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PRECIOUS EXPERIENCE

友人2


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ユーゴスラビアのこどもたちありがとう                            

 どこの国でも、世話になったり親切にしてもらった思い出はたくさんある。

モロッコで現地の人にしつこくガイドを迫られて疲れていたときに助けてくれた、セネガルからの留学生。

セネガルという国のことをこのとき初めて知った。約束して翌日再び会いセネガルの写真などを見せてもらった。

向こうも日本のことは何も知らなくて、お互いの国のことを興味深く聞き入った。

 ユーゴスラビアの列車で知り合った小学生の子供達。最初は怪訝そうにこちらを見ていたが、次第に打ち解け、名前などを筆談で教え合った。

彼らが列車を降りるとき、一人の子がボールペンをくれたら、次々に自分のかばんの中から、大事そうなステッカーやらペンなどを差し出してきた。とても笑顔のいい子供たちだった。

 早朝のフライトだったので空港で朝を待とうと、夜遅く行ったパキスタンのカラチ空港。

フライトの2時間前でないと空港に入れないといわれ、怪しげな人達に見られ夜明かししないといけないのかと不安だった時、上司とかけあって空港内に入れてくれた警備のお兄さん。その空港内で紅茶とカレーをご馳走してくれたパキスタン航空のおじさん。みんなありがとう。



これから…                           
 
こういう出会いがある度に、ああ旅をしてよかったなあとつくづく思ったのである。

同時に日本での自分を振り返ってみて、果たして外国人に、いや外国人だけでなく同じ日本人であっても、こういった誠心誠意のもてなし、心遣いをしてきただろうか…と随分反省をした。

 泊めてくれた家はけっして裕福な家ばかりでない。しかし自分達の寝るところをけずっても、泊めてくれたり、時間のやりくりをして歓迎してくれた。家が狭い、仕事が忙しい、お金がかかる等々理由をつけて敬遠していたこともある自分がハズカシイ。

お金をかける特別なもてなしはしなくていい。今度彼らが日本を訪れることがあれば、心から迎えよう。そして、人を心から迎えられる精神的なゆとりを持ちつづけよう。



最後に

 往路にタイに寄り、ヨーロッパのあちこちを巡り、帰路に立ち寄ったパキスタンと中国の北京、限られた予算の中で欲張って行けるだけ行った。

日本を出発する前に描いていた青写真はすぐに変更され、旅の途中でルートもどんどん変わっていった。それぞれの国を理解するには余りにも短い時間であった。

しかし、実際にその国の空気に少しでも触れてみると、自分なりのその国の感覚が実感できる。これらの国々は世界の一部であるが、この旅で世界の空気の少しは感じることができた。

 訪れた国はもちろんのこと、様々な国への興味は以前に増して沸いてきた。国際社会における日本の在り方が問われている今、これから先の舵取りを是非間違いのないように進めていってほしいと心から願っている。

微力ではあるが、それぞれの国のよさを知っている人間が各自に、できたら力を合わせてよい方向に向かうように努力していってほしいと思う。願いながら何も出来ないでいる自分に帰国してから憤りを感じているのだが、この気持ちは忘れないようにしたい。

 旅の先々でお世話になった方々、近況報告や励ましの手紙を送ってくれた友達、家族に心よりお礼を言います。(おわり)

 wrigthing 1989年 3月 


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