|6|TOP

PRECIOUS EXPERIENCE

友人1


前へ次へ

Part3友人

 旅行中たくさんの人のお世話になった。イギリスで学校生活をしたおかげで、ヨーロッパに住む友人を持てたことは学校生活で一番の財産になった。


ミラノのエミイ           

ユースホステルで ホームステイで同室だったイタリア人のエミイ。彼女の家では2晩し、家族の人達の歓迎を受け、ミラノをあちこち案内してもらった。
           
 イタリア人特有の根っから明るい性格の彼女は、同室だった頃は毎晩飲み歩いていて 

「Hey Chika 宿題なんてやめなよ!遊びに行こーよー、エッ勉強するの?日本人はクレージーねえ」 としょっちゅう罵声を浴びせられ、私はけっこう疲れていたのであった。

国民性の違いからくる生活習慣や考え方の相違で戸惑っていたのである。でも彼女がイタリアへ帰国すると、むしょうにさびしくなり、あの裏表のない性格が懐かしくなった。

再会した時は駅で抱き合って喜んだ。学校もバイトもキャンセルし、自慢のイタリア料理を毎食手作りしてくれた。

写真:ユースホステルでの食事風景


ハンガリーのガブル                         

 学校で同じクラスだったハンガリーのガブルにはハンガリーに滞在した1週間ずっと世話になった。

社会主義の国からは同じ陸続きのヨーロッパでも出国するのが難しくてイギリスに1ヶ月留学する手続きのため、何度も大使館に足を運んだそうである。

許可が降りても物価の低いハンガリーなどから物価の高い西ヨーロッパで生活するのは短期間でも大変である。ガブルは大学の先生で独身だったので、きっと実現できたのだと思う。

帰国直後の忙しいときに尋ねたが、ガブルの住むぺチェという街から4時間かかるブタペストの駅まで迎えにきてくれ、ホテルの予約から街の案内まで世話してくれた。

ガブルの家では「冷蔵庫も風呂も好きなように使って、すきなだけ泊まっていきなよ」と言ってくれ、勝手に食品庫に入り日本食もどきを作って、くつろがせてもらった。


トルコの潤理さん                          

 トルコでは全く見ず知らずの人の家に2晩泊めてもらった。ギリシャからトルコへ向かう列車で、もうじきトルコ人と結婚する予定の日本人女性潤理さんとたまたま出会ったからだ。

その家は潤理さんの婚約者の家で、すでに潤理さんも一緒に暮らしていた。親切なお招きの言葉を真に受け、ずーずーしくおじゃましたが、彼の家族も大歓迎してくれた。

2DKのけっして広くない住まいであったが、お母さんが日頃使っているベット使わせてもらい、自分達は応接セットをよけて布団をしいて寝ていた。日頃は別のところに住んでいるお姉さんまで駈け付けてきてくれた。




前へ次へ