十四 
  

  陽も沈みかけ、辺りも薄暗くなってきた中、一台の車が町田亜弓の屋敷の前に止まる。赤松勇太はそれを二階の窓
 から見付け眉をひそめた。 
  「おい、町田。お客さんみたいだぞ。」 
  勇太が振り返った先には、三人の顔があった。いつものメンバー、杉下綾香と香取光博、そして、この部屋の主人
 の町田亜弓である。 
  勇太の言葉に亜弓が反応する。先日、テレビ局の人間が来て以来、少し過敏になっているようだ。 
  「誰かしら。」 
  「さあ、新聞の勧誘には見えねぇな。」 
  「こんな時間に来るんだ。何か重要な用事なんだろうけど。」 
  勇太と並ぶようにして光博も窓の外を覗き込む。ここからでは人の姿までは見えないが、確かに黒っぽい車が一台
 停まっている。 
  「何か嫌な予感がすんな。」 
  「ちょっと、やめてよね。」 
  勇太に綾香が非難を浴びせたとき、丁度、部屋のドアがノックされた。入ってきたのは、この家のお手伝いさんで
 あった。名前は篠原というらしい。 
  「お嬢様。警察の方がお話をお聞きしたいと・・・」 
  「警察!」 
  まず、反応したのは綾香であった。つい大声を出したので、その後は少しうつむきながらもう一度、その言葉を復
 唱する。 
  「分かりました。では、居間にお通しして下さい。」 
  綾香とは対照的に凛とした態度で、篠原に告げると亜弓は下へと降りていった。その際、勇太達にはこの部屋で待
 つようお願いして行った。 
  主人のいなくなった部屋の中には疑問と不安だけが残る。 
  「警察が一体何のようだろう。」 
  「まさか、こないだの放送と関係があるのかな。」 
  「でも、あんな嘘臭い内容を警察が真に受けるかしら。」 
  綾香と光博がお互い考え込むが、当然、結論など見えてこない。 
  「ねぇ、勇太は、どう思う?・・あれ、勇太。」 
  先程まで、ドアの近くに立っていた勇太の姿がない。いくらこの部屋が広いといっても、そう隠れるような場所は
 ない。 
  「勇太、まさか?」 
  綾香と光博は、一斉に開かれたままになっているドアを見つめるのであった。 
*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *
        「お嬢さん。」   「亜弓です。」   「亜弓さん。警察も馬鹿なもんだと思われるでしょうが、昨日の放送をご覧になりましたか?」   「ご覧も何も・・・」   「そうでしたね。」   亜弓と対面する刑事がコーヒーを運んできた篠原に目を移したので、会話は一時中断された。先程、挨拶したとき、  この刑事は室田と名乗っていた。   二十代前半に見えるこの刑事、外見からも分かるように刑事になりたてのようで、亜弓にとってどことなく安心感  を持たせるそんなイメージの相手であった。   「いただいてもよろしいですか?」   「どうぞ。」   室田は、テーブルの上に置かれたカップを顔の近くまで持ってきて、溜息を洩らした。   「いい匂いだ。こう見えても僕、コーヒーに目がなくて。」   さらに一口、口に含んでから、目を丸くする。「美味い。」   「有り難うございます。」   「こんな美味いコーヒーに大きな屋敷。ここに、一人で住むなんて夢のようだな。」   「現実は、そうでもないんですけど・・・」   「はぁ、そうですか。」   亜弓の寂しげな表情に室田は同調しそうになり、慌てて首を振った。   「いや、失礼。仕事に戻ります。」   室田は、そう言って大きく咳払いをするとスーツの内ポケットから手帳を取出した。   「あ、リラックスして下さい。多少時間がかかりますから。何せここに書かれていること全て聞かなきゃいけない  んで。」   確かに亜弓に見せた手帳には、びっしり走り書きの文字が書かれていた。但し、その半分以上は解読は出来なかっ  たのだが・・・   「えーと、それではまず、お名前から。アレ?」   「クス。町田亜弓ですけど。」   「そうだ。さっき聞いたんだ。警部が聞けっていうから、失敗しちゃったよ。」   室田が顔を赤くして舌を出した。   「フフフ。そのメモ、全部警部さんの言づてなんですか?」   「そうなんですよ。本当は、警部も一緒に伺う予定だったんだけど、急用を思い出したって言って、何処か行ちゃ  ったんだ。」   亜弓は、どことなく落ち着かないが一所懸命な姿を見せる室田に笑いを絶やすことが出来なかった。   「フフフ。分かりました。それでは、次行きましょうか。」   「すいません。まだ、慣れないもので・・・えーと、それでは・・・」   室田の言葉がそこで止まった。いや、止まったというよりかき消されたと言った方がいいのかも知れない。   亜弓、室田がいた居間にガラスが割れたような大きな音がとどいたのだ。   「何だ!」   その音に真っ先に反応したのは室田でも亜弓でもなく勇太であった。居間のドアから、勇太がそう言って飛び出し  てきたのだ。   「勇太君?」   亜弓は先程の音以上に勇太の出現に驚いた。   「ずっと、そこにいたの?」   「悪い。何か気になって・・・、いや、それより、先の音は?」   「さあ、多分、そこの廊下の方だと思うけど。」   「行ってみよう。」   勇太は亜弓が指さしたドアのノブをそっと開け、廊下の様子を見た。少し生暖かい風が勇太の頬を撫でる。   「なぁ、ここ電気とかつかねぇのか?」   「スイッチこれなんですけど。押してもつかないの。」   亜弓が廊下の壁についているスイッチを二、三回押しているようだが、廊下は依然と暗いままだった。   「しゃあねぇな。」   後ろに亜弓と室田の存在を感じながら、勇太はゆっくりと廊下を歩きだした。目を細め、薄暗い廊下の中を何とか  見ようと試みる。二、三歩、歩いた時点で、廊下の窓が開けられているのに気付いた。そして、近くの窓が割られて  いるのも・・・   先程、頬に感じた風はここから入ってきたのだろう。そして、割れた音が聞こえたのは間違いなく、ここからであ  る。   「危ない。割れた破片があるかも知れない。刑事さん前を歩いてよ。」   「あのね。刑事だってガラスを踏んだら怪我をするんだよ。」   それはそうだが、何となく違うだろうと勇太は思いつつ前を歩いた。この刑事、先程、居間での亜弓との会話通り、  どこかズレているというかユニークな人格を持っているらしい。   「いや、でもやっぱり刑事さん、先頭を歩いた方がいいよ。・・・人が倒れている。」   「え?」   室田と亜弓の二協和音が響く。勇太の視線の先には確かに大きな影が見えた。後ろの二人は目を凝らしてもそれが  人には見えなかったが、勇太はここに来る前に暗い廊下で居間の様子を伺ったいたのだ。   この暗さにも直ぐに慣れた。その勇太の目が間違いなく、前方に人の形を捉えたのだ。   「走るな、ガラスを踏む。」   「痛い。」   言ってるそばから室田が割れた窓ガラスの破片を踏んだようだ。片足でケンケンをするような格好をとっている。   それでも何とか近付いた室田は、その人影の前で屈み込んだ。   「ねぇ、どう?」   「駄目だ。死んでる。」   「うそ?」   亜弓をその場に残し、勇太は慎重に室田の方へと歩いて行った。室田の肩越しに覗き込む。暗さと知識が足りない  ため、そこに倒れているのが死体かどうかはわからないが、確かにその人は微動だにしていない。   「勇太!何があったの?」   二階から綾香と光博が降りてきて、勇太達のいる廊下の入口に立った。二階にいた二人にもガラスの割れた音が聞  こえたのだろう。   「来るな、二人とも。」   「あれ?」   勇太が二人を制止するために大声を出したのだが、それと同時に廊下の電灯がパッとついた。どうやら、今までは  電気の接触が悪かったらしい。   「来るなって、どういう・・・」   勇太の前に人が倒れているのを綾香が認めて絶句した。光博も同様に驚いた顔をしているが、近くにその場に座り  込んでいる亜弓を見付けて、肩に手を当てた。   「その人、どうしたの?」   「・・・死んでるらしい。」   少し青ざめた顔で勇太が綾香に答えた。「死んでるって・・・そんな」   続けて綾香は言葉を口にすることは出来なかった。勇太もそうである。   死体なんて、そんな非日常的な場面に出くわすなど誰も思ってはいない。   しかし、勇太達四人の他にもう一人、この死体を見て青ざめた人間がいた。それは勇太達中学生に比べて、断然に  こういった場面に出会すことの多い室田であった。   勇太は、はじめ刑事も人間だ、この状況に戸惑っているのだろうと思った。これまでの言動も含めて、この刑事は  新米であることが伺い知れることだし・・・   ところがどうも違うようであった。   室田は呆然と立ち尽くし、ポツリと呟いた。   「・・近藤・・・」   室田は、そう言った後、その場に崩れ落ちてしまうのである。   勇太は言葉なく、ただ割れたガラスをジッと見つめるのであった。     

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