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1994 winter RISHIKESH in INDIA NO.3
ヨガと瞑想

2〜3週間もするとリシケシの生活パターンも出来あがってきて、私は心から日本に帰りたくないと思ってきた。身体も心もシェイプされていくような感じがしていた。
ヨガを数年していても身体は固いままだったが、サスガに朝晩2〜3時間もやっていると、みるみる柔軟な身体になっていった。頭で倒立もできるようになった。
人間の身体ってどうにでもなるんだなということを自分の身体で実感した。ニケタンでの朝晩の瞑想の時間はとても気持ちのいいものだった。
冬の朝の5時半はまだ真っ暗。スワミ アトマタッツアのマントラ(お経)が響き渡る。澄んだとてもいい声だ。蓮華座という足を組んだ格好で目を閉じる。
雑念がいろいろ入って無の境地にはいたらなかったが、美しいマントラの響きは今でも耳に残っている。
道を歩く牛や馬
アシュラムの敷地内には犬、ウサギ、豚、サル、孔雀、道には牛や馬が人間と同じように歩いている。人間と動物ではなくて、人間も動物のひとつなんだということに気づかされる。
トイレは紙を使わず、水を使い手で洗うことに最初抵抗があったが、慣れるとお尻すっきり、ゴミもでず、紙を使ってゴミを出すよりきれいなことだと思うようになった。
スワミジが作るジンジャーミントティーは床でショウガをつぶし、小さなコンロでお茶とミントを煮たてる。床で調理することは一見きたないように見えるが、水できれいにしてから床を使うので、きたないどころか、むしろ清潔なのだ。まな板要らずで合理的だ。
スワミジに教わったこと

最後に 「日本に帰ったら赤いパンツと耳掻きを送って欲しい」 と頼まれた。赤い色が好きで美味しいもの好き、おちゃめな性格のスワミジ。
サルにバナナを盗まれ棒でおっかけまわすことがあっても、自分がそのとき食べられる以上のバナナを持っていたら、サルに分けあたえる。
階段の上の狭い3畳ほどのスペースがスワミジの家、狭い空間に寝床や調理器具、手紙や写真などがきちんと整理されている。おそらくもっと広いところをシバナンダーアシュラムからはあてがってもらえるのだろうけど、ここで十分と言っていたのだろう。
自分に“今”必要なもの以上のものは持たない。頑固にそうしているのではなく、ごく自然にそういう生活が身についているのだ。
スワミジにヨガを習ったり世話になった人が世界のあちこちにいるので、世界中からお金の寄付や贈り物が届く。
その中から“今”必要なものだけをとり、後はまわりに分け与える。明日の心配をして蓄えることはしない。お金やモノは天下の回りものということがよくわかった。但し、自分が回さないと自分のところには回ってこない。
ヒマラヤに続く道

リシケシはガンジス河の上流に位置する。ガンジス河というとバラナシで沐浴する茶色く濁った河が思い浮かぶが、ここはとても澄んだ美しいガンジスである。
オレンジ色の衣装を身にまとった修行者を頻繁にみかける。川原や崖の上で瞑想している姿にも出会う。修行者や巡礼者はさらに奥地のガンジスの源を求めてインド領ヒマラヤのウッタラカンド地方へ入っていく。
近くの山に登ると遠くに雪をいただいたヒマラヤ山脈が見えた
ヒンドゥーの巡礼地があちこちにあり、小さな寺院が点在する。ガンゴートリーというガンジスの源(標高3048m)にたどり着くには順調に行って、バスと歩きで丸2日はかかる。
冬の間は雪で道が閉ざされ、5月から10月の間のみ途中までバスが運行、夏場は雨季で土砂崩れが頻繁におこり、オンボロバスは細い崖っぷちの山道を猛スピードで走る。
年間何台かは崖下に落ちるそうだ。危険を覚悟で行かなくてはならない。それでもリシケシにいるあいだにもっと奥に奥に進みたいという思いがすごく強くなっていった。
ガンジスの源に一歩でも近づきたいという思いは、巡礼者のみならずガンジスのほとりに立つと湧き上がる。ヒマラヤには不思議な吸引力があるのだろう。
今でも名前を聞くとわくわくするガンゴートリー、ヤムノートリー、バドリナード、ケダールナートのウッタラカンド4大聖地にいつか行ってみたいと想い続けている。
(終わり)
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