京都オペラ座公演  落語 DE オペラ 「フィガロの結婚」
時: 3月23日(土)14時・18時 24日(日)13時
ところ: 京都文化博物館ホール
入場料: 4000円
お問合: 075−361−5120・ジェンマ
演出: 泊 正則
ピアノ: 野本哲雄
舞台: 堀内健二(彫刻家)
出演: 祐森由香(ソプラノ)/桂小春團治(落語)/
田辺とおる(バリトン・特別ゲスト)


1.
落語でオペラですって?

2.なんでぼくのところにお鉢が?
3.前座も落語調でやるべし
4.稽古じゃ稽古じゃ
5.本番終了
6.掲示板「いいたい放題」のおしゃべりから



1.
落語でオペラですって?


  

ソプラノ祐森由香さんとの二重唱

知りませんでしたが、最近結構あるらしいですね。大抵は落語家が自作の新作落語として、オペラの筋を自分流に料理しアリアの一下りなどを口ずさみながら高座にかける、というスタイルらしい。今回は落語風に筋をしゃべる合間にソプラノがちょくちょく歌をはさむ、というのが原型だそうです。ケルビーノ・スザンナ・伯爵夫人のアリアを一手にひきうける旧友由香ちゃんは、大変忙しい。落語家の方も時折伯爵やらフィガロになって、セリフで芝居にからむという場面もある。

  ぼくの方は伯爵とフィガロのアリア、およびスザンナとの二重唱を頼まれています。さらに伯爵に扮したクレード(信条告白)を通じて、演出家のフィガロ観をすこしおしゃべりで展開する部分もあるそうで、これはコンセプトを考えないといけません。

  演出家は、オペラ「フィガロ」の諸要素のうち、権力に固執するチャチな体制派としての伯爵と、美とチャームと成熟と孤独をあわせもつ「いい女」伯爵夫人、という存在、および4幕フィナーレの世にも美しい伯爵の謝罪のフレーズ「Contessa perdono !」にいたるまでの二人の確執というあたりを抽出したくて、上記のような構成を考えた由。昨年、東京での初演時は志ん朝門下の志ん弥師が担当したそうですが、今回は初の関西公演なので上方落語にしたとか。

2.なんでぼくのところにお鉢が?

  旧友由香ちゃんにさそわれて初演前の稽古を一度みたことがありました。ま、落語とオペラじゃ、いってみたくなりますわね。もともとはソプラノと落語家の二人会という想定です。

  その時の歓談から演出家は有難いことに「いずれは田辺さんもまじえて」と思っていてくださったとか。今回はぼくの帰国も知らなかったので計画には入っていなかったのですが、この京都公演は当地のマスコミ・興行関係はじめ随分いろいろな方にご案内しているもので、将来的展開の素地にしたいという狙いから、それならと、ぼくをお目見えさせていただけることになったものです。ちょっと今回の飛び入りパターンではこなしきれないけど、今後はぼくと落語家および落語との結びつきをもっと緊密にした改訂台本をたたき台にして、落語の人物たるフィガロをぼくがしゃべった直後にフィガロの歌を歌う、というような形にもっていき、歌手陣もふくらまして文字通りのフィガロ・エンターティメント版を作る、という構想があります。

  昨日の電話でよばれ、きょうの打ち合わせで決めたことですから、ぼくの方はまだ実感わかない。わかんない分だけ期待に胸膨らむ風でもあります。ご注文のアリア自体は手馴れた曲ですが、全体の雰囲気が想像できてない。ま、こちらも無口の稽古の真っ只中ですから、向こうの稽古時間はあまりとれないので、手馴れた曲と少々のおしゃべりというくらいが今回は手一杯です。

  ひょんなことで11年ぶりに京都を訪れます。前回の京都は、渡欧直前の演奏会で、これも旧友祐森由香氏との二人会でした。記録はココ。

http://homepage1.nifty.com/opera/1991_01.htm

とりあえず、無口公演が迫っている時期の飛び込み公演ですから、平身低頭して金曜と月曜にぼくの組の稽古、週末はダブルキャスト組の稽古を割ってもらうことに致しました。


3.前座も落語調でやるべし (2002/3/16(土) 01:28)

  

落語家の前座ででるんだから「落語deオペラ」のコンセプト展開も落語調でやるべし、という演出家のご注文で、きょうは無口の稽古にでかけるまで頭ひねってました。確かに「解説」にしてしまうよりは地噺の方がのりやすいかもしれませんね。話し言葉で自由がきくし。関西のお客様の前で僕の口調はどんなものか・・・・、という不安もなくはありませんが、あまり気にやまずにいこうと思います。時間も5分がせいぜいで、あとは伯爵のアリアを歌って小春團治師匠にバトンタッチです。

  セリフとしての原稿は書きませんが、骨子はだいたい以下のようなものにしようと思っています。それにしても、亜流にいじくったものとはいえ「落語の稽古」らしきものなんていったい何年ぶりにしただろう・・・・。高校の文化祭前を思い出します。

ネタ明かしちゃっていいのか、って?
そんな大層なものじゃありません。歌以外の活動はダンスのアステアもどきも落語もどきもみんな素人芸の七転八倒ですから、ご助言のひとつもいただければありがたい限りです。


4.稽古じゃ稽古じゃ ( 2002/3/19(火) 09:54)

  演出家との2回の稽古をへて、前口上を練り直し、だいたい以下のような形におちつきました。チームは今日すでに京都入りし、稽古にはいりますが、ぼくはこちらの無口がありますので前日夜半に遅刻参加します。

「落語Deオペラ」前口上メモ(第二稿)

  田辺とおるでございます。皆様こんにちは。オペラを身近な空間で聴いていただきたい、というのが本日の趣向だそうでありまして、このとおり素敵なホールで、舞台と客席が非常にちかい雰囲気でやることになりました。とにかく日本では、オペラというと「高い」ということになってる。外来の○○歌劇場来日公演なんていうと6万円ですよ。これが、東京あたりだと、気違いのようなマニアであっと言う間に売り切れる。だけど、それじゃなかなかオペラを見るひとと見ないひととの溝は埋まらないわけで。

  ぼくは普段ドイツのフランクフルトに住んでいるのですが、ドイツでは、この地方劇場、オペラ・オペレッタ・ミュージカル・演劇・バレェ・児童劇を、地元の市民に安く手軽に提供する地方劇場のシステムが非常に充実しています。ぼくはこれを日本でご紹介するときに「おらが街の小屋」といっていますが、本当にドイツ全国どんな田舎でも、電車に30−40分のったらこういう劇場は必ずあって、今日の入場券程度の価格でなんでも見れる。大都市の大劇場、高価な豪華公演というのもまた、全国に分布する地方劇場の裾野の上にたつ頂点であるならば、オペラに限らず舞台芸が庶民の娯楽として成立する。これが肝要。(公演数・総予算15億→日本の中都市の財政規模だったら総予算の2%くらい?・ひと公演あたり・日本のオペラ公演制作費)

  で、まぁその高い日本のオペラをやりに今回は帰国しているわけでして、今月29日東京で公演するオペラ「無口な女」の稽古しているところです。余談、あたしの話は余談ばっかりなんですが、これを書いたリヒァルト・シュトラウスという作曲家は実はモーツァルトに大変私淑しておりまして、パロディではないのですが、モーツァルトオペラを彼流に料理した作品もあります。(例示など)。

  そういう名作です。それを稽古しているところに、本日のソプラノで旧友の祐森由香ちゃんから電話をもらいまして、

 「ねぇ、とおるちゃん、今あたし「落語Deオペラ」っていうのやってんのよ。フィガロの結婚。小春團治師匠とご一緒させていただくの。あなたはそりゃ関東の人だから上方落語はできないけどもさ、落語といえばあなただってなんだか随分凝って聞いたり喋ったりしてんだから、ちょっと前座やりにいらっしゃいよ。」

 「えー、落語でオペラ? 落語にオペラと聞いちゃ、、だまっちゃいられませんよ・・。フィガロ・・・。ふーん、そりゃフィガロは伯爵もフィガロも昔散々歌ったしねぇ。
えぇっ! あなたが?ケルビーノと伯爵夫人とスザンナ3役ひとりで歌うの?前代未聞だねぇ。予算がないの?え、ちがう?予算がないんじゃなくて、意味がある。ああそう。意味ね。でそれを前口上でしゃべれと・・・フン。ほかなら由香ちゃんの御指名とあっちゃねぇ。ことわれませんよ。アトガコワイ・・・いえいえ、、よし!だからつまり、なんだね、こんなんでどうかね・・」

《以下、地噺風解説の覚書》

  フィガロの結婚はアルマヴィーヴァ伯爵の従僕フィガロと、伯爵夫人の小間使いスザンナが結婚する話だが、この伯爵が悪玉の主役、とっちめられ役。快活なる魂(アルマヴィーヴァ)とはよくいったもので、(語源)。

  小間使いにちょっかいだそうとして周囲の計略に阻まれるや、我が得られぬものを家来が手にするとは不届きな、と権力ふりまわさんとする。横恋慕転じて嫉妬の権化。こりゃセクハラですよ。田舎大名だよねぇ。既得権にしがみついて権力ふりまわしてエバってついにはとっちめられて・・・って、つまりムネオさんだ。えぇ?セクハラならノックもいったって・・・・。ああなるほど。

  ただ、ムネオとノックの噺じゃ、予算委員会ならともかくも、お金を頂戴したお客様に舞台でおみせするんじゃ陳腐でしようがない。でもそうじゃないの。モーツァルトはその陳腐だけでなくて、愛とか青春とか、永遠に変わらざる美しい人間性を音楽に昇華させたんだな。それを専ら女性の歌に盛り込んだ。

  揩スけた大人の女ながら娘の可愛さを残す伯爵夫人、小間使いのお嬢さんながらハッとさせる熟女でもあるスザンナ。それにこの、ケルビーノ少年。役は男。男になるかならぬかという少年と男の境目。歌うのはメゾソプラノ。ズボン役といって、オバアサン役ではない若く美しく凛々しい女性歌手の役どころ。タカラヅカの世界。一月ミュージカル「ツインズ」の剣さんもまた実に美しく凛々しかったが。しかもケルビーノは劇中で女装する。女→男→女ときて、第一名前のケルビーノというのはキリスト教の大天使のひとりだ。天使は性別がないながらも、キューピッドなどがそうであるように無性別の妖しいエロスがある。

  で、こういう愛と青春の賛歌を彩る天使の音楽には天使の歌声でなけりゃ、というわけで由香ちゃん、あんたの出番だ。どうだい、大役ですよ。大丈夫かい? 「なにいってんのよ。女の魅力でしょ。あたし得意なのよ。任してちょうだいよ。惚れ直すわよ、あんた」

  そうかい、楽しみにしてるぜ。一方の男連中の音楽はというと、そりゃあの天才だから美しいには違いないが、どこかこう、落ち着かないアタフタした曲が多い。「滑稽なまでにしがない現実社会や、煩悩の権化としての人間という矮小な存在」を音楽で風刺したんだなぁ。こちらを本日は落語に託して、関西きっての新作落語の旗手、小春團治師匠にたっぷりそのアタフタを語っていただいて、女性陣の美とコントラストを出そうというのがつまり、「落語Deオペラ」の趣向、だネ。

 「まぁ、なかなかいいじゃないの。でもさ、あんただってホントは歌手なんだからさ、噺家じゃないんだからネ。歌も歌ってくださらないかしら。その悪玉伯爵がどんな男かわかるような歌をさ。『わしが指をくわえてため息ついてる間に、家来がわしの得られなかったものも手に入れるなぞ・・・・ゆるさんっ!』っての、どう?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  で、このあと序曲のピアノ演奏で幕開きし、小春團治さんはおもにオペラ台本を簡略化して、カミシモつけたスタイル(服装でなく、落語の会話体の部分)でしゃべるようです。ですから

スザンナ「あんたはんもまぁ、のんきなもんでんなぁ。お殿ハンがベット下さるゆうのはねぇ・・」
フィガロ「なんやて!あの助平親父どいつてけつかる・・」

  ってな調子になるんでしょうかねぇ(^_^;)。ぼくは公演当日までお会いできないので全然内容はわかりません。それで切りのいいところでソプラノがアリアを歌う、という感じで展開するらしいです。
ぼくは稽古のチャンスがないので、その本編には今回は絡めまないから、前座の一人舞台をまずつかまつることになりました。あとは4幕フィナーレで伯爵があやまるところ。フィガロ随一の名場面といわれるcontessa perdono から終幕までをソプラノと一緒に歌い、アンコールにフィガロで一番有名なナンバーが欠けてるからと、『もうとぶまいぞ、この蝶々」を歌うことになっています。

ぼくも、将来的な展開の方に期待しています。小手調べで飛び入り参加し、様子を伺ってくるという気分です。


5.本番終了 (2002/3/25(月) 23:22)

  やってきました。催しはまず成功したと思います。皆様からも好評を頂戴したし、興行関係者からは今後の公演活動について問い合わせも寄せられているそうです。『落語でオペラ・フィガロの結婚」という触れ込みは、オペラと無縁のひとたちに訴える地方公演には適当かなと思います。

会場

もと日銀京都支店で現在は博物館になっている重要文化財の明治時代の洋館。200席ほどのホールですが、壁も天井も素敵な建物です。ここにフィガロの筋を昼・夕暮れ・夜に象徴した生木ベースのオブジェを中心とする舞台を設置しました。屋根が高く、響きも綺麗でした。

前口上

3公演、適宜端折ったり伸ばしたりしましたので、例によって予定原稿はメモ程度にしか使いませんでした。意外に「おらが街の小屋」を紹介するドイツの地方劇場のくだりが「オペラは日本では高いっ」とあいまって共感してもらえたようです。たっぷり10数分のおしゃべりに続いてすぐ伯爵のアリア。『落語調で」という注文のために、普段のトークコンサートのようにマイクでぼそぼそしゃべるのと違いますから、ちょっと喉の負担は大きかったのですが、手馴れた曲なので自分なりには、まぁ。

本編

由香嬢は着替えが大変。3役のアリアをつぎつぎと落語の合間に歌います。小春團治師の落語フィガロは、おおむね筋を忠実に追ったもので、くすぐりも抑え目で芝居噺のような趣がありました。カミシモつけて登場人物に語らせる以外、地の語りの部分は「老いたケルビーノが飲み屋でクダまきながら亭主相手に昔話を語って聞かせる」というスタイル。上方落語でやったのがピタリと当たったのには驚きました。この試みには江戸落語よりも向いているかもしれない。最後には師創作の地口落ちまでついて、まとまりました。

重唱を一切カットして落語とソプラノ独唱というのが今回の本編でしたが、これをたたき台として落語とフィガロの各ナンバー、重唱独唱がもっと緊密にスピード感もって絡み合うような台本になればいいなぁ、と見ながらあれこれ空想しておりました。

エピローグ

終幕フィナーレからぼくも再び参加して、フィガロの最後の数ページを歌ったあと、「本編には入らなかったがフィガロで最も有名な曲」ということで「もう飛ぶまいぞこの蝶々」。軍隊に追いやられるケルビーノをからかうフィガロの歌ですから、小春團治師をケルビーノ役にみたててあれこれちょっかいだしながら、最後は羽織袴の師を立たせて黒上下のぼくのフィガロといっしょにマーチの足踏みまでさせて受けました。もう一曲のアンコールは、本編では語りでスラッと扱った開幕のフィガロとスザンナの二重唱を由香嬢と芝居をつけて歌いました。


今回のように飛び入り参加でなく、きっちりと本編に参加して、落語とオペラ・フィガロが天衣無縫に行きかう作品としてアリアも重唱も歌いたいし、この試みをいろいろな地方にもっていって試してみたい、という期待が膨らみます。


6.掲示板「いいたい放題」のおしゃべりから


 No.357 by 桂 小春団治 at 2002/3/29(金) 22:55

先日はお疲れさまでした。
今月は偶然クラシックとの共演が多く、「フィガロ〜」の他にも、
大阪のいずみホールで「兵士の物語」の語りをオーケストラをバックに落語でやりました。
これは10数年前に一度やったものの再演です。
今までバンドをバックにしたオリジナルのロック・ミュージカル落語や、
前衛音楽との共演などいろんな音楽ジャンルの方と一緒にやってきましたが、
オペラは初めてでした。
しかしオペラ歌手の声量はすごいものです。
楽器と張り合える立派な声です。
噺家とは全く声の出し方が違うのを同じ舞台で身をもって感じました。
またご一緒できるのを楽しみにしております。
ありがとうございました。

 No.374 by 田辺とおる at 2002/4/1(月) 02:57

小春團治師匠、ようこそおこしくださいました。京都ではお世話になりました。落語ファンのぼくは噺家さんと共演させていただいて、ミーハーのごとくよろこんでいましたよ。芝居噺をきくようにみっちり語っておられてたのがとても心にのこったし、楽屋の雑談もとても楽しかった。またご一緒したいですね。東京の独演会の折には是非おしらせください。りっつさん、無心床さんをはじめ、こういう僕を応援してくださっている方々には落語好き、おおいんですよ。噺家さん御本人にサイト登場していただき、ぼくも鼻高々?です、というより当人が一番よろこんでいます。

 No.336 by りっつ at 2002/3/16(土) 11:43

面白そうな企画ですね。落語とオペラ、あまり結びつかないなあと思っていたところにこんな企画が舞い込んできたんですね。体から自然にあふれ出すような田辺さんのおしゃべりのファンである私としては京都まで行ってみたいような気がします。
しかし、一体どういう構成をするんですか?落語家の前座で出るってどういうことかしら?落語の登場人物にフィガロがなるんですか?今回は上方落語だけれど、今後は「えーどうも何ですな」とか「するってえとなにかい」とかそんな落語口調でトークをしてからいきなりオペラを歌い出すのでしょうか。うーん笑いはとれそうだけれど、どうも結びつかない。これは、一度見てレポートしてみたいもんです。

しかし、将来的な展開としては非常に面白そうですね。だって落語通のオペラ歌手なんて田辺さんをおいて他にあまりいないのでは?「落語で紹介するオペラ」だのオペラ好きの落語家と落語好きのオペラ歌手とのトークショーだの観客として見てみたいような演目がたくさんあります。横浜の野毛にもにぎわい座という演芸ホールがこの4月にオープンします。横浜でも落語とオペラなんてできたらいいですね。

 No.328 by 無心床 at 2002/3/14(木) 22:11

簡単ながらリンク集

京都文化博物館 http://web.kyoto-inet.or.jp/org/bunpaku/
同 ホール  http://web.kyoto-inet.or.jp/org/bunpaku/Untitled.html
桂小春團治   http://www1.plala.or.jp/koharudanji/site.top/

あれ?小春團治さん、ドイツに行ってたんじゃん。

>落語とオペラ、あまり結びつかないなあと
いう方のために、こんなの紹介しときましょうか。

オペらくご「ドンならんな!」のレポート
http://homepage2.nifty.com/Mitleid/don.htm
落語とオペラの交差点
http://www.mnx.ne.jp/~esq142/

 No.348 by りっつ at 2002/3/26(火) 21:15

無心床さんが教えてくださった「オペラと落語の交差点」で勉強してみました。
面白そうだけれど、やはり一度聞いてみないと。
あらすじだけだと、古典落語を素材にしたもの、オペラを素材にしたものとどちらが主になっているのかがいまいちわからなかったけれど。「死神」なんかは面白そうですね。結局構成は誰か脚本家だか演出家だかが考えるのでしょうかね。構成を考えるだけでも楽しそうです。

しかし、落語とオペラをドッキングさせて「フィガロの結婚」をネタにしたものをやる。なんて紹介されても一般の人には伝わらないでしょうね。実際私も落語好きの友人に落語でオペラの内容を説明しようとしたけれど、うまくいきませんでした。でも、雰囲気は伝わったらしくその友人いわく「オペラも落語も物語を演じるというところでは、似ているところはあるんじゃない」と、1回聞いてみたいと言っていました。