横浜の母校蒔田中学校で独唱会
2001年10月26日(金) 横浜市立蒔田中学校
紹介されて登場する。開口一番はまずしゃべらずに歌、というのはいつもの段取り。鱒でスタートもぼくの定石。
シューベルト作曲 ます
25年ぶりの母校をひとしきり懐かしがった後、「きょうは盛りだくさんだから、普段のようにベラベラしゃべらずにドンドンいかないと」と断って蚤の歌のコメントへ。おべっか野郎を王が重用する様を「大臣に上り詰めた寵児の蚤に喰われて痒くてならないが、后も女官もつぶせない」と皮肉ったゲーテの詩を説明。世辞使いの鼻持ちならん奴くらいは中学生の周囲にもいるだろう。ムソルグスキーの方は日本語。戯画的伴奏と滑稽な邦訳がついているから身振りまじりに歌う。「クラシックの歌聞きにいって大いに笑ってきた」と言ってくれるかな、彼等。
「蚤(のみ)の歌」ニ題
ベートーベン作曲
ムソルグスキー作曲
「劇場」というものの話しをする。「おらが町の小屋」を中学生諸君はわかってくれるだろうか。「テレビで娯楽のお茶濁しちゃいけない。芝居でも何でもいいから、劇場で生身の人間が汗かいて披露している芸に親しんでほしい」と力説。ハルバーシュタットの劇場、ハルツの野外舞台、ぼくの舞台写真の諸役などをスライド映写。
アイーダのアモナスロ役のスライドから次の曲のコメントへ。打合せのときに音楽の授業で扱うオペラをたずねたら、中学校3年間で「アイーダの凱旋行進のトランペットのみ」なる由。そりゃ若い聴衆が増えるわけないと心中がっかりしたが、ともかくそこを突破口にしようとおもう。「もしプラスバンド部があったら、トランペットの生徒に練習させておいてくれませんか。舞台で共演しましょう」と提案しておいたら、前日の会場練習に3人来た。同級生に熱演して貰えばピアノだけで弾くより余程よい。ブラバン諸君も上手に吹いてくれた。
「今のは勝った方のエジプト軍の行進曲。今度は負けたエチオピアの王がエジプトに慈悲を乞うアリアを歌います」とふって、ぼくのアリアにうつる。

ヴェルディ作曲 オペラ「アイーダ」より
エジプト軍の勝利の行進曲
エジプトに負けたエチオピアの王「アモナスロ」の歌
「魔王はどうしても歌ってくれと頼まれました」といっただけで会場がざわざわする。全校で大好きな曲だそうだ。一年の鑑賞教材だけど2年3年も口ずさんだり、聞きたいとせがんだりするとか。ゲーテとバラードの話しをちょこっとする。結局、劇仕立ての歌は好きなんだ。もっと歌芝居の本家たるオペラを扱ってあげればいいのに。
「そんなに好きな曲だったら生徒参加の方策を講じていただけますか。ぼくは一回ドイツ語で独唱しますから、そのあと一緒に何かやりましょう」と頼んでおいた。父・子などの役に分かれて歌詞朗読をしていると聞いていたのだが、昨日のリハーサルに現れた4人の男子生徒はしっかり稽古してきて、歌う気でいる。なかには歌詞を覚えてきた子までいた。この歌2回つづけて歌うのは実際、しんどいのだがこりゃ付き合わない訳にはいかない(笑)。役を振り分け、なんとなくそれらしい身振りをしてもらいながら、ぼくは4人の間を忙しく行き来して全役の歌を一緒に歌う。本人たちは興奮のあまり夢見心地、会場も沸きにわいて大喜び。このコーナーは大成功だ。
なお、自分の心覚えに記録しておくが、この曲を今回、はじめてe-mollの低声用で歌った。留学前、80年代の仕事で随分歌った曲だがずっとf-mollの中声用でやり、ドイツにきてからは機会が減ったものの、歌うときは終始中声だった。最後は確か97年の「ドイツ便り」コンサート。4年ぶりである。両方ためしてみたがe-mollのほうがしっくりくるという事に気づいて我ながらびっくりする。オランダ人・ホフマンときて40歳の声はだんだん変化してきていることがここにも現れた。「ハイバリトン・・・・かも」みたいな言い方を長らくしてきたが、ぼちぼち返上だな、こりゃ。

シューベルト作曲 魔王
田辺とおるの独唱
君たちと作る「魔王」
≪ 休 憩 ≫
例によって予定より進行が遅れてる。あいかわらず時間の読みが下手。ヘンゼルの物語は端折り目にやらねば。お父さんの場面ごとにスライドを一枚映写しては一曲歌う、というパターン。魔女の騎行もピアノで演奏。端折りバージョンなので終曲で子供を舞台にあげてヘンゼルとグレーテル役にするのは割愛。
フンパーディンク作曲
オペラ「ヘンゼルとグレーテル」より
パパのお話の場
村祭りの様子・魔女の森・子供たちと再会
倦怠期の夫婦、という設定は中学生にわかるかなぁ。「うちのお父さんとお母さん、最近ぜんぜん話ししないんだ。とか、喧嘩ばっかりしてるんだ、なーんていうのがつまり倦怠期」と、些か苦しいコメント。この作品はこのサイトにもHP再演で詳述してあるが、ちょっと学校演奏会で性的不能は話題にできない。「ジュリエットと仲が悪くて相手にしてもらえないから、秘めたる愛をリーザに」と表現した。歌詞を映写しながら歌う。「なんの変哲もない愛の歌だけど、これがゆたんぽに向けられていると思うとこよなく可笑しいだろ?」と注釈。
間奏で舞台袖に隠しておいた氷枕をもって登場。ドイツのゴムのゆたんぽは丁度日本の氷枕に似ている。これに頬擦りしながら3番を歌ったのは、ウケた。
ゼルツァー作曲 ミュージカル
「それはナイチンゲール」より
リーザに捧げるロミオの愛の歌
客席に降りて「世界一長いオペラはどのくらいかかると思う?」と次々にきいてみる。長めでようやく2時間半、30分なんて答えた子もいた。歌舞伎でもミュージカルでも宝塚でも現代劇でも、なんでもいいからもっと生の舞台にふれてほしいなぁ・・・・・。4日かかる、といってとりあえず驚いてもらった後、リングとアルベリッヒの呪いの経緯を簡単にしゃべって歌にはいる。イメージ画像としてゴヤ絵画をつかう。照明の先生が即興で気を利かせ、舞台照明をおとしてぼくとピアノにだけピンスポットをあてた。オドロオドロしい歌には丁度よかったが、鍵盤が暗くなってピアニストには酷なことだった。
ワーグナー作曲
オペラ(楽劇)「ラインの黄金」より
アルベリッヒの呪い
音楽の先生に舞台にのってもらい、校歌の指揮を頼む。生徒も起立して一緒に歌う。ぼくの時代はたしか一番しか歌った記憶がないが、今の生徒は2番まで覚えていた。ぼくの方は記憶を辿りつつ楽譜みながらヨチヨチ。フランス帰りの気鋭作曲家だった頃の池内友次郎作。音大の和声学教材としてもっともポピュラーな「和声」全3巻の著者だ。「中学生のために」という注文をそっちのけ(?)でお洒落してある。変拍子に聞こえる第2拍目スタートの旋律あり、メロディーライン上に短七度の跳躍と、それに誘導される転調あり、歌の終止もトニカで落ち着かず第5音にきたり・・・と、「こんなの歌えねぇヨ」とぼくの時分に言い合ったことを覚えてる。今の生徒はどうなんだろう。案外難なく歌っているような印象を受けた。聞けば音楽の授業では変拍子のゴスペルまで扱っているらしい。
時代、デスネ。そういえばブラバンだってぼくの時代にはなかった。のちに音楽を専攻したぼくも中学校時代は音楽とほとんど無縁だったっけな、と思い出した。ちょうど男子は変声期。ぼくの音楽の通信簿は中二の1・2・3学期だけ綺麗に4が並んでいる。その4つけて、変声がまぁまぁ終わった中3でまた5に戻してくれた当時の恩師が聴きに来て、横浜テレビのインタヴューにも応じてくれた。
蒔田中学校校歌(みんなで歌おう!)
母校の後輩が非常に喜んでくれて握手をもとめてきたり、その日のうちに「感動した」とメールを何通ももらったりしたのは幸せの至り。成功した音楽会、と思うことにする。
来週火曜日には、横浜テレビと今日収録した分の編集・インタヴューを済ませたのち、一緒に蒔田中学校のブラスバンド部の練習をたずねる予定。生徒とおしゃべりの時間、ブラバンにまじって一緒にフルートをふく時間などを共にすることができるだろう。何年ぶりのフルート、午前中に稽古しておかなくちゃ(笑)。