十一.第二の死体
  

  いつもは閑散としてる路地裏に人垣ができた。その人垣をかき分けて現場に着いた岸田警部は、やれやれと溜息を
 洩らす。この近くにやってくるのは二度目、三日ぶりのことだ。 
  「警部、こないだの番組の影響ですかね。」 
  岸田の姿を認めて、新米刑事の室田がやって来た。「あちらです。」 
  室田に案内されて、岸田が遺体の前まで来ると早速幾つかの質問を室田にする。 
  「被害者の身元は?」 
  「はい、遠山和子。二十三才、この近くでOLをしています。」 
  「なるほど、で、例によってか。」 
  岸田が質問すると室田が頷き返す。朝から胃が痛くなる思いだった。 
  「首筋の傷は相変わらずですが、ただ、ナイフのようなもので刺された痕もあります。」
  「これか。」 
  横たわる遺体には刃渡り十センチ程度の傷跡が確かにある。 
  「どういう事でしょうか?」 
  「さあな、話題の吸血鬼さんに聞いてくれ。」 
  「同一犯でしょうか?」 
  「それを願う。」 
  室田の質問に言葉を切って答えると岸田は、近くの長沼検死官に声を掛けた。 
  「よう。朝っぱらから、嫌になるな。」 
  「まったくだ。」 
  「死因はやっぱり。」 
  「ああ、前より分かり易くていいだろう。」 
  「犯人も分かり易ければいいんだがな。」 
  岸田は、長沼と軽口を掛け合うことによって、ようやく頭のエンジンが回りだしたようで、室田や近くの刑事に次
 々と指示を出す。 
  「そうだ、室田。近くのOLって、どこに勤めているんだ。」 
  「はい、えーと。Tビルです。Tビルの・・・・」 
  「おい、何だって。」 
  言葉の途中で、岸田がいきなり大声を出す。びっくりして、室田は途中で言葉を詰まらせてしまった。 
  「Tビルっていったら、こないだの。」 
  「あ、そうですね。近藤浩二の勤めるビルですね。」 
  今、気付いたかのように平然と答える室田に岸田は呆れ顔を見せるが、逆に怒鳴る気力も失せ、取り敢えず近藤に
 連絡をつけるようだけ指示した。 
  「どういうことなんだ。岸田。」 
  「いや、ただの偶然かもしれんが、その近藤って奴はこないだの被害者の元恋人なんだ。」 
  「何かありそうなのか。」 
  岸田は長沼に意味ありげな微笑みを向けるとその場を去って行った。 
  ようやく、事件の取っかかりを掴んだような気がする岸田は、足早に車に乗り込み室田を待った。 
  「警部、大変です。」 
  そこに慌てて、室田が駆け込んでくる。 
  「何だ。一体?」 
  「警部。近藤浩二なんですが、昨日から会社に出社していないそうです。」 
  「何だって。アパートは?」 
  「これからあたってみます。」 
  「早くしろ!」 
  岸田には珍しく短絡的に声を荒げて、そう言った。やっと掴みかけた手がかりがするりと掌から逃げ出す。それだ
 けは何としても阻止したいからだ。 
  が、次の室田の言葉によって、無情な現実が突きつけられる。 
  「警部、誰も出ません。」 
  室田はなかなか次の言葉を告げることができなかったが、絞り出すようにしてやっと返事をした。 
  「分かった。取り敢えず、アパートに向かってみよう。」 
  「はい。」 
  室田は慌てて乗り込み、車を近藤のアパートへと走らせた。 

   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *
     近藤のアパートに着いた岸田と室田は、取り敢えず部屋のチャイムを数回鳴らした。しかし、反応は全くなかった。   「いないようですね。」   室田が言うまでもなくそれは分かった。郵便受けに新聞紙が重なって入れられている。   どうやら、二日前からいないようだ。   「どうします。」   「そうだな。」   アパートの廊下で二人、思案に暮れていると近藤の部屋の隣の住人が出てきた。   「ちょっと静かにしてくれる。こっちは朝まで働いていたのよ。」   「すいません。警察のものです。」   出てきたのは三十代の女性で、その姿が薄い生地のネグリジェだったので室田は、赤面しながらそう言った。   が、女の方も警察という言葉を聞いて、厄介ごとに巻き込まれたくないと言う思いからか失敗したという表情を見  せた。   「休んでいるところすまないが、隣の近藤浩二について聞きたいことがあるんだが。」   その女がドアを閉めようとしたところをすかさず、岸田が手をあてて阻止し、そう質問した。   岸田にジッと睨まれると女は観念したように溜息を洩らす。ついでに指を二本差し出し、室田にたばこを要求した。  室田は律儀に両手を揃えて火を付ける。   「ありがと。お隣さんねぇ。そういえば、しばらく見かけないねぇ。」   「いつから、見かけないのですか。」   室田がメモを取りだし、身を乗り出した。そんな室田に女はやや身を引き、   「隣って言っても、私も商売柄、日中は人と会わないからねぇ。」と、言った。   「商売?」   「フフフ。今夜来る。サービスするわよ。」   「いえ、結構です。」   女は、あら残念とばかりに大袈裟な格好をしてみせるが岸田は、まるで取り合わないように質問を浴びせた。   「夜でもいい。最近、ここら辺で不審な人物は見かけていないか?」   「不審ねぇ。何を基準に不審って言うのか分からないけど・・・そうそう、お隣さん。三日ぐらい前だったかしら。  痴話喧嘩かねぇ、誰かと口論していたようよ。」   「でも、最近見かけてないって・・・」   「電話か。」   室田の疑問を途中で制して、岸田が答えた。   「そう、この部屋の壁薄くって。大きな声だと筒抜けなのよ。」   「それは何時頃?」   「私が部屋に帰ってきて、寝ようとした頃だから、正午を少しまわった頃だと思うけど・・・、自信はないわねぇ。」   この言葉を室田はメモに書きとめそれを見届けて岸田が、   「分かった。すまない。」と、礼を述べて押さえていたドアを放した。   女は、遅れてそっとドアを閉めた。   「警部、今の話、三日前っていうのが本当だとすると・・・」   「ああ、時間的に俺たちが会った後って事になるな。」   「でもそうすると、その日、近藤は会社を早退したことになりますね。」   「そうだな。よし、次は近藤の会社だ。急ぐぞ。」   「はい。」    岸田と室田は小走りにアパートを離れ、早速、近藤の勤めていた会社へと向かったのであった。  

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