この時期、オペラと歌曲を交えた舞台ではリヒャルト・シュトラウス、およびウィーンをしばしばテーマに取り上げている
第32回 戸塚クラシックコンサート
1989年10月21日・横浜市戸塚区公会堂
プログラム
・オペラ「道化師」(レオンカヴァッロ作曲)より
トニオのプロローグ
・リヒャルト・シュトラウス歌曲より
セレナーデ
なんと不幸せな男の僕
サフラン
・オペラ「アラベラ」(リヒャルト・シュトラウス作曲)より
マンドリュカの情景「私の伯父さんに冗談ですって?」
プログラムノート
「トニオのプロローグ」
旅芝居の一座、ピエロのトニオが前口上にて御挨拶。相も変わらず舞台の上は派手な衣装に厚化粧。涙も嘆きもいつわりなれば御心配にも及びませぬが、戯作者も実話に心動かされて筆とりせば、書きたき芝居もまた、人の生き様に他なりませぬ。さればお客様の御厚情なもって卑しきピエロも皆様と同じ空気吸い、この世知辛い世に生をなす血の通うた人間のはしくれと御理解賜りたく御願い申し上げ奉りまする。
「セレナーデ」
愛しい人、目を覚ましておくれ。小川のせせらぎも木立のそよぎも止まっている。妖精のような足取りでそっと出ておいで。うぐいすは僕たちのキスを夢見て、薔薇は幸せに震えて、僕たちの朝を迎えた。
「ふしあわせな男の僕」
もしお金があったらなぁ。四頭立ての馬車、鈴を鳴らして君の窓辺へ。いぶかる君を連れ出して、ねぇママ、お別れのキスを早く、馬が待ち疲れたとさ。・・・あーぁ。お金があったらなぁ。
「サフラン」
刈り込んだ牧場に佇むサフラン一輪。姿愛らしくも毒もてり。最後の花は最後の恋に似て陶然たるが己が宿命に震えり。
「アラベラ」
ハンガリーの若き豪農マンドリュカ、肖像画ひとつでウィーンの没落貴族の娘アラベラに恋して遙々上京。娘の父親に切々と訴えます。如何に私が恋しているか、どれほどの決心でここに来たか、私と結婚するとどんなに裕福か。但しシャイなこの私、無理は申しませんからどうか御都合の良い折にも御紹介ください。
シュトラウスの天才的劇場センスをどう譬えましょう、オペラの黙阿弥かな。デカダンスを健康的に受け止めたロマン派後期の鬼才は私が今一番好きな音楽です。
シュトラウスへのオマージュ新樹会出演のおりに
(1989年頃出演した演奏会の後、先方団体の会報に寄稿した文。当日の曲目は戸塚コンサートに準じてリヒャルト・シュトラウスのセレナーデと「アラベラ」からマンドリュカの情景)
同じ声楽曲でありながら、オペラとドイツリート両方の分野で質量ともに偉大な作品群を残した作曲家、ということになるとモーツァルトとリヒャルト・シュトラウスの二人だけといっても過言ではありません。
リート作家がオペラで成功しなかった、という音楽史の不思議は、ドイツリートが声という最も原始的、本能的楽器を使いながら、人工的、求心的で、やや独善的ですらある、モザイクのごとき美学に拘泥してきたということを暗示しているかのようです。もとよりこのような傾向は、例外があるにせよオペラのような劇音楽にはなかなか馴染みますまい。然しながら、さきの二人のリートはそれぞれのオペラを髣髴させる匂いに満ちています。二人とも才気溢れ、遊び好きで言わば天才肌の作家でありまして、さらに後輩のシュトラウスはこの百年先輩を大変尊敬しておりました。若輩バリトンの僕にとっては、技術的にも音楽的にもちょうど自分の声を作っていく途上で、そのニンに合ったリート、即ち若々しくて健康的で、ロマン派後期のふくよかな和声と構成感が歌手を支えてくれて、(抽象表現ですが)オペラティックなアプローチの可能なリートというと、このシュトラウスが殆ど唯一の選択肢なのではないかと思われる程であります。
かように僕はここのところシュトラウスにこだわっておりまして、新樹会当夜のマンドリュカとセレナーデは誠に御機嫌な選曲でした。とりわけアラベラのマンドリュカは若者の恋の歌です。役者としても未熟な僕が作品に魂を吹き込むにはなるべく自分自身に近い役柄を選びたいので、その意味からも今、手がけておきたいと考えていた曲でした。シュトラウスのオペラには他にもハイバリトンのいい役がありますが、一場景だけ採り上げたり、アリアとして抜き出すことが定着しずらいので残念です。
聴衆に馴染みの薄いうえ、サロンコンサートには少々大きすぎた選曲かも知れませんが、僕はいい勉強をさせてもらいました。関係各位のお骨折りに心より感謝致します。
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ウィーン讃歌
(トーク付きディナーコンサート。1990年9月29日の群馬県太田市初日ほか数公演)
田辺とおる(バリトン)
佐久間龍也(ピアノ)
Franz SCHUBERT 1797-1828 シューベルト
Geheimes D.719 (1821) Goethe 秘めごと (ゲーテ詩)
Der Musensohn D.764,5 (1822) Goethe ミューズの子
(ゲーテ詩)
Der Lindenbaum D.911 (1827) Mueller 菩提樹
(ミュラー詩)
Die Taubenpost D.957,14(1828) Seidl 鳩の使い
(ザイドル詩)
Ludwig GRUBER グルーバー
Mei' Muatterl war a Wienerin op.1000 私のお母さんはウィーン生れ
Wolfgang A. MOZART 1756-1791 モーツァルト
Die Hochzeit des Figaro K.492 (1786) da Ponte
「フィガロの結婚」(ダ・ポンテ台本)
Arie des Figaro: Nun vergiss leises Flehn
フィガロ ノアリア 「もう飛ぶまいぞ」
Richard STRAUSS 1864-1949 リヒャルト・シュトラウス
Heimliche Aufforderung op.27-3 (1894) Mackay
ひそやかな誘い (マッケイ詩)
All' mein Gedanken op.21-1 (1888) Dahn 僕のすべての気持ち
(ダーン詩)
Ach weh mir unglueckhaftem Mann op.21-4 (1888)
Dahn なんと不幸な男の僕 (ダーン詩)
Die Zeitlose op.10-7 (1883) Gilm サフラン
(ギルム詩)
Allerseelen op.10-8 (1883) Gilm 万霊節 (ギルム詩)
Der Rosenkavalier op,59 (1910)Hofmannsthal
オペラ「薔薇の騎士」よりピアノの為のワルツ集
( 佐久間龍也編 )
Arabella op.79 (1932)Hofmannsthal
オペラ「アラベラ」より
Szene des Mandryka: Dem Onkel einen Spass
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マンドリュカの場面「叔父さんに冗談ですって?」
プログラムノート
ヴィーンへのオマージュ・・・音楽の都などと通称致しますが、一体ドイツ人、オーストリア人で今日なお人口に膾炙する作品を残した作曲家では、むしろヴィーンに縁のない人の方がめずらしいくらいです。シューベルトとシュトラウスはとりわけヴィーンを象徴する二人と申せましょう。シューベルトは30年の短い生涯、ほとんどヴィーンから出掛けませんでした。ミュンヘン生まれのシュトラウスは1919年から5年間のヴィーン国立歌劇場楽長をはじめ、終生ヴィーン・フィルハーモニーと密接に関わっています。日本ではクラシック音楽の指向がじつに多様で、フランス音楽の好きな人、アメリカ、ロシア、スラブ、イタリア、スペイン、南米、邦人作品、まだあるかもしれませんが、いっぽう、ヴィーンにはヴィーンの音楽にこだわる人しかいないかに思えます。この誇り高き街の音楽にどっぷり浸って青春を過ごしたわたくしも佐久間さんも圧倒的にヴィーン志向です。この街の排他性にもいささか感化されたでしょうか、どこの国の音楽よりも豊かだと思っております。
田 辺 と お る
Franz SCHUBERT 1797-1828
Geheimes 秘めごと(ゲーテ詩) 愛しい彼女が見つめている。皆、怪訝そうだが僕にはよく分かる。君たちの憧れの彼女は誰よりも僕を愛しているんだ。
Der Musensohn ミューズの子(ゲーテ詩) 歌いながら僕は野を越え山越え。氷に閉ざされた冬には春の夢を歌う。花が微笑む。鈍い子供もかたくなな少女も僕のメロディーに踊りだす。優しいミューズの神様から僕は翼を賜ったのだ。
Der Lindenbaum 菩提樹(ミュラー詩) 歌曲集「冬の旅」第5曲。泉に沿いて茂る菩提樹、慕い行きてはうまし夢見つ。幹にはえりぬゆかし言葉、うれし悲しに問いしその蔭。近藤朔風
訳詩
Die Taubenpost 鳩の使い(ザイドル詩) 多分シューベルト最後の作品。僕は一羽の誠実な鳩を持っている。彼女の家に何千回も放った。鳩は僕の挨拶を愛らしく伝え、彼女の挨拶を貰ってくる。御存知か、この献身的な使者の名は・・憧れ。
Ludwig GRUBER
Mei' Muatterl war a Wienerin 私のお母さんはウィーン生れ
ヴィーン訛の愛唱歌。昨日の事のように思い出す。日曜の朝、母にせかされて支度して、初めてヴィーンの森のカーレンベルクに連れていってもらった。街を見下ろす素晴らしい眺め。ドナウ川、シュテファンの大聖堂。母は生涯ヴィーンを愛した。母も僕も、この黄金の都に生まれた。
Wolfgang A. MOZART 1756-1791
Die Hochzeit des Figaro 「フィガロの結婚」(ダ・ポンテ台本)
彼女が欲しくてたまらない思春期の小姓ケルビーノ。悪戯が過ぎ殿様のお仕置で徴兵。フィガロがそれをからかって・・。
Richard STRAUSS 1864-1949
Heimliche Aufforderung ひそやかな誘い (マッケイ詩)
さあ、きらめく杯をあげて宴を楽しみましょう。そしてそれから騒がしい連中を後にして、庭のバラ園に来てください。昔のようにキスして、あなたの髪にバラを飾りましょう。おお、憧れの夜よ来たれ。
All' mein Gedanken 僕のすべての気持ち (ダーン詩)
僕のすべての気持ちは彼女について離れない。壁も門も通り抜け、濠や川も飛び越えてあの人の部屋の窓を見つけ出す。貴方を愛する者の言伝てを持って来ました。開けて、開けて、中へ入れて。
Ach weh mir ungl ckhaftem Mann なんと不幸な男の僕
(ダーン詩)
もしお金があったらなぁ。四頭立ての馬車で鈴を鳴らして君の窓辺へ。訝る君を連れ出して、ねぇママ、お別れのキスを早く。馬が待ち疲れたとさ・・・あぁ、お金がなぁ
Die Zeitlose サフラン (ギルム詩) 刈り込んだ牧場に佇むサフラン一輪、姿ゆりの如く色ばらの如し。されど毒もてり。最後の花は最後の恋に似て美し。されど宿命ぞ孕めり。
Allerseelen 万霊節 (ギルム詩) 死者の魂が帰ってくる日11月2日。もくせいを卓に飾って、何時ぞやの五月のように愛を語ろう。かつて密やかに握った手をとろう。年に一度、どの墓も華やぐ日だ。お前をまた抱きしめるのだ。何時ぞやの五月のように。
Der Rosenkavalier オペラ「薔薇の騎士」 爛熟のロココ時代、モーツァルトが闊歩したマリア・テレーズィア治世のハプスブルク王都ヴィーン、18世紀。ありし日の王朝絵巻を百年経てシュトラウスが活写します。ホフマンスタールの名台本に依るこのオペラに数多く登場する様々なワルツから、佐久間龍也の編集で何曲かお聞きください。
op,59 (1910)Hofmannsthal
Arabella オペラ「アラベラ」 「薔薇の騎士」作曲から20年、6曲に及ぶシュトラウスとホフマンスタール協作の最終作品。70歳間近の作曲翁は前作に増して巧みにヴィーンの人間模様を綴ります。ここでは宮廷ではなく市井の風景。1860年2月謝肉祭の頃、ハンガリーの若き豪農マンドリュカは肖像画ひとつでヴィーンの退役軍人の娘アラベラに恋して遙々上京し、娘の父に切々と訴えます。如何に私が恋しているか、どれほどの決心で来たか、私の妻になればどんなに裕福か。挨拶がわりにと、山林を売った大金を差し出して曰く、とりあえずこのホテルに滞在します。御都合の良き折りにもどうかお引き合わせ下さい。op.79(1932)
Hofmannsthal