とおる「ボエーム日記」(2)

いよいよ本番へ

9月18日(土) <芝居をつけずにオーケストラ合わせ>
9月19日(日) <芝居と衣装、本番の小道具を使ってオーケストラ合わせ>
9月22日(水) <県民ホールに大道具搬入と組み立て。ソリストは思い出し稽古>
9月23日(木) <照明テスト>
9月24日(金) <両キャストのゲネプロ>
9月25日(土) <僕じゃない方のキャストの公演>
9月26日(日) <僕の日の公演>

 いよいよリハーサル最終週です。もうここからは歌手の裁量に属する部分があまりありません。
 では順に振り返ってみます。オペラはプロダクション規模自体が大きいので、音楽とか芝居とか、個人の芸術的課題だけにかまっていられません。ここがリサイタル準備などと決定的に違うところで、時間配分も自分の好きにはいかないし、待ち時間も多い。かといって自宅で自習できることには限界があるから、やっぱり歌や芝居を体にしみ込ませるためには稽古場で相手役と丁々発止するしかない。前回も書いたとおり、ここの部分の時間が十分にとれずに、最終週をむかえることには大きな不安が伴います。とりわけオケ合わせの前、最低一度は「ピアノ伴奏の立ち稽古」という普段着のプロセスのあいだに、全曲の通し稽古がしたかったですね。「(音楽を)止めて直す」という稽古だけしかしていないと、全体の流れを把握したりペース配分することがおろそかになりますので。
 でも、できなかったわけです。ぐちってもしょうがないので、ままよとばかりにオケ合わせに突入いたしました。


 9月18日(土)<芝居をつけずにオーケストラ合わせ>
 オケは地元のプロオケ神奈川フィルハーモニーです。若くて可愛いお嬢さんが多く、オケピットの穴蔵にいれておくのは惜しい!
神奈フィルは保土ヶ谷球場のとなりのアートホールという施設をホームグラウントとしてリハーサルに使っています。そこに我々もお邪魔しました。撤去可能なパイプ椅子が300席くらいはいる会場。新しくできれいなんですが、内面が全面木張りで布地類がないため銭湯のように残響の長い空間です。あんなにワンワンするところで精密なアンサンブルの稽古を要求されるオケはちょっと大変。自分たちの出す音が聞き分けられないね。

 普通のひとはコンサートホールでオケを聞くでしょ。最低でも1000席くらいのキャパはある。そうすると普通の音量に聞こえてきてなんの違和感もないのだけど、あのオケという70人くらいの演奏家集団の音量というのは実は凄く大きいんです。そりゃそうな訳で、住宅地のある一軒でだれかがバイオリンの稽古していると5−6軒さきまでは楽に聞こえる。これが何十本とあるうえに、ラッパや太鼓が咆哮するんですから。それをリハーサル室という空間に閉じ込めるのですから、相当に反響をデッドにしておかないと、音エネルギーに圧倒されて耳がキーンとしてきますよ。
 というわけで、神奈フィルにちょっと同情しちゃいました。我々の稽古でも、オケの後ろに陣取った我々の声を、先頭で振っている指揮者が聞き取れなくて、合わせるのに苦労する一幕がありましたし。

 オケ伴奏というのはこれ、いままでピアノでずっと稽古してきていますから、全然感触が変わるんですね。同じ曲やってんだけど。指揮者の棒が指示するテンポの変化などへの対応も、一人で弾いているピアノと数十人のオケじゃまったく違う。反応が当然重くなります。まして壮大な音が自分の目の前で渦巻いているのですから、まともに張り合うつもりで声張り上げているとパワーはもたないし、こちら側もテンポをひきずる要因を作ってしまうので、理想的にはピアノ稽古と同じように冷静に歌わないといけない・・・のだけど、これがなかなかできないんです。
 という訳でオケ合わせの初日はとりあえず芝居を休み、譜面台をおいて突っ立って歌ってまずオケの演奏と馴染む努力をするんです。毎度ながら、この日はツカレマス。体力もさることながら、大声でうたいながら「冷静にやらなきゃ」とコントロールしようとする神経が大変です。

 9月19日(日)<芝居と衣装、本番の小道具を使ってオーケストラ合わせ>
 前日窺った感触をふまえて、この日は芝居もつけます。前日の練習後、ぼくはパソコンの調整をしてもらいに旧友のもとへ。結局ウィンドウズの再インストールとかいう(本人はあまり事情がわかっていない!)羽目になり、深夜2時までつきあわせてしまいました。水だけじゃその時間までもたないから当然のごとくピールをのみ、無言で作業するはずはないので昔話に花が咲き、それはそれは楽しいひとときでしたが、少々ネブソクで稽古に行きました。えへへへ。
 この段階になるともう、原則的にはそれぞれの幕ごとに通す稽古です。
 ある部分で歌のきっかけが遅れただの、小道具の扱いなどでトラブルがあっただの、ということがおこっても余程でない限り止めません。こうなってくるとオケも指揮者も歌手も演出家も、「通す」ということを最優先させるので、うっかりすると折角音楽稽古や立ち稽古のときに打ち合わせた細部がおざなりになるんですね。直接観客にバレるようなしくじりでなくとも、そういう細部を杜撰にあつかうと、結果的に公演全体がしまりのない感じになってしまうので、気をつけなくてはいけません。でもやってる方は結構舞い上がっているから、気づかなかったりしてね。

 ということで、稽古内容としては各幕を一回づつ通した後、部分的にすこしだけ抜き出して修正しました。もっともオケと合唱は僕らの組のまえに、ダブルキャストの方でおなじことをやっていますから、一日でオペラ二周プラスアルファ。結構な量です。
ぼく自身の感触いえば、このボエームのマルチエッロというのは今回が初役なんですが、ペース配分がむつかしいかな、というところです。全曲の狂言回し的な役どころなので面白いシーンが多く、楽しいのですが、怒ったり大喧嘩したり、からかったり大騒ぎしたり、つまり激しい歌詞の激しいフレーズの歌が多いのね。その直後にフッと綺麗な旋律を朗々と歌うところが来たりするものだから、あまり騒ぎすぎると声帯の負担と周辺筋肉の硬直が大きすぎて、ストンと落ち着いて、さて朗々とという訳にいかなくなる。つい芝居の興が乗るとやってしまうし、この日のように全曲やってみると、その調子では仕舞いまでもたないことが身に染みてわかるので、反省して帰ってきました。

 9月22日(水)<県民ホールに大道具搬入と組み立て。ソリストは思い出し稽古>
 月・火とボエームのチームは全員休みでした。ぼくは相変わらずパソコンの修理に秋葉原にいったり友人にたすけてもらったり。なにせ来週はドイツに持ってかえらなくてはならないので。おかげさまで予定の調整は全部片付いた(みたい)です。中古のオンポロも友人たちの協力で何とか生き返りました。週末のオケリハーサル連チャンで声が疲労していたので、好都合なインターバルでした。

 この日は日曜のオケ合わせから金曜のゲネプロまで稽古の間があいてしまうので、体のリズムを忘れないようにするための軽い思い出し稽古をやりました。合唱もオケもなく、県民ホールのリハーサル室にソリストと指揮者とピアニストだけ集まりました。ソリストも一応自由参加。本当はこういう典型的なアンサンブルオペラの場合、チームが歯っかけだと意義が半減するんですがね。仕様がない。ムゼッタ嬢との大喧嘩は歌のきっかけのリズムが結構むつかしい上に激しい動きの芝居がついているから、大変なんです。ここは割と丁寧に稽古しました。ほか、ぼく自身の歌うところは大方、指揮者と最後の調整ができました。ここまで来てしまったら単なる「気休め」というハナシもありますが。

 県民ホールはこの水曜日から公演のおわる日曜まで専属に借りてあります。大ホールの舞台では、業者が工場でつくってきた大道具を組み立てていました。公演が2回しかないので興行的には厳しく、残念ながら豪華絢爛たる舞台はつくれません。でもボエームは庶民のオペラだから宮殿も大舞踏会場もいらないので、割りとサマになったんじゃないかな。
 装置のハイライトは高速道路下の掘っ建て小屋かな。高速道路、結構立派にできましたよ。効果の点で最高なのはホリゾント一面にひろがるパリの夜景。
 これは演出家の大ヒットだと思いました。うんと誉めてやったらマジでキスされそうになってちょっと慌てましたが(彼、30年来「彼氏」と同棲してます)。
 この夜景は一幕のロドルフォとミミの二重唱(出会って間もなく恋におちる場面)、および4幕の二重唱(臨終の床に横たわるミミと傍らのロドルフォが昔話にふける場面)に使われます。「(現れた瞬間に)ワーッと思った」というお客様の言葉も頂きましたが、その最初のワーッが演出のねらい。恋に酔う二人の象徴。天を浮遊するかのように、航空写真のアングルをとったものです。つまり二人が現実から純粋なる恋という非現実に踏み込むことを表現したようです。冬の澄み切った空の夜間飛行でストックホルムからパリについたとき、飛行機からみていてこのアイディアを思い付いた、と演出家はいっていました。

 9月23日(木)<照明テスト> 24日(金)<両キャストのゲネプロ>
 照明の日はぼくたち関与しません。あらかじめ演出家がぼくたちに説明してあるプラン「このシーンはここからスポットがくるからこの辺に立ってくれ」というやつを照明家と共同で舞台上で現実化していくわけです。
 そしていよいよ、総練習、ドイツ語の Generalprobe を短くしてゲネプロ、というのが日本の音楽関係者の符牒です。イタリア語だと prova generale 、英語はなんだろ。dress reharsal かなあ。
 これは公演と「マッタク」同じにやる、というのがモットーです。オケと指揮者が平服なのと、関係者以外の聴衆がいないので拍手がないこと以外は。拍手がなくても、カーテンコールの段取りの練習はします。あんまり長い段取りをつくっておくと「こんなに長く拍手してくれるかなぁ」と心配しながら練習します。

 このゲネプロ開始前に「場当たり」という作業をします。
 ドイツの劇場のように公演会場がチームのホームグラウンドになっている場合は、通常の立ち稽古の後半くらいからは本舞台でリハーサルができますが、日本のように立派な会場が何軒たってもみんな貸小屋の場合、ゲネプロ当日まで本舞台を経験できません。立ち稽古はいろいろな会館の大部屋を借りて、床にビニールテープでおおよその舞台の寸法をマークしてやっていますから、お見立てと現実との誤差がでるんですね。例えば退場の行進などの場合、音楽のきっかけと行進のペースをはっきり決めてリハーサルしていますから、たとえ1メートルでも本舞台が異なっていると、結構厄介なんです。
 つまり、そういうような距離感だとか、台の高さ、道具の大きさなど、本舞台の環境をあらかじめ自分で歩いてみて確認するのが「場当たり」です。ゲネプロが本番通りの総練習である以上、こういうことはゲネプロの一つ前の稽古前でやりたいんです、本当は。 でも日本ではそれが高嶺の花なんだなぁ。
 たとえば、僕の芝居で絵を書くシーン、カラースプレーを壁に吹き付けたりするんです。またはワインを口から吹き出す(大家が家賃をとりにきてびっくりするシーン)とかね。こういうものは借りた会館のリハーサルではできないので、みんな「シタツモリ」のお見立てで稽古してきました。ゲネプロではじめて、本当にやってもいいんだけど、そうするとこんど、なにせ歌を歌いながらの作業ですから、吹き付けるタイミングだなんだ、ということがお見立てとあわなくて慌てたりすることがある。そんなことも含め、理想的にはゲネプロ前に本会場の稽古が必要ではあるんです。

 でもまぁ、郷に入ればなんとやら。ゲネプロになりました。13時から向こうのキャスト、18時から僕らだったので、向こうのゲネプロは会場の音響などを確かめつつ、3階から1階までいろいろ場所を移動しつつ聞きました。なにしろ2000人以上はいる県民ホールですから大変。ポップスと違ってこっちは訓練した声とはいえ生身ですから。
器楽の演奏会だと舞台の上に演奏者が立って、その周りは反響板で囲われているでしょ。オペラは左右の登場が舞台前方から後方まで何ヶ所もつかうし、照明も脇からあてるので、この反響板が使えない。そこにもってきて、オケは歌手よりも観客に近いところに陣取っている。
 つまり、こういう大会場の場合、どの辺に立ってどっち向いて歌うか、は「自分の声が客席にとどくようにする」という条件に相当左右されてしまいます。オケの伴奏が大きな音で鳴っている個所などとくにね。

 自分のゲネプロでは向こうのキャストを聞いた感じにもとづいて、立ち位置などは工夫しましたが、同時に「オケに消される」という潜在意識があるものだから、つい余計に気張って歌ったところがありました。またペース配分の問題。どうも僕のやることは感興のおもむくままにヤリスギ、ということが多くていけません。幸い友人に会場で録音してもらったので後で聞けました。気張った個所ほど声は飛んでいない、というのも声楽のイロハだよね。昨日今日歌いはじめたわけじゃないのに、お恥ずかしいかぎり。
 うっかり、というか、やっぱり、何ヶ所か歌の入りのきっかけを落としてしまいました。この辺がゲネプロではじめて本舞台を経験する弱みなんだ。会場の音響が稽古と全然ちがう、指揮者の位置やオケの聞こえてきかたが全然ちがう、そこもってきて、1時間前の「場当たり」で初めて経験した舞台の寸法に気を使わないといけない・・・・というような諸要素が頭を忙しくかけめぐっている中で歌うもんで、稽古期間中、一回もとちらなかったようなところで、フッと頭が真っ白になったりするわけ。
 ま、「稽古はまちがえるためにやるものだ(注意を喚起するため)」というドイツの慣用句を思い出しました、またしても。

 というわけでゲネプロは終了。なんのかんの言っても、衣装を着てメイクしてもらって、照明の下で歌うのは格別です。ノリは普通の稽古とは違います。やっぱり本番が楽しみですね。ドイツの劇場とちがって、一回こっきりの一発勝負ですから、何ヶ月か付き合ってきた作品と日曜日をもってしばしお別れなのがさみしい限り。重要な大役がひとつ、自分のレパートリーになった、ということで、いつかまた再演の機会があればいいですが。

ボエーム日記(3)へ続く