「劇場の一年、97−99」


昼は酋長、夜は公爵
      −田辺とおるオペラ倶楽部会報「とおる」第1号(1998年9月1日発行)より



専属歌手の劇場暮らしは秋に開幕して夏休みでおわります。昨年九月の「ドイツ便り」独唱会を終えて帰独したのが一四日。翌一五日に始まった九七/九八年度を振り返ってみましょう。

〔秋〕ぼくの劇場は、劇場舞踏会・テアターバルで開幕します。夏中、ハルツ山上の野外劇場に出演していますので、町に戻ってきたことを賑々しく祝うこの日は無礼講。普段のリハーサル室が宴会場やディスコに変身して、大ホールのガラコンサートを終えた出演者や観客が夜通し騒ぎます。

本業の公演は一〇月初旬の新演目初日がスタート。初日前には六週間の立ち稽古(芝居つき稽古)と、その前二週間の音楽稽古が必要なので、開幕作品は夏休み前にあらかた済ませておきます。今年はヴェルディ作曲「椿姫」でした。当オペラ倶楽部のニューイヤーコンサートに招くソプラノ、ヒルデ・スヴェーンの得意役を特に採用したのです。彼女は短期間で町の大スターになりました。ぼくは彼女の恋人のライバル、ドゥフォール男爵。バリトンは大抵、敵か兄か父です(残念)。

年度の新作品が出ると、あとは昨年からの持ち越し作品を次々に復活します。再演の稽古は二〜三日ですが、なにせ作品も多いので一〇月は慌ただしく過ぎていきます。ぼくの出演作では「ナイチンゲール」と「マルタ」を再演レパートリーにのせました。

これと並行して始まっているのが十一月初日のオペレッタの立ち稽古と、クリスマス初日のオペラの音楽稽古です。今年のオペレッタはヨハン・シュトラウスの「ヴェニスの一夜」、ぼくは仮面舞踏会でシーザーに変装している伯爵従者でした。

〔冬〕ドイツの十一月はもう冬。今年はちょうど「冬の旅」を稽古していました。劇場ではオペレッタの初日時分から各地に客演も増えてきて、週末は地元公演と巡業にあけくれます。

刀鍛冶(ロルツィング作曲)のリーベナウ伯爵(マリー役のベッティーナ・ピーラックスと)・1997年12月25日ハルバーシュタット初日・1999年6月13日ハルツ山上劇場初日

十二月は劇場のかきいれ時で、オペラと児童劇の初日が欠かせません。今年はバレェが児童劇を担当し、ぼくはロルツィングの「刀鍛冶」伯爵役を手掛けました。ドイツロマン派オペラの典型ロルツィングは日本で殆ど知られていませんが、ドイツ劇場界では忠臣蔵的存在です。ぼくにとっても「皇帝」「ウンディーネ」に続く三作目にあたります。

十二月二十四日のヨーロッパは家族で祝います。ドイツ中の劇場が休館。「刀鍛冶」の初日は翌二十五日でした。ここから大晦日までは連日大公演が続きます。大晦日はオペレッタの二回公演。でもドイツ人は正月を祝わないので、明けてしまうと静かなものです。我々歌手陣も二週間の休暇。「冬の旅」公演はこの頃でした。
ぼくの次作品は三月稽古開始の「オネーギン」。一、二月は再演だけでヒマかな?と目論んでいたのですが「トスカ」と「刀鍛冶」で病気の同僚の代役に駆り出されてしまいました。普段の稽古なら二か月かけるところを三日で覚える代役ですから突貫工事もいいところです。初めて言いつかったときは心臓が破裂しそうでしたが、いつしかこんなことも劇場生活の日常に思えてきました。図太くなるものです。

〔春〕この春は、再演レパートリー諸作品の公演の他は「オネーギン」に明け暮れました。今まで手掛けた内で最も大役です。五月初頭の総稽古(ゲネプロ)を済ませて目下冷凍保存中。十一月公演で迎える初日を楽しみにしています。「ナイチンゲール」が小ホールの喜劇作品としては驚異的な三十回公演を遂げて千秋楽を迎えたのもこの頃でした。

〔夏〕ウチの夏はもっぱら野外劇場です。今年ぼくが担当するのは五作品六十公演。インディアンのブル酋長(ミュージカル「アニーよ銃をとれ」)でスタートしました。他にオペラで「魔弾の射手」の領主・「トスカ」の堂守・「ヘンゼル」のお父さんと児童劇のマフィア風悪役です。今年は寒かったので五月に開幕した野外劇場は難儀でした。ここでは一日二回公演も多くて、まさに体力勝負です。なにしろウチは有名な歌手酷使劇場ですから。でもそのお蔭で東西統一時の劇場閉鎖の嵐を克服したし、ハルツの森に囲まれた野外劇場という自然の恵みを満喫できるのですから仕方ないのでしょう。
ともあれあと三週間。ご褒美に日本帰国が待っていると念じて毎日山通いしています。


今シーズンの活動から
      −田辺とおるオペラ倶楽部会報「とおる」第2号(1999年8月1日発行)より


昨秋に始まった「北ハルツ都市連合劇場 のシーズンが五月半ばに終了しました。今年もお蔭様でいろいろな役柄を勤めさせて戴きましたので、印象深い作品をいくつかご紹介いたします。

開幕はリヒャルト・シュトラウスの野心作「サロメ」の当劇場初演。旧約聖書の、ストリップを踊ったあげくに洗礼者ヨハネの生首を所望した娘の逸話による絢爛豪華な管弦楽絵巻で、まさに音の洪水に酔う曲です。救世主イエスの出現を否認して激しく口論するユダヤ人学者の役で、議論好きのユダヤ人を見事に描写した異色の五重唱を歌いました。

続いて「エフゲニ・オネーギン」。厭世的でスノッブなロシアのインテリ青年のエゴイスティックな恋を綴った作品です。思い詰めたように直情径行的だがクラーイ人物像。「僕の柄じゃないかな。もしや僕にもこういう面があるのかな」など自問しつつ演じました。

喜劇ではミュージカル「花火」のアルベルト役をやりました。六十歳の誕生日を家族と親戚総出で祝ってもらう、という役です。変身願望をくすぐるこの手の役は大好きです。とりわけ今回は糟糠の妻が芸歴四十年のベテラン歌手で、本当にいい勉強をさせてもらいました。

シーズン最後は「蝶々夫人」。ドイツ人の作ったヘンテコな日本、という舞台に立つのは複雑な気分です。正座やお辞儀の仕方など助言して共演者には頼りにされましたけど・・・。

そして目下はハルツ山野外劇場の季節です。ドイツを代表する庶民派オペラ作家ロルツィングから今年は「刀鍛冶」で伯爵役、他にオペレッタ「乞食学生」の将校と、お馴染み「ヘンゼル」のお父さんを歌っています。