◆メッセージ・イン・ア・ボトル◆
(MESSAGE IN A BOTTLE 1999米)

 原作:『メッセージ・イン・ア・ボトル』ニコラス・スパークス
 監督:ルイス・マドンキ
 出演:ケビン・コスナー、ポール・ニューマン
ロビン・ライト・ペン

テレサは、ある日、砂浜にうちあげられた「メッセージ・イン・ア・ボトル」
(壜に入った手紙)を発見した。彼女は、その手紙を読んで、彼女は深く心を
打たれた。それは、ある男性からの、亡くなった妻への深い想いにあふれた手
紙だったのだ。テレサは、その手紙を書いた男性ギャレットを探し出して会い
に行く。そして、2人は運命の恋に落ちた。

何ものにも代え難い誰か、あるいは何かを喪うこと、その痛みは、決して余人には
伺い知ることができません。同じような誰か(何か)を喪った同士であっても、
相手の痛みを直接自分で受け止めることはできず、ただ、自分の痛みから推して、
相手の痛みを思いやることができるのみでしょう。
それでも、痛みを抱えた相手に触れることで、その痛みを自分のもののように感じ、
受け止めることはできるはず。

そのとき取る道は、いくつかあるでしょう。
ひたすら、相手の痛みを自分の痛みと同化させ、一緒に傷つくこと。
それから、相手の痛みを癒すことを第一義にすること。
何もできず、相手が傷ついていることに、自分も傷ついていくこと。

テレサは、この3番目のパターンになるのだと思います。
亡くなった人との思い出は、ひたすら甘く美しく、その思い出の戦いに勝利す
ることは、限りなく難しい・・・。だから、思い出とは、戦うのではなく、そ
の思い出を抱いた相手を、丸ごと受け止める強さが必要となってくる気がしま
す。
ギャレットと、亡き妻キャサリンの思い出は、本当に、優しく美しいものです。
惜しむらくは、そのあたりが、映画では、今一つ表現されていなかったように
思われます。小説の中では、その思い出の美しさも充分に伝わってくるだけに、
ギャレットと、テレサの恋の行方への関心がいやがおうにも高まっているのですね。

思えば、この映画には、全体的にそういう部分が多かったような気がします。
ギャレットと、テレサの息子とのふれあいや、亡き妻と、突然に訪れた新しい
恋との間で揺れ動くギャレットの想い。なんだか、私は、無意識のうちに、映画を、
小説で補完しながら観ていたようです。
私は、映画を原作どおりに作るのがいいと思っているわけではなく、むしろ、
文字と映像というメディアの違いを生かした変更は、大歓迎なのですが、この
作品の中で加えられていた変更は、なんだか、しっくりこないものが多かったです。

たとえば、キャサリンの家族と、ギャレットとの確執。そういう諍い、ましてや
殴り合いなどは、この美しいロマンスの中で、どうしても違和感を覚えずには
いられませんでした。もちろん、これが、後半起こることへの伏線であることは、
理解できるのですが・・・。

それから、残念だったのが、小説で、テレサの良き理解者であるダイアナ夫婦
が、映画では出てこなかったことです。彼女と、その夫との関係が、ものすごく
素敵なものであったので、映画では誰が演じてくれるのか楽しみだったのですが。

それから、どうしてここを変更したのか分からないのが、ギャレットが流した
メッセージの数と、そのうち、テレサが入手した3番目のメッセージの内容。
う〜ん、どうしてかなぁ。何度、考えても、謎です。これは、たんに、私が、
小説の設定の方が好きだから、そう思うのかもしれませんが。

ところで、いろんなところでこの映画の感想を読んでいて、わりとよく聞くのが、
ラストへの不満です。これは、小説では、いろんな要素がからまりあって、
そこへ行くのが実に自然な感じなのですが、映画では、確かに、どこか唐突な
とってつけたような印象があることは否めません。小説を読んでいたせいか、
いきなり、ラストに飛んじゃったなー、と思っちゃいました。
もうちょっと、あのへんをていねいに描いてほしかった気がします。

それはそれとして、この作品、音楽がとても素敵なのです。
鑑賞後に、迷わずサントラを購入し、数週間たった今でも、ほとんどの時間、
かけっぱなしにして楽しんでいます。


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