T氏


  

 9月に当時山下一史のマネージャーをされていたT氏がトレーナーとして熊本にやってきた。練習の内容はまさに目からうろこが落ちるとはまさにこのこと。こういうトレーナーに指導してもらったらきっといいオケになるだろうな、なんてのんきなこと考えていた。ところが・・・・・

 練習が終わってT氏と主だったメンバー数人で「むつ五郎」に行った。「むつ五郎」はN響が熊本に来たときのたまり場のひとつで、熊本名物、馬刺が有名だし確かにおいしい。ちょっと高めだが。
 「坂本さん、この演奏会はやめた方がいい。このオーケストラにあの二人がきても怒って帰ってしまうでしょう。あなたもずっと音楽をやっていきたいのなら、ここでこの演奏会はやらない方がいい。今からならまだキャンセルは充分間にあうよ。」

 T氏の本音でのアドバイスだった。これが私たちの目をさまさせるためのはったりならまだいい。そうではなくて本気で私たちを心配してのアドバイスだった。その場に居合わせた仲間はみんな一様に凍りついた。私はただ「一生懸命がんばります」としか言えなかった。でもT氏は「情熱だけで物事が解決する時代はもう終わったよ」
 T氏といっしょにいたM氏(NHKのプロデューサー)がだめ押しのように「坂本君、大人の世界は知らなかった、ではすまされないんだよ。」

 とにかく、ピンチだ。確かに甘かったかもしれない。ベルリン・フィルのソリストがアマチュアオケにくるということがどれほのことか認識不足だったかもしれない。
 でもその時の私には、やめるなどという発想は全く無かった。なんとかしてやることだけを考えた。
 私、「一生懸命がんばりますから、なんとかお願いします。」
 T氏、「あと3か月では、出来ることとできないことがあります。私が今日の練習でみなさんのオケを聞かせてもらった限りでは、絶対に無理です。今日の練習もあちこちメンバーが欠けているようですね。オケは全員が練習に揃うということがとても大切です。それは、アマチュアだからといって許されることではないのです。」
 「それにベルリン・フィルのソリストを迎えるということは、客席を満席にしなくてはいけないのですよ。坂本さん、できますか?」
 それまで、私たちのオケの演奏会では1800席のホールに1000人も入らなかった。
 絶体絶命のピンチ!
 でも、何と言われようとも結果は決まっていた。とにかく、絶対やる!その場ではT氏に「絶対にがんばってやりますから、よろしくお願いします」としかいえなかった。

 T氏と別れたのはその日の午前零時をまわっていたが、やれることは全てやろうということで、練習に来ていなかったメンバーに電話した。「何とかして明日の練習には来るように、遅刻も絶対にするな!」

 それから、数日後緊急総会を開いた。T氏から聞いたこと、絶対にやろうということ、そのために何をしていくかということ・・・・
 中には、そんなに大変なら私はできません、というメンバーもでてきた。そして、重い空気がただよいはじめたとき、「こうなったら、仕事を二つ持ったつもりでやろう。やれるだけのことをやるしかないじゃないか」とトランペットの岩井氏がみんなを励ますように発言した。そう、やれることをやるしかない。ほとんどのメンバーはこのチャンスをなんとかして実現したいと思っていたのだった。
 やれることをやるしかない。しかし、今までやっていたことをやってもだめだろう。今までやらなかったことでもやれることを見つけだしてやっていこう。こう決心した。

 T氏の影響力の凄さは今思い出しても鳥肌が立つ思いだ。世の中には凄い人がいる。初めてそう思った。
 結果的に、T氏には実によくしていただいた。東京の一流オケのから何人ものトレーナーを紹介していただいたし、コンサートを開くということについては、素人の私達に長年つちかってこられたであろうノウハウをたくさん教えていただいた。
 何が何でもコンサートを成功させなければならない。緊張感で身が締まる思いがした。それから、本番までの約3か月、朝の6時には目覚めてしまう日が続く。今まで経験したことのない緊張だった。

 ただ、練習をどんなに頑張っても客席をうめることはできない。1800の席をどうやって一杯にしたらいいのか。もうひとつ、大きな問題が残っていた。
 

序章 オケをつくろう!  第1章 音楽の旅・・・出会い
第2章 奇跡!!  第3章 T氏  第4章 西、佐藤両氏
第5章 練習  第6章 Probe  第7章本番
第8章 安永徹  第9章 山下一史  第10章 奇跡 2

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