|食べたトレッキング あれこれホテル ラオス・ルアンパパーン|ノート|TOP

旅行ノートから

(作成日 2003.06.21)



旅行の神様


私の妻は旅行好きである。私も旅が好きなほうだが、妻の旅行好きは、少々度を越している。4ヶ月前に、今回のタイ・ラオス旅行を決めてから、毎晩、インターネットで旅行情報を集めていた。タイ語の勉強も始めた。食事にも怪しげなタイ料理が並ぶようになった。

私はどちらかというと、事前学習はあまりせず、出たとこ勝負が多い。これは、値段の相場がわからなかったり、安宿の集まっている場所がわからなかったり、情報不足によって損をすることもあるが、海外の情報は不正確なものなので、思いがけずおいしい食堂を見つけたりすることもある。

旅の楽しみ方というのも人それぞれであるが、彼女の場合は、めいっぱい旅を楽しむ。私が宿のプールでくつろいでいるときも、一人で町を歩き回っている。歩き疲れるとマッサージに行き、夜は早く寝る。それで、朝はまた早起きして、涼しいうちに寺や朝の街の様子などを見てまわっている。


日本では、あまり買い物をするほうではないが、布や籠に目のない彼女は、わんさか買っていく。行きは、小さなリュックひとつなのが、帰りは店が開けるぐらいの大荷物となる。今回も大量の布をラオスのルアンパバーンで買った。

しかし、家に持ち帰って今までのコレクションと見比べて見ると、なぜかどれもよく似ているのである。バリで買った布、ロンボクで買った布、石垣島で買った布でさえ、どれも同じような色合い、柄だ。浅学な私はどこの布だか見分けがつかない。もちろん、それぞれの土地には、特徴ある色合い、柄があり、それこそ数多くの種類が販売されている。

私の妻は、そのずらりと並べられている中から、たくみに他の地で手に入れた、過去のコレクションを見つけ出し、買ってくるのである。かくして、家にやってきた布たちは、同じような柄、色合いのものになり、どこの国のものか見分けがつかない。

そんなわけで、売るほどたくさんある大量の布も、ある限られた人、そう妻本人にしか価値を見出せないのである。


さきほど、彼女はどこへでもがんがん行ってしまうと書いた。それは、周到な事前学習によってなされるかもしれないが、そうとばかりともいえない。はっきりいえば、無防備で無鉄砲なのである。

私は、2年ほどオーストラリア、アジアをバックパッカーしていた。その間相当痛い目にあってきた。妻は、1年間ヨーロッパを回ってきた。しかし、その1年間のバックパッカー生活のなかで、一度も不愉快な思いをしたことがないという。

ヨーロッパがオーストラリア、アジアより必ずしも安全でないというのは、多くの人の知るところである。パンツに隠しポケットをつけて、お金やパスポートを入れておいた私が盗まれ、手提げかばんにぼんと財布をいれている妻が盗まれない。

一体これは、どうゆうことだろう。彼女には、旅行の神様がついているとしか考えられない。かくして、私は、日頃、あれこれ口やかましい亭主であるが、旅行中はすべて彼女に従わざるをえないのである。

(チェンマイのプールサイドにて)


買い物

私は、買い物が苦手だ。交渉するのも面倒くさいし、持って帰ることを考えるとうんざりするし、買い物すること自体が好きでない。もちろん、必要なものがあれば買うが、旅行中において買うものの多くが、必要ないものだ。

おみやげだって、マカデミアナッツ以外に喜ばれるものはないことは、すでに知った。もらった象牙のキーホルダーをつけている人はいるだろうか。アジアで買う砂糖菓子の多くはそのまま捨てられる運命だ。

だから、私は、店をのぞくこともあまりしない。モノに興味がないことはないが、買わないで店をでてくるときに後ろめたい気持ちになるからである。店員さんは断られることに、すっかり慣れているだろうけれど、私は、そんなことが重荷になって感じてしまう。

今回のルアンバパーンは、特に困った。しつこいからではない。逆に控えめだからだ。値段を聞く。驚くほど安い。そんなに安くていいものかとボーゼンとしてしまう。すると、すぐにまた2割ぐらい安い値段を言ってくる。

しかし、それ以上安くなることはない。はっきりいえば、交渉下手である。2回目でファイナルプライスがでてしまう。もとよりあまり買う気はない。その前を立ち去ろうとする。すると少女は、悲しそうな表情を浮かべるだけである。

これは、ジャカルタや中国あたりで捨てぜりふを吐かれるより、ずしんとくる。そんなことで、ますます、私は、物売りの少女をさけてしまうのである。

(ルアンバパーンの宿で)


時代錯誤の人

旅行中、日本人に会って話をすることがある。先日も、チェンマイに住んでいるという年輩の日本人と話した。その人が、「タイは30年前の日本のようだ」といった。韓国へ行ったときも同様のことを言った人がいた。

そんなとき私は、ちょっと待ってよ、といいたくなる。タイの女の子だって携帯電話を使っている。30年前の日本の女の子が携帯電話を使っていただろうか。

その人の言い方には、他の国を見下したおごりを感じる。タイやラオスが30年後、今の日本のようなどうしようもない行き詰まった状況になるとでもいうのだろうか。

先進国という言い方に対して、発展途上国といういいかたがある。これも本当にそうだろうかと思う。GDPなどの経済的尺度だけでものごとをとらえるとこうなる。

国にはそれぞれの発展のしかたがあり、ある面では、日本が進んでいるかもしれないけれど、ある面では、遅れているところもある。

ラオスの人たちは、日本人の私たちに対して、ねたましげなそぶりを見せることはなかった。おいしいご飯を食べて、神に祈り、自然に感謝する。それだけで十分である。余分な二酸化炭素を排出することもないだろう。

われわれとどちらが、正しい生き方だろうか。タイやラオスの人たちから学ばなければいけないことがたくさんあると思った。

(ルアンバパーンのカフェで)


新バックパッカー事情

私が、リュックサックを背負って旅行していたのは、16年前のことだ。新しい町に着くと、まず、その町の中央郵便局へ行く。自分あてに手紙が届いていないか確かめるため。

事前にいつ頃、どこに着くからと家族や友人に知らせておけば、運が良ければ手紙を受け取ることができる。手紙を受け取るのは本当にうれしい。何度も何度も読み返す。

そして、大きな町についたら、領事館へ行く。そこには、日本の新聞が置いてあるからだ。久しぶりに見る日本の活字は、身体にしみこむようである。

今回の旅行で目に付いたのが、インターネットカフェだ。中をのぞくと、長期間旅行をしているとおぼしき欧米人たちが、熱心に画面に向かっている。メールのやりとりをしたり、自国のニュースを見たりしているようだ。タイだけでなく、ラオスにもあった。日本語の環境も整っている。

便利な世の中になったと思う。世界のどこにいても、個人レベルで即時に情報のやりとりができる。自分のホームページをもって、インターネットカフェで更新し、旅行中の情報を提供している人もいるらしい。

ホテルでテレビをつけたら、衛星放送でNHKが放送されていた。テレビをつけてごろんとしていると、どこにいるのだかわからない。

電波によって距離は縮まった。遠くへきたという感じに欠ける。これは、便利だが、ちょっと寂しい。

苦労して遠くにきた。何も束縛のないところで、精神を開放させる。これぞ旅の醍醐味だ。そして、たまにしか受け取れない自分のつながりを強く思う。このめりはりこそ、自分自身を見直すチャンスでもある。

(帰りの機中で)



|食べたトレッキング あれこれホテル ラオス・ルアンパパーン|ノート|TOP