスを与えてくれたわけだ。これは、無鉄砲、悪く言えば無責任とも言える行動だ。T氏もきっと山下さんに苦言を呈したのではないか。
しかし、その山下さんの無鉄砲さが私達には最高のプレゼントになった。
1月9日
この日は西・佐藤両氏のお膳立てで、田尻熊本市長、細川熊本県知事への表敬訪問にいった。ふたりともコンサートにきてくれた。
細川氏の本「鄙の論理」の中にベルリン・フィルのことがでてくる。ベルリンという街は特に観光名所というのはないが、ベルリン・フィルがあるだけで世界中からひとが押し寄せてくる。地方都市にはそういう魅力がひとつでもあれば活性化する。という内容だったと思う。ここでベルリン・フィルを引用されたのは、あのとき細川知事が安永さんたちに会ったからだと私は思っている。
この日の練習は三角(当時県会議員)氏のお陰で熊本県庁の地下大会議室を使うことができた。残念なことに安永さんは体調が不調でホテルで休まれることになった。ボルヴィツキー氏も来ないのか思ったが、一人でやってきてオケのためにエックレスのソナタから1曲弾いてくれて、なんとベートーヴェンの第2交響曲では私のとなりで一緒に弾いてくれた!
カラヤン、アバド・・・世界のトップ指揮者たちと30年以上仕事をしてきた名物首席チェロ奏者と一緒にベートーヴェンをひく。この経験は一生の宝物だ。ボルヴィツキーのチェロは美しく、ものすごい存在感があった。こんなチェリストが並んでいるベルリン・フィルが世界一なのは当たり前だ。
今思い出してもこの時ほどチェロを弾いていて幸せだったことはない。
|