Batchen on Crary
G.Batchen
 
「奴隷となった君主、観察される見物人
:クレーリー『観察者の技術』について」


 
以下に紹介するのは『Burning with Desire』で知られる、バッチェンによるクレーリーの著書の書評です。
 写真を語る際に必ずつきまとうカメラオブスクラ的モデル、あるいは写真は機械化されたカメラオブスクラであるという言いまわしにたいして、クレーリーは自明な感覚をその歴史や文化へ差し戻すことで分析を始めている。ただし、彼の言う主観的視覚が写真とどのような接点を持つのか、これがいまだに不明瞭なのである。この書評は、写真論にとってクレーリーの議論が何をもたらしてくれるのか(くれないのか)が明らかになるという点で興味深い。
 前半は、クレーリーの著書の概要のおさらい、後半がいくつかの問題点の指摘になっている。前後半の区別や小見出しなどは例によって紹介者によるものであることを断っておく。


1 クレーリーの著書の概要

1800年を境にしたシフト
 ここでまとめられているのは、カメラ・オブスクラ・モデル(真理的モデル、表象の光学)から主観的視覚(非真理的、生理学的モデル、表象の力学)へのシフトの概要。詳細は省略。
 前半のまとめのなかで興味深いのが、ステレオスコープについての議論である。すでに『観察者の技術』のみならず、ロザリンド・クラウスの『視覚的無意識』『オリジナリティと反復』でも議論されているテーマであり、しかもこの装置自体が写真史のなかでは重要な位置を占めると思われるので取りあげておく。

・ステレオスコープについて
 クレーリーのステレオスコープについての議論は、この機械の視覚効果が観者による身体化を経る点を強調している。一見すると、この読みは、セクーラが論文
「写真における交通」で与えた読みに反するように思えるだろう。

「…〔ステレオスコープの〕経験は脱身体化された視覚経験、つまり、イリュージョンを台無しにするフレームという境界を欠いた視覚経験なのである。だから、ステレオスコープ的手法は、脱物質化された形式への信頼をとりわけ生じさせる傾向があったのである」。
セクーラ

セクーラの読みは、
1850−60年代のホームズの記述に基づいているホームズは、ステレオグラフが、夢のような高揚を生み出し、私たちは身体を後にして、まるで肉体から離れた魂の如くに次から次へと奇妙な場面へと漂う、と言っているのである。他方、クラウスは、ステレオスコープが孤立し没入した観者に、面から面へと目を周期的に焦点化しなおす感覚を与える様子を強調している。目の運動と身体全体の運動が同義のものとされているのである。
 だから、クレーリーの強調点とは逆に、ステレオグラフの経験への鍵は、目が脱身体化されると同時に再身体化される点なのである。別の言い方をすれば、見るという単一の行為の中で観察者が、分離し、だがつながった2つの身体化のあいだを行き来させられているということである。顔の前に据えられた覆いつきの道具によってあらゆる逸脱から遮断され、観者の目は自身の身動きすることのない身体から分離され、眼前に繰り広げられる後退する諸々の映像平面を自由にさまよい抜けていくのである。この漂う目は、同時にまた、もうひとつの身体のための小型の義眼となっている。観者は、ホームズが指摘するように、浮遊する幻覚的な四肢の感覚を楽しみ、それによって、自らが、見られる表象の統合的な部分となっているのである。
 重要なのは、そのようなテクノロジーが、
1800年前後の数年の、デカルト的な観察者と観察されるものとの、主体と客体との、仮想的なものと現実的なものとの、表象とリアルとの境界の解消のひとつの現れであるということだ。この解消は、クレーリーが論じるように、近代性そのものの根本的な条件のひとつなのである。

・フーコーとの近接性
 すでに見たように、クレーリーの本書は、
19世紀初頭のデカルト的カメラ・オブスクラのパラダイムの急激で徹底的な崩壊について、そしてそれと同時に起きた近代的なまったく異なるタイプの視覚的、認識論的現象についての読みを与えてくれる。そしてまた、この本は、視覚的装置が、もっと広範な事象と権力の集合の中に埋めこまれていると主張している。とくに有益なのは、彼が、視覚の歴史的特異性を強調している点、そして「表象の真実性へと向かう進歩(ルネサンスの遠近法と写真を同様の「自然的な視覚」の客観的等価物への探求の一部であるというふうに)」を説明する人々を拒否している点である。
 この歴史的方法として、クレーリーは、単線的な連続性に抗する歴史的方法を採る。しかも実際に、彼による、脱中心化された近代の観察者――同時に動的でも不動でもある、観察者でも観察される者でもある、ステレオスコープやカレイドスコープが構成する観察者――の記述は、『言葉と物』でのフーコーの近代の分析に直接由来しているように思われる。「人間とその分身」の章で、フーコーは人間とは
1800年頃の数年に初めて現れる形象であると論じている。しかも人間とは超越的−経験的ニ重体であると述べているのである。
 クレーリーの視覚についての説明は、フーコーの近代の記述を固守している。フーコーは近代の人間主体を、逆説的なことに、認識の主体であると同時に客体でもある存在、奇妙な経験的−超越的ニ重体として理解する。クレーリーの本では、この同じ登場人物が、
1800年頃に、同時に視覚の主体かつ客体になるものとして登場しているのである。
 クレーリーの明らかにフーコーに啓発されたアプローチは、テクノロジーとその効果という問題についてのきわめて洗練された分析を与えてくれる。それは認識、権力、主観性の間の密接な関係について語ってくれるのである。重要なのは、彼が、差異と歴史的変化が重要な役割を果たす視覚の歴史を主張している点である。
 しかし、このような試みは、解決するのと同じだけの数の問題を必然的に生み出している。このような本は、慣習的な歴史記述への挑発なのである。それは進化的物語や語られないままの諸前提を問題的なものとみなす。だから、この本にたいして読者ができる最も価値ある反応とは、今度はその諸前提に挑戦し、その論争的な範囲を拡大するということなのである。




2 クレーリーの問題点

 さて、バッチェンによるクレーリーの批判は以下の6点である。
(1)写真をどう扱うのか?
(2)モダニスト的修正主義という批判
(3)表象と現実の区別についての批判
(4)言説と実践の分離への批判
(5)モデルの字義通りの適用への批判
(6)意識性への力点にたいする批判




(1)写真をどう扱うのか?

クレーリーは、カメラオブスクラと同様に、写真が世界の真理的知覚を与えるものとみている。たしかに、観者の運動性の点では、写真カメラはカメラオブスクラの静的視点を再現しているように思える。しかし、クレーリーによれば、写真がカメラオブスクラの生まれ変わりであるのなら、それは近代がすでに覆した一連の諸関係の「蜃気楼」としてでしかないのである。ここにクレーリーの説明が孕む、問題的な矛盾の源がある。

「写真は視覚的消費のモードとしてステレオスコープを打ち負かした…なぜならそれは、カメラオブスクラの自由な主体がいまだに実行可能であるという虚構を再創出し、永続化させたからである。写真は、以前の「自然主義的な」絵画的コードの継続であるように思われた。しかし、その理由は、写真の主要な慣習が狭い範囲での技術的可能性に限定されていたからなのである(つまり、経過した時間を不可視のものとし、焦点の合った対象を記録するシャッター速度、レンズの絞りのこと)。しかし、写真はすでに、単一の視点によって束ねられた観察者とカメラオブスクラとの不可分性を廃棄し、新たなカメラを、根本的に見物人からは独立した装置にしているのであり、しかもそれが観察者と世界との間の非身体的な透明な媒介物のふりをしているのである」。クレーリー

この部分の記述を追っていくのは容易ではない。しかしそれを解読することは、クレーリーの議論のやりかたを理解するには必要である。彼は、写真とカメラオブスクラが、同じ真理的な視覚方法を共有しているように見えると主張する。しかし、わたしたちはまた、すでに、歴史的対象としては写真とカメラオブスクラが徹底して異なるものである、とも言われているのである。私たちに語られていないのは、両者がどんなふうに違うのかということである――もちろん、クレーリーの残りの説明から推測すれば、主客関係の意味一般が古典時代から近代の時代へのシフトの間に総体的に変容したということになるのだが――。もし両者の意味が異なるのならば、同様に対象も異なるにちがいないだろう。しかし、私たちが問いたいのは、同じ歴史的時期において、ある新たなテクノロジーがデカルト的認識論を保持し(写真)、別のテクノロジー(ステレオスコープ)が別の認識と主観性の近代的形を表すということがどのようにして可能なのか、ということなのである。
 わたし自身の著作はクレーリーのものにいくつかの類似点をもっている。例えば、わたしが論じたのは、
1800年頃に出現した写真を撮る欲望が同定可能な歴史的文化的特殊性をもつということであった。しかしわたしの著作は、クレーリーが想定上は真理的であるとする写真と、同時代のさまざまな非−真理的装置(例えばステレオスコープ)との間に立てた対立には、異議を唱えることになる。反対に、写真の発明者たちが生み出した諸言説はまさに、クレーリーがステレオスコープとカレイドスコープに具現化されていると見たのと同じ、認識論的危機の記号を示しているのである。例えば写真は、そのパイオニアたちには、固定されていると同時に一過的な、自然を描くとともに自然自らに描かせる、対象を反射するとともに構築する、自然の領域と文化の領域どちらにもかかわっている、表象様式とみなされている。言葉を換えれば、写真の発明者たちはそれをたんに外の世界への透明な窓やデカルト的な視覚方法の、問題なき再現と見なしていたのではなかったのである。

 しかし上で引いたクレーリーの一節には、ある意味で写真は、それ以前のカメラオブスクラが持っていたのと同じデカルト的な認識論を表すようになる、と示唆されている。さらにいえば、クレーリーは、事実、写真が視覚方法としてステレオスコープに大勝利を収めたのは、写真がこれ以前の認識論を表していたからである、と暗に言っているのだ。そのような大勝利はある意味で必然的だったというのである。この説明によれば、カメラオブスクラの与える視覚は、――彼自身の記述によれば――それが表象するデカルト的認識論そのものが分裂させられ、置きずらされ、転覆されていても、永続し、支配している「真理」なのである。クレーリーは、どこにもどのようにしてデカルト的視が奇跡的にも
19世紀に復活させられたのかを説明してはいない。



(2)モダニスト的修正主義という批判

 クレーリーは、その様々な非−真理的選択肢(ステレオスコープ)を評価するが、その背景として不動の「リアルなもの」がある。それは、内面の形而上学、モナド的視点、統一された空間を備えたデカルト的視覚である。この点で、彼がステレオスコープとカレイドスコープの発明を詳細に調査して、カメラ・ルシーダや写真のような同時代のテクノロジーを選択していないということは興味深い。おそらくその理由は、ステレオスコープなどの装置のイメージが、
19世紀のアヴァンギャルド芸術実践の帯びる断片化され、多元的な現象に比較的都合よく似ているからなのである。
 事実、ハル・フォスターの指摘によれば、視覚と身体の同等視が抽象において頂点に達するモダニスト運動の前提条件である、とクレーリーが示唆できるのは、クレーリーが視覚と身体を同一視することに関心を寄せているからなのだ。クレーリーは、この点で、モダニスト美学や芸術理論を予期するゲーテやショーペンハウアーとともに、ターナーやセザンヌをもその典型とみなしている。
 しかしなぜ、そのようなモダニスト運動の予期が重要とみなされるのだろうか? なぜモダニストのアヴァンギャルド美学が、規範的だが近代的な視覚方法に対立して、
19世紀の視覚の歴史を組織する中心的な視であるのだろうか? たがいに対立する真理的な知覚様式と非−真理的な知覚様態とのあいだでの自然選択的闘争という観点からこのような説明を構造化する際に何が重要なのだろうか? この点で、クレーリーの「徹底的な視覚の再配置化」という考えは、驚くほど慣習的であると同時に狭く美術史的なものなのである。
 近代を反動的な自然主義者と進歩的で反−リアリスト的なアヴァンギャルドとのあいだの永続的な芸術的闘争として示しつづけるような歴史にたいして、厳しい問いかけがなされるべきである。ピーター・ガラシの『写真以前』での議論と同様に、クレーリーの歴史は、アヴァンギャルドの修正主義的なヴァージョンにあまりにもしっくりと適合してしまう。それは、アヴァンギャルドの起源をさらに
19世紀初頭の数年に移動させ、ただし不十分にしかその特殊な前提や価値主張を問うことがないということいなってしまう。



(3)表象と現実の区別の問題

 現象と類似物、同一性と差異の問題は、クレーリーの説明の混乱の核となる問題だろう。
 一方で、彼は、写真がカメラオブスクラとの「形式的な比較」しかもたらすことがないと主張する(それゆえ彼がおこなう比較の結果は、表面的なもの、幻影、「蜃気楼」なのである)。
 しかし彼はその後で、写真が成功したのはまさに、それがカメラオブスクラの自由な主体がいまだに実行可能であるという虚構を再創出し、永続化したからだと論じている。言葉を換えれば、彼は、カメラオブスクラと写真が実際には徹底して異なるものなのかどうか、それとも両者はたんにテクノロジーの刷新や近代的進歩の装いの下でのデカルト的視覚効果の継続的産出なのかどうか、を決定することができないようなのである。それゆえ、事実と虚構、写真の本性である現実性と所与の歴史的瞬間の現実性の表象とのあいだに対立が立てられる。しかし、現実性がすでに表象ではなくなっているのはいつのことなのか、表象が現実の生と共犯関係にはないのはいつのことなのか? これは、人が両者のあいだに明瞭な区別をしようとす際に起きる重要な概念的問題なのである。このばあいは歴史が、クレーリーの分析の中で強力な構成要素として働き、そして最終的には玉虫色の背景となっている。この背景ゆえに、権力の様々な意味と配置は変化していくのだが、この背景の背後にはさらにリアルなものが隠されていて、それが常数として存続しているのである。



(4)言説と実践の分離への批判

 クレーリーは、このリアル/表象の分裂のことを、歴史的方法にかかわる最初の章で詳述している。あらゆる歴史的選択は現在の関心に仕えているのだ、と主張する文脈のなかで、彼は「歴史の中に連続性や非連続性といったものがあると指摘する必要はないだろう、それは歴史的説明においてのみ存在するのだ」と言う。
 同様に、歴史と事実、言説と現実の変化との間の境界は、比較的早いページに出ている。

「もしわたしが視覚の歴史という観念に言及するなら、それは仮説的可能性としてのみである。知覚や視覚が実際に変化するか否かは重要ではない、なぜならそれは何ら自律的な歴史を持たないからである。変化するのは、知覚が生じる領野を構成する多元的な諸力と規則なのである」


クレーリーは、このような慎重な主張をする際、言説とはそれが語る対象を体系的に形成する実践であり、そしてそのような実践過程において主体は漸進的に、現実的に、物理的に構築されていく、というフーコーの主張を忘却するようにしている。もし、フーコーが主張するように性がセクシュアリティについての言説によって生み出されるのなら、知覚も、視覚についての言説の中での諸々の変容の帰結として「現実に変化する」と想定する必要がないはずはないであろう。


(5)モデルと実際の同一視への批判

 クレーリーの説明の問題点は、彼が、テクノロジー決定論に依拠しているという点である。これは彼が自ら回避したいと言っていたことなのである。彼はデカルト的カメラオブスクラを、外的世界と内的表象との一連の固定した関係を輪郭づけるパラダイムとして記述する。しかしその後彼は、(予め定められた真理の)受動的な受容ということと、観察者の身体部分の文字通りの受動性を同一視している。同様にまた、彼は近代的な視覚方法を、物理的経験の範囲の拡大や能動化した目とを同一視している。あたかも、高められた視覚的刺激が、古典時代の様々な拘束との断絶を示す尺度であるかのようなのである。クレーリーがデカルト的受動性と近代的能動性の間に立てる対立は、納得のいくものではないし、その対立から導き出される議論や説明も納得のいくものではない。彼がおこなうように、「近代において視覚対象が人間の身体と共在する」と論じることと、この「じゅうぶんに身体化された観者を、もっと動的で利用可能で生産的な観察者をという近代の要請」に直接的に結びつけることは別のことなのである。これは巧みな修辞的置きずらしだと批判することができる。
 ただし、テクノロジーと身体化と社会的命令との間の相互関係にかんしてクレーリーが挑発的な問いを発している点は、否定すべきではないのだが。


(6)意識性への批判

 クレーリーの説明は、上述のテクノロジーと身体と社会相互の関係において中心的な役割を、意識的理解に与えがちである。つまり、近代の観察者のもつ意識――例えばステレオスコープの性質や新たに発見された目の物理的機能についての意識――が、近代における主観性の存在の身体化にとっては、必須であるように見える。
 この身体化は言い表すのが困難な過程だということは誰も否定しないだろう。しかも、彼は説明の他の部分では、その複合性を視覚的認識論や社会的変化そして視覚的テクノロジーの発明の問題に関係付けるという最も興味深い試みのひとつを与えている。
 にもかかわらず、フーコーの次のような意見を考慮に入れてもらいたいと思う。
「私が示したいのは、いかにして権力関係が、主体自身の表象による媒介にさえ依拠することなしに、物理的に身体を深く貫くのかということである。もし権力が身体を掌握するならば、これは、人々の意識の中にまずは内面化されねばならないという手段を通じておこなわれるのではないのである」(フーコー)。
 


以上のような6点がバッチェンの批判である。簡単にまとめておくと、
 ステレオスコープになぜ写真が取って代わり得たのか、それは写真が以前のカメラオブスクラを偽装していたからだとクレーリーは言う。彼はそれ以上写真の分析に向かわない。しかし、一九世紀には表象と主体の関係は変容しているのだから、そのような「再創出」や「永続化」は不可能なのではないか(1)。実は、クレーリーはその挑発的な分析の背後の背後に、―対立項として、あるいは理論的言説という水準では手をつけられることがない―カメラオブスクラのパラダイムに浸透された現実感を残存させているのではないだろうか(3、4)。あるいは逆に、クレーリーは、言説的水準(視覚モデル)と文字通りの現実とをあまりにも安易に混同してはいないか(5)。クレーリーが分析の対象とするのはあまりにも意識的なものすぎないだろうか(6)。
 最後に、クレーリーは芸術には距離を置きながらも、間接的にモダニスト芸術の修正史観となってしまっていないだろうか(2)という批判も可能だということである。

これにたいする反批判や他の批判があればまた紹介します。


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