八.目撃 「うまいな。これ。」 赤松勇太が手にするフォークとナイフがせわしなく動く。 「ちょっと、もう少し落ち着きなさいよ。」 目に余った杉下綾香が注意した。言ってるそばから、喉を詰まらせたのか、胸をトントンと叩いている。 勇太は、慌てて水を飲み込み目を白黒させた。 「もう、恥ずかしいわね。」 「ウフフ。お口に合いましたか。生肉なんですよ。」 向かいに座る町田亜弓が二人に微笑みかける。 勇太と綾香は結果的に亜弓に招かれ、彼女の家を訪れたのだが、いつの間にか時間が過ぎ去り、こうして夕食をい ただくことになったのである。 初めは亜弓に対しての不信感から、尾行まで行った二人であったが亜弓と話し、食卓まで囲むとそうした考えなど 払拭されてしまった。 元々、亜弓を疑ったのも無茶な話で、家を訪れただけで病気になるなんてあり得るわけないのである。 「お代わりは、いかがですか?」 「いや、もういいよ。」 勇太は、腹を押さえてそう言った。当然だろう、その押さえた腹の中には四枚ものステーキが収まっているのだ。 「なかなかの健啖家ですね。」 「は?・・・何だよ、ケンタンカって。」 「馬鹿ね。大食いって事よ。」 言葉の意味が分からず、綾香にそっと聞いたつもりだったが、大声でそう言い返されたら、流石の勇太も言葉がな くなった。 慌てて、亜弓が助け船を出す。「いえ、いい意味なんですけど。」 「いいのよ。そんな、繊細な人間じゃないから。」 「ああ、そうだな。・・ね。便所、どこ?」 「ちょっと、私はまだ食事中よ。」 綾香に舌を出して、勇太は立ち上がる。 「あちらです。」 「ほんじゃ、借りるよ。」 勇太は指されたドアから部屋を出て行った。 「もう、デリカシーというか常識が足りないのよね。」 「よろしいじゃないですか。元気で。」 亜弓が勇太が出って行ったドアを見つめながらそう言った。綾香はナイフとフォークを皿の上に置くとナプキンで 口を拭った。 「町田さんには、真新しく映るから、そう言えるのよ。」 「・・・そうかもしれませんね。」 食事も一段落し、お手伝いさんの手によって食卓が片付けられていく。その手際が見事で、瞬く間にテーブルの上 が空になり、変わって、紅茶入りのカップが置かれる。 それには、綾香も目を丸くした 「凄いね。いつも、こうなの。」 「そうですね。」 「でも、一人じゃ寂しいでしょ。」 「いえ、もう慣れましたから。」 その言葉に若干、影が灯るのは仕方のないことだろう。綾香も侘びしい食卓というのは何度も経験している。 綾香の父親も単身赴任で遠く離れており、母親が仕事で忙しいときなどは一人で食事をするのだ。 「いい匂いだな。」 その声と共に勇太が戻ってきた。席に着くと直ぐさま、勇太の前にもカップが置かれ、注がれる紅茶の湯気が立ち 上る。 「すいません。」 お手伝いさんにお礼を言い、勇太は紅茶を一口含んだ。 「うまい。」 「有り難うございます。これ、海外から取り寄せているんです。」 「へー、道理で美味しいわけだ。」 その紅茶の美味しさには綾香も感心した。 「こんな美味いものが食えるなら、毎日でもお邪魔したいな。」 「馬鹿言うんじゃないの。」 「いえ、構いませんよ。いつでもいらして下さい。」 亜弓は久しぶりの楽しい食事で、心の底からそう思ったのだろう。何となく、そんな気持ちが伝わる。 不思議と楽しい時間というのは、アッという間に過ぎるようで、町田家を訪れて結構な時間が経った。 「ねぇ、勇太。そろそろ。」 「ん?ああ、そうだな。」 勇太は腕時計を見てから、頷いた。もう、八時を回っていたのだ。 亜弓は、まだ、名残惜しそうな表情を一瞬見せるが、無理に引き留めることもできないとのことか、笑顔で表まで 見送ってくれた。 「勇太、今日は変なことから得したね。」 「ん。」 町田家を出た後、暫くして勇太は逆戻りする。 「ちょっと、どこ行くのよ。」 「何か気になるんだよ。」 勇太は一言いうとそのまま足早に歩き出す。仕方なく、綾香は後を追った。 「もう、どうするのよ。」 「先、トイレに行ったとき、廊下の窓の鍵を開けてきた。」 それには綾香も驚いた。「ねぇ、忍び込むの?」 「ああ、お前はどうする。」 そんな事言われて大人しく帰る綾香ではない。勇太自身、聞くまでもないとは思っていたが、一応、そう尋ねた。 「行くに決まってるでしょ。」 「だろうな。」 二人は町田邸に戻ると建物の裏に回った。勇太は、あの短い時間でよくここまでというくらい調べていた。 「な、この高さなら簡単に上れると思ったんだよな。」 勇太の言う通り、工事中なのか崩れかかった塀が一箇所だけあり、ジャンプすれば手が届きそうであった。 「私は駄目よ。スカートだもん。」 学校帰り、真っ直ぐここに来た二人である。格好は当然制服である。綾香が異議を唱えた。 しかし、勇太は指先を伸ばして、ある方向を指す。 「裏口ね。」 「ああ、俺が開けてくるから待ってろ。」 勇太は言うや否や、アッという間に塀をよじ登り裏口から顔を出した。 「本当に運動神経だけは凄いね。」 「勉強は光博に負けるけど、これだけはな。」 二人は物静か忍び込むとその窓へと近付いていった。 「でも、一体、何が気になるの。」 「ああ、お前、あの肉何枚食った。」 「何よ。知ってるじゃない。二枚よ。」 綾香は少し言いにくそうに言った。中学生の女の子としては大分食べた方だろう。 「そう、そして、俺が四枚、町田が女の子らしく一枚。・・痛て。」 最後の台詞は綾香に蹴られたためである。 「だから何?」 「併せて七枚だろ。で、あの口振りだとまだありそうな雰囲気だった。」 「うん、それで。」 「あれ、生肉って言ってたぜ。あの小食の町田、そして、お手伝いさんを併せても女性二人だ。何か多すぎないか。」 「来客用にたまたまあったんじゃない。」 「中学生の女の子に、そんなめったに来客何かあるかよ。」 「何が言いたいの?」 丁度、窓の前に着いたとき、勇太は口の前で指を立てた。綾香も無言で頷く。 慎重に左右を確認し、勇太が窓に手を掛けようとしたときであった。窓の奥に人の気配を感じ、慌ててその手を引 っ込め、二人で身を縮める。 隠れながらも、そっと窓を覗き込み息をのんだ。 そこには男の影があった。それも、ただの男ではない。黒ずくめのマントを羽織り、引きずるように廊下をゆっく りと歩いているのだ。 「やっぱりな。」 「どういう意味。」 「誰か他にこの屋敷に住んでいる人間がいるって事だよ。そして、俺の勘が正しければ。」 勇太の台詞が言い終わるや別の人間が現れた。今度は見るからに女性であったが、格好は男と同じ黒ずくめのマン トであった。 そう例えるならば吸血鬼のように。 「もういい。出よう。」 入ってきたときと同様に綾香を裏口から出し、勇太は塀から飛び降りる。 「ねぇ、あの人達、誰なんだろう。」 「さあな。」 その後、二人は黙ったまま、逃げるように走ってその場を去っていった。