「シンガポール紀行」
8/20(月)
京成線で成田空港へ。17時発の飛行機にも関わらず、15時前までにHISの受付を
済ませないといけないのがちょっと面倒。フライトまでの待ち時間、軍団規則に従い、
レストランでカレーを食す。間もなく飛行機に乗り込み、いざシンガポールへ。
やっと国外に出るのだという気持ちになってきた。
機内でウツロウツロしている隙、あっと言う間に着いてしまった。
近すぎる海外旅行も、今一つ雰囲気が盛り上がらないものだと思いつつ、さあ空港内へ。
最初の問題は今日どこに泊るか。現在、現地時間で深夜0時(日本との時差は−1時間)。
そう、出発1週間前にHISに駆け込んだことも此れあり、購入したのは往復の航空チケットだけ、
宿泊先は全くの未定、という相変わらずの学生旅行ぶりだった。空港内を歩き回ってみると、
トランジット組が多いからか、そこらへんの椅子で寝てる欧米人だらけだった。
この連中を見るに、夜が明けるまでの数時間のために、わざわざトランジット用ホテルに泊るのは
あまりにひ弱だと思い、自分もソファで寝ることにした。案の定、エアコンの効きが強く、
持ってきた衣類を引っかぶって就寝。
8/21(火)
朝5時、もう夜が明けている頃なので、そろそろバスで市街地に行こうかと腰を上げ窓を
眺めたところ、・・・暗い。まだ真っ暗だ。やむなく空港の店で早めの朝食。
6時過ぎになってもまだ真っ暗で、さらに雷が鳴る始末。
我慢ならず、そこらの清掃のおじさんに「いつになったら日は昇るんだ!」と問い詰めると、
「7時だ」とのこと。待ちに待って、中心部行きのバスに搭乗。
ここで閑話休題。この国は乗り物代がとても安く、バスは100円程度払えばどんなに乗っても
乗り越しにならない。また、プリペイドカードが一般的で現金に比べて割引率がとても良い。
バスではおつりをくれない習慣になっていることもあり、カードがとにかく便利だ。
地下鉄にも利用可能。バス路線は網の目のように発達しており、これと国内をほぼ一周している
地下鉄を乗りこなせば、殆どの場所を制覇できる。ただ、バスの大きな欠点は、停車駅を
アナウンスしてくれないこと。常に地図と景色を睨めっこし、降りる場所を間違わないよう
注意が必要。目印は必ずバス停に書いてあるストリート名。しかし、地球の歩き方の大味な
地図では自ずと限界があり、非常に苦労をした。一方、地下鉄は路線が二つしかなく至って単純。
またちょっと郊外に出ると地上に出るので、国の風景を概観するなら、地下鉄で一周するだけで、
大枠を掴める寸法になっている。
さて、話は戻り、市街地へ向けバスは快調に走る。目的地をちょっと過ぎてしまったものの、
街の景色を眺めるにはちょうど良く、また目的地があるわけでもなし、何より運賃はこれ以上
要らないので、そのまま乗りつづけていた。どうやら市街地の端っこまで行ったところで、
ブーメランのように空港へ戻っている様子。適当なところで降りようと乗り続けていると・・・。
なぬっ!
暫くしてうっかり気づくと既に市街地を抜け、空港への一本道コースに入っていた。
慌てて降車し、逆方向のバスに乗りなおし。何しとんねん・・・
「地球の歩き方」を飛行機の中で見ながら、旅のスケジュールを立てていたが、まず最初の
目的地は、「レプタイルパーク」という爬虫類専門の動物園。ここでワニの口に頭を突っ込む
アトラクションがあり、これを是非見たいと思った。1日2回だけなので、時間が結構ギリギリの中、
急いで受付を済ませ入場。すると、ペンギンやフラミンゴがいの一にお出迎え。
次いで鷹と鷲のコーナーへ。足を踏み入れた途端「ヤバイ!」と思った。自分と鷲・鷹の間に
柵がない! 野生じゃないか!
気づいた時にはハゲタカや大鷲のど真ん中。
絶体絶命!・・・
しかし、襲ってこない。よく見たら足が止まり木に繋がれている。さて、ワニだ。
早く会場に行かねば。先刻からヒトでガヤついているとこがあり、当然にそこが会場だろうと
思っていたが、係員に慣れぬ英語で聞いてみると、「それは隣だ」と。しばらくして気づいた。
爬虫類を見に着たのに、鳥しかいないことにまずおかしいと思うべきだった。
ここはお目当ての場所の隣にある「バードパーク」だった。後でまた入場する旨交渉し、
急いで隣のワニへ。汗だらだらで飛び込むと、丁度アトラクションは始まっていた。
芸はワニの口へのアタマいれと、ワニをキャメルクラッチして、口先をあごで受け止めるもの。
そして、入れ物からコブラを取りだし、なんとアタマを口の中に入れてしまった!
さすがはインド人。観客はほんの20人足らず。たかだか2万円にもならぬ売上のために、
よくもそこまで命をハレルものだとしごく感銘。
キリストがどんなに凄くてもお釈迦様には絶対勝てないと確信した。
因みに写真は撮ったけど上手く撮れてなかった。フラッシュたくのには勇気が要りました。
光に驚いてワニが口を閉じたら・・と考えると。その後、園内を見物したが、
芸を終えたインド人たちがそこらで一服中。小さいワニや白蛇と戯れており、欧米人の子供たちが
喜んで抱き上げていたが、自分には到底する気が起きなかった。やっぱり猛獣をバカにしては
イカンと思った次第で。ところで、そこに一人だけショウには出ていなかった兄ちゃんがいた。
腕にギブスをつけていた。やっぱり命がけで芸をやってるんだと、尊敬せずにはいられなかったッス。
ワニ園にたどり着き、どこにいるのやらと眺めた瞬間、ほんの1メートル先の足許に、
大口を開けたオオワニがいるのに気づき、ショック死寸前(柵越しとは言え)。
木製の橋の下には4〜5メートルはありそうなオオワニが何匹も横たわり、根性ダメしに恐る恐る
渡ってみたり。
トカゲ園、ここは柵の中に入ることが出来(係員は当然いない)、怖いもの見たさで単身入ってみた。
動きのとろそうなイグアナがたくさんいた。「へッ、気楽なもんだぜ」と油断した瞬間、背後に
気配を感じた。振り返ってみると、斜め後方にオオトカゲ! ヤバイ、退路を断たれた!
奴をにらみつつ出入り口へ戻り、九死に一生を得た。後で知ったことだが、オオトカゲは臆病らしく、
ヒトが来たら逆に逃げるらしい(しかし奴は逃げなかった)。
他にも2メートルを超える特大淡水魚、そして蛇の洞窟。ここがまた凄かった。
暗い部屋の中に数々の蛇がガラス越しにとぐろを巻いていた。恐る恐る観察。
急に上から水滴が降ってきて心臓は爆裂寸前! また暗闇に反応したカメラのレンズが急に
鞘を納め、その音にまたビックリ。保護色の蛇が多く、どこにいるかと思えばあらぬところに
顔を見せてたり、更に後半のキングコブラ(5,6メートルあり)、ニシキヘビ、アナコンダの
デカサ、太さにはもう驚愕するばかりだった。その気になればガラスを突き破ることなど至って
容易なことだろう。恐怖の虜となった自分はとにかくミジメだった。写真を撮ろうと下がった
ところで何かにぶつかった。
振り返るとワニ! しかも今度は柵がない!
でもよく見たら噴水の囲い用の作り物ワニだった... 一時が万事、こんな感じで、
赤道間近にいる筈なのに、鳥肌がたち寒気のする始末。あな、情けなや。
その後、バードパークに戻り、一通り見て周ってから、地下鉄で郊外の景色を楽しみつつ
市街へ戻る。
シンガポールは国内の色分けがはっきりしている。西部はジュロン工業地帯が広がり、
東部はゴルフ場や空港。北部は自然が多く、南部、中央部に街が広がる系図だった。
それでとにかく目立ったのが、マンションの多さ、というよりもさすがに国が狭いだけあって、
一軒家を殆ど見なかった。10階建てから20階建てくらいのマンションが、色とりどり非常に
カラフルに立ち並んでいた。
さて、遠回りをしつつ市街地に戻り、重要な作業、その日の宿泊先を見つけねばならない。
1泊4千円でチャイナタウンに泊った。「ドラゴンインチャイナタウン」、なかなか勇ましい
名前だが、部屋は至ってシンプル。テレビは電波が悪く映らない。この日は一日中、散々に荷物を
持って歩き回ったので、慰労を兼ねて、そばの中国街の足裏マッサージに行ってみた。
45分で千円強、安い。現場監督とは対照的に、痛みを感じる部分は殆どなかった。
後でおやじに聞いてみたら、
「健康だ」の太鼓判を押されご満悦。屋台で夕飯を食べ、
中華街をぶらぶらして宿に戻る。治安は確かに良い。暗闇でも危険を感じる場所が少ない。
8/22(水)
翌日、よほど疲れていたのか、起きたらすでに11時。チェックアウト時限の12時ギリギリに
宿を出る。この国はどうも夜明けが遅いせいか全体的に朝も遅い。すっかりそこだけ馴染んで
しまった。とりあえず中華街でお土産を買い、南部にあるセントーサ島へ。橋はかかってるし、
船でも5分ほどの小さな島だった。ビーチに赴きのんびり読書に興じる。本は「竜馬がゆく」の
第3巻。晴天のなか、椰子の実に凭れかかり2〜3時間ほど。ジャングルファイヤーの創始者が
西郷隆盛であることを知った。ビーチにヒトはまばらで、殆どプライベートビーチ状態。
これぞ心の洗濯!だった。
日が暮れ始めたので、また市街地へ戻る。また宿を見つけねばならない。シンガポールに来たら
高級ホテルに必ず泊るべし、と歩き方にあったので、勇気を出して電話で空きを調べてみるが、
どこも満室状態。部屋空いてるとこもあるが、電話口の相手の対応が気に食わず、行く気は失せる。
結局、1泊6千円のホテルに泊る。中国人経営のホテルだが、コンシェルジュがおり、フロントの
対応も良い。満足。軽く夕飯を食べに出て帰宅。
8/23(木)
3日目、また朝寝坊で昼近くになって行動開始。この日は国境を越え、マレーシアのジョホールバルへ。
バスでほんのコ一時間程度。ただ国境を越えることに変わりはないので、入国・出国手続きは
けっこう面倒臭い。駅を出ると、早速観光客目的のマレーシアンが近づいてくる。逆に質問をして
微笑み、「サンキュー」で爽やかに別れる。いつのまにか自分も逞しくなったものだと実感。
さて、マレーシアはシンガポールとはやはり雰囲気が異なる。そこそこ高層の建物は建っている
けど、そのすぐ隣に熱帯雨林が広がっており、都市とジャングルの融合、という印象を受けた。
お得意の屋台で昼食。値段も何も書いておらず、
韓国では絶対にやってはいけないことだが、
さほど心配もせずにあれこれ具を注文し、パイナップルソースの煮物に長粒の米を食す。飲み物は
なぜか
真っ赤なココナツジュース。全然合わん。値段はとにかく安かった。果物も美味しい上に安い、安い。
一切れ数十円とゴミのような値段に驚く。両替した千円分のお金はどうも使い切れそうにないので、
コンビニでルービーを買い、昼間っから呑む。
夕方になり、またシンガポールへ戻る。目的地はシンガポール動物園。ナイトサファリを見るのだ。
車で40分ほど見物した後、徒歩コースを散策。ベンガル虎やライオン、豹、蝙蝠などを間近で
見られるので迫力がある。猛獣の柵は木造で、ぶち破って襲ってきても不思議ではないような頼り
なさだった。基本的に人間と獣を隔てるのは幅、深さともたかだか2メートル程度の溝だけ。
よく事故が起きないものだと感心する。
空港行きのバスに乗り換えるため、10時過ぎ、市街地へ戻る。終バスは11時半過ぎ。
更に割高だが深夜バスもあり、乗りそびれることはないと安心。後は空港で一夜明かして帰るだけ
だったが、現金がまだ残っていたので、セブンイレブンを見つけルービー呑みながらバスを待つことにした。
350缶、3本。そばに座っている高校生くらいのガキの視線
(−案の定、「なんだこのダメ人間は」と言わんばかりのそれ)
も軽く受け流して、ひたすらバスを待つ。なかなか来ない。いつの間にか終バスの出る時間になった。
ダイヤが乱れているのか、なかなか来ない。今更の説明だが、バスには2種類あり、行き先表示が
電光掲示になってるものと、西鉄バスのようなビニル式(なんて言うんだ?)になっているものとがあった。
空港行きは必ずビニル式だったので、そのタイプだけをしっかり見ていた。すると、電光掲示式のバスが1台、
ピュイーンっとまるでそこにバス停などなきが如くに猛スピードで走り去っていった。
目を疑った、行き先に「チャンギ・エアポート」と書いてある!(もちろん、英語で)
やられた!
あっという間の出来事だった。深夜バスがある。余裕を失わずにまた待った。
しかし、12時半を過ぎても1台も来ない。
いい加減、我慢ならずにバス案内を再度良く見てみると、金・土だけの限定バス。
今日は金曜だけど、厳密には木曜深夜・・・。イカン、始発は6時。フライトは7時過ぎ。
ギリギリだ。いや、6時に必ずバスが来る筈はなかろう。朝のバスではフライトに間に合わない。
一方、通りにはタクシーが溢れている。しかし、如何せん、ビールを飲んでしまったために、全然足りない。
30〜40ドルは必要だろうが、すでに手持ちは10ドルもなく(ちなみに1ドル=70円)、
他にマレーシア通貨がちょっとだけ(200円足らず)。しばらくボーッとしてみた。そして決心した。
手持ちの金で行けるとこまでタクシーで行こう。そっからは歩きだ!
空港まで
20キロくらいなので、ぜんぶ歩いたところで十分間に合う。
空港でフンフンシャワーしてサッパリするつもりで残してた金だけど、これは諦めよう。
そういうわけで、そばで信号待ちしているタクシーの助手席窓をノックし、歩き方の地図を見せ、
手のひらにあるだけの金を出し、「空港に行きたいんだけど、手持ちの金はこれだけだ。どこまで行けるか?」と
英語で聞いてみた。
相手は50〜60歳くらいの痩せたミスターだった。お互い片言で話がうまく通じず、ミスターは青に変わった信号を見て、
「(車を一旦路肩に寄せるから)とりあえず乗れ」と言う。車中で、終バスを逃してしまったことを説明した。
彼曰く、「この金では半分も行けない」と。
ボクサー「それでも良いからいけるとこまで行ってくれ。そっからは空港まで歩いていくよ」、
するとミスターは「分かった。じゃあ、空港まで連れてってやる! 俺は空港のそばに住んでるんだ」
全く期待していなかっただけに
「本当か?」、狂喜した。
すぐに車は走り出した。市街地を少し出ると、シンガポールの道は途端に車もまばらになってしまった。
お互い片言の英語で会話する。ミスターはイスラム教徒だという。
「マレーシアに行ったら、肌を全身隠した女性もいれば、Tシャツに短パンの女性もいたが、どうしてか」
と聞いてみた。懇切に説明してくれるが意味はよう分からんかった。お互い片言だから、仕方ない。
タクシーだと、空港まではあっという間だった。20分程度か。早くも別れの時だ。丁寧にお礼し握手を求めた。
ミスターは快く応じてくれ、「今度また来た時はオレのタクシーを使ってくれ」、そう言って颯爽と去ってしまった。
空港に降りた自分は、ミスター号のバックライトが見えなくなるまで見送った。
「名前もなんにも知らないのに、また会えるわけないじゃん…」ツーンと喉にこみ上げてきた。
哀愁を残しつつ空港内に入り、受付が始まるのをロビーで雑魚寝しながら待った。
ヒトの親切が骨身に染みた、ちょっとホロニガの旅だった。
完