心霊「古」写真
Early Ghost-Photo or Ghostly Early Photo

 先日、『万国心霊古写真集』という本が到着した。数年前に東京で同名の「展覧会」が開催され、その際に「出品」された「作品」の複製図版が収録されたカタログである。

 ところで、「心霊」+「古」+「写真」という結びつきには奇妙さを感じないだろうか。語彙そのものの不安定さに加えて、その統辞的な順序も不可思議である。
 昨年のことだと思うが、「画像資料の考古学」というシンポジウムが開催された。その席上、「古写真」という語に含まれる違和感から話をはじめたのが木下氏であった。本来は「初期写真」とすべき言葉が「古」という接頭辞に置き換えられる。その反対語としての「モダン・フォトグラフィー」や「モダン・プリント」を穿っていくとそうした言葉の選択には主体によるオリジナルな表現としての写真という根強い価値観が背景にあることが分かる。
 また反対に「古写真」という語が「古文書」にならって作り出された歴史研究の側からの写真へのスタンスを如実に示すものであることも明瞭にされた。歴史研究の側からは、この「古写真」には何が写っているかという「被写体」にのみ関心を向けた態度が顕著なのである。もちろん、「古写真」には撮影者や被写体やその他のデータがあまりにも不足しているためにこういう名称を付けざるをえなかったという事情もある。ともかく、「古写真」でも「モダン・…」でも扱えない側面、つまり表現者としての写真家ではなく無名の多数の撮影者、またそれだけでなく彼等に関わった数多くの関与者、そして撮影された被写体の関係、撮影ばかりでなく画像の流通のルートや様態、こうしたコンテクストをおさえつつ、別種の写真の分析を行う必要がある。こうした内容だったと覚えている。

 「古美術」「古文書」などの語彙の由来はよく分からない。それなりに制度的な文脈があるという予想はできる。しかし、そうしたコンテクスト分析はいったんおいておき、別の角度から「古」という接頭辞を考えることもできるかもしれない。つまり、「古」とは起源情報が乏しく、その反面で情報に満ちてしまった痕跡、現在の文脈との連続性が突如切断されてしまったこうした物件を「古」と称するのだ、と。しかもそこには撮影時には予想だにされなかったノイズ=細部情報が事後的に発見される。「初期写真」という名称にはこうした時間軸の切断やノイズはない。連続した時間性と同定されるべき対象がそこには織り込まれている。写真が時間を堰きとめ、壊乱させるのだとしたら写真はすべて古写真だ、とも言える。あるいは「古生物」としての…ここでは古というのはextinctを指す…等など。

 「心霊古写真」に話を戻す。心霊写真という画像は19世紀半ばから1930年代までに流布した画像である。ただし、この心霊写真という名称は1970年代以降に定着した名称である。Spiritual,Psychic(al)など、原語にも混乱があり、そのため日本語では幽霊写真、念写、妖精写真、思考写真などさまざまな名称が冠せられてきた。この経緯は小池氏『心霊写真』からもよくうかがえる。心霊写真という言葉自体の死後性。これはすでに「心霊写真日記」でも述べた。
 ここに「古」というさらなる接頭辞が中間に介入してくる。心霊と写真を切断しながら繋ぐ言葉。心霊―「古」―写真とは、「古」写真という、起源情報をほとんど明らかにしないまま、その細部によって読みを促す写真性に満ちた写真であり、しかもそれが「心霊」という接頭辞によってアナクロニスティックな現出様態を補強される。「古」という幽霊性、「古―写真」という自明性を穿つ幽霊性。心霊写真に「古」が憑く。心霊古写真を目の前にして、通常の古写真を前にするように過去を回顧してはならないのは、以上の理由からである。

(2001年8月上旬)