ベルリン(伯林)引越し顛末記

 ベルリンに転居しました。4年半、専属ソリストとして所属したハルバーシュタットの劇場とは今後客演契約で出演することになります。専属じゃないなら田舎町にいても仕様が無いので、コンサートにしてもオペラにしても芝居にしても多種多様な可能性を提供してくれる、話題の新首都にうつりすんだわけです。まっ、はっきりいってフリーランサーは不安定です。でもハルバーシュタットの専属歌手は年間10数作品、100数十公演担当しますから、とても劇場以外の活動はできません。かといって定年までそこで骨を埋められるか、といえば職種がら、それも不可能です。ジプシー生活は劇場人である限り甘受せざるをえませんね。来シーズン以降、専属歌手のポストに縁あらばまた、どこかの田舎町にいくかもしれませんが、とりあえずこの大都市の各種オペラプロダクション、コンサート、各種舞台や録音などをやってみたいと思っています。ぜーんぜん違う生活パターンが始まるので、楽しみです・・・・が、目下、引越しの後片付けで気が狂いそうです。



  とりあえず荷物は新居に移動したものの・・・・・・
台所といわず居間といわず、そこらじゅうにうず高く積まれたバナナケース。その数50個ちかく。 筋肉痛の手足をさすりながらボー然とながめています。片付くメド・・・・・ない。
  今回は八月上旬にハルバーシュタットの旧宅に滞在していた扇太がほとんど荷造りしてくれました。自分の部屋は片づけないくせに僕の本は器用に箱詰めしていく12歳の息子を見ているのは、なかなかおもしろかった。「やるきになりゃ、できるんじゃないか」・・・・・。

  あらかたの荷造りをすませて8月下旬に日本。5週間の滞在ののち戦々恐々としてもどってみる。予定どおりとはいえ、不精もののぼくには大変なる心理的重圧です。木曜日夜、ベルリン空港についたので、そのまま金曜日夕方、予約しておいたベルリン支店のレンタトラックを受け取りました。7,5トン積み、荷台長6メートル!!!。これが普通免許で乗れるのだから、ドイツは変な国です。すべては自己判断と自己責任、という点では大人の国、なのかもしれないけど。
  でも、思ったより運転しやすかった。にっちもさっちもいかなくて公道上に立ち往生するか、大きな内輪差で左右の駐車してある車をこすりまくるのじゃないかと心配しましたが、大丈夫でした。サイドミラーが大きいので左右の車もよく見えたし、とりあえずバックするケースもなしに、大通りだけ走ってアウトバーンに乗れました。空トラックで一路ハルバーシュタットへ。マクデブルクまでの170キロはアウトバーンで、すいていたのでとりあえず快適に運転。
  その先60キロは一般の国道です。村を通過するときに狭いカーブがあり、一度後輪が歩道の端をひっかけてガタンといったけど、まずは大過なくやり過ごしました。夜9時すぎ、ハルバーシュタット到着。ところがどっこい、土壇場にきて大失敗。疲れていたのと到着した安心で集中力がにぶったのでしょう、玄関よこに幅寄せしようとして、およそ二階くらいの高さから吊ってある大家の店の看板にぶつけちゃった。その場所は普段ぼくの車を駐車しているところで、つまり駐車時に吊り看板のことなんか考えたことなかった訳。荷台の高さを忘れていました。すぐに止めたので大した衝撃ではなかったから、車の方はほとんどこすり傷すらないけど、吊り看板の吊り手をとめていたネジがまがって煉瓦から飛び出してしまったのがまずかったねー。大家からいずれ請求書がくるでしょう。保険屋にはらわせます。

  翌土曜日、約束していた友人とその同僚、友人の息子13歳と大家の息子17歳、それにぼくという5人で朝7時から荷積みをはじめました。日本流にいう3階。およそ2時間で終了しましたから、まずは順調といえるでしょう。助っ人たちを帰した後2時間、掃除。あとで掃除代の請求でもくると困るので、住んでいたときよりもよほど力いれてゴシゴシやりました。コレハツカレタ。がらんどうでピカピカになった部屋を証拠写真に収めて終了。ドイツではぼくも何度か引越ししましたが、なにしろ引越しの度に弁護士騒動を覚悟するほどドイツの大家ドモは因業者が多いから、念には念をいれなくては。
案の定、退出時のコントロールで全内壁の塗り替えを要求してきた。これは予測していたので、その義務がない旨、弁護士の公式書簡をとってあるのだけど、どうせ向こうも簡単にはおれないだろうから、弁護士同士の調停になるかもしれません。オレノシッタコッチャネーヤ。弁護士料保険は十分活用されております。

  さてベルリンに向けて出発です。平生、パーパー理屈をこねる僕でありますが、本質的には非常にセンティメンタルでして、この、別れというやつがあまり得意でない。馴染んだ住まいだの馴染んだ街だのと考え出すとキリがないので、なるべく別れの瞬間はせわしなくすることにしています。したがってなんの儀式もなくバタバタッと旧宅を辞去しました。月末にはコンサートがあるからどうせくるしね。
運転の方は一夜あけてみて、快調そのもの。頼まれ物をベルリンに届けるために市内の知人宅に寄るなど、結構扱いなれてきました。高さは昨晩で懲りたし、幅には慣れてきた。問題は長さ、つまりバックですが、降りて余地を確認してからバックしましたので、これも大丈夫でした。なにせ7,5トントラック。大騒ぎして家族中に迷惑かけて免許とったのがたった4年前ですから、大変な進歩じゃありませんか。自分で自分にびっくり。 思い出してみると、5年前、ヴィースバーデンからハルバーシュタットに引っ越したときには友人に同じ大きさのトラックを運転してもらい、ぼくは助手席でナヴィしていました。よくもまぁ、素人運転なのにこんなモンスターをあやつれるもんだ、と感嘆して友人の運転姿を脇から穴のあくほど見つめていたもんです。まさか自分に番がまわってくるとは思わなかった。
本当は小型トラックを予約したんです。ちょうどなんだか在庫がなくて、小型の料金でこんなでかいのをあてがわれてしまった。5年前は家族4人の荷物、今度は僕一人。まさかこの大きさはいるまい、とおもったけど、あまり積み上げずに楽々積み込んだら結構一杯になって、ガサガサで困る、ということもありませんでした。

  思いのほか手間取った掃除のおかげで出発が遅れ、15時に約束したベルリンの積み下ろしの助っ人たちには電話しないとなりません。それでもドライブ自体が順調だったので40分遅れ程度で到着しました。
運転台の高いトラックからあたりを睥睨しながら走るのはなかなか快適でした。天気もよし。ちょいとトラック野郎にでもなった気分。ラジオでシンフォニー聞いているあたりは、ちょっと変かなー、など思いつつ。
で、到着。入り口一杯に駐車するため管理人のオバサンに誘導してもらいながらゴソゴソやっていたら助っ人も到着しました。若き逞しき青年2人と、その一方の彼女に僕。一時間遅れであと2人、乙女が到着するはずです。なんで力仕事に女性ばかりよんだかって。そりゃ僕、女性に人望あついですから・・・・・・・とは冗談。ハルバーシュタットで共演した昔の仲間で今ベルリンに住んでいるひとがこれだけしかいなかったんです。でも、引越しって家具ばかりじゃないし、3人の乙女も驚くほど力持ちだし、十分手伝ってもらえました。
ただ、なにしろ日本流に言う5階。エレベーターなし。大都市特有のアパートで、道路に面した入り口から通り抜けを歩いて、2つめの中庭に接する建物。つまり共同玄関から入る40軒あまりのアパートの一番奥ですから、5階にのぼる階段下までが、玄関前に駐車したトラックから50メートル以上はあるわけです。

  ・・・・・・・・大変でした。シンダーッ。優に積み込みの2倍の時間はかかりました。考えてみると僕、10年以上に及ぶドイツとオーストリー生活で、同じ住居に3年以上住んだことないんですね。このジプシーにしてはやっぱり荷物が多すぎる。反省しました。もう読まない本、聞かないCDを中心に次回の引越しまでに少し整理するつもりです。こういうものってなんか収集癖にあやつられていたところがあるでしょ。もうそろそろいいかな、って感じ。譜面を処分するわけにはいかないから、他をすこし考えないとね。 筋肉痛です。土曜日はそれでも9時ころまでかかって荷物の搬入と洋服たんすの組み立てを何とか済まし、トラックを返してからみんなのまつ食堂へ。ビールと軽食のあとは、搬入しただけになってる新居に戻ってもねられないので、友人宅にころがりこんで熟睡。 昨日、日曜日は半日あまりかけて洋服の始末と、机周辺のかたづけ。本と楽譜、台所のものにはまだ手がつきません。とりあえず寝られる状態になった程度。

  今日、月曜。電話がつながりました。これからこれを送信がてら、3日ぶりに着信メールをのぞきます。片づけですか、なにせボー然としているから、すすんでいません。片づけの愚痴を書く暇があったら片づけりゃいいのに、やらない。筋肉痛です、はい。住民登録もなにも明日以降。なーに、アワテルコタァネェヤ。電気も電話も水道もつながっているから、お茶もはいればシャワーも使える。とりあえずの寝床もなんとかなった。極楽極楽。

  これを書いている書き物机周辺なんですがね、意外といい感じでおさまったんだ。ぼく、机の向きにうるさいんです。方角占いじゃないよ。
  机が壁むいていると嫌なんだ。物書いていて顔あげたときに壁、ってすごく圧迫感があって軟禁されているみたいでね。壁を背にして部屋のなかから、玄関につながる扉の方をむいて今、座っています。左横に電話、その向こうが窓。中庭だから絶景ではないが、それでも四方をアパートが囲んでいる中庭にしては、5階のおかげで明るいし見通しも悪くない。ベルリンの空をながめながら書いています。

  ヨーロッパの大都市のアパート最上階。ちょっとボエームみたいじゃない。古ぼけた住まいで本人が貧乏なところも似てる。共同生活じゃないけどね。もどってみればドイツは冬支度。" nei cieli bigi guardo fumar dai mille comignoli Parigi..."(パリの千本の煙突が灰色の空に煙をはいているのを眺めているんだ)というロドルフォの開口一番なんか口ずさんじゃう気分です。
  ミミみたいなひと、こないかなーーー。
  というわけで、田辺とおるはベルリン人になりました。