十五 
 

  深夜、サイレンの音と光が町田邸の前を賑わした。そして、野次馬に混じって、昨夜のようにテレビ局の人間もチ
 ラホラ見えた。 
  表の騒がしさとは裏腹に家の中は重苦しい雰囲気が漂う。 
  「長沼さん。どうですか、何か・・」 
  室田の問いかけに検死官の長沼は黙ったまま答えようとしない。押し黙ったまま、横たわる死体を見つめていた。
  殺されたのは、ただ今捜査中の事件、瀬川素子、遠山和子に関係あると思われていた近藤浩二である。 
  「室田。この死体、例によって、また血が抜かれている可能性がある。」 
  「やっぱり・・・」 
  ついに三人目の犠牲者が出てしまった。そんな重苦しさと連続怪奇殺人事件のただならぬ雰囲気に捜査する刑事達
 は一様に険しい顔をしている。 
  「でも、警部遅いなぁ。何やってるんだろう。長沼さん知りません?」 
  「いや、そう言えばいないな、あいつ。何をしているんだ。・・遅いぞ、一体、何をしてたんだ。」 
  若い検死官が遅れて現場に到着した。それでも悪びれずに会釈をしただけで、作業を始めようとする。そんな若い
 検死官に長沼は苦笑いをしつつ、 
  「もう、終わったから、運ぶのを手伝ってやれ」と、言った後、室田に向き直す。 
  「ま、あいつのことだ。この事件のことを聞いて、直ぐに吹っ飛んでくるだろう。」 
  「そうですね。」 
  「おい、室田。第一発見者の証言が欲しいんだが。」 
  「あ、はい。分かりました。」 
  室田と長沼の間に三十代後半の刑事が割り込んできた。名前を野村という。岸田との連絡が取れない今、実質的に
 現場の指揮にあたっている刑事である。 
  「赤松君、ちょっといいかい。」 
  室田に呼ばれ、勇太は刑事達の前に立った。「町田はいいでしょ。よく見てないだろうし、何かショックで顔色も
 悪いから。」 
  「うん・・・まあね。」 
  「町田というのは?」 
  「はい、この屋敷の娘さんで僕たちと一緒に現場に居合わせた人です。ただ、死体発見時にはそのドア付近にいて、
 死体については何も見ていないと思います。」 
  「分かった。取り敢えずいいだろう。いずれ、落ち着いてから話を聞く。じゃあ、君、死体を発見したときの状況
 を話してくれ。」 
  野村はエリート然とした態度で勇太に向き直った。と、同時に神経質そうに眼鏡の位置を直す。 
  勇太は、野村の前に立つとちょっと考える仕草をとってから、ゆっくりと話し出した。 
  「まず、俺達。この刑事さんと町田を含めた三人がガラスの割れるような音を聞いて、廊下に飛び出した。そう、
 音がしてから五分、いや、三分以内には廊下に出たと思う。」 
  「僕の記憶でもそれぐらいです。」 
  勇太の言葉に室田も同じく復唱する。ただ、野村はそんな室田に目もくれず、勇太に視線を合わせたまま押し黙っ
 ている。 
  ちょっとした不気味さを感じたが、そのまま話を続ける。 
  「廊下に出た俺達は暗闇の中をゆっくり歩き出した。たまたま、廊下の電灯は接触が悪かったのか、つかなかった
 からね。」 
  そこまで言って、勇太は言葉を切り、野村の反応を見るがその表情は変わらず、どうにもとらえ所がなかった。 
  丁度、勇太達のいる居間に亜弓が入ってきたが、それにも無反応で勇太の一言一句に全神経を集中させているよう
 だ。 
  「それで、十歩くらい歩いたところで目の前に人が倒れているのを見付けたんだ。はじめに見付けたのは俺で、そ
 の倒れている人に近付いたのはこの刑事さん。そして、その倒れた人の近くの窓ガラスが割れていた。はじめに俺達
 が聞いたガラスの割れる音ってのは多分、これだと思う。以上、まあ、俺が見たのは大体こんなトコだよ。」 
  「・・なるほど。それでは、犯人は近藤の死体を窓から投げつけて、ガラスを割ったということか。」 
  「はい。僕もそう思います。」 
  室田が野村に相づちを打つ。が、勇太、一人は浮かない表情をしていた。 
  「どうしたの?」 
  「ん、ああ、もう大丈夫なのか?」 
  先程、部屋に入ってきた亜弓が怪訝な表情をしている勇太に気遣い声を掛けてきたのだ。 
  「・・私は、大丈夫ですけど。・・・」 
  「いや、隣の開いていた窓が気になるんだ。」 
  「どういうこと?」 
  「・・・まだ、何とも言えない。どうした?」 
  勇太が真剣に話しているところで、亜弓が笑い出したのである。「ごめんなさい。赤松君が杉下さんが言っていた
 通りだったから。」 
  「あいつ、どうせろくな事言ってなかったろ。」 
  「いえ、普段は寝ぼけたような顔をしているのに、いざとなったときの洞察力は凄いって、褒めてました。」 
  「へー、前半は余計だけど、そんな事言うとはね。」 
  「町田さん、ちょっといいかな。」 
  勇太と話している表情から、落ち着いたと見たのか室田刑事が亜弓に話しかけてきた。勇太同様に事情徴収を取り
 たいのだろう。 
  室田に促されるまま、亜弓は野村の前に連れ出されていく。 
  勇太は、亜弓に背を向けて死体のあった現場に向かった。 
  死体は先程、運ばれていったが、廊下では鑑識の人間が忙(せわ)しなく写真やら指紋の摂取に動き回っている。 
  「そんなに珍しいかね。」 
  勇太が振り向くと白衣を着た男が立っていた。それは、検死官の長沼であった。 
  「ねぇ、死体の血が抜かれていたって本当?」 
  「ああ、本当だ。現に死体にはガラスに引っかけられたような傷があるが、割れたガラスには近藤の血が付着され
 ておらん。」 
  「ふーん。なるほど。・・でも、何で犯人は町田の家に死体を投げ込んだんだろう。」 
  「それは、どうしてかな。」 
  勇太の言葉にちょっと考える素振りを見せる。「吸血鬼騒動に便乗しようとしたんだろう。」 
  「やっぱ、そうか。わざわざ、便乗しようっていうんだから、犯人は普通の人間なんだね。」 
  「ふっ、吸血鬼なんで本当にいると思ったのかね。」 
  「いや、思わないよ。ただ、これまで似たような事件があったけど、吸血鬼マニアの気が狂った人間の犯行かと思
 っていた。けど、・・・そうか、これは以外に冷静な人間の犯行なんだよ。きっと。」 
  最後の方は独り言のように、自分に言い聞かせるように言った勇太は、そのまま、腕を組みながら居間の方へと戻
 っていった。 
  それを不思議そうな目で長沼が見つめる。 
  「ちょっと、ちょっと赤松君。あまり、勝手に動き回らないでよ。」 
  居間に戻ると勇太を待ちかまえるように室田が立っていた。 
  「怒られるのは僕なんだよ。」 
  この気の弱い刑事は、中学生の勇太にも強く出られないのか、まるで懇願するように勇太を叱る。しかし、どちら
 かというと気の強い方に類する勇太などは、こうやってでられた方が素直にいうことを聞いてしまうものである。 
  勇太は苦笑いをしつつ謝った。 
  「すいません。ちょっと、気になる事があったもんだから。」 
  「いや、分かるよ。こんな体験って滅多にないからね。」 
  勇太の返事に気をよくした室田は、今度は勇太に同調するような口調で話し出す。 
  「大体、野村さんは下の苦労を分かってないんだよ。エリートだから。」 
  「室田さんは違うんですか?」 
  「僕?僕なんか全然、三流大学で出し、新人だしね。苦労が絶えないよ。」 
  「そんなに楽をしたいか?」 
  「当然だ・・・よ。・・長沼さん!」 
  勇太と話していたとばかり思っていた室田は、突然割り込んできた長沼に驚き、舌を出してその場を逃げ去った。
  「全く、若い奴はみんな一緒だな、楽することばかり考えおって。」 
  「ははは、本当に大変そうだ。」 
  長沼は困ったもんだと言わんばかりに溜息を洩らすと勇太を見つめる。 
  「君は見たところ頭が良さそうだ。ああいう所は見習わん事だ。」 
  「いや、もう、遅いかも・・・」 
  勇太が悪びれず、笑いながら言うのに長沼は表情を曇らせた。 
  「世も末だな。」 
  「考え方は、人それぞれですよ。」 
  尚も楽観的な勇太の発言に長沼は肩を竦(すく)めながら去って行くのであった。




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