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私の親しい友達にNTT勤務の井上さんという人がいるが、彼の寮に遊びに行った。そこはさすがNTTの寮だけあって、電話代がただということだった。それはいいチャンスだと思い、普段ごぶさたしているあちこちに電話した。これは、外国もただかもしれないとウィーンの篠崎史紀、ベルリンの山下一史氏に電話した。篠崎史紀氏が「電話代高いからもうきったほうが・・・」といっても、「今日はただだから大丈夫・・・」、といってゆっくり話すことができた。
山下氏には思いきって「今度、熊本で私がやっているアマオケのThe Sinfoniettaを指揮してください」と切り出した。そうしたら、来月に日本に帰って当分ホテル・メトロポリタンにいるからそこに電話してほしい、といわれた。おもいきっていってみるものだ。
ホテルに電話すると時期とかくわしいことは少しずつ決めようと言われ、本当に指揮してもらえるかも知れないと喜んだ。そうして、具体的なプランを決めかかったころ突然、「1989年の1月だったらちょっといいソリストが使えるんだけど。ベルリン・フィルの安永さんとオットマール・ボルヴィツキーのふたりでブラームスやらない?」こういう提案があった。
思わず受話器を落としそうになった。こんな話急に言われてもびっくりするだけで精一杯だった。
でもできたらすごい。日本人演奏家の代表的なひとりの安永徹氏、カラヤンのビデオでおなじみのボルヴィツキー氏、このふたりと一緒に練習ができて演奏会ができて、ひょっとしたら一緒にご飯が食べられるかも、そして音楽のお話がたくさん聞けるかも・・・と思ったら事の重大さに恐れるより、ワクワクする気持ちのほうがまさっていた。
そして、結局のところ1989年1月にこの大変な演奏会が実現に向けて動き始めたのだった。
山下氏に後日聞いたところ、私がベルリンに電話したのはベルリンの時間で午後2時くらいだったらしいが、山下氏はほとんどその時間に家にいることはなかったそうだ。私が電話したときはなにがあったのかわからないが、たまたまいたという。何という偶然。となると、ちょうどその日にNTTの友達の寮に遊びに行ったのもすごいタイミングだったわけだ。NTTの寮で電話がただということを聞かなかったら多分ベルリンには電話してなかったろう。単なる偶然というより奇跡というべき事かもしれない。実はこの演奏会にはこういう奇跡みたいなことが数多く起きた。そのきっかけから正に奇跡的な始まりだったわけだ。
ベルリンに電話して1か月ほどたったある日、NTTの井上さんから電話があった。国際電話はNTTとは関係ない。寮の掲示板に「国際電話を使ったものは正直に申し出ること」と張り出されていたという。結局15000円ほどKDDに支払った。考えてみれば実に当たり前の話で、NTTだから国際電話もただだと思うのは、間が抜けている。でも、この15000円はやすい。私が間抜けだったおかげですごいことになったのだから、何が幸いするかわからない。
そしてぞっとするのは、もし、私に常識的な判断力があったらあのコンサートは無かったということだ。
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