◆奇蹟の輝き◆
(WHAT DREAMS MAY COME 1998米)
原作:『奇蹟の輝き』リチャード・マシスン
監督:ヴィンセント・ウォード
脚本:ロン・バス
出演:ロビン・ウィリアムズ、アナベラ・シオラ、
キューバ・グッディング・ジュニア他
クリスとアニーは、数年前に2人の子供を自動車事故でなくしながら、なんとか
立ち直ってやっていた。だが、ある日、クリス自身も自動車事故によって命を
落としてしまう。クリスは、やがて天国で暮らすようになるが、自殺を図った
アニーは、地獄へ行ったという。クリスの、アニーを救うための旅が始まる。
地底へ愛しい人を救いに行く話は、古今東西、珍しいものではありません。
あちこちの神話に、その原形が見られます。もちろん、日本にも。でも、私の
知る限りでは、彼らは、それに成功してはいません。振り向いてはいけないと
言われていたのに、地上にたどりつく、その直前に、耐え切れず、振り向いて
しまうから。
それを、リチャード・マシスンが料理すると、いったいどんな作品になるのか?
私は、書店で、文庫本を見付けたとき、てっきり、知らない作家だと思って
いました。でも、巻末の、彼の著作リストを見て、思い出しました。ずっと昔に
読んだ『縮み行く男』のことを。読んだことすら記憶から抜け落ちていたのに
矛盾しているかもしれませんが、とても印象的なラスト・シーンでした。ある
日、突然、体が縮み始めた男。やがて、彼は、自分が縮むペースを計算し、体
がゼロになる日をはじき出します。そのXデーまでの物語。嗚呼。
「生と死」という点で、この『奇蹟の輝き』と『縮み行く』は、共通している
ということができるかもしれません。
小説と、映画との1番大きな違いは、クリスとアニーの子供たちのあり方です。
小説では、子供たちは、落ち込む母アニーを一生懸命慰めようとしますが、
映画では、クリスの死の数年前に、2人ともが、自動車事故で死んでいるのです。
最初のうち、その事実は、アニーが、より、いっそう追い詰められるために
ファクターとして、使われているのだと思いました。でも、物語が進むにつれ、
その、先に死んだ子供たちの存在が、もっと、もっと、大きな意味を持ってくる
のです。つまり、彼らが、先に天国に来ていた、ということが。
そのためでしょう。映画では、クリスと、子供たちの関係が、
クローズ・アップされています。小説では、ひたすら、ソウルメイトたる
クリスとアニー夫婦のことに焦点があるのとは、対照的。
クリスと、娘マリーのチェス。
クリスと、息子イアンとの信頼関係。
クリスが、妻のことだけでなく、彼らのことを心に甦らせていくにつれ、
同じように天国にいるはずの彼らと、どうしてそれまで会えないでいるのかが
明らかになっていきます。
実に、さりげなく、それについての伏線が、ちちばめられている、その方法は、
なんだか、とっても映画ならでは、という感じです。
そんなふうに、子供たちとの関係も、浅からぬものがあるわけですが、クリスと
アニーの間には、それをはるかに越える絆があるのです。それは、クリスの
死後のアニーの苦悩。それは、現実の世界のアニーと、クリスの天国とを
シンクロさせるほど深かった。
2人は、「死」さえも分かつことができない「ソウルメイト」なのだから。
離れては、いられない。
それでも、待っていれば、自分の生をまっとうしたアニーがそこにやってきて
くれるというのならば、クリスは、天国でアニーを待っていたかもしれない。
けれども、自ら命を絶ったアニーが、そこに来ることはないという。おまけに、
アニーがいるのは、地獄だなんて。
「アニーを救いに行かなくては!」
もう、誰も、クリスを止めることなんてできません。
そこが、そこだって、どんな苦難が待ちうけていたって、かまわないんです。
天国に旅立つ前も、絶望しそうになっているアニーを励まそうと必死になって
いたクリスでした。そのときは、自分の声が届かず、存在を感じてもらうこと
すらできない悲しみを味わってしまいましたが、決して、アニーを忘れて、
天国へ来たわけではないのです。
それまでクリスがいた天国は、もう、なんとも美しい世界。
それだけに、アニーを求めて踏み込んだ地獄の陰惨さが際立ちます。
救いを求めてむらがる亡者たち。
クリスが正気を保っていられたのは、ひとえに、アニーへの想いゆえ。
そして、その地獄でクリスがした究極の選択。
きっと、クリスにとっては、他の選択肢なんて、ありえなかったのです。
アニーがいない世界は、クリスには考えられないのですから。
こんな2人になれたら、本当に幸せですね。
indexに戻る
Topに戻る