帝国政府の対米通牒



帝国政府の対米通牒

明白、米国の野望
      わが生存を脅威

  覚    書

一、帝国政府はアメリカ合衆国政府との間に友好的諒解を遂げ両国共同の努力に
より太平洋地域における平和を確和し、もつて世界平和の招来に貢献せんとする
真摯なる希望に促され本年四月以来合衆国政府との間に両国国交の調整増進並び
に太平洋地域の安定に関し誠意を傾倒して交渉を継続し来りたるところ過去八月
に亙る交渉を通じ合衆国政府の固持せる主張並びにこの間合衆国及び英帝国の帝
国に対し執れる措置につきここに率直にその所信を合衆国政府に開陳するの光栄
を有す

二、東亜の安定を確保し世界の平和に寄与し以て万邦をして各その所を得しめん
とするは帝国不動の国是なり、さきに中華民国は帝国の真意を解せず不幸にして
支那事変の発生を見るに至れるも、帝国は平和克復の方途を講すると共に戦禍の
拡大を防止せんがため終始最善の努力を致し来れり、客年九月帝国が独伊両国と
の間に三国条約を締結したるもまた右目的を達成せんがために外ならず
  然るに合衆国および英帝国はあらゆる手段を竭し重慶政権を援助して日支前面
和平の成立を妨碍し東亜の安定に対する帝国の建設的努力を控制せるのみならず、
或ひは仏領印度支那を脅威し帝国とこれ等諸地域とが相携へて共栄の理想を実現
せんとする企図を阻害せり、殊に帝国が仏国との間に締結したる議定書に基き仏
領印度支那共同防衛の措置を講するや、合衆国政府及び英国政府はこれを以て自
国領域に対する脅威なりと曲解し、和蘭国をも誘ひ資産凍結令を実施して帝国と
の経済断交を敢てし、明かに敵対的態度を示すと共に帝国に対する軍備を増強し
帝国包囲の態勢を整へ、以て帝国の存立を危殆ならしむるが如き情勢を誘致する
に至れり、右に拘らず帝国総理大臣は本年八月事態の急速収拾のため合衆国大統
領と会見し両国間に存在する太平洋全般に亙る重要問題を討議検討せんことを提
議せり、しかるに合衆国政府は右申入れに主義上賛同を与えながらこれが実行は
両国間重要問題に関し意見一致を見たる後とすべしと主張して譲らず

  不信、飽まで援蒋行為継続

三、よつて帝国政府は九月廿五日従来の合衆国政府の主張をも十分考慮のうへ米
国案を基礎としこれに帝国政府の主張を取入れたる一案を提示し論議を重ねたる
が、双方の見解は容易に一致せざりしを以つて現内閣においては従来交渉の主要
難点たりし諸問題につき帝国政府の主張を更に緩和したる修正案を提示し交渉の
妥結に努めたるも、合衆国政府は終始当初の原案を主張し協調的態度に出でず、
交渉は依然渋滞せり、ここにおいて十一月廿日に至り帝国政府は両国国交の破綻
を回避するため最善の努力を尽す趣旨を以て枢要かつ緊急の問題につき公正なる
妥結を図るため前記提案を簡単化し(一)両国政府において仏印以外の東南アジ
アおよび南太平洋地域に武力進出を行はざる旨を確約すること(二)両国政府に
おいて蘭領印度においてその必要とする物資の獲得が保障せらるる様相互に協力
すること(三)両国政府は相互に通商関係を資産凍結前の状態に復帰すること、
合衆国政府は所要の石油の対日供給を約すること(四)合衆国政府は日支両国の
和平に関する努力に支障を与ふるが如き行動に出でざること(五)帝国政府は日
支間和平成立するか又は太平洋地域における公正なる平和確立するうへは現に仏
領印度支那に派遣せられをる日本軍隊を撤退すべく又本了解成立せば現に南部仏
領印度支那に駐屯中の日本軍はこれを北部仏領印度支那に移駐するの用意あるこ
と等を内容とする新提案を提示し、同時に支那問題については合衆国大統領がさ
きに言明したる通り日支間和平の紹介者となるに異議なきも日支直接交渉開始の
うへは合衆国において日支和平を妨碍せざる旨を約せんことを求めたるが、合衆
国政府は右新提案を受諾するを得すとなせるのみならず援蒋行為を継続する意思
を表明し、次で更に前記の言明に拘らず大統領のいはゆる日支間和平の紹介を行
ふの時機なほ熟せずとてこれを撤回し、遂に十一月廿六日に至り偏に合衆国政府
が従来固執せる原則を強要するの態度を以て帝国政府の主張を無視せる提案をな
すに至りたるが右は帝国政府の最も遺憾とするところなり

  独善的主張をわが国に強要

四、そもそも本件交渉開始以来帝国政府は終始専ら公正かつ謙抑なる態度を以て
鋭意妥結に努め屡難きを忍びて能ふ限りの譲歩を敢てしたるが、交渉上重要事項
たりし支那問題に関しても協調的態度を示し合衆国政府の提唱せる国際通商上の
無差別待遇原則遵守については本原則の世界各国に行はれんことを希望し、かつ
その実現に順応してこれを支那をも含む太平洋地域に適用するやう努力すべき旨
を表明し、なほ支那における第三国の公正なる経済活動は何等これを排除するも
のにあらさることを闡明せるが、更に仏領印度支那よりの撤兵についても情勢緩
和に資するがため前述の如く南部仏領印度支那よりの即時撤兵を進んで提議する
等極力妥協の精神を発揮せるは合衆国政府のつとに諒解するところなりと信す
  しかるに「合衆国政府は常に理論に拘泥し現実を無視しその抱懐する非実際的
原則を固執して何等譲歩せず、(註:太字)」徒らに交渉を遷延せしめたるは帝
国政府の諒解に苦しむところなるが特に左記諸点については合衆国政府の注意を
喚起せざるを得ず
「(一)合衆国政府は世界平和のためなりと称して自己に好都合なる諸原則を主
張しこれが採択を帝国政府に迫れるところ世界の平和は現実に立脚し且つ相手国
の立場に理解を持し相互に受諾し得べき方途を発見することによりてのみ具現し
得るものにして、現実を無視し一国の独善的主張を相手国に強要するが如き態度
は交渉の成立を促進する所以のものにあらず(註:太字)」
  今般「合衆国政府が日米協定の基礎として提議せる諸原則について(註:太字)」
は右の中には帝国政府として趣旨において賛同に吝かならざるものあるも合衆国
政府が「直ちにこれが採択を要望するは世界の現状に鑑み架空の理念に駆らるる
ものといふの外なし(註:太字)」
  なほ日、米、英、支、蘇、蘭、泰七国間に多辺的不可侵条約を締結するの案の
如きも徒に集団的平和機構の旧構想を追ふの結果東亜の実状と遊離せるものと云
ふの外なし

  三国条約の義務履行を牽制

(二)合衆国政府今次の提案中に「両国政府が第三国と締結しをる如何なる協定
も本取極の根本目的たる太平洋全域の平和確保に矛盾するが如く解釈せられざる
ことにつき合意す」とあるは即ち「合衆国が欧州戦争参入の場合における帝国の
三国条約上の義務履行を牽制せんとする意図を以て提案せるものと認めらるるを
以て右は帝国政府の受諾し得ざるところなり(註:太字)」
  由来「合衆国政府はその自己の主張と理念とに眩惑せられ自ら戦争拡大を企図
しつつありと謂はざるを得ず、(註:太字)」合衆国政府は一方太平洋地域の安
定を策し自国の背後を安固となしつつ、他方英帝国を援け欧州新秩序建設に邁進
する独伊両国に対し自衛権の名の下に進んで攻撃を加へんとするものなるが、右
は太平洋地域に平和的手段により安定の基礎を築かんとする幾多の原則的主張と
全然矛盾背馳するものなり(註:太字)」

  仏印に九国条約体制企図

「(三)合衆国政府はその固持する主張において武力による国際関係処理を排撃
しつつ一方、英帝国等と共に経済力による圧迫を加へつつあるところかかる圧迫
は場合によりては武力圧迫以上の非人道的行為にして国際関係処理の手段として
排撃せらるるべきものなり
(四)合衆国政府の意図は英帝国その他の諸国を誘引し支那その他東亜の諸地域
に対しその従来保持せる支配的地位を維持強化せんとするものと見るのほかなき
ところ東亜諸国が過去百有余年に亘り英米の帝国主義的搾取政策の下に現状維持
を強ひられ両国繁栄の犠牲たるに甘んぜざるをえざりし歴史的事実に鑑み右は万
邦をして各その所を得しめんとする帝国の根本国策と全然背馳するものにして帝
国政府の断じて容認する能はざるところなり
  合衆国政府今次提案中仏領印度支那に関する規定は正に右態度の適例と称すべ
く、(註:太字)」仏領印度支那に関し仏国を除き日、米、英、蘭、支、泰六国
間に同地域の領土主権の尊重並びに貿易および通商の均等待遇を約束せんとする
は「同地域を六国政府の共同保障の下に立たしめんとするもの(註:太字)」に
して、仏国の立場を全然無視せる点は暫く措くも東亜の事態を紛糾に導きたる最
大原因の一たる「九国条約類似の体制を新たに仏領印度支那に拡張せんとするも
のと観るべきものにして帝国政府として容認し得ざるところなり(註:太字)」

  南京政府否認の態度固執

(五)合衆国政府が支那問題に関し帝国に要望せるところは或ひは全面撤兵の要
求と云ひ、或ひは通商無差別原則の無条件適用と云ひ、いづれも支那の現実を無
視し東亜の安定勢力たる帝国の地位を覆滅せんとするものなるところ、合衆国政
府が今次提案において「重慶政権を除く如何なる政権をも軍事的政治的かつ経済
的に支持せざることを要求し、南京政府を否認し去らんとする態度に出でたるは
交渉の基礎を根底より覆すものといふべく、(註:太字)」右は前記援蒋行為停
止の拒否とともに合衆国政府が日支間に平常状態の復帰および東亜平和の回復を
阻害するの意志あることを実証するものなり

五、これを要するに今次合衆国政府の提案中には通商条約締結、資産凍結令の相
互解除、円弗為替安定等の通商問題乃至支那における治外法権撤廃等本質的に不
可ならざる条項なきにあらざるも、他方「余念有余に亙る支那事変の犠牲を無視
し帝国の生存を脅威し権威を冒涜するものあり、従つて全体的に観て帝国政府と
しては交渉の基礎として到底これを受諾するを得ざるを遺憾とす(註:太字)」

六、なほ帝国政府は交渉の急速成立を希望する見地より日米交渉妥結の際は英帝
国その他の関係国との間にも同時調印方を提議し合衆国政府も大体これに同意を
表示せる次第あるところ、合衆国政府は英、豪、蘭、重慶等としばしば協議せる
結果、特に支那問題に関しては重慶側の意見に迎合し前記諸提案をなせるものと
認められ、右諸国は何れも合衆国と同じく帝国の立場を無視せんとするものと断
ぜざるを得ず

  平和確保のわが希望失はる

「七、惟ふに合衆国政府の意図は英帝国その他と荀合策動して東亜における帝国
の新秩序建設による平和確立の努力を妨碍せんとするのみならず、日支両国を相
闘はしめ、以て英米の利益を擁護せんとするものなることは今次交渉を通し明瞭
となりたるところなり、かくて日米国交を調整し合衆国政府と相携へて太平洋の
平和を維持確立せんとする帝国政府の希望は遂に失はれたり(註:太字)」
  よつて帝国政府はここに合衆国政府の態度に鑑み今後交渉を継続するも妥結に
達するを得ずと認むるほかなき旨を合衆国政府に通告するを遺憾とするものなり

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