Batchen,Geoffrey
Burning with Desire,The Concept of Photography,
The MIT Press,1997


[紹介]


 まずバッチェンが叩き台にするのは、写真についての2種類の説明である。ひとつが、
1970年代以来活発になった、写真についてのポストモダン的言説である。具体的に言えば、ジョン・タッグ、アラン・セクーラ、ヴィクター・バーギンらの考えが引き合いに出される。このポストモダン的な写真観が敵対していたのが、6070年代のフォーマリズム批評のなかでの写真の説明である(シャーカフスキー)。単純化して言えば、前者の説明は、タッグの次のような言葉で代表させることができる。

「写真そのものは同一性をもたない。テクノロジーとしての写真の地位はそれを投入する権力関係によって変化するのである。実践としての写真の性質は、写真を規定しそれを働かせる制度やエージェントに依存している。文化的生産様態としての写真の機能は、一定の存在条件に結びついており、その所産は、それが有する特殊な流通経路の中で意味を持ち、読解可能なのである。写真は、制度的諸空間を横断する明滅である。われわれが研究しなければならないのはこの領野であって、写真そのものではないのだ」。

言いかえれば、写真の同一性はいつもすでにその周囲にある文脈によって決定されるということである。だからこれとは逆の立場、つまり、フォーマリズムにおける写真の同一性、写真自体、写真そのもの、写真の自立的な存在と展開といった見方は、ポストモダンの言説においては、ただの虚構だと非難されることになる。
 しかしバッチェンが言うには、この両者−これを彼は文化と自然、非本質主義と本質主義、といった二項対立でも言いあらわす−は一見してそう思えるほど、隔たった立場ではないのではないか。写真の同一性とは何か、という問いにたいして双方のアプローチをみてみるとこのことが分かる。一方で、フォーマリズムは、写真の自立した存在、そしてその歴史的展開をその基盤に据える。しかし実のところ、そこには、フォーマリズム批評の美術史観が背景には控えている。他方で、ポストモダンは、写真自体なるものは存在しないと言うが、その背景には、社会史という別の歴史的基盤が存在する。さらに言えば、どちらの立場も、写真を或る境界確定された領域に−ポストモダンは「文化」に、フォーマリズムは「自然」に−落ち着けることができる、と見なしているのだ。
 この対立、あるいは構造主義的な二項対立の反復にすぎない袋小路を横にずれるために−ポストモダンとはそのような動きであった−、バッチェンは、写真の起源へと、しかも、写真を撮るという欲望へと視点を移していく。同時に、彼は、フーコーの考古学を導入することで、歴史や権力と写真との関係についての既存の見方を検討し、別の考え方を呈示していくことになる。
 結論から言えば、写真とは、そしてその発明者たちの言説も含めて、複数の欲求に貫かれ、そもそも同一性を固定することが不可能なものではないのか。デリダの言う「差延」、つねにズレを生じ、遅延しつづける運動を誘発する媒体ではないのか、ということになる。
−写真の「起源」とは、「根源」(ベンヤミン)であるということ。


第5章 方法
 
Nothing-no present and indifferent being precedes différance and spacing.
Jacques Derrida, Positions



本書の第5章は6つのセクションに分割されている。
 最初に、前回も紹介した、写真についての2つの考え方が呈示される。ポストモダン写真批評は、写真の同一性はコンテクストによって決定される、したがって写真自体、写真の自立的な歴史などは存在し得ない、と考える。このポストモダン的な立場が敵対していたのが、フォーマリズム批評であった。この立場は、写真自体に焦点を絞り、写真固有の根本的な特性、写真の本質を探し出すというものであった。前者の立場からすれば、これは誤った虚構にすぎない、ということになる。
 しかし、一見すると対立的に思えるこの両者は、実は次の点で相似的である。まず、どちらの立場も、写真の歴史について論じるばあいに、問題視されない実体的な背景が−前者は社会史(コンテクスト)、後者は美術史(形式の自立的生成と展開)という枠組み−、控えているのである。また第二に、どちらの立場も、歴史の中での写真の同一性を、明瞭に輪郭付けられたある閉域へと囲い込んでしまう。前者は文化、後者は自然、という境界確定された領野に端から写真を追い込んでいくのである。
   ここでバッチェンは、両者の立場を批判検討し、なおかつポストモダン的写真批評をじゅうぶんに展開するための手がかりを探す。それが、写真の同一性についての別の考え方と写真の起源にまつわる言説への別の取り組みである。バッチェンにとって重要なのは、誰が写真の創始者か、という、線的な時間軸上の開始点(起源)を同定し、そこから連続的な歴史(物語)を語ることではない。18世紀後半および19世紀初頭において、いわゆる「写真の発明者」とされる人物たちは複数存在するのだから。起源は複数であるし、遡及のベクトルはつねにはぐらかされてしまう。彼らが写真という、いまだ得体の知れぬもの、同一性を確定しかねるもの、にたいして用いた言葉の集積、これがバッチェンの関心の対象になる。例えば、このような言説の中では、写真は自然なのか、それとも表象(文化)なのか(永遠性/一時性、自然/文化)といった、さまざまな二項対立図式が用いられるものの、最終的にはどちらの項に帰着させられることもない。この対立図式は、分裂させられたままになっている。また、それを語る言語は、否定に次ぐ否定、倒錯的な修辞運動を繰り広げている。
 なぜこのような二項対立を崩す運動が注目されるのか? それは、ポストモダニズムもフォーマリズムも、写真を1つの源泉(起源)から導き出すからである。文化であれ、自然であれ、コンテクストであれ、本質であれ、外であれ内であれ、そこにはすでに明快に区別された2つの領域が前提にされ、それが写真を論じる足場となってしまっているのである。両者は、コインの両面のように、ロゴス中心主義的なエコノミーに捕らわれている。
 原−写真家たちの言説において、このような明快なカテゴリーは混乱させられてしまう。写真とは、それ自身のうちにいつもすでに多年草的な他性の痕跡を抱えている関係である。バッチェンは、写真が安定した同一性を想定できない媒体と捉えるのである。



5章の内容

写真と差延

連続性と非連続性

ポストモダニズムと写真

現実的な非現実性

表象/リアル

写真再考


◇写真と差延

 では、上記のようなことを念頭において、写真を論じるにはどうしたらよいのだろうか? 
ここでバッチェンが手がかりにするのが、デリダの「脱構築」とフーコーの「系譜学」である。
 デリダの『グラマトロジーについて』が参照され、デリダの思考方法をどのように導入すべきかが議論される。
 まず、私たちの思考や行動が帯びる不可避の政治学である、二分法への批判が参照される(文化/自然、男/女、白/黒、現前/不在)。これを写真の着想についての言説のなかに置き入れてみる。そこでは、能動性/受動性、現前/不在、時間/空間、固定性/一時性、オリジナル/模倣、同一性/差異という対立の戯れ(作用)が支配的であった。しかし、これを、ポストモダニズム/フォーマリズムのように、すでに区画整理された秩序によって、つまり、二項対立によって整理することは不可能である。むしろ、このような二項対立のどちらの項であれ、その同一性は、いつもすでに差異によって二重化されているのだ。これがデリダの教えである。もっと分かりやすく言えば、存在するものは、起源においてさえも自己自身にたいして隔たりがあり、遅れがある、このズレの作用こそがむしろ根源的と言えるのではないか。そしてこの、「差延作用(
diffréance)」は、二項対立の力学のなかには内包不可能な動きをもち、両者を一方の極へと収斂させたり、架橋・融合・総合したりすることも不可能である。本書の最後まで、バッチェンの主張はこの差延の考えを繰り返すことになる。少々くどい…。
 写真に話を戻そう。要するに写真は、この作用の印なのである。自然/文化、時間/空間、現前/不在を壊乱させる作用をもつのが写真なのだ。
…ここまでがまず
1つの手立て−写真を差延作用として捉えるということ。
 バッチェンは、写真の起源についての伝統的物語(歴史記述)を回避し、これとは別の焦点を据える。それは
18世紀後半から19世紀初頭のヨーロッパの認識的領野で形成された諸言説(写真を撮る欲望)であった。この欲望が言説として表れた時期は、実は写真に必要な科学的知識に先行していた。つまり、科学的発見がすでに起源としてあって、そこから写真が誕生したのではない。線的、進化的歴史モデルは、写真の着想を説明できないのである。あるいはまた、個人の「発想」や「発見」という起源にも遡ることもできない。むしろ、写真は、ある一時期の知の配置の結果であり、可変的な歴史的諸差異から構成される領野において生じた産物なのである。しかも、写真にまつわる言説や諸実験のなかでは、認識論的布置の内部のさまざまな二項対立を内側から解体する差延の作用、脱構築的力動があらわれている。この差延作用、力動、エコノミー、これをバッチェンは「写真を撮る欲望」と呼ぶ。
 しかし、欲望という言い方は、精神分析的用語である「欲望」と重ねられてしまう。バッチェンは、いったいどのように写真の欲望と精神分析的欲望とを区別して考えているのか? 後者の、人間主体の根本的欠如に由来する「欲望」という考え、これはたしかに重要だが、歴史的な諸次元にかんして考察するばあいにはそれほど適していない。そこでバッチェンは、欲望をもっと差異化して語るために、フーコーを引き合いに出すのである。
 フーコーの言葉、認識の「実定的無意識[
positive unconscious]」、これはエピステーメと言い換えてもよい。それは、様々な言説が交差、連関し、たえず分解やズレを起こし、変容しつつある共通の場のことであり、経験的秩序(文化的コード)にも関わりつつ、それを反省する言説も含むような空間のことである。それは意識の内にも外にも同時にある、きわめて実定的な無意識なのである。
 ここでバッチェンは、ドゥルーズとガタリの『アンチ・オイディプス』へと話を振る。多元的で分裂的な欲望(「生産的」欲望)についての彼らの考えが、実定的な次元での欲望の問題を支持しているということだろう。このような「生産的」欲望の読みから、写真史を通常構成している時間的空間的秩序は壊乱させられる。
 ここで
1つの問題が浮かんでくる。まず写真の欲望があって、それから写真の発明が生じたのか、それとも写真はいつもすでに存在したのか、という問いである。前者の答えではないことは明らかである(なぜならそれは通史的な写真史の修正版にすぎないのだから)。では後者はどうか?
 デリダの示唆によれば、西欧の形而上学には最初から光の比喩が付きまとっているゆえ、それはいつもすでに光の学である。光が書き記すということ、それはつねに可能性として潜在していた。それではいったいなぜ、西欧のある一時期に同時多発的に写真の欲望が生じたのであろうか。特定の空間と時間において写真についての(二重化し分裂する)言説が増大するという事実は、いかにして説明できるのだろうか? それを、ただルネサンスからの(遠近法の)発展の流れとしてではなく、むしろそこからの切断やエピステーメの異動として、語ることができはしないか。それ以前に前提とされていた諸々の差異区分が疑問視されるようになる状況への着目、写真を思考することが可能になる空間(非−空間)への(脱−)焦点化、これがバッチエンの向かう方向となる。
 ただし差延としての写真を考慮に入れたうえで、この歴史的出現を説明しなければならない。いったいどうすればよいのか?


◇連続性と非連続性

 そこで参考になるのが、『言葉と物』でのフーコーの、エピステーメの非連続性と連続性についての示唆である。フーコーの言う、
19世紀初頭のエピステーメの切断は写真の欲望の出現期と一致する。一見すると、このような近代の開始についての説明は凡庸である。しかし、フーコーの説明によれば、この切断は、現在を頂点とする発展史でもなければ、まったき新しさとして語られる明瞭な始まりでもない。それはむしろ伝統的歴史記述の視点の下では見逃されてしまう、認識形態の微細なズレなのである。例えば、写真という同じ事物に係わる実践や言説にしても、この切断を挟むと、まったく異なる位置価値を布置のなかでもつのである。たとえ同じ言葉であれ、それがまったく別の関係性の中に位置する。
 また、もうひとつのフーコーの強調点は、連続性(類似性)と非連続性(差異)との共犯性であった。つまり、一方は他方によって認識可能になる、だから連続性に非連続性を置きかえるだけで話が終わるわけではない。この切断においては、上記の区分を問題視するようなズレが生じている。それこそがまさに彼の考古学的方法の核心にある。死でもある生、不在が住まう現前、この苛立たしい非決定性の運動。各々のエピステーメが折り重なり、折り込みあう瞬間に構想されたのが写真であり、写真はその運動そのものなのだ。
 ここでバッチェンは、写真の歴史的同一性を「羊皮紙」に喩える。認識形態としての写真とは、すでに書きこみがなされ、その空白にさらなる書きこみが行われる事象である。(デリダによるフロイトのマジックメモ論参照。)フロイトは、精神の作用の様態(知覚と記憶、意識と無意識の非両立性)を捉えるために、写真装置−書記装置を持ち出していたのであった(フロイトのマジックメモ論は、
19世紀初頭頃の写真の言説と奇妙にも一致している。)。精神−写真の認識は、感光板と同様に、書きこみが無数に痕跡を残した表面であり、たえず書きこみが行われつつ、同時に消去がたえず行われている表面である。言いかえれば、遅れとズレをもつ、非−空間、非−時間のことなのだ。精神−写真は他者性に住まわれ(とりつかれ)、そこでの現前は不在に住まわれる。
 この観点から見れば、精神と身体、表象とリアルという区別も、深刻な危機にあったことは明らかなのだ。


◇ポストモダニズムと写真

 この系譜学と脱構築の接合の成否は置いておくとして…。
 このような視点から、最初に述べたポストモダニズム(とフォーマリズム)の見解についても批判的に検討できる。タッグの説、写真は権力のためのただの道具にすぎない、は、写真と権力を分離することを出発点にしている。権力は自立的な実体と化してしまう。タッグの問題点は次の2点にある。まず、権力を国家装置という実体へ置き据えて、そこからそれとは外在的な関係にある写真、いわば権力の道具について語る、という二項対立の論理にしたがっている点。そしてまたそのために、タッグは、権力の、「現実の」主体の身体への(そこから精神への)関与も、もっと広い意味で言えば生物学から文化への(文化から生物学への)影響作用を無視している点も批判される。
 フーコーの権力の捉え方によるならば、むしろ、権力は、このような実体的で外在的なものではなく、循環する諸力の網目としても機能している。そのようにして権力は現実の身体を貫くのだ。またそのばあいに注意すべきことには、『性の歴史』からも分かるように、現実(性)とそれについての言説(セクシュアリテ)は、ただ現実とそれについての観念的な幻影にすぎぬものと把握されるのではない。両者は不可分であるし、後者も現実的な歴史的形成物なのである。両者は互いに生産しあう関係にある。
 現実の主体の身体がいかにして、諸力によって掌握されるのか、これが肝心である。権力と写真(つまり外在的な2つの実体)ではなく、権力としての写真(認識の実定的無意識としての欲望という諸力の網目のなかでの運動として写真を把握すること)という試みの必要性。
 ここでフーコーの『監獄の誕生』のパノプチコンの例が引かれる。それは、写真装置との構造的類似性(独房とカメラ)があるからではない。権力と認識主体の関係を理解するための例として挙げられているのである。主体が権力に従属させられると同時に、自らを権力に従属させる(権力関係を自らに記入する)存在様態。同時に主体と客体として措定される存在、経験的−超越的二重体としての主体。
「人間は認識の対象として、そして認識する主体として、曖昧な位置に現れる。つまり奴隷化された主権者、観察される見物人なのだ」。フーコー
   自分自身のうちにあり、同時に自分自身の外側にある存在、他者のそばの/他者の中の自己、同一的な新しさ…。ようするに、バッチエンの言いたいのは、このような認識と権力の関係の出現、その主体における様態が、原写真家たちの言説に一致しているということなのだ。分割され二重化される主体の様態が写真の欲望の言説と対応する。しかし、彼らの言葉は、ただ現実の事柄を記述した記号にすぎないのではないか、という素朴な反論があるかもしれない。
 そこでバッチェンは、フーコーの考えを参照し、言説とは、現実を代理表象するにすぎない記号の集合ではなく、むしろ語られる対象を形成する実践なのだ、ということを確認する。そして記号と参照物との関係に話を移していく。
 

◇現実的な非現実性

 ここでまずバルトの議論が検討される。「イメージの修辞学」において、バルトは、写真を、コードなきメッセージ、現実的な非現実性、コード化されたものとコード化されないもの、といった逆説から理解する。一見、これはただの二項対立の変奏に見えるが、しかしむしろ双方がその境界を崩してしまう倒錯した関係が重要なのである。
 『明るい部屋』でも、ストゥディウムとプンクトゥムという二項対立が整然と設定されているように思えるかもしれない。しかしこの二項もやはり、写真の同一性が帯びる差延ゆえに、苛立たしい運動に係ることになる(デリダのバルト論も参照)。
 バルトの写真論のもう
1つのポイントは、写真によってもたらされる新たな時間的−空間的カテゴリーである。写真は、「今そこで」と「かつてそこで」という、空間的直接性と時間的先行性の結合なのである。写真を見ることは、たとえその写真が死者を被写体としようがしまいが、同時に未来と過去が折り重なった、破局的な時間、倒錯的な時間の壊乱に入り込むことなのである。
 写真は、撮影された現実の事物に対応しているか否かで測られるのではなく、むしろ写真が与えるこのような−通常の意味では現実的ではないが−きわめてリアルな現前(非現前)のしかたなのである。
 デリダがバルト論において強調しているのは、この二項対立の崩壊の運動である。
「…生も死でもなく、それは一方が他方にとり憑かれることなのだ。…幽霊。同一のものにおける他者の概念、ストゥディウムにおけるプンクトゥム、私の中に生きている死んだ他者。このような写真概念は、あらゆる概念的対立を写真に撮り、おそらくあらゆる論理学を構成しているであろう、とり憑き[
haunting]の関係をあとづけるのだ」。
このような視点から見れば、ポストモダニズムの写真論は、ただ二項対立のエコノミーを逆転させただけなのだ。
 

◇表象/リアル

 このセクションでは、写真はインデックス的記号であるという見方のもつ問題点が指摘される。おもにアラン・セクーラとロザリンド・クラウスの見解が対象となる。両者ともに出発点となるのはパースの考えである。パースの記号学での図式によれば、写真はインデックス的記号である、つまりそれは、対象の物理的な、しかも「偶発的な」痕跡である。しかしインデックスとしての写真は、写真論の基盤としては偶発的どころか確固たる(偶発的ではない)基盤を提供している。偶発的であり/偶発的でない記号とはいったい何か?
 セクーラは、インデックスをシンボル(慣習や基礎期によって意味作用を行う)と区別する。シンボルの規則以前のものがインデックスなのだ、と。彼はここでクラウスのインデックス論に依拠している。彼女の議論を腑分けしておこう。
 まずクラウスの写真論には、ある異動がある。
 「インデックスについてのノート」では、写真は文化以前の自然の秩序をトレースするのだ、という考えが支配的である。世界と言語(記号)との固定した対応関係が前提とされている。しかしその後すぐに、クラウスはこの考えを批判する(「ピカソの名において」)。以前の考えに代えて、不在が記号の表象可能性の条件であり、言語(記号)は恣意的で示差的な、非連続的な諸単位とみなされることになる。
 「シュルレアリスムの写真的条件」では、写真に関してこのような記号観が展開される。一方では写真は現実のものそのものの堆積物であるが、他方で写真は「表象としての現実性」という逆説的なあり方をする。彼女はデリダを参照しつつ、エスパスマン、代補、二重化、書記といった考えを写真に適用する。写真は現実の忠実な痕跡ではあるが、現実の間隔化(エスパスマン)や二重化を行う、書記的なメディアである。これはバッチェンの主張に重なり合っている。
 ところが、クラウスはいまだ伝統的な二項対立を保持している。現実とその表象(写真)との区分、両者の排他性が彼女の議論の問題点なのである。セクーラのばあいはさらにひどい事態になっている。セクーラは数々の二項対立区分を保持し、対立を逆転させるだけであったり、あるいは矛盾対立が解消されるテロスへの希望の表明に行きついてしまう。
 しかしデリダのパース論から分かるように、パース自身のインデックス議論は、それほど明快に二項対立を設定しているわけではない。パースにおいて、現実と表象、世界と記号、インデックスとシンボルは互いに他者として内在する/とり憑く/住まう関係にある。もっと言うならば、現実もある種の記号的過程/表象過程であり、写真はいわば記号の記号化なのである。すなわち、現実も写真も、力動的な記号過程(痕跡化)として、不在や空白を抱え込み、間隔化や二重化という作用を及ぼしているのである。
 デリダのパース読解を写真論にとりこんだのが、ヴィクター・バーギンである。バーギンの主張は、人間主体は、写真を現実的に生産するとともに、逆に人間主体は写真の幻影的な効果でもある(権力による生産実践)、というものである。しかし、バーギンの問題点は、主体の身体と権力の関係がじゅうぶんに考えられていないため、ふたたび二項対立に捕らわれてしまっている点にある。
 バーギンは、ある種のフェミニズムに見られる身体本質論から距離を取り、生物学的還元主義を回避しようとする。その代わりに、歴史的な社会実践の中で構成される性的差異を強調する。彼は生物学的な、解剖学的な男女の差異と、ジェンダー的な性的差異を区別し、後者に力点を置くのである。しかし、彼の言説はしばしば社会的言説実践に先行する身体という起源を保存してしまっている。結局は二項対立をひっくり返しただけであるのだ。写真は、このような対立関係のなかでのみ位置価値をもつにすぎない。


 ◇写真再考

 ポストモダンの写真批評は、往々にしてフォーマリズムの二項対立を転倒しただけに終わっている。その意味では批判の相手のエコノミーを再生産しているだけなのだ。写真は身体とも、歴史とも、現実とも外在的な関係に置かれたままにとどまっている。この矛盾はしばしば抑圧されている。
 クレーリーの『観察者の技術』は、ポストモダニズムを視覚への問いにもたらしたことで称賛されている。しかしクレーリーは、肝心の、歴史と言葉、現実と言葉の問題になると、尻込みをしてしまう。知覚が実際に変化するかどうかは重要ではなく、その規則と諸力が重要だ、と彼は言っている。
 フーコーの教えに従うならば(性とセクシュアリテ)、むしろ言説の変容と知覚の変容は相互的に作用を及ぼし生産しあっているというべきではないか。



[批評]


 バッチェンが、形式主義的な写真史とも、コンテクスト主義的な写真史とも袂を分かとうとする、この方向性は分かる。ロゴス中心主義的なエコノミーを回避しつつ、差延作用のなかで、書記行為として写真をとらえる点、あるいは、羊皮紙としての写真の把握、書記=写真装置についてのフロイトのマジックメモの指摘、バルトやパースの写真論をデリダを経由して掘り返す点、19世紀初頭に起きたエピステーメの変動と写真の欲望を関連付ける点、いずれも納得がいくし、刺激的な論点である。
 しかし、おそらく批判として誰でも思いつくことだろうが、「それではいったいどうするのか」がバッチェンの問題だろう。写真の起源についての言説にみられる数々のズレや地すべりを指摘するのが、本書の目的なので、それは多くを望み過ぎなのかもしれない。しかし、もっと心無い批判をすれば、バッチェンはこの本でただデリダの考えを勉強しただけではないか、とも言えてしまうのである。
 差延作用に拘るのはいいが、ともするとそれは秘儀的な概念ゲームになってしまう。差延にいつも帰着してしまうと、それはまったく差延ではない。必要なのは、写真という差延作用をつうじてバッチェンの言説そのものがさらに差異=区分化していくこと、写真とその言説の複合的関係をさらに多方向へと接続していくこと、ではないか。

 

Top