1999年暮れ、「こうもり」ツァー日記
<行程>
12月24日 ベルリン(地図の@) → ニュルンベルク(地図のA)
12月25日 公演初日:ニュルンベルク(A):
12月26日 公演2日目:ベルヒテスガーデン(B、ザルツブルク近郊、オーストリア国境近く)
12月27日 移動日
12月28日 公演3日目:バート・マインベルク(C、中部ドイツのデトモルト近郊)
12月29日 公演4日目:バーデンヴァイラー(D、西南ドイツのフライブルク近郊)
12月30日 公演最終日:シュヴェッツィンゲン(E、西南ドイツのマンハイム近郊)
12月31日 ベルリン@帰着
12月24日 ベルリン(地図の@) → ニュルンベルク(地図のA)
前口上でご紹介した突貫工事の暗譜も時間切れ。明日からの公演に備えたホテル入りの時間になってしまいました。こういう短期集中型の記憶力は高校時代の一割くらいしか残っていないじゃないか、って気がしてきます。当時はこれでも試験勉強やったんですがねぇ。おまけにここ三日ほど、喉がいたくて暗譜稽古もだましだまし。まにあわなかったらどーしよーとひやひやしてましたが、きょうは八割方腫れも引いた感じだし、まず明日の初日は健康な喉になっているでしょう。ただ歌い込んで体にたたきこませる、というのが不十分ですこし心配です。覚えたっていうだけ、みたいなもんですから。
そりゃそうでしょう。芸なんてそんなものだと思います。普段のオペラ制作なら六週間からリハーサルするわけですから、こんな突貫工事で満足なものができあがるならその六週間は無駄、って事になってしまいます。とりあえず、開幕前の打ち合わせ程度のリハーサルしか期待できない状況。通し稽古がないんですから、公演初日を通し稽古のつもりでやるしかないじゃありません。初日がゲネプロ(笑)。
というわけで、13時40分の東ベルリン駅発インターシティーに乗り込み、本日のホテル、ニュルンベルク近郊のエアランゲンに向かいました。ふと気付けば、世間はクリスマスイブ。帰省ラッシュもだいたい昨日でおちついたのか、午後の列車はもうすいています。乗っているのもほとんどがトランク抱えた帰省客の一人旅。停まる駅々では迎えの家族や恋人との抱擁シーン・・・。労働者(!)には目の毒だったらありぁしません。ヨーロッパのイブの夜は徹底して家族の時間です。働いているのは電車・タクシー・消防救急・警察・ホテル・ガソリンスタンドと、あとは町に一件くらい、申し訳程度に開いているレストランでしょうか。もちろん劇場も映画館も全部閉館。さすがに侘びしい気分を隠せず、タクシーの運ちゃんに「俺もはたらいてらー」と慰められながらホテルに入りました。
このツアープロダクションは何年も前から同じ演出を持って歩いていますので、たいていのメンバーは経験者です。イブはどうしても自宅で、と明日の本番にむけてギリギリに到着する手はずになっています。でも幸い、主役のソプラノ(ロザリンデ役)とバリトン(アイゼンシュタイン役)の二人はコンディション調整もあって、きょうからホテル入りしているとのこと。軽く打ちあわせできれば好都合と思ってフロントに尋ねたところ、アイゼンシュタインは夜半に到着するそうだけど、ロザリンデはもうホテル入りしている由。電話してみることにしました。
共演キャストは追々文中でご紹介致します。まず、ロザリンデのローズマリー・ダンツィガー女史。ユダヤ系デンマーク人で、イスラエルに育ちアメリカに暮らし、カナダで結婚して四児の母となった後に舞台復帰してからはウィーンに部屋を借りて、歌はドイツ語圏、家庭はカナダといったりきたりしている(!)国際人です。パスポートも3冊くらいもっていそうですな。経験上、オペラのヒロインはたいてい堂々たる体躯の方(笑)と出会うものですが、なかなかスマートでスポーティな方でした。ただし彼女もドイツ語は外国語ですから、セリフの掛け合いは綿密に打ち合わせておかないといけません。相手がドイツ人ならいざって時はアドリブで処理してくれるんですがね。
というわけで、ぼくの自室に来てもらってレモンティー飲みながらしばらく稽古いたしました。どんな舞台でどこにテーブルや椅子があってどこが入り口で、といった基本的な情報はなるべく早く仕入れておけば、多少でもイメージトレーニングに使えます。共演者たちの人となり、オケの傾向など、だいたいの様子も話してくれたので、あれこれ空想しながら就寝・・・・もとい、入浴。旅興行は大抵いいホテルをとってくれますので、普段はシャワーで済ましているぼくもバスタブに並々とお湯をはってつかり、広々としたベットも満喫いたしました。ひとり暮らしでいい加減な食事をしていますので、豪華な朝食バイキングもありがたいことのひとつ・・・。