十二 
  

  暗い部屋で男の呻(うめ)き声が聞こえる。段々息づかいが荒くなり、時折、甲高く狂気じみた奇声すら響いた。 
  その男はベットに横になり、まるで夢にうなされているようだった。が、夢というにはあまりにも幻想的な世界か
 らかけ離れ、肢体に浮かぶ汗は、現実という悪夢の虜となっている証拠であった。 
  ベットのきしむ音が時折、聞こえるのは男が体を左右に振っているためである。 
  それ程、派手に動いている訳ではないというより、縛られたベルトのせいで動きが限定され、狭い範囲で体を動か
 している。 
  しかし、その男の重量からかベットの足は悲鳴を上げ、今にも壊れ外れそうになっている。 
  その男の表情の上に一条の光が射した。ドアがそっと開かれ、外の光が入り込んだのだった。 
  男の動きが止まり、眩しさに目を細める。それ程、明るい光ではなかったが、一瞬、男の目は視界が白くぼやけた。
  それは長時間、男がこの部屋にいることとこの部屋の光が完全に遮断されていることを示す。 
  窓はあるがそこには分厚いカーテンが引かれ、部屋の壁紙も黒で統一されている。普通ならばあるであろう、ドア
 の僅かな隙間すらふさがれているのだ。 
  そして、今、その黒く塗られたドアが僅かながら開かれたのである。 
  その光が遮断され、人影が落ちる。ドアからは四つの瞳が覗かれた。 
  視界が戻った男は一瞬その瞳へ何か言いかけたが、直ぐにドアは閉められ、再び部屋の中は闇に包まれたのだった。
  
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  「勇太。昨日、町田さんとどこに行ったのよ。」   「あん。」   休み時間、机に伏せるようにして居眠りをしていた勇太は、眠い目を擦りながら顔を上げた。   「何だって。」   「だから、昨日、町田さんとどこに行っていたのかって聞いてるのよ。」   そこには綾香が仁王立ち然として、腰に手をあてて立っていた。折しも町田亜弓が休んでいたためか大声で亜弓の  名前を出す。   一瞬にして、教室中の注目を浴びることとなった。教室の中では、また始まったよという空気が流れた。   が、もとよりそんな事を気にする二人ではない。何事もないように勇太は綾香に言い返す。   「何で町田が出てくんだよ。」   「高木君のお母さんから聞いたのよ。」   「あ、そう。」   勇太はそう言うと、面倒くさそうな表情を一瞬見せ、再び机に顔を伏せた。   「ちょっと、言えないの。」   「うるせぇな。」   勇太が顔を上げ、綾香を睨み付けるが直ぐにそっぽを向き視線を切った。   「分かった。もういい。」   「・・ったく。おい、ちょっと待て。」   綾香を追いかけるようにして勇太は席を立った。しかし、綾香は勇太の言葉を無視するように自分の机へと戻る。   「おい、聞こえねぇのか。」   自分の席に着いた綾香は、それでも勇太の言葉に耳を貸さず、ジッと前を見つめ黙っている。   「あのなぁ、お前や光博にも言えることと言えないことがあんだよ。」   「だから、別に聞きたくないわ。」   表情を変えず綾香がポツリと言った。相変わらず、視線は前を向いたままである。   勇太は、溜息をついて振り返ると丁度、教室のドアから光博が顔を出した。   その表情から、珍しく慌てているのが伺える。   「勇太、大変だ。」   「ああ、こっちも大変だ。」   「え、何かあったのか?」   「いや、そっちの方こそ何かあったんだろう。」   「うん、そう。・・綾香も聞いてくれ。実は・・・・・」   それから数分後、勇太、綾香、光博の姿は教室からいなくなっていた。
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     「こちらがあの吸血鬼事件の関係者と思われる人物が住んでいる屋敷です。」   レポーターらしき女性がマイク片手にカメラの前でそう告げた。なおも続けて、   「ここからではその姿は残念ながら、見受けられません。しかし、私たちの元に送られて来た情報に寄りますと、  夜な夜な吸血鬼と思しき格好をした男女がこの屋敷内をうろつき、そして、生き血をすすっているというのです。」   ここでテレビの画面には嘘臭い想像図、吸血鬼が女性の首元に歯を立てて血を吸っている絵が表示された。   三十秒後、画面はまた女性レポーターを映し、その手元には写真を載せたフリップが提示されている。   「これが町田さんのお父さん?はっきり見えないね。」   「ああ、でもこの写真に写る窓は、町田家のものなんじゃないか。」   綾香と光博が幾つか提示されている写真に意見を述べあった。   「そんな事より、綾香、気がつかねぇか。」   「何が?」   綾香、光博よりやや離れた位置、自分の部屋のベットに座っていた勇太が膝に顎を乗せながらそう言った。   「その写真。俺達が町田の家に忍び込んだときのだぜ。」   「え?」   「よく見てみろよ、その写真の左隅。」   勇太が指摘したのは、遠目に撮った写真で左下には町田家の塀が写っている。テレビの画面が小さいのと輪郭がぼ  やけているせいではっきりとは分からないが、その塀の上に人影らしきものが見て取れる。   「これが?まさか・・・」   「そう、多分、俺だ。」   「え、裏口を開けるために塀を上ったときの?」   「ああ。」   そういう眼で見てみれば写真上の輪郭は確かに勇太に見えてきた。綾香は大きく手を叩く。   「本当だ。」   「でも勇太、どういうことだろう。」   「偶然か、それとも・・・」   男二人で意味ありげに頷きあっているのを見て、綾香も遅れて気がついた。   「ひょっとして、私達の後を付けられてたって事?」   「いや、目的が町田さんの両親なら、勇太達を付けてたっていうのはちょっとおかしいんじゃないかな。」   「うーん。フラッシュには気付かなかったから、普通のカメラじゃねぇんだろうけど。」   「と、いうことは計画的ってことね。」   三人は雁首を揃えて考え込んだ。といっても今、分かっているのは勇太達と同じ時間に別の人間が町田家の裏庭に  いたということだけである。   しかし、一番肝心なこの写真を撮った目的が分からない。こんなマスコミにたれ込むぐらいじゃたいした金になる  とは思えない。金じゃないとしたなら、一体、何の目的があってこんな事をしたんだろう。   最も一番分からない謎がこの写真を撮った人物の事である。これは町田家の事情について詳しい人物ということに  なる。   特に町田は最近越してきたばかりだ。となると・・・   「勇太、テレビの画面変わったよ。」   勇太が一人考えに耽(ふけ)っていると綾香が声を掛けてきた。画面は先程の写真から変わり、昼間の町田邸を映し  ている。   「あ、ひどい。こんな使われ方している。」   画面は更に変わり、見慣れた顔の三人組がテレビカメラに追いかけられている絵が映った。   そう、それは勇太達であった。   昼間、光博が教室に駆け込んできたのはテレビカメラを持ったレポーターが町田家に来ているという情報を勇太達  に教えるためであった。   それを聞いた後、三人は考えもなしに教室を抜け出して町田家に向かった。   学校にいる光博に知れるぐらいである。勇太達が町田家に着いたときには、テレビ関係者以外にも大勢の見物人が  いた。   そんな中、何とか亜弓に会おうとした三人であったが、やはり無理で諦めて帰ろうとしたとき、テレビ番組のスタ  ッフにこの屋敷に住む町田亜弓と同じ中学ということがばれてしまい、コメントを求められたので慌てて逃げ出した  のである。   「あーあ。顔もばっちり映ってるから、明日学校で叱られるよ。これは。」   「本当に。勇太はいつも怒られてるからいいけど、私達はねぇ。」   「別に俺のせいじゃねぇ。第一、授業抜け出しといて、怒られねぇ訳ねぇだろ。」   勇太はそれだけ言うと二人の嘆きを無視した。画面をジッと見ていると下の階から母親の呼ぶ声が聞こえた。   「勇太、電話だよ。」   「ああ、今、行く。」   丁度、風向きがおかしくなったので渡りに船と、勇太は勢いよくベットから飛び降り、下の階に向かった。その途  中、再び母親の大声が響いた。   「勇太、女の子からだよ。町田さんだって。」   「えっ。」   三人が同時に驚きの声を出した。いや、正確には二人半である。勇太は声の途中で驚きのあまり、階段から転げ落  ちたのであった。   凄い音が家の中に響き、綾香、光博も勇太の様子を確かめようと階段を下りてきた。   「痛てて。」   どうやら腰を打ったようで勇太は、俯せになりながら腰の辺りをさすっている。   「あんた。最近、女の子からの電話が多いからってそんな喜び方があるかい。」   「んなんじゃねぇ・・・ぐえ。」   勇太の台詞の最後は別に蛙が鳴いたわけではない。綾香が勇太の背中にのっかたのだ。   「あら、失礼。」   「いいから、早く退けろ。」   「ほほほ。何か言ったかしら。」   「てめぇ。」   勇太が綾香を背中に乗せたまま、強引に立ち上がろうとした。   「ちょっ、危ない。」   「うわー。」   綾香が倒れそうになったので近くにいた光博の腕にしがみついた。ところが突然だったため光博の態勢が整ってお  らず、結局三人がその場に積み木倒しとなったのであった。   「ちょと、あんた達。出る気ないなら、切るよ電話。」   「待った。」   今度は三人、ぴったり息を揃えた声になった。   「それじゃ、早くしてあげなよ。何か急いでる感じだから。」   「分かってるんだけど。」   なかなか抜けられず、一番下でもがいている我が息子を見ると勇太の母親は溜息を洩らした。   「何か、そういう情けない姿、父さんそっくりだねぇ。」   母親の言葉を無視し、勇太は必死に立ち上がろうとする。   やっとの事で電話の前に立ち止まると勇太は息を整え、綾香、光博に視線を送ってから受話器を取った。   そして、電話の向こうの声を待つように大きく息を吸い込むのであった。  
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