◆アンドリューNDR114◆
(BICENTENNIAL MAN 1999年 アメリカ)
― THE ORIGINAL BOOK
――――――――――――――――――――――――
「バイセンテニアル・マン」
『聖者の行進』収録(THE BICENTENNIAL MAN)
作者:アイザック・アシモフ
訳者:池央耿
出版:1979年 創元SF文庫 ISBN4-488-60407-2
<長編版>
『アンドリューNDR114』(THE POSITRONIC MAN)
作者:アイザック・アシモフ&ロバート・シルヴァーバーグ
訳者:中村融
出版:2000年 創元SF文庫 ISBN4-488-60410-2
― STAFF & CAST
―――――――――――――――――――――――――――
監督:クリス・コロンバス
脚本:ニコラス・カザン
出演:ロビン・ウィリアムズ、エンベス・デイビッツ、
サム・ニール、オリバー・プラット他
― SUMMARY
―――――――――――――――――――――――――――――
ある日、マーティン家に、NDR型ロボットが届いた。そのロボットは、
アンドリューと名付けられ、彼らと共に暮し始める。ある日、アンドリューに
創造の才能があることを知った「サー」は、その才能を伸ばして行くことを
決意する。アンドリューには、また、感情も持っているようだった。
― COMMENT
―――――――――――――――――――――――――――――
オリジナルの原作である中編の「バイセンテニアル・マン」とも、
長編版の『アンドリューNDR114』とも、まるで違った印象の作品でした。
原作では、アンドリューは、人間になりたい、人間でありたいという思いから、
どんどん自分を<更新>してはいくものの、そこに、恋愛感情は、ありません。
彼が、リトル・ミスに抱いているのは、感謝と敬慕の念こそあれ、まったく、
恋愛めいたものはないのです。
実際には、この点も含めて、「人間になりたがったロボット」という設定以外は、
ほとんど共通している点がないと言っても過言ではないかもしれません。
まず、アンドリューがマーティン家に登場したときの情景。
原作では、長編にすら描かれていない部分です。
マーティン家の家族たちにロボット工学の三原則を知らせるシーンは、
大笑いでした。でも、この後、せっかくの、この三原則が、ほとんど
活かされていなかったのが、残念です。
アンドリューを慕う「リトル・ミス」のアマンダ。
彼を受け入れようとしない姉のグレース。
アンドリューに、彼にプログラムされていないいろんなことをおしえようとする
サーとのやりとりは、もう、なんてユーモラス!
ロボットに、ジョークをおしえようとするなんて!
アンドリューが、初めてリトル・ミスのために木彫りを始めるエピソードは、
とても素敵です。
そして、アンドリューのそんな才能を知ったときのサーの行動も。
だって、アンドリューは、彼が所有しているロボットなのです。
そのロボットが作ったものを、彼がどうしようと自由。
なのに、「サー」は、そこから生れる収益を、アンドリューのものだというのです。
アンドリューの陽電子回路のほんのいたずらに、リトル・ミス、そしてサー。
その出会いが、奇跡のようにアンドリューを、どんどん、人間に近い心の持ち主に
していったのでしょうね。
アンドリューは、技術の進歩に合わせて、自分も更新されることを望みます。
まずは、顔の表情。
ロボットの、なんの感情も表さない顔を、少しでも表情を持った顔に。
でも、観客がまず目にしたのは、リトル・ミスの結婚式での、なんとも
寂しげな表情でした・・・。
この結婚を決意する前のアンドリューとリトル・ミスの会話があるせいか、
リトル・ミスの表情にも、同じものがあるような気がしてしまいました。
さらに泣けたのは、式の後のサーとアンドリューの会話。
アンドリューはロボットなので、ああいった機能を持っていることに、
なんの不思議もないのですが、なんだか、見ているこちらまで胸がいっぱいに
なりました。
まさに、映画ならではのエピソードです。
原作と違って、サーとアンドリューの関係を、
とてもていねいに描いてくれているのが嬉しかったです。
やがて、アンドリューは、サーに、自由がほしいという申し出をします。
サーのショックは、計り知れないでしょうね。
いくらアンドリューを人間同様に扱っているとはいっても。
それに、本当のショックの原因は、他にあるというのも切なかったです。
そして、とうとう、人間そっくりの、というか人間にしか見えない外見を
手に入れる日がやってきました。
そうして、どんどん人間らしくなっていくアンドリュー。
彼が人間であると認めることを拒むものはいったいなんなのでしょうか。
人間とはなんなのでしょう。
人間の両親から生れることだけが人間なのでしょうか。
原作では、この辺を、かなりつっこんで書かれていますが、
映画には、同じ事を言うにも、映画ならではの手法が使われています。
あまりにも美しいラスト・シーンに、心を打たれました。
DoubleTopへ
Topへ