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パリに始めていった時に私がパリに魅せられたのは、料理でも美術館でもパリジェンヌでもセーヌ川でもブランド品の店でもない。街そのものに魅せられたのだった。ウィーンからの夜行列車できた私は北駅に降り立った。たぶん朝早かったと思う。6時か7時くらい。駅の荷物置き場に荷物を置いてまずはルーブル美術館へと向かって歩き始めた。ストラスブール大通りだと思うが街の風景が私の目に入ってきた。なぜか知らないが一度前に来たことがあるような懐かしさがした。思わずにこにこしてきてしまう私がいた。
とにかくパリの街に降り立った私は今までに覚えのない興奮を覚えてしまった。私は前世がフランス人だったことを確信している。ルーブル美術館までの1時間あまり散歩でこんなに楽しかったのは初めての経験だった。
何がそんな気分にさせたのか?パリの歴史ある建築物もすばらしかった、でも人々の楽しそうな、人生を楽しむ鉄人達の生活をほんのちょっとかいま見たのが一番だったと思う。カフェでコーヒーを飲んでいる人たちの個性的なこと!新聞を読む老人、議論を戦わすビジネスマン、人目を気にせずキスする恋人たち、黙々と働くギャルソンたち。日本はもちろん他のヨーロッパでもこんな風景はなかなか見られなかったと思う様な光景だった。私の知らない素敵な世界がある。1時間ほど歩いただけで私はパリの魅力にはまってしまったのだった。
パリの町は20の区に分けられている。まだいったことのない区もあれば、パリに行く度に足を運ぶ区もある。いくつか特徴的な区を紹介したい。
5・6区
5・6区は学生の街としてあらゆるガイドブックで大きく取り上げられている。確かに有名なソルボンヌ大学もあるし、学生が多いために安いお店やレストランも軒を連ねている。私が初めてパリに行ったときは今では忘れてしまったが、どこかのユースホステルに泊まった。だけどユースホステルは安いことは安いが一部屋に知らない人、それもさまざまな国籍の一と寝起きをともにしなければならない。だんだんエネルギーがなくなってくると、それがとても大変に思えてくる。やっぱり旅で疲れているときは他人の視線を気にせずにゆっくり休みたい。風呂・トイレは別でいいから個室に泊まりたいと思ったのだった。それで2回目にいったときこの5・6区で安ホテルを探したのだった。
といっても当時の私からすると贅沢なホテルだったと思う。部屋は広くはないが清潔で、なんと風呂が各部屋についていて、楽しい通りに面してとても便利だった。実はこのとき父親のクレジットカードを借りて持っていったのだった。今から考えると、パスポートの名前と違うわけで、もしばれたらどうなったのだろうと思うが、幸い無事にばれることもなく何回か使わせてもらった。それで私にはちょっと贅沢なホテルだったが泊まれたというわけだ。
ホテルの前はとてもにぎやかな通りで観光客に混じって大道芸人もいたりして、大道芸人というものを初めてみた私はまたまたカルチャーショックを覚えたものだった。
その時見た大道芸は今思い出せばそんなに大したことはない代物だと思うが、その時は往来で人がこんなことしていいものだろうかと思った。古びたラジカセを地べたにおいて何か正体不明の音楽を流し、不思議な舞を待っていた。あまり上等なものでなかったためか、見てる人も10人くらいしかいなかった。それでも私は初体験に驚いて15分くらいじっと見ていたと思う。その後も何回か大道芸を見たが、最高だったのは残念ながらパリではなくてロンドンのコヴェント・ガーデンでのことだった。12月の寒い寒いロンドンで上半身裸の男が少なくとも200人はいようかという観客を集めて離さなかった。とても寒くて早く温かいコーヒーでも飲みたいと思っていたとこだったが、ついに最後まで見てしまった。
ロンドンに話題がそれたが、パリの大道芸は有名で、特にポンピドゥーセンター前の広場がメッカだそうだが残念ながら私はまだそこでは見ていない。
ホテルの近くにはクレープ屋もあった。クレープというお菓子というかスナックは今の日本では全然はやっていないが、パリでははやりすたりに関係なくずっと変わらない人気があるようだ。ジャムやハチミツ、砂糖、チョコレートなどを中に入れたクレープを食べたが、どれもとってもおいしくて福岡のベイサイドで食べたクレープとは似て非なるものといった感のするくらいうまいものだ。クレープも甘いものだけではなく、ちゃんとした食事になるものもあるということは本で読んで知っているが、だいたいパリにはそんなに長く滞在する余裕はないのでどうせ食べるのなら、レストランで、ということになってしまいまだモンパルナスあたりのクレープ屋にも行ったことがない。いつか行ってシードルというリンゴでつくった酒を飲みながら、おいしいクレープを食べてみたい。
カルチェラタンは学生街としてガイドブックには紹介してある。確かにソルボンヌ大学がある学生の街だが、にぎやかで楽しい活気のある地域としておすすめしたい。買い物だって安いものから高級なものまでたいていのものならそろう。
8区
8区というのはパリの中心的なところで、だれでも知っているシャンゼリゼ通りがあるところだ。パリ好きな人たちの多くはシャンゼリゼなんて、有名ブランドの店と航空会社と観光客相手のみやげ物屋やレストランがあるだけで、おもしろくないという。確かにそのとうりかも知れない。だがしかし、やっぱりパリに来たらここを無視することはできないだろう。
シャンゼリゼは凱旋門からはじまる。シャンゼリゼは緩やかな坂になっているのでここから降りていくのと、ここまであがってくるのでは、かなりの長さがあるので疲れ方に違いがでてくる。凱旋門には行きたい。何としても。凱旋門。始めてみたときは感動した。その大きさ美しさ、ロータリーの中にあるので回りを回っている車が凱旋門をたたえているように見えた。メトロ(地下鉄)の凱旋門駅で降りて階段を上がるとこの光景がいっぺんに目に入ってくる。この突然のごとく現れる凱旋門を味わうためにもメトロを利用して、ゆっくりシャンゼリゼを下りながら散歩したい。世界中のお上りさんに混じってシャンゼリゼを「オーシャンゼリゼ」でも歌いながら闊歩しよう。
シャンゼリゼは世界中のお上りさんが集まるところだから、実に様々な人間がいてヒューマンウォッチングには最適な場所だ。人種は様々、金持ちも貧乏人も同じように意気揚々と歩いている。
96年年末にシャンゼリゼで傑作な人を見かけた。本格的な登山の格好で、足元には鈴をつけていて歩くとシャンシャン鳴っている。杖をつきながらヒマラヤにでも登っているかのよなたいそうな様子で凱旋門を目指していた。時々立ち止まってはやおら双眼鏡を取り出して凱旋門の位置を確かめる。周りの人の興味深げな視線を一切気にせず、自分の目的地目指して歩みを止めない姿は孤高の登山家のものだった。ずっと見ていたかったがとにかく寒い日だったのでその人が無事に凱旋門にたどり着けたかどうかは確かめていない。
1区
1区というのはパリの中心、ど真ん中になるが、あの有名なノートルダム寺院がある。ノートルダム寺院はセーヌ川の中之島にあたるシテ島にある。
観光客がいつもいっぱいで、物売りも多いがこの華やかな雰囲気はなかなか捨てがたいものがある。5、6区から近いこともあってここにいく回数も多い。
観光客が多いところの土産物屋は高いから買わない方がいい、というだれからか聞いたのかまたは、自分で勝手に考えたのか分からない決まりを自分の中に持っていた。ところが、絵はがきなどで見る限りパリにはこの法則は当てはまらない。
たとえば絵はがき。これは高いところで5FF(たとえばシャンゼリゼでこの値段を見かけた)。安ければ1FF。かなり差がある。ノートルダムの前で売っていた絵はがきは1枚1FF、だたし12枚で10FF。1枚1FF切る値段だ。そして観光客が集まるノートルダムやエッフェル塔下などでアラブ人がよく売っている長くつながっている絵はがき、これは13枚で10FF。これが一番格安だった。あるときモンマルトルの有名な似顔絵描きのいるテルトル広場で妻が似顔絵を描いてもらっているとき、この13枚10FFの絵はがきを売っているアラブ人がいた。妻の絵を描いている間暇だったのでその絵はがき売りを眺めていたが、ほとんど誰も買わない。絵はがき売りも悲愴な顔をしているのでかえって人が近づきたくないようだった。哀れだったので私5つ、50FF分買ったが、いい買い物をしたと思った。実際にはさみで切れば絵はがきとして使えるし、そのまま持って帰ればパリの有名な観光地の写真集としていいお土産にもなる。
16区
パリの高級住宅地として有名な16区。ここはふつうの観光客はほとんど関係ない。特別有名な観光スポットがあるわけではないしパリの西の端にあるから、パリ観光のついでに立ち寄るということもない。
私はこの16区に、ひょんなことから関わりあいを持つことになった。16区はvilla George Sandに住む画家、松井守男氏と知り合いになったからだ。松井氏がどれくらい日本で有名なのかは知らないが、フランスではかなりな作家らしい。彼の展覧会はフランスの至る所で開かれているし、エールフランスのファーストクラスのデコレーションは彼の仕事だ。作風は抽象だが非常にきれいで誰もが一度見たらファンになってしまうような魅力ある絵を描く。
松井氏とは86年、帰りの飛行機の中で出会った。そして、87年にパリに行ったときに松井氏の自宅を訪れた。16区のいかにも高級住宅地らしい建物の最上階を借り切っていた。私とは住む世界が違う、と思った。彼の話を聞くとどうも現実離れしている。アランドロンがご近所で、子育てのことで悩んでいるという話をした。とか、向かいの建物のやはり最上階に日本人の女性が住んでいるが、ある時にきれいなフランス人の女性がいた。次の日に窓から「昨日のきれいな女性はいったい誰?」と聞くと「何いってるの、カトリーヌ・ドヌーブよ」とか。
さすがパリだが、私がふつううろついているパリとはだいぶ違う。そういうパリもまた現実のパリなのだ。改めてパリの奥深さに感嘆を禁じ得ない。
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