◆蒲生邸事件◆宮部みゆき◆


大学の受験に失敗し、予備校の試験を受けるために、上京した孝史。
折りしも、それは2月25日。
翌朝未明にはかの2.26事件が起こるというその日。
彼の泊まったホテルで火災が起きます。
絶対絶命、逃げ場を失った彼を救ったのは「時間旅行者」。
そして、一命を取りとめた孝志がいたのは、なんと、2.26事件の、
その渦中の中。

なんて、まぁ、奇抜な設定。
宮部みゆきさんの作品でなければ、手を出しそうにもない作品でした。
実際、宮部さんの作品であるのに、ここまで手を出さずにいたのは、
ちょっと、「引いて」しまっていたからですし。
でも、それが、もったいなくなるような面白さ。

それにしても、2.26事件といえば、私にとっては、単なる歴史上の出来事。
それをきっかけに、日本が大きく進路を変えたことは知ってはいても、
それが、ほんの60年ぐらい前の出来事で、当時を知っている方が、
充分存命である時代の出来事だということ、それが、なんとなく不思議な感じでした。
それは、でも、18歳の受験生である孝史にとっても同じこと。
その詳しい内容なんて、知りもしないのですし。

そんな時代にいきなり、心の準備もなく飛び込んでしまった孝史。
彼を助けた男の、「その時代での」名前は平田。
その甥ということにして、平田の勤める蒲生邸に匿われることになった孝史。

蒲生邸の当主は、陸軍の退役した大将。
主人筋にその存在がばれては困るはずなのに、体調が少しよくなると、
あちこちかぎまわるのに余念のない孝史。
無理もないですよね。
そんな戦前の時代に来たって言われても、いきなり、信じきれるわけがありません。
ようやっと、自分の置かれた時代に得心がいった時の心中は・・・。
とにかく、一刻も早く元の、自分の属する時代に帰りたいですよね。

なのに、何を考えているのか、すぐにはそれを許してくれない平田。
のらり、くらり。
この孝史って、時代的な知識は足りないものの、本能的なものなのでしょうか、
驚くべき冴えを見せてくれたりするんですよね。
それは、その後の事件の展開においても発揮されます。
そう、恐ろしい事件に巻き込まれるのです。
大将の自決という。
「自決」と誰もが思った事件。

それにしても、人の生業というのは、時代が変わっても、
そう変わるものでもないのですね。
大将の事件も、もちろん、軍国主義へ向う流れの中にはありますが、
そこに、その根底にあるのは、どんな時代にも人間と人間の中にあるもの。
家族への思い。
妬み。
憎しみ。
欲望。

そして、そんな非常事態においても、孝史に芽生える淡い恋心。
それゆえ、大将の息子である貴之に、必要以上に感じる反発の理由に、
なかなか孝史は気付かないようですが(笑)

この蒲生家のかかりつけの医師である葛城医師。
なんとも飄々としていて、それでいて鋭い。
とても魅力的なキャラクターでした。
彼を探偵役にした連作短編など書いもらえると嬉しいかも。

大胆で奇抜な設定なのに、昭和初期を舞台にしたミステリと、
SFチックなところが見事に溶け合っていてなんの違和感もない。
それどころか、2つの要素が合わさっているからこその面白さ。
孝史の成長物語にもなっている素晴らしい作品。
こういう作品に出会える時こそ、本読みの幸せ。


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