五.偶然?
  

  予鈴のチャイムが鳴り、お喋(しゃべ)りをしていた生徒達は、各自自分の席に着く。程なく、担任の一ノ瀬が教室
 に入ってきた。 
  学級委員長の綾香が号令をかけ、朝のホームルームが始まる。 
  一ノ瀬は教壇に立つと開口一番、「おはよう。今日、高木と清水が急病で休むそうだ。まあ、多分、風邪だろう。
 季節の変わり目だ。みんなも充分注意するように。」と、告げ、その後、出席確認を取った。 
  短いホームルームが終わり、一ノ瀬が教室から出ていくと、又、少しざわつく。授業が始まるまでの十分間の休憩
 である。 
  赤松勇太は、いつもこの時間は何の気無しに窓の景色を眺めているのだが、ふと、教室の反対側に座る遠藤が目に
 止まり、気になった。 
  顔色が悪く、何か震えているように見える。 
  早速、風邪かと思い、クラスの保健委員を目で捜したが、あいにく教室から出てていたのか見当たらなかった。 
  勇太が、しょうがねぇえなと思いながらも立ち上がったところ、一歩早く、町田亜弓が遠藤の肩を叩く。 
  一瞬、森村茜の言葉が思い浮かび、注意深く二人の様子を伺ったが、教室の端から端である。話している会話など
 は当然、全く聞こえない。 
  ただ、亜弓に対して、遠藤がかたくなに手を振り、何かを拒絶している様子が見えた。 
  あまり、凝視するのも妙なので勇太は、二人から目を切った。 
  しかし、この事が間違いだったと気付く。 
  授業が始まり少し経った頃、遠藤の席を見てみるといつの間にかいなくなっていたのだ。いや、多分見たとおり風
 邪で、気分が悪いから帰ったか、保健室に行ったんだろう。 
  どうも、この間の森村茜が言った言葉が気になり、考えが変な方向に行ってしまう。 
  勇太は、首を振り、いつものようにうたた寝、いや、授業に集中する事にした。シャープペンシルの芯を軽く叩き、
 ノートを開く。 
  が、どうしても視線はポカンと空いた遠藤の席に移るのであった。 
  
*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *       
  「もう、休み時間よ。」   「あん。」   勇太が目蓋を擦ると目の前には、綾香が立っていた。   この間の綾香の様子が気になっていた勇太であったが、朝、学校に来てみると普段通りであったのホッとしたので  あった。   「ちょっと、よだれぐらい拭きなさいよ。」   「あ、悪い。」     集中して授業を聞いていたつもりが、いつの間にか眠っていたらしい。普段の習性は恐ろしい。   ま、これでも赤点を取らないのだから、良いだろうと勇太は楽観している。   「どうした。」   「ちょっと、気になる事があるの。」   教室内では言いにくいのか、そう言ったきり綾香は黙りだした。およそ、綾香らしくないので、余程、重要なこと  だろうと思い、勇太は綾香を連れ立って廊下へ出た。   「何だよ。一体。」   「遠藤君の事なんだけど。」   そうだ。遠藤だ。勇太は、いけねとばかりに心の中で舌を出した。   「そう言えば、いつの間にかいなくなったな。」   「うん。その事で、今日休んでいる高木君と清水君、そして、遠藤君は昨日、町田さんの家に行ったメンバーなの。」   「えっ。どういう事だ?」   「私にも分からないわ。ただの偶然かも知れないし・・・・」   ただの偶然、本当にそうなのだろうか。町田亜弓を送っていったのが昨日、そして、今日、その三人が急病で休ん  でいる。   いや、世の中、色々な事が起きる。その中で信じられないような事を偶然と呼ぶ場合がる。今回の件はどうなのだ  ろう・・・・   「後、他に行った奴はいないのか。」      「後は・・・、広瀬君。」   「広瀬か。」   勇太が名前を言ったとき、折しもその広瀬が教室から出てきた。朝の遠藤、同様に顔色が悪い。   「おい、どうした。」   「あ、勇太、悪いんだけど先生に早退するって言っておいてくれ。」   「ちょっ、おい、広瀬。」   広瀬は重々しい足取りで、廊下を歩いていく。あの表情を見る限り、本当に辛そうだ。   これで四人目。しかも、町田亜弓に係わった人間ばかり・・・。偶然と呼ぶにはできすぎている。いや、・・・   そこで勇太が一つの可能性として考えたのは、今日、休んだ二人と今朝の遠藤、そして、たった今、帰って行った  広瀬達が何らかの理由で口裏を合わせているということだった。   勿論、そんな理由も意味も分からないのだが。   しかし、先の広瀬の表情、後ろ姿を見る限りは、そんな事はまずないだろう。   「そうだ。綾香、お前は大丈夫なのか。」   「うん。別に・・・・」   「・・・ということは、やっぱり、風邪か。」   「ちょと、どういう意味よ。」   綾香が手を振りかぶって、勇太を睨んだ。勇太は、躱(かわ)すように身を低くして、「冗談だよ。」と、逃げるよ  うに言う。   「そうだ、町田。本人はどうなんだよ。」   何となく、苦し紛れ的に勇太は言った。が、確かにこれだけ関係者が病気になっていればその中心の人物がどうな  っているのかは重要かもしれない。   「先まで教室のいたと思うけど。」   「教室ね。おい。見ろ。」   勇太が廊下から、教室を覗くと町田亜弓の席には誰もいないのが見える。ここからでは、鞄もなくなっているのか  までは分からない。   ただ単に席を立っているだけかもしれない。   勇太がぐっと覗き込み、詳しく様子を見ようとしたとき、不意に後ろから声がかかった。   「ごめんなさい。通して下さい。」   寄り添うように一緒に覗いていた綾香も驚いて、後ろを振り返るとそこには当の町田亜弓が立っていた。   二人は、突然のことに声もなく、黙って脇に退けて亜弓を通した。   「ありがとう。」   亜弓は勇太に笑顔を向けるとそのまま教室の中に入って行った。    勇太は亜弓と目が合って、ドキッとする。上手く言えないが、何か心を奪われそうになる美しさである。   それと亜弓が通った後の残り香が勇太の鼻を突く。何とも言えない甘い香りであった。   「ねぇ、今の聞こえてたかな。ねぇってば。」   綾香は返事がないので不審に思い、勇太の顔を覗き込むと溜息を洩らした。   そこには亜弓の後ろ姿に見とれる勇太がいたのだった・・・・   そんな勇太を置いて、綾香はさっさと教室に入って行く。   「一生そこに突っ立てれば。」   「うん。そうする。・・・いや、違う違う。」   そんな勇太に綾香は、「馬鹿じゃないの。」と、呆れた表情を向けた。   「ちょ、待てよ。」   綾香を追うように勇太は慌てて教室に駆け込んだ。   「こら、走るな。」   勇太に追い打ちをかけるように、次の授業である国語の教師が注意した。   「そんなに元気なら、居眠りなんかするなよ。」   教室中に笑いがこだました。




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