とおる「ボエーム日記」(1)
首都オペラ第8回定期公演「ラ・ボエーム」(イタリア語上演・字幕付き)に画家マルチェッロ役で出演
会 場: 神奈川県立神奈川県民ホール(大ホール)
日 時: 9月26日(日)
主 催: 首都オペラ/神奈川県民ホール
指 揮: 増田宏昭(ドイツ ザールブリュッケン歌劇場)
演 出: ヴィンフリート・バウエルンファイント(ベルリンドイツオペラ首席演出家)
管弦楽: 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
合 唱: 首都オペラ合唱団、慶応義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団OB有志、湘南ジュニアコーラス
制 作: 永田優美子/秋山珠子
関連記事として、次の記事がありますのであわせてご覧ください(あ)。
・筋書きにかえてセリフのつまみ食い
・観客ととおるの交信記録(プッチーニファンのvilliさんと、とおるのやりとり)
・観客の感想
8月末から9月一杯にわたった今回の帰国、主目的は9月26日(日)14時、神奈川県民ホールの首都オペラ定期公演「ラ・ボエーム」(イタリア語上演・字幕付き)に画家マルチェッロ役で出演することでした。ぼくの地元横浜でのオペラデビュー、でもありました。リハーサルから本番にいたる5週間の奮闘記です。
8月26日,27日(木、金)
年々の帰国ごとに, 時差ぼけがひどくなります。夜昼とっちがえているから、ちょうど稽古にあたる午後四時くらいが眠くて仕方ない。年なのかね。
昨日,今日と、おくればせながら参加する僕を待ち構えていた衆にたっぷりしごかれました。きょうで20回目のアンサンブル稽古(芝居なしで、指揮者とピアニストとともに重唱を中心に稽古すること)だそうです。すごいねえ。ぼくが4年半在籍した北ドイツの地方劇場ハルバーシュタットでは, オネーギンですら, 個人稽古を2〜3度やってアンサンブル稽古一度やった後はもう立ち稽古ですからね(チャイコフスキーのオペラ。ぼくはタイトルロールのオネーギン役だった)。でも暗譜するのにはありがたいことです。
僕は要するに、昨日今日と日曜日の3回、立ち稽古前の最終段階の音楽稽古だけ参加することになりました。
なんせ眠いから aussingen(フルヴォイスで歌うこと)がしんどくてしょうがないんだけど,その僕つかまえて,「ようやく来た」とばかりにしごかれました。4時間。繰り返しつつ全曲やるもんだから一日ボエーム二回半くらい歌う見当です。ワーグナー歌ってるみたいな気分。 ともあれ、日曜日で音楽稽古はうちあげ。火曜から立ち稽古に入ります。
8月29日(日)
きのう、29日は最終の音楽稽古で、ぼくにとってははじめての合唱あわせでした。演出家も聞きにきていたので、自己紹介を済ませました。Deutsche
OperBerlin のSpielleiter (主席演出家)です。どんな立ち稽古になるか、楽しみです。
きょうはボエーム休みの日。 おとといに続き、ボエームのない日はリサイタルの伴奏合わせを入れています。きょうもなんだかんだと3時間くらいやっちゃいました。ほんとは、オペラかコンサートか、どっちかに集中できるといいんだけど、もっか気の抜けない状態です。時差ぼけはようやくなおってきて、帰国直前のドイツでの練習不足もすこしづつとりもどせてきて、フルで歌えるようにはなりました。デモツカレル。 本当はこんなさなかにパソコンなんかやらなけりゃいいのでしょうが、これも息抜きかな、などといいわけしています。
8月31日(火)
一幕のベヌアの前までの荒立ち稽古
9月1日(水)
ショナールの出からベヌアの場を重点的に。
稽古は夜3ないし4時間あって、Bauernfeind氏(演出家の苗字。直訳すると農民の敵)はドイツで一名 Pausenfeind(休憩の敵)と呼ばれているがごとく、休憩がない。2時間半くらいたってから、いやいや15分くらい休んだりね。マルチエッロとロドルフォは大体出ずっぱりです。
ちなみに高速道路の下のホームレスボエーム(今回の演出コンセプト)では、大家のベノアはショバ代をあつめてまわる労務者です。土建屋のヘルメットと懐中電灯で登場します。親友松山氏と初めてオペラで共演し、いいやりとりがあるので楽しんでやっています。
9月2日(木)
来れない人が多いので、ムゼッタとアルチンドロだけの日。
ぼくは演奏会のリハーサルとダブルヘッダーになるところだったので、たすかりました。
9月3日(金)
ニ幕をソリストだけで荒立ち 合唱との稽古がアマチュアのため週末に限られるから、土曜にそなえて。ぼくのムゼッタは割とおとなしい方のようにお見受けされます。僕のテンションにつきあってもらうように、挑発しちゃおうかなー。
9月4日(土)
7時間におよぶニ幕の合唱稽古! 2幕の舞台、町角のカフェMomusのいすにすわって、合唱の荒立ちをひたすら待っていました。通訳が介在するからリハーサル運びはどうしても遅れがちです。
9月5日(日)
コンサート前日のためぼくはおやすみ
9月6日(月)
稽古自体もなかった。ぼくはリサイタルの当日。
9月7日(火)
1幕を僕の日のロドルフォと。
永沢三郎という藤原のテノールで市原・山路世代の人。イタリアのオペラ団でこの役は何十回もやったみたい。きょうが稽古初参加です。ぼくは、段取りだけはさきにすませておいてあとで、そのタイミングでできる芝居を考えていくほうだけど、彼は経験上、ロドルフォ像をはっきり持っているように感じられました。勧進帳の弁慶に定型があるように、イタリアのロドルフォにも定型があります。そこにこだわる彼のスタイルは、ぼくには新鮮に映りました。例によって、3時間の休憩なしの稽古。帰りがけ、ベノァの松山氏とサシで一杯。
9月8日(水)
3幕荒立ち。永沢氏は休み。あわれ村上君(もうひとりのロドルフォ)はダブルキャストに付き合いました。鹿野先生(ぼくのダブルキャスト)がさきにやったので、とりあえず見学。
まぁ、あのだだっ広い県民ホールで、この場面の装置といえば上手のバス停とベンチ、下手のキャバレーの看板しかないんだ。そこにがらんどう舞台上の心理的パントマイムは特に緻密に芝居つけられている訳でもないから、比較的なーんにもやることのない3幕って感じ。ちょっとでも、建物の柱とか木とか、なんかあると楽なのに、がらんどうに立っているだけで過不足ない演技をするのは大変だろうな。とくに前半。ミミとの二重唱、ロドルフォとの二重唱、三重唱のくだり。
ムゼッタとの喧嘩のほうは手持ち無沙汰にはならないものの、お上品なムゼッタさんと怒号が交錯するお下品な大喧嘩をこれから稽古します。きちんと稽古しておかないと、まるでぼくがいじめているみたいになっちゃうのはまずいから。
9月9日(木)
4幕荒立ち。田辺キャストのみ。
この日は通訳休み。無償奉仕をたのまれてしまった。断らないあたり、ぼくも義理堅いですねえ。
でも頭がこんがらがった。
やってるのはイタリア語で、自分も歌っている。演出家とは独日の通訳。永沢さんは感興の赴くままに、どうしても彼と直接やりとりしたがって、演出家はイタリア語あんまり通じないのにイタリア語でやろうとする。通じないところはなんだか勢いで、ぼくも独伊で補助しちゃったりする・・・・・・。
練習後ミミと副指揮、二十代の若手二人とお茶。2時間くらいしゃべった。若い主役は切符売るのが本当に大変みたい。ハルバーシュタット劇場の年間予算と公演数を割り算すると1公演あたり約230万円。この国では数千万単位。・・・・・・・・。ため息しかでない話です。
9月10日(金)
4幕荒立ち。鹿野キャストのみ。
帰国以来、はじめて何の稽古も本番もない日でした。
3幕荒立ちのときみたいに、他キャストが見学するとまねしてしまう。演出家は本来それがいやで、4幕では分けました。
9月11日(土)
合唱稽古。2と3幕。2回目なので、すこしスムーズにすすみ、たったの5時間で立ち稽古をおえて、残りはこの日から登場した本指揮と音楽稽古。ぼくはあまり歌わなかったけど、ダブルキャストの方を聞いていて、マエストロ増田氏のテンポを理解するよう勤めました。
9月12日(日)
4幕と1幕、両キャストで。
鹿野先生の四幕をはじめてみたけど、あんまり女を濃くやっていない。ぼくはああいうところが好きなんだけどね。(マルチエッロは仮想の舞踏会でロドルフォのパートナーの女のふりをする)。ぼくの方はやりすぎてクサくなるのに注意しなくてはなりません。
9月13日(月)
ボエーム休み。
15日の幼稚園コンサートのためにリハーサル。あすからは本番の小道具が揃うそうで、浮浪者の宴会のためのタイヤ、マルチェッロのカンバスになる廃車のドアなどがみられます。
9月14日(火)
今日から舞台上の小道具に本番用の本物がきました。
わが演出家の今回のコンセプトによれば、かれは貧乏な若者の共同生活を象徴的に描きたかったようで、パリの屋根裏部屋、転じて高速道路の高架橋下にバラックを組んで住まうホームレスたちです。だから、若いといってもそんなに若くなさそう。一般的な、大学生の下宿を切り取ってきたようなボエームに比べると、やや高年齢のようです。
ボヘミアンの本質を表現しようとしたら、ロマンチックなパリの屋根裏ではだめで、現代的貧困と、ホームレスのような社会のアウトサイダーこそがボエームなのだ、というのが彼の意図するところ。ぼく、個人的にはドーカナってかんじ。それが視覚的に貧困の象徴としてうつるのかしら・・・、と思いました。
そんなボエームですから本番用の小道具というと、僕の役、画家マルチェッロのカンバスに廃車のトランクのふたとか、テーブルの足になる古タイヤ、いす代わりのビールケース、芝居のキーアイテムでもある暖炉のかわりにドラムカン、などなどです。
この日は4時間の稽古のうち、最初2時間は、まだ荒立ちのついていなかったテノールとソプラノのアリアと二重唱にあてられたので、ぼくたちは遅く行きました。
いつものことながら、こういうふうに本番小道具が加わるなど、本番に向けてすこしづ仕構えが変わっていくのはワクワクしますが、「役作り」という視点に重きを置いた稽古は阻害されます。いままで代用品でやっていたものとの折り合いをつけなくてはなりません。例えばタイヤの代わりに椅子で稽古していたけど、タイヤは重いから設定した音楽のタイミングで持ち運ぶことはできない、など。やってみて判ることが多いんです。
つまり理想的には、この時点までに荒立ち以上の芝居稽古がすんでいて、役作りがほぼできあがっていないと、こういう道具回りの段取りはできないんはずなんです。残念ながら今回は、ようやく荒立ちが全曲すんだくらいでこういう日程になってしまった。役者の心理としては稽古不足を払拭できません。そりゃプロだから辻褄はあわせるけれど、もうちょっと数こなして、役柄をからだに覚えさせたいのにな、と思います。
9月15日(水)
前日と同様の稽古をダブルキャストの、ぼくでないほうの組でやる日。
この日は午後、今回帰国の3回公演のうちの2回目、教会のコンサートをやりました。結局何回か予定していた、コンサートやそのリハーサルとボエーム稽古のダブルヘッダーはやらないですみました。偶然のダブルキャストの稽古日、というものでしたが、本当に助かりました。
コンサートはぼくの出た幼稚園の母体である教会の礼拝堂で。プログラムは先日6日のリサイタルからシュトラウス歌曲とワーグナーを削除したもの。
幼稚園児が父兄とともにくる、ということだったので、普段の会のようにトーク内容などを考えておくわけにもいかず、カンに頼ってぶっつけ本番でやりました。しゃべりすぎには余計に気を付け、テンポは重要視しましたが。
あのくらいの子どもはまず、びっくりさせると興味もってくれるね。その点ではぼくのスキンヘッド・ひげ面、あんまり聞いたことないであろうオペラ歌手の大きな地声、あたりで最初のインパクトには成功したみたい。総じてよく聞いていてくれました。
教会というのはご承知のようにエコーの非常に長いところですから、基本的にはクラシック音楽の演奏に最適とはいえないのですが、プロテスタントの教会でバッハのカンタータを歌ったのはいい気分でした。そのあとがファウストのメフィストですから異教的世界なわけで、ぶちこわし、といえば信者にとってはぶちこわしだったかもしれませんが、わざと両極端を選ぶのは僕のいつもの趣味。今のところ、けしからん、というお叱りは頂戴しておりません。以上、脱線しましたがリサイタルの顛末を少々。
9月16日(木)
早いもので、8月すえに「なんで日本のオペラはこんなに稽古するの」といっていましたが、立ち稽古にはいってからは、あっという間でした。
本日で立ち稽古は事実上おしまい。演出家の意図はこの時点で浸透していなくてはならないわけです。・・・・・・・・・やっぱり今回は稽古がすくない。ないし、暗譜稽古と立ち稽古とのバランスが悪い、といえるかな。きょうは今までの稽古で手薄だったシーンの抜き稽古。ついに通し稽古なしのまま、オケあわせを迎えることになりました。
ま、それもスリルがあっておもしろいか。計画性を重んじるドイツ人の劇場では味わえませんから。
9月17日(金)
稽古やすみ