Damisch,Hubert
Five Notes for the Phenomenology of the Photographic Image
(写真イメージの現象学のための5つの覚書)

 

クラウスの『写真的なもの』序文に先立つダミッシュの写真論。オクトーバーの写真論特集に掲載されている。ダミッシュ自身の紹介については『スカイライン』(青土社)のあとがきにゆずります。


[紹介]


写真の「現象学」−
Re-ductionの軌道−

写真の「現象学」と聞くと、通常は、そこでは意識のなかで像が像として形をなしてくる志向作用において捉える方法が試みられているのではないか、と誤解されるかもしれない−例えば、黒と白の粒子がやがて輪郭を帯び、形象となり云々…−。しかし、ダミッシュはまず写真というシステムを、「光学的」な反射=反省の枠組みではなく、「痕跡的」な力動のなかで捉える軌道を呈示する。なぜなら、写真のもつ物理化学的な刻印のプロセスは、写真の本質の中に「偶発的な」要素が必然的要素として包含されることを決定づけるからである。写真が被る数々の逆説的な特性付け−非現実的な現実性など−、写真以外のイメージとは異なる特性は、ここに由来している。写真の現象学とは、写真が現象学的還元の不可能な要素を本質としてもつことを明らかにする、あるいは別の現象学的還元を強いるのである。

写真の現象学のために、もうひとつの系列が考察される。それはカメラの系譜学である。しばしば写真史のなかでは、カメラ・オブスクーラ以来の歴史が語られ、化学的な定着プロセス発見というある種の切断が強調される。あるいは、逆に写真技術発達史のなかで光学的仕掛けに化学的発見が加わったものなのだ、と連続性を保つ説明もなされることが多い。しかし、ダミッシュはどちらの手続きもとらない。彼は、写真イメージが登場した際の「自明さ」に注目する。写真カメラは、それが既存の空間構成のシステムに順応していただけなのであるから。したがって写真イメージはけっして「中立的」でも客観的でもない。「中立的」とみなすように忘却を強いる構造、それが写真カメラの本質であり、それは偶発的な本質なのである。ここらへんはダミッシュの『遠近法の起源』と絡み合わせてみると面白いかもしれない。

 写真イメージは生産の水準ばかりでなく、消費=消耗の力学においても捉えることができる。それは、何も役立つものを創造しない有用性の破壊であると言われている。オリジナルとコピーの話を結び付けてもよいし、アウラの破壊を論じてもいいかもしれない。しかし、ダミッシュのテーゼはそれ以上のことを暗に示唆している。写真イメージがいつもすでに「擦り減った」という時間性をもつということ、そして、さらに言えばこの最初から「擦り減った」メディアが、その発明当初には、やはり「擦り減った」事物を定着するために使用されたということ。この二重の「時差」が提起されている。

以上列挙した写真の偶発性の喚起、これが写真の現象学を強いるのだと言われる。つまり、写真の偶発性は、写真にかんしてそのつど思いなされている本質や歴史的役割をつねに引き剥がし、偶発的なものにしてしまう。写真を撮る=考えるということは、この偶発性の偶発性へと触手を伸ばしていくことに他ならないのである。
 写真の「現象学的還元」とは、文字どおり「
Re-duction」すること、つまり、つねにこのような運動の起点へと引き戻されながら、同時にあらたな経路をつむぐという、運動なのではないか−とひとまずまとめておく。
(以下ダミッシュの写真論の訳)




 理論的に言えば、写真は記録過程、つまり、銀塩の感光乳剤への書き込みの技術、光線によって生み出される不動のイメージに他ならない。この定義は、注意しておくが、カメラの使用を前提にしてもいなければ、獲得されたイメージが外界に由来する対象や現場のイメージだということも含意してはいない。私たちは、プリントが光源に直接さらされたフィルムから得られることを知っているのである。この種の努力が帯びる第一の価値は、写真イメージの性質や機能についての省察を誘発するという点である。だから、まさに「写真」という観念の基本的諸要素のひとつ(カメラ・オブスクーラ)を上手く除外するかぎりにおいて、それは現象学的分析の実験的等価物を生み出していたのである。現象学的分析は、考察される現象の本質を、その現象を一連の諸々の想像的変異にしたがわせることで把握することを意味しているのである。




 しかし、写真のようなイメージを記述する際に人々が感じる抵抗感は、文化的対象について、つまり歴史的に構成された実在物[essence]について現象学的に−形相的経験、本質の読解、という厳密な意味での−反省することの困難さの明白な印なのだ。さらに言えば、写真資料のもつ全条項のなかには、超越論的秩序ではないにしても、それでも写真イメージ自体の理解の条件と思われるある一定数の「テーゼ」が明らかに含まれている。この種の資料[写真]を他のイメージと同様に考察するということは、写真の由来やその経験的機能にかんしてのあらゆる知識−そして、あとで分かるように、あらゆる先入観さえ−の括弧入れを要請することなのだ。それゆえ、結果的に、写真の状況[photographic situation]はアプリオリに定義することはできない、つまり、写真の基本的構成要素を、写真のただの偶発的にすぎない側面から分離すること、これを企てることはできないのである。

 写真イメージは自然界に属していない。それは人間の労働の所産である、つまりその−この語の現象学的な意味合いにおいて−存在が、かならず年代確定の可能なそれが発生した際の企図や、歴史的意味から明確に分離することのできない文化的対象なのである。さて、このイメージは、それが客観的な行程の帰結として差し出されるしかたに特徴がある。板あるいは感光性のフィルム上に光線が刻印されて、これらの形象(あるいは、おそらくもっといい言い方をすれば、これらの記号?)は現実世界に由来した対象や現場のまさに痕跡[
trace]として現れるにちがいない。対象や現場のイメージが、人間の直接的介入抜きに、支持体を覆うゼラチン状の物質に書きこまれるのである。ここに、[人々が写真の特性だと考える]「現実性」という想定の源があり、これが写真の状況を規定しているのだ。写真というものは、このような厚みも実体もない(そしてある意味ではまったく非現実的な)、パラドキシカルなイメージである。それを私たちは読むのだが、その際、写真イメージが−それが何らかのしかたで物理化学的な組成をつうじてそこから解放された−現実性をいくぶん持ちつづけているという考えを拒否することはない。これが写真イメージの構成的欺瞞なのだ(サルトルが示したように、あらゆるイメージは本質的には欺瞞であると解されているのだから)。しかし写真のばあい、この存在論的欺瞞は、これよりはるかに精妙で陰険な歴史的欺瞞を伴っている。だからここで私たちは、少々除去するのが早すぎた対象に立ち戻ることにしたい。ブラック・ボックス、写真カメラのことである。


ニエプス、次々と登場したダゲレオタイプの名人たち、そして写真を今日の形にした数限りない発明者たち、彼らは、実際には新たなタイプのイメージを生み出すことにかかわっていたのでもなければ、新奇な表象方法をはっきり定めることにかかわっていたのでもない。彼らはむしろ、カメラ・オブスクーラの地に「自ずと」形成されるイメージを定着したかったのだ。写真という冒険は、(11世紀始めに、アラブの天文学者が、日食を観察するためにおそらくカメラ・オブスクラを使用していたのだから)もう長い間作りかたの知られていたそのイメージを保持しようとする人間の最初の試みで始まる。そのようにして生み出されるイメージについてのずいぶん前からの知識、そして完全に客観的な、つまり自動的、あるいはともかく厳密に機械的な記録過程の出現ということが、一般に写真表象がいかに自明のことと思われていたのか、なぜ人が写真表象の、とても精巧に仕上げられた恣意的性質を無視するのかを、説明してくれる。映画の発明についての議論の中で、写真の歴史はとても頻繁に、発見の歴史として示されている。その過程で忘れられているのは、最初の写真家が掴まえるのを望んでいたイメージが、そして彼らが明らかにし、現像することのできたきわめて潜在的なイメージがけっして自然に与えられていたのではない、という事態である。写真カメラの構成原理−およびそれ以前のカメラ・オブスクーラの構成原理−は、写真の発明に先行して発展し、大多数の写真家がただそれに順応していた空間や客観性についての慣習的な考えに結びつけられていたのだ。レンズそのものはすでに、「歪み」ゆえに細心の修正を施され、「誤謬」ゆえに調整されていたのだが、それは一見して思えるほど客観的[objective[※対物レンズとの語呂合せ]]ではないのだ。写真カメラの構造、そしてカメラが達成する秩序づけられた世界のイメージ、これらの点で、カメラは、ずいぶんと古くからあったのだがとくになじみのものであった空間構成のシステムに順応しており、このシステムに、写真は遅ればせながら予期せぬ現代的関心の復活をもたらしたのである。
(写真という芸術、あるいはむしろ写真という手仕事の本質は、ブラック・ボックスが「中立的」ではないということ、その構造が公正なものではないということを忘却可能にする点にあるのだろうか?)




 イメージの保持、イメージの現像、イメージの繁殖、全体としてみれば、これらのことが、写真行為を構成する秩序だった継起的諸段階を形成している。しかし歴史が決定したのは、この行為が目標を複製に見いだすことになるということだ−これは、スペクタクルとしての映画という論点が最初から確立されたのときわめて似ている。(私たちは、最初の発明者が、イメージを定着し、同時に大量の分配のための技術を開発すべく活動していたのを知っている。そういうわけでダゲールの完成した過程がまさにその始まりから没落する運命にあったのだ。それは単一のイメージしか生み出すことができなかったのだから。)その結果、写真の寄与は、古典経済学の用語を用いれば、生産の水準にではなく、適切に言えば、消費の水準にあるのだ。写真は何も「役立つもの」を創造しない。それはむしろ有用性の抑制なしの破壊のための諸前提をうちたてたのだ。写真の活動性は、たとえそれが一般には手仕事の形をとっていても、原理的には、産業的なものである。そしてこのことは、あらゆるイメージの中で写真イメージが最も迅速に擦り減るものだ−写真のドキュメンタリー的性質は置いておくとして−ということを含意している。しかし、たとえ写真イメージが私たちに、出版、広告、印刷物という経路をつうじて、すでに半ば消費されたイメージ、あるいは言わば「予め消化された」イメージしか与えることがないとしても、このイメージが最初の写真的企図−すでに修繕のきかないほど擦り減っているのに依然としてその物理的性質ゆえに大量消費には不向きなイメージの捕捉と復元−を実現している。このことに注目しておくことは大切である。




写真はことあるごとに芸術に憧れる。実際、写真がこういった偶発的性質を露呈させるごとに、写真自身の本質や歴史的役割を問題視させ、私たちのうちに、イメージの消費者というよりも生産者を要請するのである(これまで作り上げられたなかで最も美しい写真が、おそらく
1822年にニエプスがカメラ・オブスクーラのガラス板上に定着させた最初のイメージであるのは偶然ではない−それは、脆く、存在の危ういイメージであり、その組織、粒子状の織目、新しい側面などの点で、スーラの作品にとても近い−それは、人に、主題とは切り離された写真的基体substance]を夢想させ、光がおのれ自身のメタファーを創造するような芸術を夢想させる、比類なきイメージなのだ。)

 

Top