序章 パリ大好き!! 第1章 パリの街 第2章 パリのレストラン 第3章 オペラ・コンサート
第4章 パリの観光 第5章 パリの美術館 第6章 フランス語 第7章 ミシュラン
第8章 飛行機の乗り方 第9章 レンタカーの旅 第10章 パリのホテル
第11章 パリのお買い物 第12章 パリの乗り物 第13章 お金、クレジットカード
第14章 核実験 第15章 たこやき 第16章 旅の本

第2章パリのレストラン

 パリといえば、多くの人がまず思い出すのがフランス料理だろう。イタリア、中国、日本と並んで世界の美食の国の代表的な国のひとつというなは誰もが知っていることで、その中でもフランス料理をトップにおくひとが一番多いのではないだろうか。私もパリのフランス料理に魅せられてしまったひとりである。

 フランス料理との出会いはもうすでに書いた序章。だけど書いたとおり初めは全く何も知らないところからフランス料理とのつきあいが始まった。
 はじめてパリに行った時そういえばラーメン屋にもいったっけ。オペラ通りのオペラと反対側の突き当たりにあったラーメン屋その名も「ラーメン亭」。その時40日のヨーロッパ旅行の最後のほうでいいかげん日本食欠乏症にかかっていた。その少年にあのラーメンの香りは魔力のような力を持っていた。ラーメンといえば熊本に住む私にとって豚骨こそラーメンで、しょうゆラーメンなんて眼中になかった。でもそのラーメン亭の前を通ったときのにおいには抵抗するすべを知らなかった。ふらふらと店に入りラーメンを一杯注文した。でてきたラーメンがしょうゆラーメンだったことはどうでもいいことだった。とにかくスープを一杯飲んだとたん、思わず笑みがこぼれてしまった。ラーメンを食べながら笑う少年というのも気持ち悪いものがあるが、その時の私には恥ずかしさより、久しぶりのラーメンの薫りが何よりうれしかった。
 フランス料理のことを書くつもりで思わずラーメンのことを書いてしまったが、やっぱり私は日本人であるということだろう。(ラーメンでは、熊本市だったら大学病院の近くの「呑龍」、玉名市には「天琴」・「桃苑」が私のお気に入り)フランス料理が好きとはいっても、一番好きなのはやっぱり日本食なのです。朝食べるご飯と味噌汁と納豆と焼き魚。この楽しみを忘れているわけではない。日本食が大好きということを基本においてやっぱり、フランス料理も天下の美味ということを声を大にしていうことにやぶさかではない。

 フランスといっても初めのうちはパリだけだった。パリの安いレストランを探し歩く時期がしばらく続いた。そのうち中村さんという人に出会った。彼は音楽雑誌のフランスからの便りを書いていた人で、フランス語が堪能なのはもちろん、とてもやさしくおもしろそうな人だと思っていた。その中村さんとパリ管弦楽団を聞いたあとでひょんなことからカフェに入ってお話しすることができた。話の内容はもう10年も前のことなので覚えていないが、中村さんのおすすめのレストランを二つ教えてくれた。ひとつは凱旋門近くのレストラン“エトワール・ヴェール”(Etoire Vert)で、フランスの主な家庭料理はなんでもあるというところ。もう一つはステーキ専門のレストラン“ル・ルレ・ドゥ・ヴニーズ”(Relais de Venise)で、パリっこには有名だということはあとでわかった。2軒とも予約不要で気楽な店で、しかも日本ではまずお目にかかれないような本当のフランス人の御用達といったところだった。


エトワール・ヴェール
 最初にエトワール・ヴェールに行った。ここは小さいがとっても活気があって店のおばさんもあまり愛想はないが、いかにもプロフェッショナルといった感じのするレストランで、楽しかった。何を食べたかよく覚えていないが、ポタージュは食べた。ポタージュといえば日本ではコーンポタージュを思い出すが、その時のポタージュは色も黒っぽくて今もって何のポタージュだったのかわからないが、ファミリーレストランのコーンポタージュとは確かに違うと思ったことは覚えている。あとの料理は何を食べたか覚えていない。ただ雰囲気がすごく良かったことは今でも覚えている。


ル・ルレ・ドゥ・ヴニーズ
 ル・ルレ・ドゥ・ヴニーズはステーキ専門のレストランで座ると注文を取る必要もなく、自然とサラダが運ばれてくる。ステーキもパリの普通のレストランと同じく、フライドポテトと一緒に運ばれてくる。ステーキのソースがすごかった。色は灰色。一見気持ち悪い色だが、食べてみると生涯始めて味わう味でワインとぴったり。これがフランスのステーキかと思った。実はここに始めていった次の年にフランスに29年住んでいるという画家松井守男氏のところを訪ねた。彼が空港から家についていきなり連れていったのが、そのル・ルレ・ドゥ・ヴニーズだったのだ。「松井さん、私ここきたことありますよ。」と言ったら、「まさか?日本人観光客が来るはずがないよ。」と、信じられないといった感じだったが、「パリに住んでいる人に教えてもらったんです。」と事情を話したら「その人はパリのことをよく知っているんだね。」と納得していた。
 ステーキといえば日本では、高級感ある料理だが、フランスではとてもありふれた日常的な料理といえる。油のほとんどない肉をシンプルに焼いて、店独自のソースをかけたものにたくさんのフライドポテトがついてくる。ワインもその店のいわゆるハウスワインというやつで、安いものだがおいしいステーキと一緒に飲むと、えもいわれぬ幸福感を感じる。


ラ・トゥール・ダルジャン
 二つ星とか三ツ星とかいうレストランにはあまり行かないが、ラ・トゥール・ダルジャンには行ったことがある。ラ・トゥール・ダルジャンとは知ってる人も多いと思うが、三ツ星レストランとしては一番歴史も長く、一番有名だったと思う。(1996年のミシュランでは、2つ星に落ちている。)当時の私はまだまだ料理にそれほど興味はなくて、そんな高いレストランに自分から行ってみようなんて思ってはいなかったが、たまたま知り合った人が料理人をめざしている人だったので、話をしているうちに「どうせならラ・トゥール・ダルジャンに行ってみよう。ラ・トゥール・ダルジャンなら相手にとって不足はない。」ということでなんとまだ若い二人の貧乏旅行者が、ラ・トゥール・ダルジャンへ果敢にも繰り出すことになった。弱冠23歳の私にとっては清水の舞台から飛び降りるようなものだった。
 当然予約が必要ということで、予約しようと思ったが、電話で予約する自信はないしといってコンシェルジュがいるようなホテルに泊まっているわけでもないので、どうしようかと思ったが、結局直接行こうということになってラ・トゥール・ダルジャンに「アシタノオヒル、フタリブンノセキヲトッテクダサイ。」となんと予約してしまった。
 次の日は1時間も前からラ・トゥール・ダルジャンの近くで待ち合わせて、カフェでコーヒーを飲みながら緊張しながら予約の時間を待った。さあラ・トゥール・ダルジャンに繰り出したはいいが、やっぱり場違いでしたね。一階の入り口を入ったら、あれはだれだったのだろう?にこやかにエレベーターまで案内してくれたのは?エレベーターから降りたとたん、やっぱり場違いだということを思い知らされた。たくさんのボーイさん(?)に圧倒されて負けそうになったが、ここは気合い負けしてはいけないと思ってさもうまいものを食うのには慣れているような演技をした。が、きっと見破られていただろうな。
 オーダーを取るときが緊張したが、ラ・トゥール・ダルジャンにしては安い定食にすることにした。その時ひとつピンチがあった。知識として、デザートの注文はメインを食べたあとにするものだ、ということは知っていた。なのにこの時は最初の注文でデザートのことを聞いてきた。えっ、何でと一瞬思ったが、玉村豊男の「パリの旅雑学ノート」で読んだことを思い出した。“スフレのように時間がかかるデザートの場合は、最初から注文を受ける場合がある。” そこで「私はスフレはいりません。」といって断った。当時スフレってどんなものか全く知らなかったが。
 何を食べたかはっきりとは覚えていないが、前菜には確かカキの暖かいもの、メインには有名なカモ料理にした。当時の舌の記憶はそれほど鮮明ではないが、これはうまいー!と感激はしなかったということは覚えている。カモのソースにしても、これ以上うまいものはあるだろうなと思ったし、カキにしても少し前に食べた生のカキのほうが数倍うまいなと思った。でもやっぱり行ってよかった。窓からのノートルダムの眺めは絵のように素晴らしいし、トイレの美しさ、トイレのお手ふきがきれいなタオルで、一回一回使い捨てだったのには、あきれてしまった。一流の雰囲気にふれたひとときだった。
 今いろんな本をみるとラ・トゥール・ダルジャンは決して味の面で超一流とはみなされていないことがわかる。なんとミシュランでは1953年以来実に40年以上ぶりに3つ星から2つ星に星が落とされている。それもこのところの評判を聞くと納得できる。

参考資料
濃い味はノン?3つ星が格下げ2つ星に パリのカモ料理店/ミシュラン96年版
96.03.04 東京読売朝刊30頁 社会面(全400字)
  ◆「トゥール・ダルジャン」のオーナーは傷心旅行へ 【パリ3日=山口瑞彦】四日に発売されるフランスで最も権威あるホテル・レストラン・ガイドブック「ミシュラン」一九九六年版で、世界的に知られる老舗(しにせ)レストラン「ラ・トゥール・ダルジャン」が「三つ星」から「二つ星」に格下げされ、美食の都パリの話題を呼んでいる。
 同レストランはミシュラン年鑑がレストランの格付けを開始した一九三三年以来、五二年の一回を除き、最高位の「三つ星」を維持してきた。特にカモ料理は、昭和天皇はじめフランクリン・ルーズベルト米大統領、エリザベス英女王ら世界の著名人に賞味され、名声を博してきた。
 だが、軽めの調理法がもてはやされる昨今、濃厚な味わいの伝統的カモ料理は、やや時代遅れと見られていたのも事実。オーナーのクロード・テラーユ氏は「自尊心を深く傷付けられた」と言い残し、跡取り息子と一緒に数日間の傷心旅行に出てしまったという。

読売新聞社


 パリにあるレストランは、レストランという呼び方以外に、ビストロとかブラッスリーとか呼ばれるものがある。気楽に楽しめるのがブラッスリーだ。元々はビールを飲ませるところだったそうだが、もちろんワインもたくさんあるし、なんといってもカキをはじめとする、海の幸盛り合わせが楽しい。カキ、海老、ハマグリみたいな貝、小さい巻き貝などが氷をいっぱいのせた金属製のお皿に載って運ばれてくる。見ただけで幸せで、ワインと一緒に食べると究極に幸福だ。
 カキにもいくつかの種類があって、フランス独自の種類はブロンとかいって丸っこいかきだ。これが高いがうまいということだが、まだ残念ながら食べたことがない。何度かオーダーしたのだが、いつも売り切れか、いいのが残ってなくて食べられなかった。今度こそはたべてやるぞとおもっているが。
 海の幸盛り合わせはとにかく楽しい。普段使い慣れないナイフとフォークは関係なく手ずかみで食べることができる。というより手ずかみでないと食べられない。ときどきフィンガーボウルで指を洗いながらおいしいカキや貝類を口に運ぶのは、一見お行儀が悪いところがかえってワイルドな楽しさがある。
 カキが嫌いという人は多いが、そんな人にこそパリでカキを食べてもらいたい。私の妻もカキは苦手だった。そんな妻が一口カキを食べたとたん、「おいしー!!」と感激していた。その時追加でカキ1ダース、とエビをたらふく食べた。

お気に入りのレストラン


Le Relais du Parc
 ここはガイドブックでも有名なレストランだが、確かにすばらしい。今はAlain Ducasseの、その前はあのRobuchonのセカンドレストランだった。私は幸せなことにその両方の名人シェフが総監督をしているときに食べにいった。
 場所は高級住宅地の16区にあるホテル、Le Parcの中にある。ホテルの中といっても入り口は独立しているのでホテルの中を通っていくのではなく、直接入ることができる。中庭があって暖かい季節には高級住宅地のおしゃれな中庭で食事をすることができる。

 料理も上品だが凝りすぎていないので素直においしいといえるものが多い。(2回しか行っていないが、そう断言しよう。)前菜からデザートまで切れ目のない料理が続く。ここのスタッフこそ本当のプロフェッショナルだ。こういうサービスはなかなかお目にかかれない。一応高級っぽい店だが全く威圧感はない。食事を心から楽しめるようにお店全体でとても気を使っている。Robuchon時代のお正月にいったときは、最初に店に入ったら”Bonne Annee”(フランス語の新年の挨拶)を日本語で何というかと聞いてきた。それで「あけまして、おめでとうございます」を教えてやったが、彼らにはものすごく難しかったみたい。パリではありふれたデザートのクレームブリュレもうまかったなー。

 Alain Ducasseに替わった夏に外で食べた。大きいパラソルの中で優雅に昼食を楽しんだ。中のスタッフは前回見かけた人はひとりも見かけなかったが、やはり一流のサービスということでは全く変化なかった。日陰で食べている方は気持ちいいが、料理を運んでいる方は暑そうだった。汗を吹き出しながらがんばっていた。こういう季節に上着を着なくてもいいのにと思うが、一流店はつらいね。この時はグラスでシャンパーニュを3種類飲んでいい気持ちに酔っぱらった。グラスでシャンパーニュが飲める店も少ないと思う。
 セカンドレストランでこの調子なら、本家のAlain Ducasseはどうなるのだろう?次回は3ヶ月前から予約していってみよう。


Leon
 とても庶民的なムール貝の店。ベルギーのブリュッセルにある本店から数年前にパリに来てもうパリに何店かオープンしている。ムール貝はフランスでは日本のアサリみたいに庶民的な貝で、小さいお鍋くらいの大きさの皿?に入れて持ってくる。初めて見るとあまりの大きさにびっくりするかも知れないが、貝殻の分が多いわけで中身はそんなにたいしたことないから大丈夫。
 それとここはビールが最高。フランスはやはりワインの国でビールはあまりおいしくない。だけどお隣のベルギーはドイツと並んでビール王国なのだ。種類もおおいし、うまい。だいたいパリで飲むベルギーのビールは、私の場合Leffe(レフ)という銘柄のビールだ。最近では日本にも輸入されているが、日本で飲むより当然、パリ、できたらブリュッセルで飲む方が断然うまい。


BATIFOL
 現在パリ市内だけで10件以上にも増えたチェーンレストラン「BATIFOL」がある。チェーンレストランといってバカにしてはいけない。
 こぐれひでこの本で紹介してあったので、ある冬の夜、バスティーユ・オペラで素晴らしい「ボエーム」を見たあとで食べにいった。
 ポトフを初めとするフランス料理の基本的なものはほとんどそろっているし、お店の従業員たちも日本のようにサービスの何たるかがわかっていないアルバイトの学生とは雲泥の差で、さすがと思えるそれなりのサービスをしてくれる。基本的にはファミリーレストランみたいなものなので三ツ星のサービスとはもちろん違うが、プロのサービスには間違いない。忙しくて走り回っているようなときでもお客との応対ではにこりとした笑顔を見せてくれることが多い。
 料理もおいしい、ワインも手頃、パリ中にあって便利なのにこぐれひでこの本以外ではまだ紹介されたのを見たことがない。この「BATIFOL」、覚えておいて損はないと思う。
パリ以外のフランス料理

Les Hospitaliers
 プロヴァンスにLe Poet-Lavalという村がある。ほとんどの人が知らないような小さい町にLes Hospitaliersというホテル兼レストランがある。ここも指揮者の山下一史氏から教えられて1994年の夏に行った。
 この時おもしろいことがあった。Le Poet-Lavalといったらフランス人でも知らないような小さい小さい村だが、山下さんから教えられてFAXで予約をしておいた。その時はシンガポール航空を使った。福岡からシンガポールまでの機内で機内誌を見た。表紙はどこかひなびたヨーロッパの田舎の風景が写っている。石作りの家が並ぶきれいな村だ。本文の関連記事を読んでいくうちにびっくりした。なんとその写真の村がLe Poet-Lavalなのだ。この村のことが3〜4ページにわたって紹介してある。
 今から行く予定のしかもほとんど一般的には有名でない小さいフランスの片田舎町の記事を、まさにそこに行くときの機内誌で見るなんてすごい偶然だ。

 リヨンを過ぎ車でLe Poet-Lavalに着くと、道の分かりやすいところにLes Hospitaliersの標識が立っている。その標識にしたがっていくとLes HospitaliersはLe Poet-Laval村の小高い丘の上にあった。もとは何なのか分からないがお城ではなさそうだ。個人の豪邸だったのだろうか。フロントでチェックインして部屋に荷物をおくとすぐに散歩に出た。ここは一種の芸術家村になっていて、小さいアトリエ兼画廊みたいなものが点在していた。その他のものは何もない、落ち着いた静かな町というか、何もない退屈ともいえる村だ。ホンの30分くらいで散歩は終え風呂に入って疲れをいやし昼寝をして夕食の時間を待った。
 食事は屋上というか、とにかく建物の上のオープンスペースで取る。8時からということだったのでお腹もすいていたことだし、8時きっかりにそこに出ていった。

 そこはとても眺めのいい場所で非常に遠くまで見渡すことができる。夏時間のため8時というのはまだまだ明るい。それにお客は私達以外誰もいない。みんなゆっくりしているものだ。料理が売り物なのでメニューも凝っていてメニューを一見しただけではいったいどんな料理なのか分からないものが多いが、何とか注文することができた。ここも数年前はミシュランの一つ星が着いていた。注文の中にコンソメスープを入れておいた。コンソメスープといったらホテルの結婚式ではたまにあるが、いつ食べても正直言っておいしいと思うことはなかった。インスタントラーメンのスープの方がうまいといったら失礼だろうか。

 そのコンソメ。パリのレストランでは一回も見たことがなかった。いつか本場のコンソメを味わいたいと思っていたのでこれはそのチャンスだと思い、楽しみに待った。何しろそのスープだけで約2000円。うまくなければ許せない値段だ。
 いよいよコンソメが来た。金属製のきれいな器に入っていかにもそれらしい雰囲気で出てきた。中を見ると人参などの野菜を細かく刻んだものが沈んでいる。そこからしてホテルのコンソメとは違う。
 期待して妻がひとくち口の中に入れた。反応がない。私もスプーンを取ってひとくち。
 味がない。かすかに味があるといえばいえるが、色の付いたお湯といってもおかしくない。自分の味覚がおかしいのかと思い、舌に神経を集中して何回か味わったがやはり同じだ。
 目を盗んで塩と胡椒をたっぷり入れてごまかしてやっと食べ終えた。
 でも他の料理はどれもおいしかった。料理の質もさることながらなんといってもその雰囲気が最高だった。8時半、9時となると客も増えていき、話し声でにぎやかになってますますいい雰囲気になってきた。日は沈んであたりが暗くなってくる。各テーブルにロウソクがともりそのぼんやりとした明かりで、幻想的な風景になってくる。10時を過ぎた頃シェフがテーブルにやってきた。「日本からいらしたのですか。去年はここにも日本から修行に来ていましたよ。ごゆっくりお楽しみ下さい。」というようなことをいってさっていった。私の方はコンソメの味がなかったことにはふれず、ただ「おいしかったですよ」としか言えなかった。
 というわけで総合的にはこのLes Hospitaliers、とてもすばらしかった。

 チェックアウトの時ににまたまたすばらしいことがあった。このLes Hospitaliersに来るまでの道がとても混んでいてずっとのろのろ運転できたので、次の目的地マルセイユまでの道の様子を聞いた。「マルセイユまで行きたのですが、アルル、アヴィニヨンといったところを通るとまた渋滞が予想されます。何かいい道はありませんか?よかったら英語で教えていただけませんか」ときいたら、フロントのおばさん「私は英語ができないのよ。学生時代は英語が週に1時間しかなくてあまり勉強しなかったから、ごめんなさいね。でもあなた、アルルなど通る必要ありませんよ。例えばグリニャンとかヴェゾン・ラ・ロメーヌとかすばらしい町がありますからそっちを通ったら渋滞関係なくていけると思いますよ」と教えてくれた。
 グリニャン、ヴェゾン・ラ・ロメーヌともすばらしい町だった。そのヴェゾン・ラ・ロメーヌのレストランについては後述している。


La belle Epoque
 私が食べた最高のステーキは実はパリではない。あまり知られていないと思うが、ヴェゾン・ラ・ロメーヌという南フランスの小さい、でもとってもかわいい美しい町のレストランで食べたのがいまもって最高だ。ここはローマ時代の遺跡が残る町で、見所も多いが、町の何気ないレストランが最高だった。その名は“ラ・ベル・エポック”。本当にどこにでもある普通のレストランだった。ボクがアントルコート(リブロースステーキ)妻がサラダをひとつづつ注文して二人で分けながら食べたが、まずサラダに感動した。何の変哲もない外見からは想像もできない美味だった。「なんでこんな普通のサラダがうまいんだろう?」といいながら食べていたところにアントルコートが運ばれてきた。一口切って食べたとたん、うなり声をあげてしまった。塩と胡椒だけの味付けでしっかり肉のうまみが残っていてとにかくそれまで食べた肉で最高だった。付け合わせにトマトをオリーブ油で焼いたものがついていたが、それも唖然とするうまさだった。にんにくと塩胡椒の味付けのトマトはどんなトマト料理よりもうまかった。これがミシュラン(フランスのホテルとレストランのガイドブックとして有名)にも載っていない、ごく普通のレストランというところにフランス料理の奥深さを感じる。


Greuze
 今まで食べた最高のフランス料理のひとつといったらなんといってもトゥルニュというブルゴーニュの小さい小さい町のグールーズというところだ。

 オーヴェルニュ地方を旅しているときに、指揮者の山下一史さんの推薦で予約していたグールーズに行くためにトゥルニュへ行った。実はこのときはトゥルニュはただ昼御飯を食べるだけで、すぐ次ぎの町へ行くつもりだった。ところがトゥルニュの小さい町に車を止めたとたん、ヴァイオリンのイブリー・ギトリスのポスターを発見した。「へー、ギトリスが来るのか。いつかなー。」と思ったら何とちょうどその日だった。これは何という偶然ということで、すぐホテルをとってトゥルニュに一泊することにした。ギトリスもとってもおもしろかったが、レストランといえばうーん素晴らしかった。日本から予約していったので向こうも待ちかまえていたみたいで、名前を告げるなり隅っこの良い席に案内してくれた。フランスでは店の隅っこで、店全体が見渡せる席が良い席とされているようだ。

 そこでいよいよ注文ということになるが、何をたのんでいいかわからないので、ミシュランで推薦してあるものをたのもうとした。私とかみさんで前菜を2皿、メインを2皿ギャルソンにつげると、「それは少し多すぎるのではないでしょうか?これとこれをひとつづつとって、二人で分けて食べられたらいいと思いますよ。」とアドヴァイスしてくれた。料理はさすが二つ星で、とってもおいしかった。前菜の海老のスープの中にあるクネル、メインはトリだったが、このおいしさは言葉では表せない。お店の歴史を感じさせる重厚な雰囲気と、本当のもてなしを感じさせるサービスと相まって心から堪能したものだった。それに結局デザートを全部食べることができなかったが、このときのデザートのひとつのフランボワーズのグラタンはいままで食べたデザートのベストといってよい。さすがのアドヴァイスだと思った。さすが二つ星は味だけでなく、心配りも一流だった。

 でも星付きのレストランでも、そうでもないところもある。クレルモン・フェランでひとつ星レストランに行ったときのことだ。その時は3人でいったが、3人ともあまりおなかがすいていなかったためメインを2皿とって、それを3人で分けて食べたいと告げた。それを聞いたレストランの人は、フンと笑って馬鹿にした一瞥をくれて去っていった。ワインリストを見せられて、「どれがお薦めですか?」と聞いたら「全部!」といい放って何のアドヴァイスにもならなかった。何という態度!!星付きのレストランが全部感じがいいとは限らないことがわかった。


Michel
 サービス、味ともにとても満足させられたレストランのひとつにマルセイユの「Michel」がある。マルセイユ名物のブイヤベースはもちろん、魚料理のおいしい店だ。ミシュランに星なしだが載っている。タクシーで「Michel」の名を告げると、運転手さんが「あそこはマルセイユでナンバー1の魚が食べられるよ」と教えてくれた。
 お店は地中海に面した絶好のロケーションにあり、店内も明るくて期待が持てる。ただ初めは店の人達が少し取っつきにくいような印象を与えた。ニコリともせずにすっすっと歩き回っている。ブイヤベースと、ブーリッド(あまり有名ではないが、ブイヤベースと並んでマルセイユの名物料理らしい)を注文した。ワインはマルセイユ近くのカシ。

 ブイヤベースといえば熊本でも一度食べたことがあったし、料理の本でも写真は何回か見たことがあったのである程度のイメージを持って料理がくるのを待った。赤いスープの中に魚や、エビなどがごった煮状態で並んでいるやつだ。
 ところが、運ばれてきたものはパンを小さく切って軽くトーストしたもの、2種類のマヨネーズ、スープ2皿(ブイヤベースは赤いスープ、ブーリッドは白いスープ)。そして火を通した魚を丸ごとテーブルまで持ってきて、目の前でフォークとスプーンを使って見事に身だけを取り分けてくれる。イメージと少し違った。
 仕方ない、取っつきにくく見えていたおじさんに聞いてみよう。「初めてブイヤベースを食べるのですけど、これいったいどうやって食べるのですか?よかったら英語で教えていただけますか」
 そのおじさんニコリととほほえんで、上手な英語で教えてくれた。「この二つのマヨネーズはルイユとアイオリといいます。ルイユは・・・・。
 ルイユとアイオリをパンあるいは魚の上に乗せて、スプーンに置いてスープの中に深ーく沈めます。そして、そのスープと一緒にいただきます。」
 その上品なホスピタリティーに感銘を受けてしまった。そして、料理のおいしかったこと。ブイヤベースはもちろん、ブーリッドも最高。おいしいものを食べる幸せをたっぷりと味わうことができた。
 次の日にもっと港に近いレストランが立ち並ぶ、にぎやかな場所のブイヤベース屋さんにいったが、そこのブイヤベースは残念ながら前日とは似て非なるものだった。ガイドブックにはここのブイヤベースは一番、と書いてあったが・・。


Etoile vert
凱旋門近くのrue Brey

Relais de Venise
bourvard Peripherirue
地下鉄Porte Maillotからすぐ。ただし出口を間違ったら多少遠い。

Tour d'argent
15 quai Tournelle
Paris
TEL 01-43-54-23-31
FAX 01-44-07-12-04

La belle Epoque
4 place Montfort 84110
Vaison la Romaine
TEL 90-36-28-52

Greuze
1 r.A.Thibaudet
Tournus
TEL 03-85-51-13-52
FAX 03-85-51-75-42

Le Relais de Parc
55 av. R.Poincare
Paris
TEL 01-44-05-66-10
FAX

Leon
パリ市内に何件かあり。シャンゼリゼ、サンジェルマンには行ったことがある。

Batifol
パリ中たくさんある。トゥール・ダルジャンの近く、シャンゼリゼの店に行った。ただしシャンゼリゼ店は冬は寒い。(半分オープンスペースのため)

Michel-Brasserie des Catalans(正式にはこう言うらしい)
6 rue Catalans
Marseille
TEL 04-91-52-30-63
FAX 04-91-59-23-05

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