年越し公演に向けて−リハーサル日記
カルミナブラーナ他、ロストックにて
いずれも掲示板ですでに報告されている文章ですが、まもなく出演報告記がアップされますので再録しました。2000.1.8(あ)
公演報告はこちら
2000.11.26
今年の年越し予定が決定しました。
12月30日 カルミナ・ブラーナ
大晦日 第九とオペラコンサート
元日 カルミナ・ブラーナ
カルミナの前、休憩前にはオペラコンサートの縮小版でアリアをなにか歌え、というキビシーご注文です。こんどは北ドイツの海岸の町、ロストック。最近はドイツでも暮れの第九が逆輸入ではやりはじめました(笑)。
カルミナは、カール・オルフのオラトリオで、バリトン大活躍の名曲。前々からやりたかったもののひとつです。注文の電話で「レパートリーにはいっていますか」と聞かれ、初役のくせに「モチロン!!」とこたえてしまいました。こういう魅力的なオハナシのときはこのくらいフテブテシクいかないとね(笑い)。
2000.12.28
お稽古しております。当面抱えている曲を全部一日でさらうことができないので、「今日はこれとこれ」「今日は喉の休養日」などと案配しながらやらざるを得ません。「明日はどんな声が出るだろう」と思いながら毎日床につくわけでして、もう習慣になっているとはいうものの、因果だなぁとフトおもっちゃったりして。
じつは今回のロストック公演は、前にもちょこっと書きましたが大曲の前に前座がついているのです。といっても若手の前座さんがでてきて何かやってくれるのではなくて自分たちでやるんですが。正確には以下の予定。
30日・「オペラガラ抜粋」・休憩・カルミナブラーナ
31日昼公演・第九
31日夜公演・オペラガラコンサート
1日・オペラガラ抜粋・休憩・第九
イヤハヤ。
1日のオペラガラと第九というのは、考えてみるとギョッとする組み合わせですよね。第九はおよそ80分くらいですので、第九だけで一晩の演奏会にするか、前に何か演奏するか、微妙なところです。日本でも両方のパターンがありますね。なにが前座にくるかなぁ。モーツァルトかハイドンあたりの小さい交響曲、ウェーバーとかワーグナーの序曲集なんていうのはみたことありますね。「第九と四季」とかいっちゃって、ヴィヴァルディの四季の春と夏だけやる、なんて凄いのも確かあったなぁ(笑)。有名曲ならべてなんとか集客という涙ぐましい努力ですね。
でもオペラガラと第九、にはかなわない。こりゃ唐突でびっくりですよ。30分くらいのプログラムに仕立てるそうです。ぼくの担当はカルメンの「闘牛士の歌」と、リゴレット3幕の四重唱。あとはテノールとソプラノで「蝶々夫人」の二重唱とか、ナブッコの囚人の合唱なんかがあるようです。第九聞く気分になんのかなぁ・・・・。第一、教会でやるコンサートで「闘牛士」というのはどうなんですかね。ステンドグラスとマリア像にかこまれて、パイプオルガン見上げながら「トーレアドール!!」とやるわけですな。どんな気分がするでしょうね。そういや、闘牛ですから殺生のはなしじゃないですか!・・・・教会ねぇ。
31日の夜公演は「オペラガラ」のプログラムを膨らませるそうです。ぼくは上の2曲に加えてヴェルディの「トロヴァトーレ」4幕からソプラノとバリトンの二重唱を担当します。これは名曲。はじめて人前にだしますが、歌ってみたかったもののひとつです。直線的なリズムと声の魅力で聞かせるような曲ですから、「マダマダ」とずっとおもっていたんですが、機会を頂戴して曲に惚れ直しております。こういう曲にも40代のバリトンとしてはだんだん近づいていかなきゃな、とおもってもいるし。日本でやっている独唱会ではずっとドイツのレパートリーばかりとりあげてきましたが、だんだんイタリアオペラもやっていきたいですね。
カルミナ・ブラーナも以前に暴露したとおり、初役です。本番はオケと共演しますが、きょうはピアニストのところに出稽古して、伴奏合わせをやってもらいました。自宅で一人で練習しているとどうしてもリズム取りなどが緩慢になってしまいますので。この曲は20数曲からなるカンタータで、合唱曲などもたくさんはいっています。バリトンソリストが担当するのは6曲だったかな。その2曲めにあたる「のみ屋にて」というのは高音のソの音がしつこく何回もでてきたあとにラの音を歌わせるもので、過酷。だいたいが中世人の喜怒哀楽をダイナミックに綴った曲ですからワイルドな魅力が持ち味なんですね。だもんで少々乱暴なまでにパワーが必要です。技術的には怒鳴らないで、しかも怒鳴っているようにきこえさせ、さらに喉をしめたような怒鳴り声ではなく雄大な音で圧倒しないといけないる、という感じかしら。2曲めと3曲めはそれで汗をかきます。
一番「清水の舞台」なのが、そうやっておいた挙げ句の4曲め、全体でいうと16番にあたるバリトンソロの歌が全曲フワフワのピアニッシモの高音、という奴。裏声と表声をまぜまぜしながら歌わないといけません。これが大変。そうじゃなくても大変なのに、前にワーワーした曲で張り切りすぎると声帯が消耗して裏声がでなくなっちゃう。われわれ、声帯が消耗してくると非常手段としてはギュッと押し付けるような感じで次のフレーズを乗り切ることがあるのですが、裏声の場合はこのギュッ、がつかえません。かるーく扱ってフワフワッと声帯が鳴ってくれるのをまたないといけない。シャボン玉をつぶさないように慎重に息を吹き込む、なんていう感触に近いかもしれません。なにせ、それが待ち構えているものだから、余計に前の曲の中世人の雄叫びも要領よくやらないとね。ピアニストと稽古して伴奏合わせしているときなんかだと、なんとか配分もコントロールできるのですが、サテ本番はどうなることやら。16番の前は神頼みですね。教会だからちょうどいいや。
そのあとも一瞬にして1オクターブ半の跳躍がある曲や、高いミの音を延々4小節伸ばしながらクレッシェンドする曲など、なにせこのカルミナ・ブラーナは各種技術の見本市みたいです。「冬の旅」みたいに、歌い回しをどうするか、という音楽上の工夫が命のような曲とは対照的に、極端な声のオンパレード。面白さと不安を天秤にかけながら稽古している気分です。
第九の稽古所感は・・・・・、そうですね。懐かしさが一番。これといって超絶技巧が必要な曲ではありませんが、見得切ったときの貫禄がモノをいいますね。すなわちバリトンソロの出だし「おお、友よ、この音ではない・・・・」という第一声です。お客様が全員「キタキタ!」と思って固唾を飲んで待ち構える第一声ですからね・・・・、といって演奏者としてはあまり意識しすぎてもいかんでしょうな。10年ぶりに歌いますが、前回はもっともっとあれこれ考えて、技術的にも小細工を弄していたような気がします。オーフロォーーーーーインデ、のフロでラからミに跳躍するときにどうやって音をもっていくか・・・・などなど、当時の苦心を思い出します。今回はわりに自然体。あまり何もこだわらずにサラッといくつもりでやるのが、作品そのものがもつ緊張感の表現には一番ぴったりするように思われます。
なんてなことやりながら「今日は冬の旅の稽古日」というのもつくって交互にやっているところです。大曲をてがけるときにはいつも感じることなのですが、その作品が自分の腹におさまってきたかどうかのバロメーターが、体感演奏時間なんですね。「長い曲だなぁ」とおもっているうちはまだ余所余所しいんです。ワーグナーの大役だろうと全24曲の歌曲集だろうと、歌い込んでくると一気に流れるようで、全曲が短く感じられます。11月の帰国でもたっぷりとリハーサルしてきましたし、目下はそういう全体の流れを重視しながら、通し稽古を中心にやっています。
リハーサル日記風近況報告デシタ。