六.尾行 「おい、押すなよ。」 「何よ。そんなにくっつかないで。」 電柱の陰に隠れる赤松勇太と杉下綾香がお互い、肘でつつきあいながら、文句を言い合った。 「だから、押すなって。」 勇太は、電柱から飛び出た体をを慌てて、引っ込めた。 この二人の視線の先には、一人、道を歩く町田亜弓がいる。 今日、勇太と綾香のクラスで突然、四人が急病で休むことになった。その原因が、今、勇太達が見つめる町田亜弓 にある。 普通に考えて、そんな事はあり得ないのだろうが、その休む前日に四人とも亜弓の家を訪問している。ひょっとし たら、何か関係があるのではという疑問は拭いきれない。 特に勇太の場合は、森村茜の件がある。一方、綾香は亜弓の家を訪れて、自分だけ病気になっていないという点が 気になる。 二人は放課後、どちらからともなく、亜弓の後を付けるように学校を飛び出たのであった。 「でもよ、町田を尾行して何になるんだろうな。」 移動し道路を挟んで向かいの電柱に隠れる綾香に勇太は声をかけた。 「シッ、そんなの分かんないわよ。」 勇太の意見はもっともで、このまま後を付けて行ったって、どうせ、家に帰るだけだろう。そして、家の中に入っ てしまえば、まさかそれ以上は勝手に進入するわけにもいかない。 ただ、傍観して後は帰るだけだろう。綾香にもそれは十分、分かっている。 「ねぇ、何かいいアイデアない?」 「そうだな。」 勇太も綾香と同じく頭をひねるが、そう易々といい考えというのは浮かぶものではない。 「あっ、おい。」 「ちょっと、大きな声を出さないで。」 「いや、違う。前を見ろって。」 そう、勇太の言うとおり、視線を送ってみれば亜弓の前に見るからにチンピラ然とした男達が行く手に立ちはだか っている。 当の亜弓は、困り果てその場に立っている。 「どうしょう。ねぇ、勇太。何とかしなさいよ。」 「馬鹿、相手は四人だぞ。勝てるわけねぇだろ。」 「誰が喧嘩をしろって言ったのよ。」 勇太と綾香で言い合ってる内に更に状況は変わったようで、「きゃー。」と、亜弓の悲鳴が聞こえた。 更に、「ぎゃあー。」と、言う声が聞こえ 、 「おい、町田。」と、勇太は、慌てて飛び出した。綾香もそれに続く。 「ぎゃあ?」 しかし、勇太の疑問の通り、よくよく聞いてみれば、最初の悲鳴はともかく最後の声はやけに野太かったような気 がした。 それもそのはずで、勇太達が目にした光景は、絡んできた男の一人がものの見事に亜弓に投げ飛ばされている場面 であった。更にもう一人が亜弓に挑みかかるが、これもあっけなく投げ飛ばされる。 そして、勇太と綾香が呆気に取られるなか、安っぽい捨て台詞を吐いて男達は立ち去っていった。 亜弓は男を投げ飛ばした掌の埃を払うように軽く合わせると、その後、自分の服装を確認し、制服のしわを払った。 その時、その場に立ち尽くす二人に気付く。 「あら、杉下さん、こんにちわ。それと・・・赤松君?」 転校して間もない亜弓は、昨日、家まで来てくれた綾香は別として、まだ、クラス全員の名前もはっきりとは覚え ていないのだろう。 確認するように勇太の名前を聞いてきた。 勇太はその言葉に何とか頷いたが、その表情は何とも言えないばつの悪さが表れている。 何と言ってもこの状況である。勇太達が亜弓を尾行していたのがばれたかもしれない。 「どうも、恥ずかしいところを・・・・」 そんな勇太達の心情とは別に当の亜弓は、男達を投げ飛ばしたという場面を二人の目撃された事が恥ずかしかった ようで、頬を赤らめている。 「凄いね。何かやってたの?」 亜弓の言動に綾香は、ホッとしたのか駆け寄るとしげしげと彼女を眺める。亜弓は尚も恥ずかしそうに頷くと、 「はい、合気道を少し・・・・」と、小声で言った。 「へー、腕なんかこんなに細いのにね。」 綾香は調子に乗り、亜弓の白い腕を取って感心している。 「ねぇねぇ、今度私にも教えてよ。」 「お前には必要ねぇだろ。」 「何か言った。」 「いや、別に・・・」 綾香に睨まれて、勇太は慌てて目をそらす。こんな二人のやりとりに張っていた気が抜けたのか、亜弓の口調も普 段通りに戻った。 というより、勇太は普段の亜弓のことは全く知らないので、思ったより饒舌である事を知り驚いた。 「お家、こちらの方でしたっけ?」 三人の会話が和んだ頃、亜弓がふとした疑問を投げかけた。 勇太は、とっさに言葉を詰まらせたが、綾香が機転を利かせる。 「あ、ごめんなさい。昨日、私、町田さんの家にお邪魔したでしょう。その事を勇太に話したら、どうしても町田 さんの家が見たいって言うものだから・・・迷惑?」 「いえいえ、それでは、よろしかったらこれから・・・」 「いいの。やったじゃん。勇太。」 ドンと綾香が肩を叩く。勇太はつんのめって、二、三歩前に出た。 「サンキュウ。」 勇太はぎこちない笑いを亜弓に向ける。そして、チラッと綾香の満足顔を眺め見た。よく、とっさにそんなに口が まわるものだ。 「本当ですか。あっ、家まで後、少しですので。」 亜弓の方は、何の疑問もなく勇太達の言葉に微笑む。その笑顔が勇太の心にチクリと刺さった。 「お二人は、いつもご一緒ですね。」 「いや、ただのくされ縁よ。勇太とは、家が近所でね。昔っから知ってるってだけ。あと、香取光博ってのもいる んだけど。今度紹介するわ。」 「そうなんですか。でも、羨ましい。私は転校ばかりでしたから。そんな友達、一人も。」 「ふーん。勇太。早く来ないとおいてくよ。」 女性二人が盛り上がる中、一人、自己嫌悪に落ちて足が止まっていた勇太に声をかけてきた。 「前の学校は?」 「一月ほどで転校しました。」 「一月!」 思わず綾香の声がうわずった。「あっ、ごめん。大きな声で。」 「いえ、いいです。家の都合でそうなったんですから。」 はっきりとした口調で、亜弓は答えたが、一瞬、影を落とした横顔を勇太は見逃さなかった。 「今度は長くいられそうなのか?」 「はい、多分・・・・」 後ろにいる勇太に振り返りながら、亜弓は頷く。やはり、どことなくトーンが下がっているのが伝わる。 「こんな美人なら、長くいて欲しいよね。」 「ん?まあな。」 勇太は曖昧に返事しながら、振り返った。誰かの視線を感じたからだ。 「どうしたの。」 「いや、別に。」 そう、否定しつつも先程感じた違和感を拭う事のできない勇太は、振り向いた視線を戻す事はしなかった。 「気のせいか。」 勇太はふと肩の力を抜き、そう一言洩らすと、「悪い、悪い。行こうぜ。」と言い、綾香、亜弓の間を割って、ド ンドン前に歩き出した。 そんな勇太に、「どうしたんだろ。」、「さあ?」と二人は顔を合わせて首を傾げ合った。 「あの、赤松君。先に行かれても・・・・」 「だめよ。一度、考え込んだら、絶対耳を貸さないわ。急ぎましょう。」 綾香に促され、亜弓と綾香は勇太の後を追った。 三人になって歩き出してから、十五分程で亜弓の家に着いた。昨日、綾香が行っていた通りの大きな家である。 「さあ、どうぞ。」 亜弓が大きな門を開けて二人を手招きする。勇太と綾香は視線を合わせて、町田家の門をくぐった。 元々、亜弓の後を付けていた二人である。正に願ったりかなったりの展開ではあるのだが、勇太は一人浮かない表 情をしていた。 先程の奇妙な視線もそうだが、この町田家に一歩足を踏み入れてから、何とも言えない重圧を体に感じたからだ。 「さあ。」 亜弓が玄関のドアを開けて、二人を再び促すとそのまま一人で家の中に入って行った。 勇太は後込みしたくなる気分であったが、さっさと綾香が亜弓に続いて行ったので、仕方なく、二人の後を追った。 「ドアを・・・」 「ああ。」 勇太は自分の手で、今、入ってきたドアをゆっくり閉めると、気持ちを落ち着かせるように深く深呼吸するのであ った。