ロストック(北ドイツ)でのカルミナブラーナ他公演報告

お待たせしました。予告編で予告したとおり公演報告をアップしました。掲示板にあった大事件とは、はたして・・・。(あ)
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2000年12月30日      オペラガラ抜粋・休憩・カルミナブラーナ(カール・オルフ)
         31日昼公演  ベートーベン交響曲第九番
         31日夜公演  オペラガラコンサート(プログラム詳細
2001年 1月 1日      オペラガラ抜粋・休憩・第九


於:ロストック市ニコライ教会(12月30−31日)、ゼーバート・ヘリングスドルフ(1月1日)

会場のロストック市ニコライ教会
会場のロストック市ニコライ教会の前で


12月29日

明朝のリハーサルに備えて各地からメンバーがホテル入りする。8時間近い列車の旅でぼくは随分疲れたが、他の仲間はもっと遠路はるばるやってきた。指揮者はウィーンから空路。旧友のテノールとソプラノ夫婦はミラノ近郊から2日がかりで1500キロのアウトバーンを走破。ハンドルは旦那ひとりが握ったらしい。昔から車好きな奴ではあったけどイヤハヤご苦労なことだ。オケと合唱とメゾソプラノはもっとはるばるハンガリーからバスに乗って。

12月30日

10時リハーサル。バルト海に面した港町の教会。予想に違わず冷え冷えとした堂内では、自分の出番までコートもマフラーも手袋も離せない。指揮者はウォーミングアップの必要がないうえ仕事していれば自然に汗ばんでくるから羨ましい。とりあえず今晩のプログラムだけをリハーサルする。普段旅に持ち歩いている作品ばかりらしく、オケも合唱も手慣れた様子。一回だけの通し稽古で夜には本番だから「練る」ところまでいかないのは残念だが、指揮者も明確に振れるひとなので大過なくカルミナ・ブラーナが進んでいく。はじめて合わせたぼくの課題は第一に指揮者とテンポ感をあわせることだ。日和見しながら恐る恐るやるとつい遅れ気味になるし、リハーサルだからと軽く歌いすぎると追い越してしまう。その辺を案配しつつ、まさか朝っぱらの冷えた教会でカルミナ全曲フルヴォイス、ってわけにはいかないので、出したり抜いたりしながら歌う。さらにオペラガラでぼくが担当するリゴレットの四重唱とカルメンの闘牛士をあわせ、2時過ぎにホテル帰着。

20時開演。今日も明日も満員御礼だそうだ。リハーサルではガランとした堂内に音が響きすぎて非常に不明瞭だったが、これだけ聴衆で埋まると丁度いい音響になる。響かなすぎず響きすぎず、歌手にも聴衆にも心地よい。前半のオペラ2曲は歌い慣れた曲なので、自分自身の導入としても気分的にずいぶん楽。いい気分で歌えた。テノールのジョヴァンニは口開けのリゴレット四重唱で大変なパッセージ続きだから苦労なことだが、技術の安定している奴なので気楽そうに登板。何年ぶりかで聞いたが、相変わらず盗みたくなる技術を存分に駆使している。となりで歌いながらつい耳と目をそばだたせてしまう。音色は異なるがフレーズ回しと言葉のさばきにパヴァロッティを彷彿させるのも昔と変わっていない。

休憩をはさんでカルミナにうつる。こっちはテノールが一曲しか出番ないのにバリトンは大活躍。リハーサル日記にも記したとおり多彩な技術と音色の見本市のようなパートなので、別に体調が悪いわけではないがどんな声がでるかは「曲が進行してみなきゃわからない」というのが本音。


一曲目、春をつげる柔らかなレガートの曲は昼のリハーサルで僕がテンポを引きずってしまったので「先へ先へ」と念じつつ歌う。単調なメロディーの繰り返しなので言葉と歌いまわし、音色などに変化をつけたいところだが、そのへんはやや消化不良。

次の酒場の歌は15回だかなんか、数えると身の毛がよだつ程高音の「ソ」がでてきた挙げ句に、曲の末尾は「ラ」で終わる。こんな曲を余裕シャクシャクで歌うバリトンなんぞはおよそいないだろうから、せいぜいぼくも汗をかくことにしよう。・・・・・指揮者がエキサイトしているのか、随分テンポが速い。ノリが予定外だとこういう曲の場合、すぐに息があがってしまうので、こっちは遅れないように気をつけつつもマイペースが肝要だ。「ソ」の音自体は、高音を比較的得意にしているぼくにとって問題ないのだが、問題はその量。一回だせばその分の疲労が声帯に蓄積するので、コンスタントに何発でも同じポジションにもっていく、ということが簡単じゃない。案の定後半の「ソ」はベストポジションまで届く直前で発音されているので、音もこもりがちになる。こういうのは歌っているときにリアルタイムではなかなか修正できないな。今後の課題。それでもなんとか出すべき音を全部出して曲を終えた。

4・5曲、合唱を背中で聞きながら閉じた口の中で舌をもぞもぞさせて、なるべく多くの唾液を喉に送って休ませようとする。なにしろ次は例の裏声の曲。声帯疲労のごまかしがまったくきかない。最近流行しているカウンターテナーというのは専ら裏声で歌う歌手のことだが、先日インタヴューでこんなことをいっていた輩がいた。「バリトンならば歌えちゃうような風邪でもぼくたちはキャンセルしなきゃならないことがある」・・・・・!。ザツナショーバイデワルカッタネ(笑)。ぼくはぼくで「普通の方なら何の問題もないような風邪でもぼくたちはキャンセルしなきゃならないことがある」と言っているのだけど。

ともあれ、一曲のなかで裏声と地声をいったりきたりさせる難物に初挑戦。こういうときは教会の長い音響がいろいろな喉頭内の雑音をカモフラージュしてくれるはずなので、気分的にすこし楽になる。基本的に「ミ」までを表の声でその上からひっくり返す計画。表の部分を指揮者が速めのテンポでリードしてくれるので助かる。裏声のクウォリティーは・・・・・はっきりいってよくない。カルミナはぼくのようなバリトンにとっては長いつきあいをしたい作品だし、だとすればここをクリアしなきゃ仕様がないし、課題だ。家でリラックスして稽古しているときや、今朝のリハーサルではもうすこしマシだったのだが、やっぱり本番で歌う酒場の歌の負担が後を引いている。本当はアの開口音をもっと明るくあけたいのに、こもらせて逃げ切るしかないような状態。それでも地声といったりきたりしているとピシャリと発音しない個所がいくつかできてしまった。ヤレヤレ。ジョヴァンニからは「イとアは思い切って開けて、圧力もかけて攻めていく裏声にしないとだめだ」とアドヴァイスされているし、頭ではそれもわかっているけど本番で実行するのは難しい(ジョヴァンニはジョヴァンニで、なんと裏声だけの曲一曲きりしか担当がない。前の曲の影響をうけないという点では気楽だし、奴はそういう技術のさじ加減もまた上手い)。

この曲さえ終わってしまえば、残りは割りに楽しんで歌える。ワイルドというのか、屈託ない中世人生活の賛歌だから、この「楽しんで歌う」という雰囲気がなにより大事だと思っている。次回、挑戦できるチャンスを楽しみにしよう。最後のフォルトゥーナの大合唱などは、教会の音響に酔ったか指揮も合唱もオケもノリまくった演奏、という感じ。ソリスト席にすわっていて背中や左右から受ける音の圧力と気合が半端じゃない。聴衆の顔がほてっているのも手に取るように見える。大喝采を受けて終演。ハードな一日だったが明日はもっとハードなので、ホテルの部屋でパンとフレッシュジュースの晩飯をすませて早々に床につく。

12月31日

また10時リハーサル。きょうは5時からの第九演奏会と8時からのオペラガラコンサートのダブルヘッダーだから、リハーサルも2本分やらざるを得ない。我々が済ませたあともオケは居残って第九の1から3楽章を稽古するから大変だ。

左から森美佳(Sop),とおる,マルガリータ・グリマルディ(Ms),
エラルド・サルミエーリ(指揮),ジョヴァンニ・パルミエーリ(Ten)
「トロヴァトーレ」(ヴェルディ)から伯爵とレオノーラの二重唱


昨日とうってかわってガッチリした古典派の曲となると、本番当日の通し稽古とはいってもやはり指揮者は細部の修正にこだわる。オケも一層気を使っているようだ。とはいえこっちだって朝10時の「オー・フローーーーインデ!」は楽じゃない。「抜いた」軽い声でリハーサルしようかオクターブ下げようかなどと考えながら気楽に構えていたが、一度しかない稽古のことでもあり音楽にも煽られてフルヴォイスでやってみる。なんとも懐かしい。歌っているのは立派にドイツ音楽正統派の作品なのだが、この曲はやはり日本を思い出す。小学校前から聞いてた曲なんてこれくらいだもんな。「フロー」のミと、3回目のファのシャープの二つの高音は朝のしんどさもあってすこしかぶせ気味で歌ったが、ジョヴァンニから休憩時間にさっそくオコゴト(?)。「上をかぶせるから中音が平ったい開いた音になってしまう。逆にしなきゃ。」・・・・・中音を裸でださず暗めの充実した音にして、高音は輝かしく開ける。当然のセオリーである。耳のいい奴だな、まったく・・・。

リハーサルの後半はオペラガラ。一部の曲は昨日のプログラム前半にやっているので、それ以外のものを稽古する。ぼくの担当ではトロヴァトーレの二重唱をソプラノのジョヴァンニ夫人美佳さんと。予想より指揮者のテンポが速い。べつに注文はださず付き合ったしぼくのパートでは歌唱上問題ないのだが、ちょっと音楽的には急いているかもしれないな。このヴェルディ中期の情熱的な名作は実に歌っていて気分がいい。こういう直線的エネルギーの快感を味わえる曲はヴェルディならではだし、中でもトロヴァトーレのバリトンは気分いい。是非オペラでいつかやりたいものだ・・・けど、全曲となると難物のアリアもあるからな(!)。いずれにしても心地よい興奮のうちに歌い終え、弦楽器奏者が弓で譜面だいをたたくオケ流の拍手まで頂戴して上機嫌でリハーサルを終える。カルミナ裏声の胃痛とは大違い。

きっとオケや指揮者は昼飯の時間もろくろくなかっただろう。ぼくたちはそれでも、リハ最後の1−3楽章と本番最初の1−3楽章に出番がないから、かろうじて2時間あまりの昼休みがもらえた。とはいえ大変な一日。第九本番では3楽章の後に入場する。3・4楽章を続けて演奏したがる指揮者も多く、ぼくも音楽的にはその方がよいと考えるのだが「そんなのまっぴら」というジョヴァンニが早手回しに指揮者と交渉して説得してしまったらしい。その辺、奴もテノールである。例の「フロ」のかぶせ具合など気にしつつも、曲が曲だけにいい気分で歌い納めた。出番前に客席の後ろで、教会堂にこだまする3楽章の天国的な旋律を聞いているのもまた幸せ。

ダブルヘッダー第二試合のガラコンサートが開演する20時頃になると、0時を待ちきれない気の早い連中が爆竹や花火をはじめる。会堂にもときおりポンポンと聞こえてくる。大晦日だ。お客様の方も一杯キコシメシテいそうな人ばかり。ガラだから独唱あり重唱あり合唱ありのごった煮プログラムだが一曲終わるごとに喝采。日本なら国民の半分が紅白みている時間だもの、みんなノリがいいんだな。とはいえ舞台上のこっちはさすがに、昨日の今日でしかも一日中リハーサルやっていたとあって疲れぎみ。熱気に後押しされて歌っている。ぼくはといえば、リゴレットトロヴァトーレはまずまず恙無い。カルメン闘牛士はちょっとスタミナ切れのきらいもあったが、慣れている曲でもありなんとかやりおおせた。アンコールは例によって椿姫の乾杯の歌。もう最近は世界中でガラコンサートといえばアンコールはこれが定番のようだ。ジョヴァンニはすっかり祭り気分で、自ら本物のシャンパンをもってきてソプラノの合方にお酌しながら歌っている。お相伴にあずかったぼくもいたずら心をおこして、目の前で振っている指揮者の指揮棒をとりあげて、シャンパングラスを手に押し付けてやった。それをみたジョヴァンニはさらに悪ノリ。指揮者を押しのけて自分がふりはじめる。会場は大笑い。ボケッと突っ立っているのではあまりにぼくも無芸であるから、どうせ振っているのならと、ぼくがジョヴァンニのパートを肩代わりして歌ってやった。もっとも最後のクライマックスは高音の「シのフラット」だから、さすがに本職にまかせる。奴も心得たもので、それまでには指揮棒をマエストロに返して歌手に戻っている・・・・・。なにしろスッタモンダの楽しい乾杯の歌になった。

明日は昼間がバス移動でリハーサルなしの予定だし、なんといっても大晦日だし、0時をはさんでホテルで宴会。チーム全員が集う。オーストリア帝国から苦労して独立を勝ち得た歴史をもつハンガリー人はナショナリストのようで、新年の鉦と同時に始まったのが国歌の大合唱。さらに「第二の国歌」といわれている愛唱歌なるものがつづく。新年と同時に君が代を高歌放吟する日本人はおよそ少なかろうなぁ。二曲がおわるとこんどはキスの嵐。みんながウロウロと場内をあるきまわる。なるべく多くの人とキスすると幸福になれるそうだ。めずらしい習慣を見た。

2001年1月1日

元日の午前はさすがにリハーサルがないので少し寝坊して遅めの朝食をとる。今晩の公演地はゼーバート・ヘリングスドルフ。直訳すれば「鰊村海岸」。ポーランド国境のウーゼドム島にあるリゾート地だ。ロストックからはバスでおよそ3時間弱だろうか。

バスの出発に備えてホテル自室で荷造りしている最中、事故が起こった。

ハンザ同盟の港町ロストック郊外のヴァルネミュンデ海岸
ロストック郊外のヴァルネミュンデという港町
(海辺のリゾート地としてドイツでは知られた観光地)


日本で市販されている喉の炎症止めのヨード剤スプレーを、2日つづきの公演の疲れがあったのでいつものように喉にむけて噴射したところ、呼吸のタイミングがずれたか気管の方にはいってしまい呼吸困難に陥る。息の出来ない時間は数十秒だったに違いないが「このまま死ぬか?」と思うとえらく長く感じた。必死に吐こうとジタバタしているうちに、うめくようなうなり声とともに息は吐けたが、ヨード剤で粘膜が火傷のようになったとみえ、声なんぞまったく出ないし相変わらず息苦しい。フロントに駆けつけて救急車を呼んでもらう。元日早々でドイツのはずれの公演とあっては急の代役もまにあわなかろう。息はだんだんおさまってきたものの、自分の声と今晩の公演との心配が頭を行き来するなかで救急車が大学病院にはこんでくれる。ただし元日。耳鼻科医がおらず内科の診断をうける。とりあえず気管上部の軽い火傷しか(!)ないらしい。なるほど息がおさまってみると声はなんとかでるようになった。消炎効果がもっとも強いステロイド剤を注射してもらい、プロデューサーのはからいで今晩のプログラムのうち闘牛士を削除するという提案をうけいれ、医者の「責任もてないよ」という声は背中に聞き流して強引に病院を辞去した。メンバーのバスは出発してしまっており、指揮者が運転するレンタカーでプロデューサーと3人、後を追う。なるほど火傷っぽい感触は気管のあたりにあるが、じたばたしても仕方あるまい。とりあえず車のなかでは沈黙に徹し「声帯自体はアタックされていないのだから第九くらいは歌えるぞ!」と心に念じながらドライブ。噂ははやいもので、会場入りしてみればみんなに心配されてしまう。闘牛士のかわりはジョヴァンニがアリアを一曲ふやしてくれてきりぬける。歌のアドヴァイスだけでなく、とんでもないところで世話になってしまった。ぼくの方は出番直前まで繰り返し水をふくんでなるべく粘膜をぬらしておくようにして、登板。そんな騒動のあとだからろくろくウォーミングアップもしていないが、歌うしかない。

こういう不調では、むしろ高音よりも中低音に影響がでる。案の上、下はよく鳴ってくれないが、これは本人どうしようもない。上がかすれるよりは目立たないのだから、とあきらめて歌う。それよりも今朝からの劇的展開をおもえば、燕尾服着てまがりなりにも第九を歌っていることのほうが不思議だ。声帯自体に障害がなかったこと、高音には疵がでないことなど、まったく神に感謝するしかないな。しかしアリア一曲カットさせる羽目になった責は、形にあらわさねばぼくも気が済まない。固辞するプロデューサーを説得して出演料を一部カットしてもらう。明日は日本行きの飛行機だ。炎症どめの治療は横浜で続けるしかない。チームを随分心配させてしまった一日だった。まさか21世紀の幕開けに死にかけるとは思わなかった。

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