篠崎史紀・清水和音との3日間

7月9日の熊本総合女性センターでの篠崎史紀・清水和音デュオリサイタル。もうすぐだ。私が一番楽しみにしている。
 彼らが8日の夜に熊本に来てから、11日までの約3日間練習、本番、ごはんを食べたりしながらの様々なお話しなど。普段とは全く違うわくわくするようなことがたくさん起きるに違いない。写真入りで報告していきます。


98.7.18
アイコンタクトについて清水和音氏に聞いたことを書き忘れていた。
篠崎史紀氏と清水和音氏の二人、ほとんどアイコンタクトを使っていなかった。よく室内楽のコンサートでは、演奏者同士のアイコンタクトを使って合わせている場面を見ることが多い。
篠崎史紀氏と清水和音氏の二人は一度も直接見ることはなかった。クロイツェルソナタで何回か清水氏が体を少し傾けて篠崎史紀氏の様子をうかがう様子は見られたが。
清水氏はこう言う。
「見ることによって合うようになるなら、見ればいい。見なくても合うなら見なくてもいい。弦楽器の弓の動きを見て会わせる人もいるけれど、人によって弓の使い方が少しずつ違うから、それは危険だと思う。音で合わせるのが一番いいんだよ。みんな不思議と音が移る直前で少し音色が微妙に変化するんだよ。だからそれを注意して聞いている方が確実だね」
いちいちわかりやすい人だ。


98.7.14
今回学んだこと

ピアノの調律について
ピアノの調律といったら素人には不思議な世界だと思う。音を合わせるだけなら今では優秀な機械もあるので、やり方さえ練習すればだれでもできるのではないかという気がしていた。
清水和音氏から聞いたことをまとめると、その考えは半分正しく、半分違う。
ピアノの中を見たことがある人ならわかると思うが、ピアノはひとつの音でも3本の弦を使っている場合がある。3本とも同じ音に調律してあるわけだ。だから、調律の仕事はその3本を全く狂いがないように合わせる仕事だと思っていた。ところが、
清水氏によると、本当にうまい調律師は3本を全く同じ音にはしない。そうだ。
3本とも全く同じ音にすると、位相がなんとかといってかえって音を消してしまうことになるらしい。だからその3本を微妙に違えることによって、音の発音から人間の耳に聞こえる範囲ぎりぎりまで小さくなる時間が3倍ものびるそうだ。これは、科学的に実験して確かめられている。
だからどの程度の微妙さでずらせばいいかがわかって、それを確立されたデータとして持っていたらだれでもそのように調律できるということだ。調律の世界が、名人芸から誰でもできるものへと、変化しつつあるかに思える。
だけれども、やはりこの世に調律の名人という人が存在する。清水氏はいう「満足できる調律をする人は、日本にはひとりしかいない」
演奏家レベルで、満足いく調律というのはやはり難しいらしい。単に音を合わせるだけでなく、調律師というのはピアノのことを隅から隅まで知り尽くし、微妙なところまで調整する必要があるらしい。
でも、調律が名人芸に頼らなくてよい部分が増えてくると、一般のレベルでは歓迎されるべきことだ。この調律の話、私は初めて聞いたのでまだ一般的ではないと思う。近い将来人間の耳の頼らない調律が一般的になると世間一般のピアノの音が少しよくなることだろう。これは本当に歓迎すべき話だ。


影アナ・ベルについて
コンサートの進め方で、今まで何となくやってきたやり方に、清水氏から指摘されてなるほどと思ったことが二つある。
ひとつは影アナのこと。演奏前に場内アナウンスで、簡単な挨拶と、携帯電話、ポケベル、アラーム付き腕時計など音の出るモノについての注意を促すことを当然のようにやっていた。それについて清水氏は「そんなのいらないよ。携帯がもし鳴ったら、鳴らしたやつがびっくりすればいいんだよ」
なるほど、おもしろい考え方だ。
二つ目は、開演前のベルについて。1ベル、2ベルといって、今までは開演3分ほど前に1ベル、開演直前に2ベルと、2回ベルを鳴らしてから、演奏を始めていた。これも清水氏にかかると「1回ベルを鳴らしてお客さんが静かになったら、2回目を鳴らす必要はないじゃない。静かになったら、ステージの明かりを明るくしてさっさと出ていけばいいんだよ。」
ふたつともその通りにやったが、何の問題もない。携帯は鳴らないし、ベルひとつで始めるととてもスマート。ホールでくらしている人ならではのアドバイスだった。

そういえば、篠崎史紀氏に教えられてしばらく前から改善していることがある。それは花束のこと。
今まで、熊本で聴くコンサートには必ずと言っていいくらい花束贈呈の儀式が最後に行われていた。バイトの女の子、ある時はどこかの子どもに花束を持たせて、指揮者、ソリストに渡していた。
ある時、篠崎史紀氏から「東京では花束ないこともおおいよ」ときいてから私たちのコンサ−トでも花束はなくしている。これまた何の問題もないし、花束代が浮いて助かっている。だいたい、旅行中の演奏家が花束もらってもどうせ持って帰れっこないんだから、主催者かその辺にいる女の子がもらうことになるものだ。
これからも、私たちは花束なしでやるだろう。

花束についてもう少し。
花束をステージで演奏家に渡すとき、拍手が小さくなることありませんか?これ理由がわからないけれどよくそうなる。反対に拍手が大きくなるのなら話はわかるのだが、小さくなる理由がよくわからない。清水氏に聞くと、彼も理由はわからないそうですが、田舎に行くほどそういう傾向があるそうだ。確かにNHKのテレビでコンサート見ていても、東京のコンサートではそんなことない。
あと子どもが花束渡すことについて。「だいたいコンサートというのは大人の社交場なのだから、こどもが出てくるのは変」(清水和音)


98.7.12 / 7:09 PM
今日は福岡までマロ氏(篠崎史紀)を送った。明日から15〜17日の練習が福岡で始まるのだ。車の中で今後のコンサートのことについて話した。
シューマンのバイオリンソナタ第1番、ヤナーチェクのバイオリンソナタなどが候補に挙がっている。これにバイオリンの有名曲も加えてプログラムを作ろう。
それから、その次には篠崎史紀、清水和音にチェリストを加えてのピアノトリオ。これができたらと思うとわくわくするな。でも1年後にはやりたい。和音さんもやってくれるという約束はとれているので、できることはまず間違いない。ピアノトリオといったらチャイコフスキーかな?

他にもいろいろと話したが、あとは秘密。

ホテル・シーホークで焼き肉を食べて別れた。8日から今日までの5日間、普段とは全く違うエキサイティングな日々だった。
あーおもしろかった!! 焼き肉屋で


98.7.12

11日の篠崎史紀氏による熊大フィルの練習。アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク第1楽章と運命の第1楽章、超おもしろかった。学生たちも初めてのことで緊張していたと思うが、彼の人間性で雰囲気は一気にリラックスムード。例えば「暑い日の風呂上がりに素っ裸でビールでも飲んでいるときに、窓が開いているのに気づいて、あわてて前を隠す感じ」これスビトピアノ(急に弱くする)の説明。学生も大笑いしていたし、何より見事なスビトピアノができるようになるところがおもしろい。
笑いが絶えない練習だった。だが、内容は当然深いものがあった。ただ楽譜を音にするだけではなくて、イメージを持って弾くこと。つまりは練習のほとんどをこのことに費やしていた。技術より何より大切なことをわかりやすく教えてくれたすばらしい練習で、私も彼の練習を久しぶりに見たがおもしろかったし感動した。
学生たちにはどの程度伝わったのだろう?ただの楽しい練習で終わらないことを望む。
気になるのは、練習の時に練習の見学している人が少なかったこと。アイネ・クライネ・ナハト・ムジークだったら弦楽器だけなので、管楽器や、まだ楽器を初めて間もない1年生など練習を見に来ればいいのに、ほとんど来ていなかった。今回の練習の計画を立てていたときに、「1年生も絶対に見学させた方がいいよ。狭苦しくなってもすごい勉強になるからたくさん集めよう。」こう言っていたのに・・・・。
音楽をもっと積極的に学ぶ姿勢があったら学生オケでもすばらしいことができるのになー。


98.7.11
きのうは大分県山国町のコア山国でのコンサート。ここもまた超満員。ステージまで椅子を並べての盛り上がりぶりだった。ホールが昨日より良くなかったことを除けば満足すべき内容だった。めでたしめでたし。

熊本からの往復約5時間、篠崎史紀氏と清水和音氏の話が強烈で演奏よりの印象に残っている。
ひとことでいって二人ともむちゃくちゃいい人ということ。ただし、普通の意味でのいい人とは違う。だから、そこがわからないで私の印象に反対の感想を持つ人もいるかもしれない。でも、人情に厚いし、曲がったことが嫌いで、男らしい。詳しい内容はここに書けないのが残念だが音楽のことはもちろん、その他のことでも学ぶことがものすごく多かった。
具体例をひとつだけあげると、「男はここぞというときには、必死で戦わなければいけない」(あまり具体的ではないかな?)
これを文にしてしまうとありふれたものになってしまうが、この話が出た状況と清水氏のこれを言うときの確信の持ちようは鳥肌が立つくらいすごかった。世の中には凄い人がいる。
俺はまだまだなんや。

今日の午後1時から私の出身地である熊本大学フィルハーモニーオーケストラで篠崎史紀氏のレッスンがある。あるというか、私が企画したものだ。やはり自分の母校というのは いくつになっても愛着があるもので、私は熊大フィルにはもっともっといオケになってほしいといつも思っている。
彼らにとってNHK交響楽団コンマスを身近に見るだけでもきっと大きな刺激になることだろう。たくさん勉強してほしいな。
勉強といっても技術的な細かいことより、篠崎史紀氏の音楽への愛情が伝わればそれが一番だと思う。どうせアマチュアなんだから、技術的には絶対に限界がある。でも音楽への愛情、好きさ加減にはプロもアマも区別はないし、どうかすると純粋に音楽と接することができるのはアマチュアの方ではないかとも思う。
これまた楽しみだ。報告はまた後日


98.7.10
きのう本番が終わった。大成功の音楽会だった。お客さんは超満員。立ち見も何人かいた。
さすがプロで、リハーサルの時は心配されていたところもあったが、本番では問題なし。モーツァルト、シューベルト、ベートーヴェンの名曲のよさがあますところなく引き出されていたと思う。今日は、大分県の山国町でのコンサートだが、もう主催する側ではないので気楽に楽しませてもらおう。
コンサート終了後の打ち上げでは、誰でも来ていいということにしたら常連のメンバーに加えて10人くらい新しい人が来ていておおいに盛り上がった。ふだんプロの音楽家と話す機会のない人たちにとっては貴重なことで、素朴な疑問から結構つっこんだ話まで話題に事欠かなかったようだ。

ふたりの共演を見ていて、ほとんどアイコンタクトを使っていないことに気づいた。本当にアンサンブルに必要なとき清水氏が少し体を傾けるだけで、ふつうは全然お互いを見ない。記憶によれば清水さんたちによるブラームスのピアノ五重奏の時などはアイコンタクトを重要な場面では使用していたようにも思うが。二人と五人では違うのだろうか?このことについては今日聞いてみよう。

今回もご両人とつき合っていてたくさん刺激を受けてた。すごい人たちだ。



98.7.9
ついに来ましたご両人。あのふたりやっぱりぶっ飛んでますね。いやーおもしろい。

熊本ラーメンをまず食べにいったが、車の中でラーメン談義に花が咲いた。篠崎史紀氏が出身地の北九州のラーメン屋を激賞するれば、清水和音氏は、東京の「広味坊」という中華料理屋を日本一の中華だと力説する。とにかく、あらゆる面で何でもよく知っているし一生懸命だ。彼らの人生おもしろそう。
今回の演奏曲目の中に、モーツァルトのK379があるが清水氏はいままで聴いたこともなかったそうだ。「知らなかったけど、いい曲だね。1楽章の初めなんてモーツァルトというよりシューベルトをおもわせるところがあるね」
この曲は私がリクエストしたものなので、気に入ってもらってうれしい。本当にいい曲です。
音楽のこと、ピアノという楽器のことなど興味深いことをたくさん聞かせていただいたが今日は時間がないので、続きはまたこの次に。


98.7.6
今回もいつものようにチケット販売をいろいろな人にお願いしたが、不思議なことにたくさん売ってくれた人は、音楽関係者ではない場合が多い。
音楽教室のピアノの先生にお願いしていた分の状況を妻が調べたところ、「曲が難しくてなかなか売れない」とのこと。実際に売れている枚数は限りなくゼロに近いらしい。音楽の素人で前回のコンサートを聴いた人でもうすでに30枚近く売っている人もいるという事実はどう解釈したらいいのだろう?
答えは簡単なことで音楽の素人の方が、純粋に音楽を好きで聴いているということ。そして好きなものを知り合いに「これいいよ」と言って教えているに過ぎないということだと思う。
でも本当は音楽の教師が、こういうものを生徒さんや友達に伝えられないといけないのではないだろうか。ピアノ教師の中には「このころはいろいろ忙しくて、予定が立たないからなかなか売れないんです」と言った人がいる。コンサートというのはたまたま暇だったから行くのではなくて、その時間を都合付けて楽しみに聴きにいくものではないのでしょうか?
こういう意識のピアノ教師が多いから、本当の音楽好きがなかなか育たないのだと思う。

私もやりがいがあるってものだ。こういう熊本に篠崎史紀氏と協力してクラシックを少しでも浸透させたい。
だいたいこのコンサートシリーズ(今回で8,9回目)の始まりは、篠崎史紀氏と「熊本市の1%のクラシックファンを作ろう」ということだった。熊本市の人口が約60万人なので1%といったら6000人。6000もいればいい音楽会はいつもいつも満席間違いない。たったの1%、20年もやればできるのではないか。だって、クラシックって本当におもしろくてすばらしいもの。きのうのテレビでポリーニのインタビューをやっていて、その中で、「どうしてポピュラー音楽より、クラシックの方がおもしろいのに若い人はあまりクラシックを聴かないのだろう?」ということを言っていた。
全く同感だ。
でも本当にどうしてだろう???


98.7.4
チケットの問い合わせがこのところ毎日後を絶たない。こんなことは、もう10回近く篠崎史紀のコンサートを企画してから始めてのことだ。やはりNHK交響楽団のコンマスになったことが大きいのか?ホールは370の席だが、今のところ預けている分まで含めると620枚出ている。この読みが難しい。10枚預かっても1枚しか売れない場合も結構多いので620枚のうち実際に売れているのは何枚なのか。電話して調べられるところは調べたがなかなか正確な数は把握しにくい。
でも、お客さんが少なくてがらがらということはないだろう。
お客さんが少ないと赤字になるだけでなく、演奏者としてもやはりいまひとつやる気になりにくいと思う。
今回はちょうど370人入りますように。