◆私家版◆
(1996仏)

原作:『私家版』ジャン=ジャック・フィシュテル
監督:ベナール・ラップ
出演:テレンス・スタンプ、ダニエル・メズギッシュ

編集者エドワードは、旧友でもある作家のニコラの新作を読んで愕然とした。
そして、彼は、ニコラに、自分の立場や技術を生かした形で復讐することを
決心したのだった。

この作品でもっとも印象的なのが、テレンス・スタンプの青い瞳でした。
その中に燃える深い思い。
あまりに深い思いを、胸のとても深いところに30年も秘めてしまったのが、
すべての始まりであり、終わりでもある。
そんな気がします。

だから、彼は、30年前に、彼にとってこの世で1番大切なものを奪ったニコラ
を許すなんて思いもよらなかったのでしょう。ニコラの小説を読むそれまでは、
それがなぜ失われたのか分からなかった。だから、復讐なんて、
考えてもみなかったのに、でも、彼は、知ってしまった。
それも、決してよくは思っていない作家の大傑作として。
その小説を目にしたときのエドワードの衝撃は、想像するに胸が痛みます。
その悲しみから、復讐が生れてしまったことにも。

悲しみから生れた復讐は、決して、熱く燃えたりはしません。
緻密に、冷静に、1つ1つゆっくりと確実にその歩を進めていきます。
一方で、ニコラのその作品の出版に協力しながら、一方では、彼を陥れるための
工作に余念がない。映像は、そんなエドワードの姿をていねいに追っていきます。
エドワードは、自分の計画を誰にも告げませんが、何も知らない人ばかりでは
ありません。とある作業場や、裁判所での友人のエドワードに向けた言葉が、
とても印象に残ります。

エドワードは、その復讐の過程で、過去から現れた女性と出会います。
失われた何かを取り戻させてくれるような女性に。そう、まるで運命のように。
彼女は、エドワードが作る「私家版」に反対します。その意図が分かっているから。
でも、動き始めた歯車は、容易には止まらない。復讐を成し遂げても、きっと、
待っているのは充足感なんかではないと分かっているはずなのに。

映画自体が、エドワードの視点から描かれているために、ニコラには、あんまり
いい印象を持たないまま、終盤まで観ていました。でも、ニコラは、最後に
まるで思いもかけない行動に出ます。すべてを逆転させるような行動に。
その知らせを聞いたとき、エドワードの胸をよぎった思いはいかなるもの
だったのか・・・。

さすが名優テレンス・スタンプが演じるだけあって、
映画では、エドワードに感情移入するのは、あっという間でした。
でも、小説での彼は、
まるで違っていました。何か、ニコラへのコンプレックスがいっぱいで、
屈折しているので、あんまり魅力的に見えなかったのです。
でも、映画では触れられていない複雑な筋書きが、
物語に深みを与えている感があります。
そして、ニコラの小説を読むまでは、自分が大切な人を失ったのは、
自分自身の責任だと思い込んでいるという事情があるため、復讐への情念も、
いっそう容易に感じ取れるのです。だからと言って、映画での復讐の動機が
説得力に欠けるということでは、もちろんありませんけれども。

復讐というのは、得てしてどろどろの怨念めいたものを感じさせますが、それ
よりも、深い悲しみに縁取られていることを感じさせてくれる
テレンス・スタンプの青い瞳に魅入られたような1本です。


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