三.帰り道
  

   「森村茜か。」 
  赤松勇太は自分の部屋のベットに横になりながら、茜の連絡先が書かれた紙切れに、そう呟いた。 
  「勇太、綾香ちゃんが来てるわよ。」 
  下の玄関から、母親の声が聞こえて、慌ててその紙切れをズボンのポケットに隠した。 
  「ちょっと!」 
  程なく、大きな声とともに杉下綾香が部屋に入って来た。  
  「どうして、放課後、付き合ってくれなかったのよ。」 
  「はぁ?」 
  「町田亜弓さんの事よ。」 
  「ああ。あれだけ、男手がありゃ、別にいいだろ。」
  「私は、あんたに頼んだのよ。」 
  町田亜弓。今日、転校して来たこの少女にどんな秘密があるのだろうか。個人的、内面的なことかも知れないが好
 奇心というのは押さえられない。 
  森村茜にはああ言ったものの沸々と勇太の中の興味の心が湧いてくる。 
  「で、家とかどうだった。」 
  「どうだったって、それが、凄いのよ。」
  勇太に対して、怒り口調で話していた綾香も、実は今日見て来た事を誰かに言いたくてしょうがなかったのだろう
 か。 
  あっさり、調子を変えて話し始めた。 
  「家がとにかく大きいんだけど、まず、門が凄くて・・・・。後、大きな肖像画とか・・・。」 
  綾香の話の中には、凄いだの大きいだの立派だのという形容詞が頻繁に登場し、それだけでも町田亜弓の家が上流
 階級、いわゆる金持ちである事が容易に想像できる。 
  その他に分かった事と言えば、亜弓は、一人っ子で両親の方は、まだ、海外で生活している事。 
  それから、これは綾香の印象だが、どうも体が弱いらしい。と、言うのも、綾香達と帰宅途中に日差しを手で遮り
 ながら、青白い表情をしていたらしく、何度か心配で声をかけたそうだ。 
  綾香は大半の事を続けざま話し終えると一息吐(つ)いた。 
  「ふーん、じゃあ、飯とかどうしてんだ。」 
  勇太が両親が海外にいるという事で疑問に思い、綾香に訊ねた。 
  「あんた、何、聞いてたのよ。あれだけのお金持ちなら、使用人の一人や二人いるに決まってるでしょ。」 
  「なるほど。」 
  勇太は手を打って、納得した。 
  「何、なーに。彼女に興味でもあるの?」 
  話に夢中になっている時は気付かなかったが、勇太が身を乗り出して話を聞いているのを綾香は不自然に思った。
  「別に、そんなんじゃねぇよ。」 
  「おやおや。」 
  綾香が冷やかすようように声を掛けると勇太はプイと横を向き、腰掛けていたベットに横になった。 
  「何、マジになってるのよ。」 
  「なってねぇ。」 
  「フフ、もっと、文句言いたかったけどまあいいわ。私、帰るね。」 
  「ああ。」 
  勇太は仰向けのまま答える。綾香は子供のようにそっぽを向いている勇太に笑いを洩らしながら立ち上がった。
  「あ、そうそう、今日、光博から聞いたんだけど・・・・」 
  ドアのノブへと伸ばした手を止め、思い出したように綾香は振り返る。 
  「な、何をだよ。」 
  『光博のおしゃべりめ。』
  勇太はポケットの中の紙切れを握りながら、心の中で親友を思い浮かべ毒づいた。 
  まさか、森村茜の事がもう、綾香の耳に入っていようとは・・・・ 
  恐る恐る上体を持ち上げた勇太は、もう一度、綾香に確認した。 
  「何かあったか。」 
  「何、怖い顔してるのよ。新しいゲーム買ったんでしょ。今度やらせてよ。」 
  「ああ、いつでも来いよ。」 
  ホッとした勇太は、もう一度ベットに仰向けになり、「じゃあな。」と、告げた。 
  綾香は、「うん。」と、答えるとそのまま階段を下りていった。その時、丁度、勇太の母親も居間から出てきたよ
 うで、「あら、もう帰るの?夕飯、食べていけばいいのに。」と、問いかけている。 
  「いえ、今日は父が帰ってくるので、食事に出かけるんです。」 
  「福岡から?お父さんも大変よね。単身赴任なんて。それじゃ、引き留めても悪いわね。」 
  勇太の母親はいかにも残念そうな表情でそう言った。 
  「あの、それじゃ、失礼します。」 
  「じゃあ、気を付けてね。待って、今、勇太に送らせるから。」
  「いえ、大丈夫。一人で帰れますから。」 
  綾香は、軽く手を振って断るが勇太の母親の押しの強さは承知しているので、玄関で靴を履きながら待った。程な
 く、勇太が二階から降りてくる。 
  「何だよ。」 
  「何だよじゃないでしょ。綾香ちゃんを送って上げなさい。」 
  「えー、まだ、6時だし外明るいぜ。」 
  勇太は腕時計を示したが、綾香以上に自分の母親のことは知っている。半分、諦めた口調であった。 
  「6時だろうと、0時だろうと送って上げるのが幼なじみってものでしょ。」 
  「そんな、極端なこと。」 
  「いいから、行きなさい。」 
  ドンと背中を押され、押し出されるように綾香の前に躍り出た勇太は、もう、完全に諦めて、「分かったよ。」と、
 自分の靴に履き替えた。 
  「気を付けるのよ。」 
  「ヘイヘイ。」 
  母親の声を背に勇太と綾香は、家を出た。 
  「気を付けるも何も、ほんの一町角じゃねぇか。」 
  勇太、綾香、光博の三人は幼なじみなだけに、家も近所であった。小さい頃などよく家を行き来した。 
  この近くに三人で遊んだ広場があったが、そこには十階建てのマンションが建ち、もう、その面影もなくなってい
 る。 
  「この辺も変わっていくのね。」 
  「バーカ。何、年寄りじみた事、言ってんだよ。」 
  勇太は住み慣れた風景を眺めながら、言い返した。僅(わずか)かに半身をずらしたのは、綾香からの反撃に備えた
 ものであったが、それは杞憂(きゆう)に終わる。 
  「でもね、私も変わっていくし勇太も光博も変わっていくのよ。」と、真面目な顔で綾香が続けるので勇太は面食
 らった。 
  「何か、よく分からねぇけど。俺は俺だし、お前はお前、光博は光博だろう。中味は変わんねぇよ。それにそうい
 うのは成長って言うんだぜ。」 
  「うん。・・・そうだね。」 
  「お前、何かあったのか。変だぞ。」 
  先程、勇太の部屋に入ってきた時とは打って変わって勢いもなく、綾香は何か気落ちしている感じがした。 
  「おい。・・・・」 
  「あの私ね。・・・うんうん。何でもない。ここでいいから。じゃあね。」 
  綾香は、そう勇太に告げると足早に去って行った。 
  「何だ。あいつ。」 
  勇太は、首を傾げながら回れ右をし自宅へと戻った。途中、立ち止まり考え込む。 
  「あいつ、・・・・まさかね。」 
  一旦、止めた足を再び動かした勇太は、軽く口笛を吹いた。 
  「・・・・まさか・ね。」 
  勇太は、再び振り返り、綾香の後ろ姿を追ったが、そこには薄暗くなりかけた路地の中で明かりを灯す街灯しかな
 かった。 




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