◆アルジャーノンに花束を◆byダニエル・キイス(訳:小尾芙佐)◆
(FLOWERS FOR ALGERNON)

32歳なのに、幼児並の知能のチャーリー・ゴードン。
みんなに軽んじられても、パン屋の雑役の仕事を楽しんでやっている。
そんな彼の望みは、利口になって読み書きができるようになること。
そうすれば、みんなが、もっと自分を好きになってくれるに違いないから。

だから彼は、自分を利口にしてくれるという「しじつ」を喜んで受ける。
チャーリーは、決して、利己的な理由から手術を受けようとするわけではない。
手術を受けて、利口になった自分を見て、お世話になってるパン屋のドナーさんや
同僚たちが、きっと、喜んで、もっと自分を好きになってくれることを期待している。
だから、手術の後、包帯を取ったとき、自分が前と変らないことにがっかりする。
その、心の動きがいじらしい。

彼は、とても優しい、とても温かい心の持ち主。
だから、その彼が、手術前、みんなにバカにされ、笑われているのにも気付かず、
一緒になってにこにこ笑っているのを見るのはとてももどかしい。
でも、そんな彼が、手術の後、「実際には」みんなが自分をばかにして笑っていた
ことを知っていく過程には、もっと胸が痛んだ。
きっと、知らないほうがいいこともある。

さらには、チャーリーの心に徐々に甦ってくる両親や妹との思い出。
それらも、幸せなものではない。
父マットの存在だけが、せめてもの救いだけれど・・・。

そして、アルジャーノン。
ネズミのアルジャーノンは、チャーリーに先行して、チャーリーと同じ手術を
受けている。
だから、アルジャーノンに起こることは、いずれチャーリーにも起こる可能性が高い。
それを、自分で知っているなんて、なんて残酷。
もちろん、全てが順調に行っているのならそれも悪くはないけれど・・・。

チャーリーの、進化しつづける知能は、彼にいろいろなものを見せるけれど、
それによって、彼の性格までも変貌させてしまった。
あの、温かい、穏やかなチャーリーは、どこに行ってしまったのだろう・・・。
頭がよすぎる人は、そうでない人の気持ちに気付かないことがあるということ・・・。
チャーリーが、アリスや、ストラウス博士や、他の人について、どんどん見解を
変えて行ってしまう姿が、何かむなしかった。
チャーリーが、心のない天才という怪物になってしまったようで。

でも、チャーリーは、消えてしまったわけではなかった。
だから、彼は、アルジャーノンを、いつも、とても気にかけている。
優しいチャーリー。

終盤の、妹との再会や、キニアン先生との再会には、胸がつまって
しょうがなかった。
そして、最後の、あの一言・・・。
深く心を動かされずにはいられない。

この小説が、すべてチャーリーの書く経過報告という形で表されていることで、
彼の知能の上昇、そしてその後の精神状態の推移が、これ以上はないという形で
綴られていく。もう、それは、残酷なほど、疑いようのない形で。
もとの文章はもちろん素晴らしいのだろうけれど、
訳者の方の苦労も並大抵ではなかったはず。素晴らしい。名訳。

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