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Laughingstock FIRE Series. "The sky of the Meltheus"
☆☆☆☆☆ 「メルテウスの空」小説版 ☆☆☆☆☆
Copyright Aki.Orihika 1984,2003

28.メルテウスの空


 どこまでも続く砂漠の表面には、所々、僅かに雪化粧が残っている。
 地平線の彼方には、剣のような山々が点々と見え隠れしており、空には僅かな雲が、微かに紅く染まり始めていた。

 そんな砂漠の一角で、一人の少年が円盤型飛行機械“パシクール”のパネルを開き、修復作業を続けていた。
 脇にはバルの残したフローターパックが置かれ、パックのトランクポケットに積まれていた工具類を駆使し、齎叡壱朗は作業に没頭していた。

「どう?なんとかなりそう?」
 不時着したパシクールの脇で、なんとなく雪を踏みしめステップを踏みつつ、アユカが声をかける。
「なんとかね…、いったい何をしたのか知らないけど、無理なパワーチャージでもしたのかな、ここのパワーコンジットがだいぶ傷んでるみたいだ…。これじゃ、無駄なエネルギー消費が桁違いに多くなっちゃう…」
 作業の手を休めずに、齎叡壱朗が答える。アユカとリーナが苦笑しつつ無言で顔を見合わせていると、彼は続けた。
「…だけど…、この機械、もともとかなり大雑把な設計みたいだなぁ。部品の精度が低いのかな…。これだったらちょっと手を入れるだけで簡単にパワーアップできると思うよ」
「パワーアップ?スピードも上がるの?」
 アユカの問いに齎叡壱朗は、脇に置かれたフローターパックのカバーを開きつつ答えた。
「たぶんね…、このフローターパックに内蔵されてるパワーインバータの部品を流用すれば…、まぁ、今すぐ出来る暫定的な処置でも、少なく見積もって、ざっと従来の10倍以上は軽くいけるんじゃないかな…」
「10倍以上ですって!」
 横で会話を聞いていたリーナが思わず叫んだ。
「それだったら、あなたたちを最初に見つけた“東の野”までだって、何時間もかからないわ!それこそあっと言う間よ」
「だったら大丈夫だね」
 安心した様子でアユカが言った。
 そんな話をしているうち、齎叡壱朗の作業も完成したようだ。
「これでよし…、と!作業終了!」
 パシクールのメンテナンスパネルをパタンと閉じた齎叡壱朗は、側で見守っていたリーナに尋ねた。
「だけど、リーナさんはどうするんですか?僕らなんかについてきていいの?」
 リーナは何か言おうとして口を開いたが、彼女が喋る前にパシクールの脇から覗いたアユカが言った。
「大丈夫だよ。リーナはね、あたしたちの世界まで一緒に来てくれるんだって」
「え?本当?」
 そう言ってリーナをまじまじと見つめる齎叡壱朗に、リーナは微笑んだ。
「そうね。どんな世界なのか興味もあるし、行ってみたいとは思うわ」
「そうか…、だったら問題ないか」
 齎叡壱朗はそう言うと、アユカの方を振り向き、そして言った。
「それじゃあ、行こうか!…アユカも乗って。ニイスケを忘れないようにね」
 リーナは少し驚いたように言った。
「あなた…、これ運転できるの?」
「たぶん大丈夫じゃないかな…。操作方法たって、見てのとおりだし…」
 そう言って操作パネルを見る齎叡壱朗の視線をリーナも追ったが、そこは彼女には理解出来そうにない複雑な様相を呈していた。呆然とするリーナの様子を残雪の砂漠から見上げたアユカが苦笑して、言った。
「だからぁ…、彼は紫衣田家きっての天才少年なんだってば」
「そう…」
 ため息をつくリーナに、齎叡壱朗は足もとに置いてあったフローターパックを背中に背負いつつ、尋ねた。
「ところで、どこへ行けばいいんですか?」
 突然の問いに、リーナは我に返った。
「え?」
「いや、これからどっちへ行けばいいのかな?って…」
「あ?あぁ…、とりあえず“東の野”だと思うけど、具体的には…」
「リーナ、場所知ってるんじゃないの?」
 言い淀むリーナに、アユカが尋ねると、リーナは答えた。
「“東の野”って言っても、もの凄く広いのよ。…そうね、私達が最初に抜けようとした、あの森よりも広いくらい。そこの何処であなたたちが発見されたかなんて、ずっと城にいた私にはわからないのよ」
「え…?」

 アユカが次の言葉を探していると、パシクールの上から齎叡壱朗が言った。
「シークレットエリアの転送装置は、ギリギリ地表まで届く範囲しか設定されてないんだ。それに、離れつつある世界の間で、亜空間通信波が届く距離もかなり狭いはず…。たぶん、数メートルの誤差以内に特定しないと、シークレットエリアは使えないよ!」
 その言葉に、アユカは愕然とした。
「それじゃ…、どうしようもないじゃない…」
「だとしたら…、もう向こうの世界に戻る事は出来ないわ!…広大な“東の野”を闇雲に飛び回っても、最初の場所を特定するなんて不可能だし、エネルギーを浪費するだけよ」

「そんな…」
 リーナの絶望的な言葉に円盤上の制御卓の前に立つ齎叡壱朗は、力なくその場に崩れ落ちた。
「ごめんなさい…。ここまで来て、最後の最後に力になれなくて…」
 悲しそうに目を伏せるリーナをパシクールの横で見上げていたアユカも、その場にへたり込んでしまった。
 そんなアユカを見て、リーナはこの状況を何とかしなくてはと思い、言った。
「でも…でも…、向こうの世界に戻る手段なら他にもあるはずよ!…ほら、地球内部亜空間を経由する抜け道があるって言ったでしょう?それを使えば、世界が離れてもなんとかなるかも…」
「その抜け道があるとして…、どこにあるのかわかるんですか?」
 力の抜けた声で齎叡壱朗が顔を上げずに訊いた。
「そ…それは、すぐにはわからないけど…、地球上のどこかにあるのは確かだし、いつかは…、全く絶望的ってわけじゃ…」
 そう言うリーナの声も徐々に力なく小さくなり、やがて彼女もうつむいて黙ってしまった。
「あぁ…」
 ため息をついたアユカは、呆然とした面持ちで果てしなく広がる目の前の砂漠の荒涼たる景色を、ただ眺めるしかなかった。


 せっかくシェーいちろうくんに会えたのに、帰り道がわからないなんて…。
 目印になるものなんて…、なにもない…。
 あるのは…、メルテウスの乾いた大地と…、たそがれの空だけ…。


 漠然とそんな事を考えていたアユカは、しかし、ふと何かに気づいた。

 空?

 彼女は座り込んだまま、ゆっくりと顔を上げ、空を見上げた。
 そして、そこに広がる光景を見たアユカは思わず目を大きく見開くと立ち上がり、一転して嬉しそうな顔で、空を見上げたまま叫んだ。

「空よ!」

 彼女の見上げる先には、赤く染まった夕焼けの中、空一面に映る巨大な風景の鏡像が僅かに揺れながら、広がっていた。それは実体のようでもあり、幻のようでもあり、所々揺らぎつつ、地平線の彼方まで続いていた。
 メルテウスの夕焼けである。
 我を忘れ、その光景に心を奪われるアユカ。空に広がる巨大なパノラマを見上げながら、彼女は言った。

「空に、あたしたちの世界が映ってるんだ!」

 希望に満ちたアユカの声に誘われ、同じく空を見上げた齎叡壱朗も、そこに何が起こっているかを悟り、そして言った。その顔にはやはり希望の光が見え始めていた。
「ここがどのへんか、わかるか!?」
「うん!たぶん、北海道の野付崎の近くよ!」
 アユカの言葉に、齎叡壱朗は遥か南西の地平線へ目を移すと、言った。
「ということは…。あの蜃気楼が出ている間なら、僕の家が…シークレットエリアのある場所がわかるかも知れない!」
 その言葉を継いだリーナが、希望を取り戻した面持ちで二人に言った。
「急ぎましょう!日が沈まないうちに!あの蜃気楼が消えないうちに!」

 アユカは足もとで空を見上げていたニイスケを抱き上げると、齎叡壱朗とリーナが待つパシクールのデッキ上へひらりと飛び乗った。
 アユカが乗ったのを確認した齎叡壱朗が、パシクールの制御パネルを操作すると、微かな音をたてつつ、円盤型の飛行機械はフワリと宙へ舞い上がった。
 アユカがチラリと後ろを振り返ると、そこには鋭角的に尖った巨大な山が天を突いてそそり立っていた。
 しかしそれも、すぐに小さくなり、やがて地平線の向こうに霞んでいった。

 どんどん加速していくパシクールは、以前とは較べ物にならないほどの超高速で宙を切り、デッキ上の三人は振り落とされないよう手すりにしがみつくのがやっとだった。
 やがて間もなく、彼らの前に剣のような険しい山々が見えてきたが、その周囲に巨大な竜巻などは無く、深い紺色に澄みわたった空には、一面の蜃気楼が映し出されていた。
 その蜃気楼を地図代わりに頼りにしつつ空を行く三人の行く手には、どこまでも続く空が美しく広がっていた。


 陽も沈みかけ、全天を覆う蜃気楼が少しずつ霞み始めた頃。
 地平線まで続く広大な草原の真ん中に、アユカとリーナ、そして齎叡壱朗は立っていた。
 少し離れた所には円盤型飛行機械パシクールが着陸しており、遠距離を短時間で飛行した余熱を逃しつつ、佇んでいた。

 草原に立つ齎叡壱朗が空を見上げると、出発した時と較べるとだいぶ霞んで揺らぎ始めてはいるものの、町の家々の立ち並ぶ屋根が蜃気楼の鏡像となって緩やかにゆらめいていた。
 そして彼の頭上には、彼の見慣れた風景…、彼の住む家がはっきりと映し出されていた。

「ここだな…」上空を見上げながらそうつぶやいた齎叡壱朗は、その視線を足もとへと移した。「シークレットエリアは、この真下のはずだ…」
 彼はそう言うと、隣に佇むアユカに声をかけた。
「アユカ…、ちょっと君のバイザーカセットを貸してくれないか?」
「え?いいけど、どーするの?」
 スカートのベルト脇にかけてあったハート型の小さなコンパクトを取り外したアユカは、それを齎叡壱朗に手渡しつつ訊いた。彼は答えた。
「バイザーカセットにはαサイクルの短距離通信機能があるだろ?それでシークレットエリアに制御コードを送って、転送装置をリモートで作動させるのさ」
 アユカから受け取ったカセットの蓋をひらき、いくつかのキーを操作した齎叡壱朗は、納得したような顔で頷き、そして言った。
「うん!…確かにここだ!間違いない!」
「転送装置、使えそう?」
「今のうちならまだ大丈夫」
「ほんと?」

 彼の言葉を聞いて希望に輝くアユカの顔を、リーナは少し離れた所から複雑な面持ちで見つめていた。
 そんなリーナを齎叡壱朗が振り向き、声をかけた。ニイスケを抱いたアユカも笑って言う。
「さぁ、リーナさん…」
「リーナ…、一緒に行こ?」
 二人の声に微笑み返したリーナは、二人の方へと一歩踏み出したが、すぐにその足を止めた。
「リーナ…?」
 不審に思ったアユカが怪訝そうな顔をした。
 リーナはしばらく黙っていたが、その表情に僅かに陰りが落ちたかと思うと、やがて言った。

「私…、やっぱり…。ここに残るわ…」

 彼女の言葉に、齎叡壱朗もアユカも驚き、一瞬、言葉を失った。
 しばらくリーナをただ見つめるしかなかったアユカだったが、やがてなんとか口を開いた。
「なんで…、なんでなの!?」

 すると彼らから数歩離れた所に佇んだまま、リーナはぽつりぽつりと語り始めた。
「私ね…、私、本当は…、リーデ領主の…総司令の娘なの…」
 驚くアユカ。
 絶句するしかない彼女は、もはやかけるべき言葉も持てず、リーナを見つめている。
 そんな彼女の反応を見ながらも、リーナは続けた。
「私、父のやり方や考え方に反発して…、どうしても彼の考えが正しいとは思えなかったから、謀叛を計画し、あなたたちにも協力したんだけど…」
 アユカと齎叡壱朗は黙って聞いていた。
 リーナの告白は続いた。
「…だけど、父も昔はあんな人じゃなかったのよ…。故郷のあの森だってあの池だって、父も昔は大好きな場所で、小さい頃はよく連れていってくれたわ…。だから、今の父が何故あんな考えになったのか、どうして変わってしまったのか、…ううん、本当に変わったのか…、それをもう一度、確かめたいの…。だから…私、ここに残るわ…」

 そこまでいっきに喋ったリーナは、僅かに口ごもり、寂しそうな顔をした。
「リーナ…?」
 アユカが訊くと、リーナは再び続けた。
「それに…、言ったでしょう?私があなたたちの世界に行くとしたら、それは全てが解決して、私のやるべき事がなくなった時だって」
「うん…」
「まだ全てが終わったわけじゃないのよ。世界の接近が止まっても、残った同志を助けなきゃなんないし、それにレートだってあのままじゃタダじゃ済まないわ…。彼らをほっては行けないから…」
「リーナ…、彼らを助けにいくんだ…。だったら」
 心配そうな顔をして、アユカが何か言おうとしたが、リーナは人差指を自分の唇に当てて彼女を制した。
「シッ…。ダメよ、アユカちゃんは。あなたはシェーイチローくんと一緒に、元の世界へ帰らなくちゃ」
「でも」
 なおも心配そうなアユカに、リーナは笑顔を作って笑いかけてみせた。
「大丈夫!全てが終わったら、私、必ず行くつもりよ、あなたたちの世界へ。そうしたら、また会いましょう。…約束する」
 そんなリーナにアユカは少し寂しそうに言った。
「ほんとにほんと?…約束する?」
「ほんとにほんとよ。約束するわ」
 アユカの目に、涙が浮かぶ。その涙をこぼすまいとこらえながら、僅かに涙声のアユカは苦笑しつつ、言った。
「…リーナの約束はアテにならないって…、バルが言ってた…」
「しょうがないわね、バルも。あの子の言うことだって、充分アテにならないわよ?」
「そ、そうだよね…」
 そう言って笑いながら溢れかけた涙を人差指で拭うアユカの隣で、二人の会話を言葉なく聞いていた齎叡壱朗が、リーナに声をかけた。
「リーナさん…、本当にいいの?」
「ええ…」
 齎叡壱朗の言葉にそう答えたリーナは、彼らから一歩退くと立ち止まり、そして二人を見た。
「だから今はとりあえず…」彼女は言った。「さよなら…」
「また、いつか…」
 そう答えた齎叡壱朗が隣に立つアユカの顔を見下ろすと、彼女はもはや言葉を持たず、その腕にニイスケを抱いたまま、今にも溢れそうな涙と格闘しながら、うるんだ瞳でただただリーナを見つめていた。
 そのアユカの瞳に、リーナはにっこりと微笑みかけた。
 アユカも涙目のままで、無言で微笑み返した。

 齎叡壱朗が、手にしたバイザーカセットのパネルを操作すると、次の瞬間、周囲の空気が発光し、目を覆うばかりの眩い光に包まれた。
 すぐに光は収束して一筋の束となり、光の噴流が天に向かって長い柱を作った。
 齎叡壱朗とアユカの体は眩い光に包まれ、やがてその光の中に消えて見えなくなった。
 光の柱が消えると、そこにはただ、果てしない蒼い草原が夕暮れの風に揺れていた。


 夕日に染まったバルコニーで、手すりに肘をつきながら、アユカは町の景観を眺めていた。
 彼女の目の前には、住み慣れた、しかし今は何処となく懐かしい気のする町の風景が広がっていた。

 齎叡壱朗宅の3階は大きなテラス構造になっていて、アユカはそこで夕日を浴びながら、心地よい風に吹かれていた。
 階下からは、ようやく戻ってきた齎叡壱朗に対して、久々に無理難題をふっかける居候のヘンタイ親子の騒ぐ声が聞こえてくる。ファイヤーの声も混ざっているようだ。齎叡壱朗の悲鳴を聞くのも久しぶりだ。

 そんな声を、まるで別の世界のもののように感じながら、アユカは静かに微笑んだ。
 そして、ついさっきまでさまよっていた、メルテウスという異世界のことを考える。

 遠くて、すぐそこにある世界。
 どこにでもあって、すぐには行けない世界。
 ちょっと不思議で、心の片隅にある世界。

 いろんな出来事を思い返しつつも、アユカはメルテウスに残してきた緑髪の少女、リーナのことを考えていた。

「リーナ…、ほんとにまた会えるかな…」

 アユカは空を見上げた。
 夕日に染まった空には、僅かな雲がなびき、その上には一番星が輝き始めていた。
 真っ赤な大空を振り仰いだアユカは、遥かな世界の大切な友達に想いを馳せつつ、その空に向かって元気一杯の笑顔でニッコリと笑い、そしてつぶやいた。

「きっとまた会えるよね…。いつかきっと…、きっと!」

 その想いは空を突き抜け、夕日に染まった雲を巡り、風とひとつになって遠い大空の彼方へと駆け抜けていった。


 遥か遠い異世界の草原では、緑の髪の少女が一人、紅い夕日を浴びながら佇んでいた。
 見上げる空には一番星がきらめき、霞み始めた蜃気楼が遠い別の世界の町並みを映しながら揺らいでいた。
 全天を覆う蜃気楼は少しずつ消えつつあったが、その空を見つめる彼女の瞳には、遠い世界で同じように夕日の空を見上げている金色の髪の少女の小さな姿が、確かに映っていた。
 微かな風が足もとの草原を揺らしつつ静かに吹き過ぎていった時、彼女は少女の声を遠くで聞いたような気がした。


 
(小説版「メルテウスの空」:完)

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