椿姫公演

2001年3月11日

イルメナウ劇場 Theater an der Ilmenau
ユルツェン市   Uelzen

ジェルモン役


<出演前記>

えらいこっちゃ。

なんぼ、かねての念願の役だったって、また4日の突貫工事です。それも椿姫のオトッツァンはアイーダより大変。量もさることながら、質的にぼくの不得意な「静」の魅力を要求される部分が多いし、全体に音域が高い。でも目下の境遇においては、急の代役やってチームにはいっていくしかありませんから、断れませんよね。ポルトガル日記でちょっと触れた「道化師」のプロローグをドイツ語で歌うオーディションが翌日にミュンヘンでありますので、これもしんどい理由の一つです。実は、さすがにおじけづいて最初の電話の問い合わせでは「日曜日は他の仕事が入っていて・・・・・」と断ったのですが、電話をきった直後に楽譜だしてきて歌ってみて、「こんな機会を断るアホはいない!」と、電話しなおし。「向こうの仕事相手と打ち合わせましたので、日曜夜は空けました」かなんか言い訳してOKしてしまいました。歌ってみて歌えたからではなく、歌いたかったから、だけ。一重に、それだけ。しみじみ軽率の上塗りで綱渡りしているショーバイだなぁと自嘲しています。折角この3日間娘が来ているのですが、盛大には遊べなくなっちゃった。

ざっと申し上げますと、椿姫のジェルモンにどのくらいの経験があるかというと、
・二幕冒頭の二重唱は以前にソプラノと一緒に稽古していたことがあるのでだいたい見当ついてる
・有名な「プロヴァンスの海と陸」のアリアは10年以上暗譜して稽古に使っているけど、難しくて難しくて手掛けたり投げたりの連続。でも40の声をきくあたりから、やってみるか、と思っている曲ではあるものの・・・・。
・アリア前後の掛け合い、舞踏会のアンサンブル・終幕のアンサンブルは昨年夏になんとなく譜読みしていた。ウィーンの王様の合間に、秋にこの役がくるかもなということで始めていたのですが、けっきょくそれがアイーダにかわっちゃったという曰くつきでした。

ただ、以前りっつさんの突撃インタヴューでも触れましたが、椿姫は1980年頃にミュンヘンで観て、フルートから歌にかわる大きなきっかけとなった曲です。格別のなじみのある曲、かな。歌手は普通、ピアノ伴奏の楽譜で役を勉強するので、オーケストラ総譜(スコア)というのはあまり持っていません。ことにオペラ全曲のスコアは高価なので、ピアノ譜と並行して持っているものは少ないのですが、ぼくの書棚においてはその少ないひとつ、です。ヴィースバーデンの合唱時代には、国立劇場ですので随分いい歌手が椿姫を歌いにきていました。合唱の降り番になっている二重唱のところなど、楽屋に引き上げずに袖でしょっちゅう聞いたものです。ハルバーシュタットではオトッツァン役ではなくて、端役ですがテノールの恋のライバルである男爵を歌いました。ただしこれはドイツ語。

と、いう訳でして、こんどの日曜日にハノーファーとハンブルクの間にあるユルツェンという町でジェルモンを歌ってくることになりました。ドキドキ。


<歌ってきました>

個人的に思い入れのある曲、それも歌手になる前のオペラキチガイ時代に直結する思い出の曲を舞台にかけるのは格別の気分でした。リアルタイムで舞台上でもいろいろと出来不出来は気づくし、録音聞いて気づくことも多いし、そこらはどんな曲歌っても変わらないのですけど、なんというか自分自身の燃え方がより濃厚みたいですね。技術の心配・リハーサルがないために指揮者とのコンタクトの心配・前から熟知している曲とはいえ、自分で歌うための準備としては突貫工事で稽古不足である心配・・・・などがあるのに、それよりも心と音楽性の推進力が勝っていて、どこか自信もって歌い進められるところがありました。たいして指揮者もみないで歌ったのに、音楽づくりのイメージに確信ある曲だから、あとで録音きいてもべつにずれてはいないんですね。もっとも肝心のアリアの高音から降りるタイミングがオケとずれてしまいました。これは次回打ち合わせないといけない。

そうですね。自己評価ですがまずプラスポイントから(笑)。

・レチタティーヴォの間合いや音楽のテンポ取りなどは初物だと一番不安定になりがちなのですが、上述のような精神状態でしたのでわりにうまくいきました。仕草としての芝居には工夫の余地がたくさんありますが、音楽表現としての芝居はおおむね考えていた通りに出来ました。
・全体的に音域が高い曲なので平べったい声、若い声(亡き師に言わせると「子供じみたバーカみたいな声」)になりがちで心配しておりましたが、割に密度の高い音色で一貫していました。
・二重唱の一部とアリア前半は、まさに静の魅力というべきところで、密度の濃い音ながらも抑制したフレージングで、我慢して我慢してうたわないといけない場所です。ヴェルディバリトンのカンタービレとして特徴的な個所です。これがぼくは昔から苦手で、長い長い宿題として今も抱えています。でも随分出来るようになってきた気がします。もちろんまだまだですけど。99年首都オペラのボエームあたりではまだできていなかったフレージングですが、昨年のオランダ人に取り組んだことがきっかけで少しづつ体がヒントを貯蓄してきているようです。オランダ人とアイーダはいい稽古台でした。
・高音のファが何回もでてくるのですが、これはさすがに全部合格点とはいかなかったものの、合格しているミとファはまずまずいい音が出ました。基本的にこういう「かぶせた音・チェンジした音」は、こもってしまうとオケを超えて飛んでいかないのですが、かぶって充実した密度を保ちながら輝かしく飛んでいく声が何箇所かには使えたようです。

反省の第一はアイーダの時と一緒です。初物の緊張で、普通にジェルモン歌うときの倍くらい力を使ってしまっている。ヴェルディの二重唱・アリアとしてはそんなにハードな方ではない作品なのに、舞台からひっこむとハーハーいっていました。この辺がこなれてこないとだめなんですね。きちんと稽古日程があって初日を迎えるときは、この段階を舞台稽古の時にクリアできるので随分違うのですけど。こんどやるときはもうすこし自然体で行きたいな、いけるだろうな・・・という予感。第一、このツアー制作会社の公演シリーズに本格的に参加しはじめたらカルメンとリゴレットと椿姫で一週間に5箇所5公演なんてすさまじいスケジュールに放り込まれます。昨晩のようなジェルモン歌っていてはとてもこれはこなせない・・・。

技術的なことにちょっと触れるなら、こういう過度の緊張の影響は高音自体よりも、そのすぐ下にでるようです。ジェルモンの場合、高音とはおおむねミのフラット・ミ・ファ・ソのフラットあたりを指します。資料集の発声のはなしですこし触れましたが、いわゆる声区チェンジライン以上の音にあたります。そのすぐ下の問題の音というのは、だいたいド・レのフラット・レあたりです。ここを高音と同じような扱いをしてしまうと、フレーズ感も発声技術も重ったるくなってしまうし肉体への負担が大きい。チェンジラインより下の音はチェンジしちゃダメなんですね。とはいえ、平べったい声の方向にもっていってもダメ。基本的な胸郭の共鳴を保った上でここらの音は軽めに明るめに素早く処理したいところですが、初物の緊張でだいぶ阻害されたように思います。ここを重くしてしまうと、すぐにこもってしまうし、息継ぎしても息が十分に吸えなかったりして弊害が大きいのです。

アリア2番には課題を残しました。これは本当に高くて、ぼくにとっては一筋縄ではいかない曲です。フレーズの切り方がきれいにいかずにブチッと切れたことや、高音のファのうちのいくつかはきちんとした共鳴のポジションにはいらなかったので十分な長さを保てなかったこと、休符のほとんどないフレーズなので一度ポジションが狂うと戻らないこと、素早い息継ぎでも前のフレーズと同じ体制に戻らなくてはいけないこと、などはじっくり研究しなおしです。

この曲はまさにうぃんのもりさんが「情感こもった切々たるアリア」と表現されている通りだと思います。演者がわの問題は、切々にしてはメロディーラインが非常に優雅に流れていることです。言葉をはっきりし過ぎてブツブツ途切れた調子になってはいけないし、かといってメロディーだけを追っていくとまるで「からたちの花がさいたよー」とやっているみたいに呑気な童謡風になってしまい、父の情感が出ない。1・2番とも、主に高音がくる前のアリア前半において特にそうです。ぼくの基本構想は、1番は比較的メロディー重視、2番は言葉のウェイトを増やす、ということでしょうか。このアリア前半部分は、ヴェルディが1・2番とも「レガート」と「マルカート」、流れるように歌うことと言葉のリズムを強調するところの二つをはっきり対照させて指定しています。これをぼくは1番ではあまり実行せず、2番でかなり強調します。さらに2番ではレガート部分をピアニッシモ、弱音で歌います。いずれにしてもこういう「切々たる語りかけ」はいろいろな工夫の余地がありますので、回数重ねて歌うときの楽しみです。

アリア後半の高音の部分は、ほとんどテノールとソプラノが一幕で歌う「乾杯の歌」と同じ音域ですから、バリトンとしてはそんなに声で演技する余地はありません。なるべくメロディーラインをつなげて、シンドイ音でも「響きが前にきたりこもったり」というムラをなくして、クライマックスのファとソのフラットを立派な音で出す・・・・というあたりがテーマです。

最後に衣装とメイクについて一言だけ。
衣装や舞台の情報は、代役の場合事前の電話ではほとんど伝わりませんので「行ってみてのオタノシミ」です。今回のマントは時代考証の関係か、袖口に大きなフリルがついて盛り上がっていますので、化粧する前に着付けてみたらなんだかこどもっぽくみえてしまいました。しかも息子のアルフレード役が長身の上100キロは越すであろう偉丈夫で髭を蓄えている。そこで特に老けメイクを頼みました。白髪があると便利なんですけど、こういうときにはスキンヘッドはどちらかというと若く見えますしね。楽屋のかがみで見ると気持ち悪いくらい白塗りのジジイに仕上がりましたが、写真でごらんいただけるように舞台上ではちょうどいい案配だったように思います。舞台装置は伝統的なスタイル。時代設定を変えたりしている演出だと、自分のもってる役柄像をまずそっちに合わせないといけないし開演前におぼえておくべき演技のきっかけが多くなって大変なのですが、伝統的なものだとかなり即興的演技でクリアできます。ただきちんと演技をつけているものならば、要所要所でもうひと工夫できるわけですから、その点が不十分なのはやむをえないところです。


そうそう、このツアー公演会社はイタリア人歌手もたくさん使うので、なんでも原語でやります。流行の字幕もなし。なかなか昔ながらのスタイルの公演です。昨晩の聴衆は非常によろこんでくれまして、スタンディングオベーションにこたえて随分長いカーテンコールをさせていただきました。いい曲です。なんといっても、いい曲です。ヴィオレッタ役のソプラノは「アイーダといい今度といい、パッと代役こなして根性あるね、あんた」といってくれました。プロデューサーも一応合格点をくれたみたいだし、近いうちに是非また再演したい役です。


< 「椿姫」というオペラ題名>

久しぶりに椿姫と関わった余韻が頭の中を巡るなかでふと思い付きました。このオペラを「椿姫」とデュマ・フィスの小説原題そのまま呼んでいる国は珍しいかもしれません。

じゃ「椿姫」をミャンマー語でなんというのか、ということまで来てしまうと想像つかないのですが、オペラの題名を必要とする国はおおむねオペラを上演している国ですから、まずはヨーロッパ諸国語圏(南米やオセアニアも含めて)を考えていいかと思います。中国・韓国・アラビア語圏はオペラやっていますので、この辺の事情は非常に興味あるんだけどとりあえず今調べる術がない。ことに漢字圏の中国におけるオペラ題名というのは是非知りたいと思いますので、どなたかサイト探索の手段でもご教示いただけると嬉しく存じます。

本論に戻ってヨーロッパ語圏でのオペラの題名です。つまりここで言うのは翻訳事情のことですので、たとえばイタリアオペラの題をドイツ語・英語・フランス語などでどう言っているかということなのですが、いくつかの傾向があるように思います。実はドイツ語圏以外の呼称通例のことはあまりよくわかっていません。おおむね同じような傾向だろうと想像しているだけなので、誤解がありましたら是非ご示唆御願いします。少し長くなりますが、例示してから「椿姫」の話に行きます。

1、固有名詞はそのまま。ただし人名を何語風に呼ぶかについては、おおむねオペラ作品の原語に準ずるが、例外もある。

・Don Giovanni: モリエール劇を独語訳上演するときは Don Juanといっているが、オペラの時は独語上演の劇場でもだいたいイタリア語表記
・Guglielmo Tell(ウィリアム・テル): シラー劇ならWilhelmだけどロッシーニオペラはグリエルモ。
・Maria Stuarda(メアリー・ステュワード): 本人の英語読みMaryは使わず、シラー劇でもMaria Stuart。ドニゼッティオペラではStuardaとイタリア読みそのまま。
・Macbeth: これはドイツ読みってないンじゃないか。ヴェルディオペラでは劇中ではMacbettoだけど題名は英語原題のまま。ドイツでも最後のthは下を噛んだ「ス」と英語風に言う。

例外

・Don Carlo:シラー劇があまりにポピュラーなので、オペラでもCarlosと劇原題を使う。王家の名の場合、たとえばカルロの父の王自身は,Felipe - Filippo - Philipp などそれぞれの言葉に訳して呼ばれているが、戴冠していない王子名だからきっとスペイン語のままなのだろう。
・Evgeny Onegin(エフゲニ・オネーギン): 本来キリル文字で書く訳だからこのEvgenyも慣用に過ぎないのだが、こういうものは独語訳してしまう。Eugen Onegin が普通。
・Faust:大ゲーテの名作とエンターティメント重視のグノーのオペラが同題というのはケシカラン、ということで、このオペラはドイツ語圏だけでは ' Margarethe 'と呼ばれている。原語主義の大劇場では Faust (Margarethe)と微妙に気を使っていてオカシイ。

2、固有名詞に何かの言葉が付随している場合は、付随しているものをドイツではドイツ語に翻訳している。但し原語上演専門の大劇場では原語のままにしている例も多い。いずれも原作題名語ではなく、オペラとしての原語

・Le nozze di Figaro(フィガロの結婚): Figaros Hochzeitが最近減ってきた。でもボーマルシェ原作に拠るLe mariage de Figaroというフランス語はまず使わない
・L'incoronazione di Poppea: 作品の知名度の差だろう。これはイタリア語でやるときでも Die Kroenung von Poppea と独訳にする、または副題で併記するのが通例。

・同様に最低翻訳副題を併記するというパターンでは

Il barbiere di Siviglia - Der Barbier von Sevilla - セヴィリャの理髪師
I due Foscari - Die beiden Foscari-二人のフォスカリ
Samson et Dalila - Samaon und Dalila -サムソンとデリラ
Lady Macbeth Mtsenskogo Uyezda - Lady Macbeth von Mzensk -ムツェンスクのマクベス夫人
Les contes d'Hoffmann - Hoffmanns Erzaehlungen -ホフマン物語

3、普通名詞の題名は原則的に翻訳する(ヨーロッパ語同士なので原語のままでも意味はだいたい通じることが多いけど)

・La gazza ladra - Die diebische Elster -泥棒かささぎ
・I puritani - Die Puritaner - 清教徒
・L'elisir d'amore - Der Liebestrank - 愛の妙薬
・Un ballo in maschera - Ein Maskenball - 仮面舞踏会
・La forza del destino - Die Macht des Schicksals - 運命の力
・Amahl and the Night Visitors - Amahl und die naechtlichen Besucher - アマールと夜の訪問者
・Les Huguenots - Die Hugenotten - ユグノー教徒

・La cenerentola(シンデレラ):日本語は英語のcinderellaをそのまま輸入したみたいで「灰かぶり娘」と呼ばないから固有名詞みたいに見えるが、これは普通名詞。ただしドイツでも童話のタイトルとして定着しているからAschenputtelと翻訳はするものの、固有名詞みたいな感じに受け止められている。童話の1ヴァージョンとしてではなくロッシーニオペラのひとつ、としての認知度が高まってきて、最近はイタリア語原題もよく使われる。

これらの翻訳題は原語上演の大劇場ではだんだん減ってきているが、たとえ公演ポスターに原題しか載せていなくても、ラジオ放送・聴衆のロビー談話など普通の会話では翻訳題のほうがずっと通りがよい。

東欧の言葉は翻訳しなければまったく通じないので、原題も書かないのが普通
・Prodana Nevesta - Die verkaufte Braut - 売られた花嫁
・A Kekszakallu herceg Vara - Herzog Blaubarts Burg - 青ひげ公の城
・Pikovaya Dama - Pique Dame - スペードの女王 (ただしこれは独訳しておらず、原作のプーシキン小説がドイツでフランス語題をつけていることをそのまま流用。もっとも無理にドイツ語にしたところで Pik Dame だから、レストランをそのままRestaurantとドイツ語で書いているのと同じ事例だろう)

4、普通名詞なのに翻訳しない例


・Prima la musica, poi le parole: 音楽が先か言葉が先か、というのは有名な論争なのでイタリア語原題が(キョーヨー人には?)通じる、という前提によるのだろうが、大体ドイツ語副題をつける
・Cavalleria Rusticana:確かペーター版の楽譜にはDie laendliche Ritterschaft(田舎の騎士道)とかいう直訳がついていたけど、なぜか翻訳しない。「シシリア農民の誇り」(Sizilienische Bauernehre)という意訳も昔は使われたみたいだけど今日では誰も使わない。だいたいドイツでも「カヴァレリーア」という略称で通っている。日本と同様。ただしcavalleriaもrusticanaもイタリア語だが、Kavalierschaft, rustikalというドイツ語と対称しているのでドイツ人には意味が通じる。日本だと「カバカバ・・・・このオペラは舌噛みそうだよ!」ということになる・・・。
・La sonnambula(夢遊病の女):これは日本と違って翻訳しない。全曲オペラとして上演されることが少なくてアリアだけが有名なためかも知れない。
・Madame Butterfly: これはオペラ原題も原作の英語題をそのまま使った珍しい例といえるだろう。



そこで椿姫です。ヨーロッパ語圏ではおそらくどこにいっても、オペラのイタリア語原題

La traviata

を使っているはずです。これに「道を踏み外した女」という類の翻訳題をつけている国は多分ないだろうと思います。戦前までのドイツの公演ポスターならば、もしかしたら解説的な副題として併記したかもしれませんけど・・・・。

歴史的経過についてぼくは詳しくありませんが、オペラ初演当時の話題小説だった「椿姫」La dame aux camelias (Die Kamiliiendame独)は、モラル上検閲に引っかかってオペラ化できないとみたヴェルディ・ピアーヴェ(台本作家)が改題した、という大筋は多分あたっているでしょう。今日のドイツでは、小説と、その小説をバレェ化した公演などではフランス語原題にドイツ語翻訳の副題がついた体裁になることが多いようです。でもオペラ公演のときに「椿姫」の原題や、そのドイツ語訳を併記する事例はみたことがありません。

つまりヴェルディの意図がばっちり的中して

椿姫(の仏原題または各国語訳題)→ 小説
La traviata → オペラ

というイメージが定着しています。traviare というイタリア語動詞の過去分詞が名詞化したこの題は、「カヴァレリア」などとは違ってイタリア語の知識のないひとだとヨーロッパ語の母国語をもっていてもスンナリ意が通じるとは思えませんが、それでも定着しています。一方、日本では小説原題がそのままオペラ題として通用している訳ですから、オペラ舞台におけるリアリズムの実践のために検閲と戦ったヴェルディさんはお墓の中でむしろ喜んでいるのかもしれませんが、どうしてそうなったかはきっと作品の日本輸入の経緯に依るのではないかとぼくは想像しています。

経緯を簡単に追いますと、小説の刊行が1848年、劇化された公演をヴェルディが見たのは1852年、不評の大スキャンダルで知られるオペラ初演が1853年。翌年の再演大成功から一気に世界の名作に駆け上るわけです。日本史と対称させるとペリーの初来航が1853年。幕末ですね。小説が日本に伝えられたのは明治でしょうから、ヨーロッパでは既に小説・オペラとも評価が確定している時期、ということになります。

そしてオペラの日本初演が大正7年(1918年)。赤坂ローヤル館において安藤文子(後の藤原義江夫人)・田谷力三・茂木茂夫という配役だそうです。浅草オペラ黎明期にあたります。つまり小説が日本に伝わってからさらに30〜40年は経っていたでしょう。「あのデュマ・フィスの椿姫のオペラが今度あるらしい・・・」という受け止められ方だったのではないでしょうか。岩波文庫の「椿姫」よりは圧倒的にCD・ヴィデオ・オペラ公演の椿姫がもてはやされる今日とは対照的です。

「あの『椿姫』」という印象を緩和するべく改題したヴェルディと、その印象を強調して初演を成功させた日本、ということになるのかも知れません。

イエ、ぼくは学者じゃなくて一介の歌手ですから「だからどう・・・」ってのはないんです。フーン、でオシマイ。想像すると楽しいじゃないですか。

冒頭にも御願いしましたが、オペラタイトルの中国における事情、ぜひ知りたいなと思っています。どなたか助け舟おねがいします。