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パリにはたくさんの美術館もあり、人類の宝をたくさん所蔵しているが、なんといってもルーブルが筆頭だろう。モナリザ、ミロのヴィーナス、サモトラケのニケなど、だれでも知っているような、世界の宝物があふれている。僕が初めてパリに行ったときも、まず目指したのはルーブルだった。
ルーブル美術館
グラン・ルーヴル(大ルーヴル)といわれるように、とにかく大きい。全部見るには、1週間かかるとか、1カ月かかるとかいわれているが実際のところはわからない。ひとつの作品を10秒しか見ないか、2時間見るかで全然変わってくるからだ。僕は、というよりだれでもそうかも知れないが、美術館というところはとにかく疲れるところだ。歩くだけでも相当な距離だし、名画を見るのってけっこう疲れる。だから僕はかなり不真面目に美術鑑賞をする。見たいものがあったら、そこに直行してできれば座れるところ(ベンチがあれば理想的)を確保して、30分なり、1時間くらい見たり、考え事をしたりして過ごす。そしてやおら次に移るというのが一番楽しめる。だから一回に見る量はとても少ない。だけどこれこそ豊かな時間というものだと思う。
パリの場合、こういう風にじっくり楽しんだあと、美術館をでてからも街そのものが美しいので、楽しめる時間が長いといえる。街そのものの美しさ。これは僕の少ない経験ではパリが何といっても最高だ。
ルーヴル美術館は、ガラスのピラミッドで有名になった。これはルーヴルがあまりに大きい建物なのでもっと効率的に、移動できるようにということで考えられたと聞いている。ルーヴルのどこからも最短距離のところにピラミッドをつくり、そこに戻るとどこへ行くにも便利でわかりやすいというものだ。まあ実際のところは、やっぱりあの大きさなので迷うときは迷う。これも楽しみと割り切ってしまおう。
中国系アメリカ人のペイによって設計されたピラミッドは、もうそのものがみものといえる。伝統あるルーヴルと斬新なガラスのピラミッド。このコントラストについては賛否両論、日本にいても様々な情報が入ってくる。結局新しいものはいつも評価が分かれるのが常だし、パリこそ今まで実にたくさんの新しいものを取り入れてきた都市の代表的ないい例だ。エッフェル塔にしても、ポンピドゥー・センターにしても、作られた当時はパリの美観を損ねるとして、反対意見のほうが圧倒的に多かったと聞く。このガラスのピラミッドもまさしく同じ歴史をたどっているように思える。今ではすっかりルーヴルの入り口としてなじんできていると思う。
このガラスのピラミッドの他にも、グランドアルシュ、アラブ研究所などが新しいパリの名所になってきているし、ポンピドゥー・センターはもうすでに1977年から20年近くも経っているので確固たる存在感を示している。歴史と新しさと、二つのものが同時に存在して、しかも不思議な調和を見せている。パリを訪れる楽しみのひとつはそんなパリの街そのものを見ることでもある。
ルーブルの地下には一大ショッピングセンターがあるが、ここもおもしろい。ルーブルの地下といってかまえる必要はない。どこも安い。服、ネクタイ、アクセサリー、時計、ハーブ、もちろん絵はがきや、本物の絵や彫刻など、たくさんある。安いから一級品ではないが、そこはさすがルーブルでおしゃれなものが多い。妻はここで安くてかわいいアクセサリーを買うのが好きだ。私もここで買ったネクタイはよく使っている。ブランド品みたいに丈夫ではないが時々使うには問題なく、しかも確かにフランスの香りのするもので人から「どこで買ったんですか?」とたずねられることも多い。中にはMADE
IN JAPANもあるが。
オルセー美術館
オルセーは、パリの有名な美術館では一番新しい。1986年にオープンした。ここにはルノワール、モネ、ドガ、セザンヌ、ミレー、コローなどの印象派が集められていて、訪れた人たちをうっとりさせ続けている。ここの特に最上階のルノワールなどの名作が並んでいる部屋に入ると、だれもが数々の名画の美しさに時間を忘れることだろう。もちろん絵なんてものは、複製より本物がいいに決まっていると思うが、特に色彩に特徴のある印象派は本物の色そのものを絶対に見る必要があると思う。
僕の好きな絵のひとつにルノワールの「草原の間香の一本の道」という題の絵がある。草原の一本道を2〜3人の人が歩いているという単純な構成の絵だが、僕はこれが実際に見る前から大好きだった。色彩が素晴らしいなんてことをさっき書いておきながらこんなことは矛盾するようだが、この絵を知ったのは文庫本の中で、モノクロの写真によってだった。モノクロの写真ではあったが、いかにも平和そうで暖かい春が来た喜び、楽しさがあふれるような感じがした。ルノワールという人は色がない、しかも文庫本の中の写真という小さくて印刷も決して良くはないのに人を感動させることができるなんて、素晴らしいと思ったものだった。この絵がオルセーにあるはずだ。「〜はずだ」と書いたのはなぜか。僕はまだこの絵をオルセー美術館では見つけていない。(1997年8月とうとうこの絵とオルセーで再会した。どこかに貸し出し中だったのだろう)
オルセー美術館は、1986年にオープンしたが、その前に印象派美術館というのがあってそこにこの「草原の間の一本の道」があって初めてそこで本物に出会った。そこで僕はやっと本物に出会ったということで感動してかなりながい時間立ち尽くして、本物とので会いを堪能した。
帰りに当然「草原の間の一本の道」の絵はがきを買いに売店に行った。「草原の間の一本の道」の葉書だけ10枚買おうとしたら、そこのおねえさんに「この絵が好きなの?」と聞かれて、「うん、とっても!」と答えた。こんな小さいことでも当時の僕にはうれしくてたまらない出来事だった。パリの街で美術に感動してパリの人とほんの小さなコミニュケーションができた。小さいことだが若かった僕には、外国人と話すという事じたい大事件だった。こんな小さいことの積み重ねが自分を少しずつ変化させてきたと思う。
ピカソ美術館
ピカソという画家は世界でも一番有名な画家といえると思うが、いまだに「ピカソのどこがいいの?」という人もいるくらいだから、不思議な画家であるともいえる。だけどこのピカソ美術館に来たらこの巨大な画家のかなりがわかると思う。確かに素人には訳のわからないような作品もあるが、ほんとうにはっとするような作品も随所に展示してある。僕はここに来てピカソが少し好きになった。
この美術館は昔のお金持ちのうちを改造して作ってあるので、建物そのものが見る価値があるといえる。またもともと人の家なので、大きいことは大きいがルーブルとかオルセーのように歩き疲れてくたびれるという事もないのがまたいい。
そしてここはパリの中でもシックなところとして知られている。マレ地区といって、古いおしゃれな町並みが残っていて、散歩するだけでもとっても豊かな気分になれるところだ。
いろんな意味でこのピカソ美術館はお薦めできる。
ポンピドー・センター
伝統的な雰囲気の残るマレ地区に近代的なポンピドー・センターができたのはもう20年も前になる。いまではパリ名所として欠かせない存在感を示している。ここに行ったのは妻と大ミーハー観光旅行をやったとき一回だけだ。
カルト・ミュゼというパリの美術館の共通のチケットがある。ある時この一日のチケットを買って、美術館巡りをしたことがある。もうこんなバカなことは二度としない。せっかく買ったからということでとにかく元を取ろうとたくさん回ったのだが、今思い返してみても疲れが残る割には得るモノが少なかったような気がする。
ポンピドー・センターは今は休館中で1999年の12月31日にオープンするそうだ。いかにもフランスらしいおしゃれなセンスだ。
ポンピドー・センターというのは一般には最上階の現代美術館が有名なのだろうけど、中には図書館やピエール・ブーレズが所長をしていたIRCAMという現代音楽の研究所などもあり、パリの現代アートの総合的なメッカともいえる。
私はその現代美術館に行ったのだが、今のところまた行きたいとは思わない。どうも現代美術というやつにはなじめないものが多い。真っ白なキャンバスそのものが作品といわれてもだから何だ、といいたくなる。ポンピドーセンターの現代美術の作品群の中にほとんど美しいと思えるようなものはなかった。
ポンピドー・センターはあの奇抜な外観と、その前に繰り広げられという大道芸人を楽しむことくらいしか私にとっては意味があるとは思えない。
オランジェリー美術館
モネの「睡蓮」で有名なオランジェリ−美術館。ここは私にお気に入りだ。「睡蓮」はそのため専用の部屋に周囲を取り囲むようにして展示してある。さすがにこの名作は万人の心をとらえる力を持っている。ポンピドーの作品とは大きい違いがある。97年にモネが「睡蓮」を描いたジヴェルニーにも行ったが、そこのモネの庭もきれいだった。オランジェリーとジヴェルニーはモネ好きの人には欠かせないスポットだろう。
オランジェリーにはモネ以外の印象派の名作もたくさんある。ルノワールの「ピアノを弾く少女」など教科書でおなじみの名画を見ることができる。
あまりお客さんも多くないのでゆっくり落ち着いて絵にひたることができる。外はすぐチュイルリー公園になっているので、気持ちのいい散歩もできる。
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