厳密に技術的な使用法には属さない「写真理論」という表現には、説明がいくぶん必要かもしれない。私が理論の対象として提案しているのは、一連の技術とみなされる写真に限定されない(たしかに技術は理論内部で説明可能なのだが)。むしろそれは、意味作用の実践とみなされた写真である。「実践」ということでここで意図されているのは、特定の社会的、歴史的文脈の中での、そして特定の目的のための、特定の素材への働きかけである。「意味作用」の強調は、次の事実に由来している。つまり、写真の主要な特徴は、−写真が日常の社会生活に遍在しているものだとみなされているのだから−、意味の生産と散種への寄与ということだ。写真理論において構成されるべき対象の特性が記号的である、と論じることは、理論を「古典的な」記号学のカテゴリーに還元するということではない。たしかに、記号学は私が提案する理論には必須であるが、それは写真の制度、テキスト、分配や消費といった諸契機の複雑な表れを説明するには十分ではないのである(ましてや十分であるとも主張していない)。そのような異種混交性に直面すると、写真理論は「間−学問的」でなければならないということは明らかである。しかし、それは、単純に既存の学問をあれこれと並置するという問題のことではない。
例えば、今現れつつある写真理論のなかで最も未発達の面は社会学的要素だろう。きわめて一般的に、社会学のテキストのなかで写真に出くわすのは、「証拠」としてである、つまり、「世界への窓」としての写真という常識的発想でもって、社会学者は作業しているのだ。このタイプの社会学的写真との遭遇は、写真理論という企図にはまったく無関係である。写真理論は、表象手段が表象されるものに及ぼす規定作用を説明しなければならない。もっと適切なのは、写真の諸制度についての社会学的記述だ。しかし、ここでもまた重要性の基準が適用される。つまり、広告産業において写真家を支配している命令の階層的構造よりも、制度がその作用項[写真家]を−社会的階層には関係なしに−共通の信念のシステムへと導く、つまり、彼らを「宣伝活動を行う人」として構成する際の言説について記述することの方が、写真理論にとっては重要なのである。たしかに、私たちは、決定を下すという構造が諸々の信念の中で重なり合っているのだと思うかもしれない。しかし、広告の社会的効果に浸透しているものの「突端」は、諸々の信念なのだ(このことは、宣伝活動をする人の信念が単純にその聴衆へと「伝達されて」いるということではない)。
写真理論は、観察可能な体系的規則性−これが対象についての一般的な諸前提を支えることになる−を自らの対象として認めるべきだという、どの理論にも課せられる要求を免除されることはない。これは、すでに理論が教育されるということを認めていることである。たしかに、写真理論の推敲は、すくなくとも原理的には、教育の領域への介入となる。写真教育について語る際、私たちはまったく異なる二つの教育実践を区別すべきだ。第一の教育実践においては、ある特定の産業そして/あるいは商業部門のために職業訓練が行われる−学校が人々を広告写真家になるべく訓練するばあい−。このタイプの教育過程においては、学問研究は「実用主義的」になりがちだろう−その内容は、教育される特定の写真の形態との実践的関係に左右されるのだ。第二のタイプの教育過程では、特定の職業訓練が押しつけられることはない。学生たちは、むしろ写真の総体を一般的文化現象とみなし、どの方向を追究すべきかについて自分の考えを繰り広げるよう要請される。後者のタイプの教育過程の文脈においては、学問研究は発見習得の助けとして差し出される−独立した思考のための幅広い能力を展開するという関心のもと、学生に広範な事実を、数多くの批判的道具を提供することを目指しているのだ−。大多数の教育過程−その関心事は、「芸術」としての写真である−は、その明白な意図とは反対に、ニ番目よりも一番目のカテゴリーに属している。それらは、文化産業の部門−その所産が写真展示会や写真集である−のための職業訓練を提供しているのだ。そのような教育過程の学問的内容は、圧倒的に、芸術制度全体に浸透している支配的信念と価値への無批判な参入というかたちをとりがちである。そのような教育過程では、「批評」と「歴史」が、理論に取って代わっているのだ。
写真批評は、ごく一般に行われているように、価値評価的で規範的である。写真批評の最も特徴的な形態は、写真家の作品に向かい合った時の批評家個人の思惟と感情から成っている−批評家は、これらの思考と感情を共有するよう読者に説くことを目的とする−。伝記、心理学、当該の写真家の生活、そして批評家自身への参照が自由に行われる。批評において進められている「議論」はめったに議論[論証]であったためしがなく、それはむしろ、適切な言い方をすれば、まるで自分の権威が非のうちどころのないものであるかのごとく凱旋させられる、意見や想定の断定的主張なのである。そのような批評の主要な言説は、ロマン主義的美学理論、リアリズム的美学理論、モダニスト的美学理論の、不快で矛盾した融合物なのだ。「写真史」は、その大方が同じイデオロギー的枠組みのなかで生み出されているという点では、そのような批評を支えている。そのような「歴史」においては、「批評」のなかに見出される未論証のままの慣習的想定が過去へと投影され、そこからそれら想定が地位を転倒したかたちで招来される−もはやそれはたんなる想定ではない、議論の余地ない歴史的「事実」になっているのだ。
私が記述したのは、写真史と写真批評の支配的様態である。そこでは主要な関心は諸々の名声や対象へ向かっているし、そしてまた、その諸対象は名声を受け継いで商品になっている−売り場に適した歴史と批評。歴史も批評も、アプリオリにこの過程に委ねられてしまうのではないし、本書の各論文の中には、歴史や批評への別のアプローチから結果的に生じてくるいくつかの示唆がある。歴史や批評へのそのような別のアプローチは、写真についての議論を或る狭溢な技術主義的、そして/あるいは、美的な観念領域へと閉じ込める傾向を拒絶する。それが目指すのは、むしろ、写真を実践そのものとしてばかりでなく、社会全体に関連づけて理解することである。このホーリスティックな企図は、伝統的にはマルクス主義文化理論のそれであった。マルクス主義文化理論は、私が着手した意味生産という話題に、最近、じょじょに取り組むようになってきているのだ。本書のすべての論文にはマルクス主義的諸概念が広く浸透しているのだから、私がここでマルクス主義文化研究における現今の論争の状況をすくなくとも大まかに粗描しておくのは適切なことなのである。