◆わらの女◆
(WOMAN OF STRAW 1964 英)


原作:カトリーヌ・アルレー『わらの女』[LA FEMME DE PAILLE]
監督:ベイジル・ディアデン
脚本:ロバート・ミュラー、スタンレー・マン
出演:ショーン・コネリー、ジーナ・ロロブリジーダ、ラルフ・リチャードソン

看護婦のマリアは、大富豪リッチモンド氏に雇われ、彼の屋敷で働くことにな
った。やがて、リッチモンド氏に請われて、彼と結婚マリアは、恐ろしい現実
と向き合うことになる。


もし、ものすごい大富豪で、病気がちな老人と結婚するチャンスが
転がり込んできたとしたら???
しかも、相手にも自分にも身寄りも、恋人もいないとしたら。
ある意味で、それは、ものすごいチャンスかもしれないと思うことは、
罪でしょうか?
もちろん、相手を騙してそうさせるのでなければ、法律的には何の問題もない
でしょう。でも、相手の財産を手に入れる以外に、その結婚をする理由が自分
にはないとしたら・・・?

それでも、その結婚をまっとうに維持していこうという意思がちゃんとあるの
だとしたら、そして、そのことで、先の短い老人が、ひとときの夢を見られる
のだとしたら、あながち悪いことだとはいえないのかもしれません。
私自身は、結婚は、1番好きな人とでないと意味がないと思っています。
でも、それ以外の価値観で結婚する人のことも、かたくなに否定する気にはな
れないと思うときがあります。
もちろん、それが、保険金や遺産目当の犯罪を目論んでのものだとしたら、
論外です。

でも、この作品のヒロインは、何もそんなことを企んで結婚したわけではあり
ません。
莫大な財産を手に入れるのだから、相手に多少の欠点があっても我慢して、乗
り気って行こうと考え、結婚に踏み切ったのです。(実際、このリッチモンド
氏は、偏屈でとってもいやな人間でした)
そこに、恐ろしい落とし穴があることなど、思いもせず。
2人は、旅先で結婚します。
そして、まったく、思いもかけなかったことに、彼が、再び、自分の目で屋敷
を見るここはなかったのです。
彼女は、慌てます。
今、彼が死んでしまっては、法律上の手続が済んでいないから、遺産は、
彼女には一切入らないのですから。

でも、ほんのちょっと細工をするだけで、その莫大な遺産が自分のものになる
としたら?これは、ものすごい誘惑ですよね。だって、何も罪を犯すわけでは
ないのです。ほんのちょっと、報告を遅らせるだけ。
こんな誘惑に、負けない自信は、残念ながら、私にはありません。
でも、その誘惑に負けてしまったからといって、そんなに恐ろしい罰を受ける
ほどの罪なのでしょうか・・・。

そして、彼女が落ちた落とし穴というのが、決して、不運や偶然によるもので
はなく、ある人物の悪意から生まれていることが、何より恐ろしい。
その人物は、最初から、その悪意をもって全てを準備し、整え、待ち構えてい
たのです。映画では、ショーン・コネリーの演じるこの人物の、その周到さは、
本当に恐ろしいほどです。
その一方、ヒロインは、映画では小説ほどの打算のない、わりあいに善意の人
という扱いであるので、その対比がよりいっそう目を引くことになります。
いくら大きな屋敷に住み、莫大な財産を持っていても、身寄りもなく、
信じられる友もないとしたら、ましてや、年齢も加わって、体が思うように動かない
としたら、心はどんどんすさんでいってしまうのだと思います。そして、その
すさみが、澱のようによどみ、大きな悪意へと育っていくのも、無理はないの
でしょう。
その悪意は、確かに恐ろしいものですが、その恐ろしさの中に、何か悲しいも
のを感じてしまいました。

原作者であるカトリーヌ・アルレーは、そういうニュアンスのある作品が多く、
心惹かれます。それを、イギリス映画にしたときに加えられた変更は、
いかにも英語圏風で、それは、もしかすると、
フランスとイギリスの違いなのかもしれないですね。


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