十三 「また、近藤の件ですか。」 近藤の上司。受け取った名刺には西城と名前が書かれていたが、その西城は元々いかめしい顔を更にしかめ、岸田 に相対した。 女子社員の子がテーブルの上にお茶を二つ置いた後、岸田が話を始めようと身を乗り出した。お茶を配った女の子 は興味津々といった感じでなかなかその場を離れようとしなかったが、岸田は構わず話を切り出す。 「何度もお手数をかけます。」 まず、岸田が西城に深々と頭を下げた。こうすることにより、一応、西城も無碍な態度ができなくなった。雰囲気 をを整えた後、ゆっくりとした口調で岸田は話し始めた。 「今日、近藤さんは?」 「ああ、あいつはここ数日無断欠勤でして、こっちも困ってるんですよ。」 「そうですか。会社からも連絡は?」 「今朝、事務の子が電話をかけたそうですが、つながらないようで・・・・。何をやってるんだか。」 それはそうだろう。今朝、岸田達も近藤のアパートに行って不在を確認している。僅かな可能性も考えて、どこか 旅行に行っているのかと思ったかが、やはり、そうではないようだ。 「こういう事はよくあるんですか?」 会話が途切れ、若干、場が静かになったところで岸田がそう口を開いた。西城は一瞬考えた後、笑顔で、 「いや、普段は真面目によく働いてくれてるんですがね。」と、言った。 先程まで近藤について苦虫を噛み締めたような表情で話していたのに、いざ、近藤の素行等を聞くと手のひらを返 したように、真面目な男だのと言ってきた。 岸田は軽い違和感を覚えたが、気にせず話を進めた。 「それでお聞きしたいのは、三日前のことなんですが、近藤さんは会社を早退していますか。」 西城は岸田の質問に首を傾げた。自分の部下の行動をよく把握していないようだ。 「何しろ部下は近藤だけじゃありませんからね。」 言い訳にならない言い訳を残して、西城は確認のために岸田の前を立つ。が、ものの2、3分でまた戻ってきた。 「いや、早退はしていないそうです。」 席に着き開口一番西城がそう言った。その言葉に岸田は、若干、落胆したが表情には出さなかった。 何気なく話題を変える。 「近藤さんの交友関係についてなんですが、部長の娘さんと婚約されてるとか?」 「まあ、そうですな。」 西城が一瞬眉をひそめてそう言った。それを見て、分かり易い性格だと岸田は内心ほくそ笑む。西城は近藤のこと はあまりよく思っていないが、部長のコネのせいで面と向かって言えないのだろう。 これでさっきの返答も納得いく。 「そちらの方にも近藤さんから、連絡はないのですかね?」 「さあ、どうでしょう。確認はしておりません。こっちとしては、あいつもいい社会人です。暫く様子を見ようと 思っているのですが。」 そう言うと西城は立ち上がり、話を切り上げた。 「取り立て刑事さんに話すことはありませんよ。まあ、その内、ひょこり現れるんじゃないですか。」 その言葉とともに西城が出口に手を差し伸べる。岸田は仕方なく、立ち上がり、促(うなが)されるまま出口へと向 かった。 「あ、そう。近藤さんは普段、仕事は何を?」 「営業ですよ。」 「じゃあ、外回りとか?」 「当然ですよ。」 西城が当たり前だろうと冷たく言い放つが、岸田はにっこり笑って、 「ありがとう。」と、言って部屋を出た。 最後の岸田の表情は図りかねたが、ドアを閉めた西城は大して気にも留めず、一人含み笑いを洩らす。 「近藤の奴め。そろそろしっぽを出してきたな。こないだの件といい、こう刑事がうろつくようになったら、もう、 終わりだろう。」 西城は多少鼻歌も交えながら、自分の机に戻る。その途中、女子社員とすれ違い、 「お茶を頼む。」と、言いながら、軽くお尻を触る。 女子社員は西城の背中に向かって、舌を出しながら、ハイと答えたが、そんな事に気付きもしない西城はそのまま 鼻歌を続けて席に着いたのであった。 その西城を見て女子社員は、お茶に一体何を入れてやろうかと密かに企むのであった。* * * * * * * * * * * *「警部。何か出てきましたか?」 「いや。・・そっちはどうだった。」 「うーん。そうですねぇ。」 岸田が近藤の件を訪ねていた頃、室田は二人目の犠牲者である遠山和子が勤めていた喫茶店を訪ねていたのである。 その室田の話によると遠山和子は、他の店員からあまりよく思われていなかったようで、ここだけの話という悪口 を数十回聞かされたそうだ。 ただ、具体的な話になると皆一様に口をつぐんでしまい、殺すほどの恨みを買っていた人物などの話は聞けなかっ た。要は面白半分で話はするが厄介ごとには巻き込まれたくないというのが世間の反応なのだろう。 結局は大して成果はなかったのであった。 「どうします。これから。」 「そうだな。」 流石の岸田も今回の事件には困惑している。何しろ情報が少なすぎるのだ。あれから付近の目撃者を募ったがそれ らしい情報は上がってこない。また、マスコミはマスコミで勝手に動き出して、吸血鬼騒動と拍車をかける。 聞いた話によれば、夕べ、そんな情報番組が放送されたらしい。 しかし、何とか遠山和子と近藤浩二の線がつながれば、瀬川素子の事件との関連が出てきて、解決につながると岸 田は睨んでいる。 ここで、ふと肩の力を抜いた。そう、マスコミが今、賑わしている吸血鬼騒動に乗ってみようと思うのだ。 と、言うより、正直、情報なら取り敢えず何でもいいという気持ちがあった。 「なぁ、室田。昨夜の吸血鬼番組、見たって言ったよな。」 突然、思ってもいない言葉が岸田の口から聞こえたので、室田は、一瞬言葉を詰まらせたが、一拍おいて声を発し た。 「あ、僕じゃなくて、友達がですが。」 「そうか。」 「それが何か?」 室田がそう聞き返したが、岸田が考え込んだように口をつぐんでしまった。 「その話にのぼっていた家がどこか分かるか?」 「さぁ、どうでしょう。・・何なら、テレビ局に問い合わせてみますか?」 「頼む。」 では、早速と室田がテレビ局に電話をかけた。その待ってる間、岸田は突拍子もないことを考える。 「まさか?いや、・・・・」 「警部?」 テレビ局との交渉を終えた室田が、自分の言葉に岸田が反応を示さないので、軽く肩を揺すって呼びかけた。 「お、すまん、すまん。」 「警部、何か顔色が優れないようですが。」 「いや、大丈夫だ。それより、どうだった。」 「はい、それが電話では詳しいことを教えてくれなくて、それでこれからそのテレビ局に向かおうと思うのですが。 よろしいですか。」 「分かった。行こう。」 そう言って、岸田が促すように室田の前を通り抜け、車へと歩き出した。その時、室田の目に映った岸田の表情は、 短い付き合いであるが今まで一度も見たことのない厳しい表情で、いえもしない戦慄を覚えたのであった。 「何している。急ぐぞ。」 「はい。」 車のドアを開け、催促する岸田の表情は普段のそれに戻っており、室田は首を傾げるが、相手はベテラン刑事であ る。色々、思うことがあるのであろう。室田は深く考えるのを止め、車の運転席へと駆け出したのであった。