二.美少女
  

   N中学、3年C組の教室、昼休み。教室の一番端に座っている男子生徒が机の上で気持ちよさそうに居眠りをして
 いる。 
  それを教室の入口から女子生徒二人が見付けると気を使うでもなく、ズカズカと歩いて行き、その眠っている男子
 生徒の前に立ち止まった。 
  先頭を歩いていた利発そうな女の子が、その寝顔を覗き込むと大きな声でその男子生徒の名前を呼ぶ。 
  「勇太。」 
  しかし、勇太と呼ばれた生徒は、いっこうに起きる気配がなかった。女子生徒がその様子に腰に手を当てて溜息を
 洩らすと、実力行使に出る。 
  机の上に立ててる肘をいきなり払ったのである。居眠りをしていた赤松勇太は、突然、その肘を顎(あご)から外さ
 れて、顔を大きくぶつけてしまった。 
  「痛ってー。何すんだよ。」 
  勇太が睨み付ける先には、学級委員長の杉下綾香が立っていた。勇太のにらみなど意に介さず綾香は何事もなかっ
 たように、ケロリとしている。 
  これも幼なじみとして長年付き合ってる経験からだろう。勇太自身も、これ以上文句を言っても無理だという事は
 分かりきっているので、諦めて眼を擦りながら、何事か確認する。 
  「で、何?」 
  「ちょっと、見付からないものがあるのよ。」 
  「は?そんなの知るかよ。」 
  「あんた、こういうの探すの得意でしょ。」 
  「得意って、お前なぁ。」 
  勇太は、まだ、半分眠ったままの頭をほぐすようにゆっくりと左右に振った。そして、大きく息をつく。
  「岸田、お前の探しているキーホルダーなら、北の階段の踊り場で見かけたぜ。」 
  「え?」 
  綾香の後ろに隠れるようにして立っていた女子生徒が声をあげた。 
  「どうして、私のことだって・・・」 
  「そんなの、隣のクラスのお前がそれ程親しいってわけでもない俺の所に来てりゃ、一発で分かんだろう。それに
 その手からはみ出ている鎖は、どっからどう見てもキーホルダーだし、その先の物が付いてないとなりゃ、捜し物は
 それしかねぇだろう。」 
  「すごーい。」 
  岸田は素直に驚きの感情を表す。が、綾香は慣れたもので、冷静に質問を続けた。 
  「で、どうしてそのキーホルダーが階段の所にあるって分かるのよ。」 
  「それは、今朝、俺が見かけたからだろう。」 
  「朝なんかいつも寝ぼけているくせに?」 
  「お前な、それを驚くか、普通。」 
  勇太が声をつり上げて反論するが、綾香はしれっとした顔で受け流す。二人のやり取りが長くなりそうだったので、
 岸田は、割り込むようにして、「それじゃ、私、探してくる。」と、言って教室から出ていった。 
  「あ、ちょっ、待て。」 
  その背中を追うように勇太が声をかけたが、ワンテンポ遅かったようだ。 
  「どうしたのよ。」 
  「いや。」 
  勇太がばつを悪そうにしながら、ポケットから、おそらく探し物であろうキーホルダーを取出した。 
  「あんた、持ってるんなら最初から言いなさいよ。」 
  「言おうと思ったら、あいつが行っちまったんだよ。」 
  「もう、馬鹿なんだから。」 
  綾香はそう言うと引ったくるようにして、そのキーホルダーを取ると勇太の前を立ち去る。 
  が、二、三歩、歩いたところで立ち止まった。 
  「あ、そうそう、何か午後から転校生が来るらしいよ。」 
  「転校生?」 
  「そう、何かさっき、職員室でそう言ってた。驚いた?」 
  「へん、ミサイルだって海を越えて飛んでくる時代だ。何が来たって驚かなえよ。」 
  勇太の短絡的な台詞に綾香は溜息をついた。 
  「あんたって、本当に単細胞ね。中学三年の今時期に転校してくるのよ。何かあると思わない。」 
  「何かって、何だよ。」 
  「それを確かめるのよ。あっ、チャイム鳴っちゃったじゃない。後でこのホルダー渡しとかなきゃ。ちょっと、放
 課後付き合ってね。」 
  綾香は、じゃあと軽く手を振ると自分の席に戻った。 
  「光博はどうすんだよ。」 
  「私から声かけとく。」 
  チャイムが鳴り終わり、それまで騒がしかった教室も多少、静かになる。 
  勇太は、又、机に肘を突け、閉じかけている眼(まなこ)で、外の景色を眺めた。 
  日差しはまだ十分に暖かいが、雲を高く感じる。それは夏の終わりを示していた。 
  「起立。」 
  学級委員長の綾香の号令が聞こえた。椅子を引く音が教室中に響き渡る。 
  「着席。」 
  普段であれば、この号令の後、教室は静まり返り授業が開始されるのだが、今日は違った。 
  勇太は号令の間中、外の景色を眺めていたので、教室内のざわめきの原因に気付かなかったが、正面の教壇を見た
 瞬間に全てが分かった。 
  「みんな、今日からこのクラスに転校することになった。町田亜弓さんだ。じゃあ、挨拶して。」 
  綾香が言っていた転校生とは彼女の事か。勇太は納得しながら、転校生の容貌に目を奪われた。 
  色白の肌に漆黒の髪を後ろで束ねている。目はやや伏せ目がちにしているが、その輪郭、表情は、清楚という言葉
 がピタリと当てはまった。 
  正に美人、そのものである。 
  挨拶を終えると教師は彼女に、窓際の一番後ろの席を指示した。勇太の席から、一つ飛ばした後ろである。 
  この転校生は教室中の視線を一心に浴び、席に着いた。無論、その中には勇太も含まれている。 
  「よし、授業を始めるぞ。」 
  教師の声がなければ、クラス全員がそのまま彼女を見つめていたかもしれない。 
  とは言っても、大半の男子生徒は、この後の授業は上の空であった。 
  
 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *
     「勇太、転校生が来たんだって。」   「ああ、しかもとびっきりの美人だ。」   「それで・・・・。」   「何だよ。」   赤松勇太と香取光博は二人並んでの帰り道であった。この勇太と光博、あと杉下綾香は家が近所という事があり、  幼稚園時代からの幼なじみだった。     「おまえのクラスの男子が妙にはしゃいでたからな。」   「放課後が特にな。」   「あの集団下校だろ。」   「ああ、綾香が仕切っていたあれな。」   「綾香が?」   光博の言葉に頷くと勇太は事情を説明した。今日、転校生が来たことは既に周知の事実であるが、その転校生は海  外からの帰国子女であった。当然、勇太の学校で使っている教科書等は全く持っていない訳で、放課後になると彼女  の机の上は教材が山のように積まれた。   それで、一人じゃ持って帰れないと言うことで綾香が(何故かこういう時に出しゃばる。)勇太に一緒に持って帰  れと命令(ものを頼む時は、いつもそう言った口調である。)したが、他に男子連中が名乗りを上げ、勇太はお払い  箱になりこうして光博と一緒に帰宅し、一方、杉下綾香はそのまま男子生徒数名を引き連れて転校生の家へと向かっ  たという訳であった。   「ふーん。でも、何でお前は行かなかったんだ。」   「分かんねぇ。学校にいた時は確かに興味の的だったけど、今、こうして帰ってみると何か知らねえけど良かった  ような気がする。」   勇太の少し前を歩いていた光博は、「何だよ。それは。」と、振り返る。   「だから、分かんねぇって。それより、今日、家にくるか?新しいゲーム買ったんだ。」   勇太自身、よく分からない。何となくスッキリしない、そんな疑問だった。そんな気分を吹き払うように、勇太は  話題を変えたのだったが、光博は自分の顔の前で手を立てた。   「悪い、塾があるから。」   「あっ今日、水曜日か。」   勇太も学校の成績はそんなに悪い方ではなく、むしろ良い部類に入るが光博は常に学年のトップを走るという秀才  ぶりで、塾通いの日々であった。   そして、特に水曜日は3つの塾を掛け持つという忙しい日であった。   「ああ、別に塾に行っても既に予習してる事しか習わないんだけどな。」   「それは聞き飽きたよ。天才はつらいな。」   「馬鹿、俺に言わせりゃ、お前の方が天才だよ。あ、もう行かなきゃ。」   「は?何言ってんだよ。」   勇太の言葉に答える事なく、光博は「じゃあ。」と、走り去って行った。   「俺が?何言ってんだ、アイツ。」   小さくなっていく光博の後ろ姿に文句を言いつつも、何となく悪い気はせずに照れ隠しに近くの小石を蹴飛ばした。   「ワン!ワン!ワン!」   その小石が付近の家の門に入っていくと中から犬の吠える声が聞こえ、勇太は慌てて駆けだした。   「ああ、びっくりした。」     「フフフ・・・。」   勇太が立ち止まり息を整えていると後ろから、押し殺したような笑い声が聞こえる。   振り返るとそこには、見知らぬ、歳は勇太とそう変わらない少女が口に手を当てて笑っていた。   勇太は暫(しばら)く、その少女の方を見ていたが、笑われているのが自分と気付き、ムッとしてその場を離れよう  とした。     「ちょっと、待って。」   口元には、まだ、笑みを残しながらも真面目な顔をして少女は勇太に近付いて来た。   よく見るとショートカットと小さな顔に目元がハッキリとしていて、なかなか可愛らしい面立ちに勇太はドキッと  した。   「何か用?」   勇太の尋ねる声が多少裏返り、耳を赤くしたが、この少女は気付かなかったようだ。   「あなた、N中学校に通っているでしょう?」   「そうだけど、何?」   少女は勇太の言葉に、安堵の息を洩らした。   「今日、その学校に転校生が来たの知らない?」   「ああ、俺のクラスに一人来たな。他の学年は知らないけど、3年生は多分一人だけだと思う。」   「町田亜弓?」   「うん。そう。」   勇太は、これらの質問の意図がさっぱり分からなかったが、この少女の期待通りの答えをしていることは分かった。     「良かった。あなたにお願いがあるの。」   「へ?」   突然、手を握られ勇太は、素っ頓狂な声を上げたが、少女は構わず続ける。   「町田亜弓の事について調べて欲しいの。」   「そんなの頼むところ間違ってるだろ。興信所に頼めよ。」   「興信所じゃ駄目なのよ。」   この少女の言うことは、全く要領を得なかったが、真剣であることは握られた手から伝わってくる。   勇太は、その真剣な表情に多少押し切られるような形になってきた。   「言ってることがよく分かんねぇな。大体、町田亜弓の何を調べればいいんだよ。」   「何でもいいの。」   「何でもって、漠然としてるな。」   「いや、分からないけど、何か重要な秘密があるはずなのよ。絶対に。」   「秘密ね、あんま気が進まねぇな。」   「確かにいきなりですもんね。私も無理にとは言わないわ。」   勇太の煮え切らない口調に業を煮やしたのか、諦めたような事を口にする。が、やはり、完全には諦められないの  か、メモを一枚、勇太に渡した。   「私、森村茜っていうの。で、もし、気が変わって、何か掴んだらここに連絡して。」   「ああ、気が変わったらな。」   そのメモには確かに携帯電話の番号が書かれている。勇太がそのメモをジッと見入っていると頬に何か触れるのを  感じた。   森村茜が勇太の頬にキスをしたのだ。   「な?」   「フフフ、気が変わるおまじないよ。それじゃあね。」   茜がそう言って立ち去るのを勇太は呆然と頬を押さえながら立ち尽くした。暫くそうしていたが、勇太を呼ぶ声に  気付き振り返る。   そこには、忘れ物を学校に取りに戻る光博が立っていた。   「お前、何て顔をしてるんだよ。」   「え?」   勇太は、我に返り、先ほどまでいた少女、森村茜の姿を追ったがどこにも見あたらなかった。   「いや、何でもない。お前こそ何だよ。」   「俺は忘れ物だけど。」   「そうか、じゃあな。」   「お前、そっちは逆だろ。」   勇太が今、光博が向かう方向に歩き出したので慌てて呼び止める。が、勇太にはその声がなかなか届かないようで  あった。   「大丈夫か、あいつ。」   先程、天才と褒め称えた親友の変貌ぶりに光博は首をひねった。そして、やっと道を間違えたことに気付いた勇太  が戻って来る。   「あれ、光博。お前、何やってるの?」   勇太は、そのまま何事もなかったように光博の前を通り過ぎて行く。そんな勇太の後ろ姿を見て、光博は、ますま  す心配するのであった。




戻る       次ページへ       TOPへ