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シャーカフスキー再考/Rethinking Szarkowski |
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Exhibition Catalogues and Books |
| The Idea of Louis Sullivan. 1956 |
| The Face of Minnesota.1958 |
| The Photographer and the American Landscape.MOMA, 1963 |
| ●The Photographer's Eye. MOMA, 1966 |
| ●Looking at Photographs. MOMA,1973 |
| Winogrand: Figments from the Real World. MOMA, 1973 |
| ed. From the Picture Press. MOMA,1973 |
| William Eggleston's Guide. MOMA, 1976 |
| ●Mirrors and Windows. MOMA, 1978 |
| American Landscapes.MOMA,1981 |
| ●Photography Until Now. MOMA, 1989 |
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Articles and Essays |
| Documentary Photography. |
| American Photography and the Frontier Tradition |
| Auguste Sander |
| A Different Kind of Art |
| Photography and the Mass Media |
| with Walter Rosenblum,Gordon Park and David Vestal, A Symposium on Photographic Style |
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Interview |
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Interview by Andy Grundberg. An Interview with John
Szarkowski. |
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Interview by Nat Herz. Steichen's Succesor:John Szarkowki. Infinity11(September1962) |
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Interview by Michael Kimmelman. Director Photography,John
Szarkowski. |
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Interview by Rob Powell.John Szarkowski. |
| 抄訳 |
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●Photographer's Eye(写真家の眼) 本書は、写真がどのように見えるのか、なぜそのように見えるのかについての研究である。つまり、本書は、写真の様式と写真の伝統に、〔言い換えれば〕今日の写真家たちが自らの作業の際に用いている諸々の〔写真の〕可能性についての感覚(sense)に関わっているのである。 写真の発明は、まったく新しい像〔picture〕制作のプロセス――総合ではなく、むしろ選択に基づくプロセス――を与えた。その差異は、根本的なものである。絵画は作られる〔made〕――伝統的なさまざまな図式や技、それにさまざまな傾向〔attitudes〕の貯蔵庫から構築される――ものであるが、写真は、路上で撮影された男がそう述べるように、撮られる〔taken〕ものなのである。 こうした差異によって、新たな秩序をそなえた創造的な問題が提起される。すなわち、この機械的で知性を必要としないプロセスが、人間的観点から見て意義のある像――明瞭であり、一貫性をそなえ、ひとつの視点をもつ像――を生み出すようにすることができるのだろうかという問いである。すぐに明らかになったのだが、古い形式をあまりにも愛する人々はその答えを見出さすことはなかった。なぜなら、写真家は、大部分、古くからの芸術的伝統を欠いていたからである。ボードレールは写真についてこう語っている、「この産業〔写真〕は、芸術の諸領域に侵入することで、芸術に死をもたらす敵となったのである」と。ボードレールの主張は、その言及のしかたからみれば、半分は正しい。つまり、たしかに新しいメディアが、古い基準を満足させることはできないだろうが、写真家は、自身の意味を明らかにするための新たな方法を見出さなければならないのである。 この新たな方法は、伝統的な絵画的基準に対する忠誠を放棄することができる人々によって――あるいは、手を切るべき古くからの諸々の忠誠をなんら有していない芸術的には無知な人々によって――見出されるのかもしれない。後者の類の人々は数多く存在している。写真は、その最初期から、〔芸術と〕共通した伝統や訓練を分け持たない無数の人々によって実践されているのである。そうした人々は、アカデミーやギルドによって訓練されたりひとつにまとめられたりすることはなかったし、自分の扱うメディアを科学、芸術、商売、娯楽というように様々なものとみなし、相互の仕事について知らなかったことがほとんどなのである。写真を発明した人々は、科学者でもあり画家でもある。だが、写真に職業的に携わった人々は、〔彼らとは〕まったく異なる運命をたどることになったのであった〔lot〕。『The house of the seven gables』でホーソーンが描く小説の主人公、ダゲレオタイプ写真家ホルグレイヴは、その典型からそれほど遠くはないであろう。
写真という新しいメディアのとてつもない流行は、数千人もの専門家を生み出すことになった――銀細工師、思想家、薬剤師、鍛冶屋、印刷工たちが写真家に転向したのである――。もし写真が新たな芸術的な問題であったのであれば、こうした人々は、すでに学んだことを何も捨て去らなくてもよいという利点をもっていた。そうした中で彼らは、イメージの洪水を生み出したのである。1853年に、『ニュー・デイリー・トリビューン』誌は、その年に三百万ものダゲレオタイプ写真が生産されていると見積もっている3。これらの写真のなかには、知識や技術の産物、感性や創意工夫にとむ産物もある。しかし多くの写真は、偶然の産物、即興、誤解、経験的な実験の産物だったのである。ただし、芸術によって生み出されようと、運によって生み出されようと、それぞれの写真は、伝統的な視の慣習への大掛かりな挑戦の一部になっていたのである。 19世紀後半の数十年までには、職業的写真家と熱心なアマチュア写真家たちに、さらに多数の日曜〔casual〕スナップ写真家が加わった。1880年代初頭までには、既製品として購入可能であった乾板が、処理しにくく面倒である湿板に取って代わったのである――湿板は、ちょうど露光直前に用意し、感光剤が乾く前に処理されなければならなかった――。乾板は、手持ちカメラとスナップ写真を大量に生み出した。写真は、簡便になったのである。1839年に、あるイギリスの作家は、次のように不満を述べている。新たな状況が、「生み出したのは、世界中にはびこる多数の写真家たちである。彼らは、ほとんどどのような状況下でも、こうしたものが芸術的なのだろうかと自問することなしに、あらゆる種類、サイズ、形態の対象を撮影するのである。・・・[中略]・・・彼らはヴュ〔view〕を探しだし、それが喜ばしいものであるなら、焦点をあわせて、撮影するのだ! 彼らが立ち止まることはない。なぜ立ち止まるるべきなのか、というわけである。芸術は誤りを犯すかもしれない、しかし自然は間違うことはない、と詩人は語る、彼らはその金言に耳を傾けるのである。彼らにとって、コンポジション、光、陰、形そして肌理が、数多くのキャッチフレーズになっているのである・・・」4。 何千人もの専門的写真家や趣味の素人写真家が撮影したこうした像〔pictures〕は、それ以前の像〔pictures〕とは異なっている。彼らによるイメージの多様性は並外れたものである。視点や光のかすかな変化の各々、つかのまの瞬間、プリントの調性の変化の各々が、新たな写真〔picture〕を作りだしているのである。〔もちろん〕訓練された芸術家ならば、色々な視座から頭や手を描くことができるであろう。写真家が発見したのは、手の仕草が無限に多様であり、太陽の光のもとにある建物の壁が二度と同じものにならないということだったのである。 こうした写真〔pictures〕の洪水の大部分は、混沌としており、偶発的なものであるように思えるかもしれない。しかし、いくつかのものは、それが奇妙ではあっても、首尾一貫性を得るにいたっている。〔そうした〕新たなイメージのなかには、忘れられないものもあり、それは、その限定された意図を超えた意義をそなえているように思われるのである。こうした忘れられない写真は、ひとが現実世界に再び眼を向ける際に、ひとの〔写真に対する〕さまざまな可能性についての理解を拡大している。そうした写真はそれが思い起こされるかぎり、まるで有機体のように、生き残って再生し進化しているのである。 しかし、新たなのは、写真が事物を描出する仕方だけではない。むしろ、写真が描出するのに選択する事物も新たなものなのである。写真家は「そうしたものが芸術であるかどうかを立ち止まって自問することなしに…〔中略〕…あらゆる種類、サイズ、形態の対象を撮影した」。絵画は骨が折れるもの、高価なもの、貴重なものであった。だから絵画は重要であると見なされるものを記録した。〔これに対して〕写真は、簡単なもの、安価なもの、遍在しているものであった。だから写真はあらゆるものを記録した――ショーウィンドウ、芝の家、ペット、蒸気エンジン、取るに足らぬひとびと。そしてこうした些細な事物は、ひとたび対象化され、永続化されると、つまり写真のなかで不滅なものにされると、重要性を帯びてくるのである。19世紀末までには、歴史上初めて、貧しい人々でさえ自分の先祖がどのような姿をしていたかを知るようになっていたのである。 写真家は二通りの方法で学んでいた。第一に、道具や素材に対する職人的な経験的理解から学んでいた(もし乾板が雲を記録しない場合には、写真家はカメラを下に向けて、空を削除することができたのである)。第二に、彼は、次から次へと終わりない流れの中で姿を現す他のさまざまな写真から学んでいた。写真家の関心が商業的なものであれあるいは芸術的なものであれ、彼の属す伝統は、彼自身の意識に刻印されたありとあらゆる写真によって形成されていたのだ。 本書に掲載された画像は、ほぼ125年に渡って制作されたものである。それらは、様々な理由から、様々な関心や才能を有する人々によって制作されている。こうした写真は、実際に、成功を収めたということ以外、そして共有される語彙以外に、共通したものをもたない。それらが共有しているヴィジョンは、流派や美的理論に属すのではなく、むしろ写真自体に属しているのである。こうしたヴィジョンを、写真に携わる写真家たちは、その潜在力をしだいに意識するにつれて、発見していくことになったのである。 もし上記のことがあてはまるのであれば、写真メディアの歴史を、このメディアに本質的にそなわっていると見なされてきた特徴や問題を写真家たちが漸進的に意識するようになったという観点から、考えることができるはずである。そうした五つの問題が以下では考察されている。これらの問題は、別々の作品カテゴリーを規定しているのではない。むしろ、それらは、ある単一の問題の相互に依存しあう諸側面として見なされなければならないのである。そういうものとして、五つの問題が、写真固有の諸現象にさらに充分に反応するような語彙や批評的視座を定式化するのに役立つことを期待している。 (試訳 ここまで 050821) 物そのもの ディテイル フレーム 時間 写真的視点 |
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