□ 春源流 □
桜と本流

前回のゲロッピィ事件以来、こと渓流への関心が低迷しつつあり、どうやら人並みにスランプと言う奴に陥ったらしい。
まぁ、釣りバカのスランプなんて非生産的で、ハタから見ると、檻の中で遠い目をしながら同じ動作を繰り返す老いたライオンの様そのものかも知れない。
檻から見える世界は、暖かい自由の風が吹く。
無風で乾燥した檻の中で、わたしはいつもの釣りに興じる。
いや、、狂じるのかも知れない。

どうも調子っ外れの春、週末ごとに寒気に襲われたり、雨に降られたりで、肝心のハッチと魚達の活性が安定しない。
いい加減、春も半ばであるし、そろそろ源流にも挨拶せねば。

峠を下ると植生が変わる。
北向きの斜面にあれだけ残っていた雪も、今は枯葉と新芽の薄い絨毯が剥き出しで、源流への入り口の林道脇では、タラの芽が「はよぅ〜採らんと丈るでぇ〜♪」と胸を張っている。
良い感じの淵が見えた辺りから川に漬かる。
もうすぐ昼時であるが、強いコントラストの渓は不気味なほど薄暗く、上空を音も無く過ぎ去る雲がやがて起こる強風を告げる。
アベレージゴギ
曲線に次ぐ曲線をやりくりして、支流へ。
ある堰堤の壷でやっとゴギに出会えた。
ブラックのパラシュートで、脇石に白泡が消える、まったりとした流れに付いていたゴギ。
ユスリカを啄ばむようにライズしていた。
堰堤の端から端までドライフライが優雅に漂う流れは全て網羅したが、結局二尾に終わった。
その壷は、それほど規模も大きくなく、釣り上がって来た流程での無反応さを見れば、これが全て、有魚だったのか?
主なのか?
ドライからウェイテッドニンフに変え、堰堤排水孔から落ち込む直下にドブンと放り込む。
お世辞でもスマートな釣り方とは言えないが、わたしは結構好きだ。
特に源流の大場所で、浮き流れるものに素っ気無いイワナなどは、この手で誘い出すほか術が無い場合が多い。
ドブン、、、ピューッ。とマーカーが走った。
あるいは、ジワ〜ッと沈むマーカーの先で、反転するゴギを見てフックアップする。
ドライで枯れた水面は、やはり沈める効果が覿面ってことだろうか。
ほどよく遊んだ後、薄っすらと日が差し込みはじめ、首筋に一筋の汗が流れていった。

さて、、、
ゴギに堪能したワケではないが、何となくヤマメと遊びたくなり、下流へと向かった。
途中途中の本流ポイントでは、数人の釣り人が見受けられるが、どなたも川下から吹き上げる風速に苦戦している様だった。
噂に聞く荒れた流れ。
また別の支流へ移動するも、風をまともに受ける地形に辟易し、ようよう辿り着いた流れは、建設機械で地均しされたようなショボショボ渓流であった。
細く、粗く、末期的な流れであるが、人工的に造成された流れかと困惑しそうな淵が時折顔をのぞかせた。
いわゆる大場所。ここで出なきゃ、魚は居らぬ。
そこへ、、ドブン。
じんわりと沈み行くマーカーにそっとロッドを立てると、意外と重いが鈍い振動が手に伝わった。
ほんのり桜色のヤマメであった。
本流から幽閉された支流の、それもここ以外に居ないだろうと思しき流れの主(鼻曲がり予備軍)。
恐らく、この渓は釣り人など受け入れない、魅力の無い流れである。
この一尾が天然種とは言えないかも知れないが、人の手を介さず息繋ぐ個体であることは想像に容易い。
桜色にしばし見とれ、数枚の写真を撮ってから元の流れにリリースした。



日曜日、お子達を連れて浄水場の桜見物に出かけた。
曇天、花曇、花粉、黄砂、、、ビールにお弁当。
飲んだくれのオヤヂは、娘の目にどんな風に映ったのであろうか。
ひたすら、眠たくて、でも月曜の仕事にムシャクシャしたり、次週末の釣りを企てていたり・・・