九.連合参加 
 
 
  荊州(けいしゅう)・南陽郡(なんようぐん)・宛城(えんじょう)。 
  司空・遠逢(えんほう)の子にして、漢の名門・遠家の嫡流を自負する遠術公路(えんじゅつこうろ)の居城に
 長沙(ちょうさ)の太守・孫堅が訪れていた。 
  来訪の目的は、反董卓(とうたく)連合参加の後ろ盾である。 
  当然、曹操からの密書は、遠術のもとにも届いている。 
  しかし、孫堅の目の前にいる男は、その重たい腰を動かそうとはしなかった。 
  「孫堅よ。お主は、まさか、曹操が捏造(ねつぞう)したこんな密書を信じているのではあるまいな。」 
  「偽書であることは分かります。しかし、反董の風を起こすには十分であると・・・また、各地の諸侯もこれに参
 加する意志があると聞いております。」 
  官位、格式ともに遠術の方が上であるため、孫堅は恭(うやうや)しく、そう答えた。 
  「各地の諸侯か・・・」 
  遠術は、その一言の後に長い嘆息を漏らした。 
  遠術の心情を図るに、やはり、そこが問題なのかと孫堅は推察する。 
  各地の諸侯が集まれば、当然、盟主が必要となる。   
  そして、実際に誰が適任であるかと考えると、知性・勇略の面から言えば、間違いなく曹操孟徳が一番の適任者な
 のだが、それでは諸侯が納得しない。 
  確かに曹操は、黄巾の乱で名を馳せ、後に天子を警護する西園八校尉にまで任じられた男であるが、今は無官の身。
  それでは納得できない自尊心が、諸侯の中で必ず働くはずである。 
  では、人をまとめる力があり、一時とはいえ、風下に立っても世間における自分の評価が下がらない。 
  そんな人物は、誰か? 
  諸侯が考えを巡らせ、たどり着く先は、名門遠家の御曹司、遠紹本初(えんしょうほんしょ)。その人となる。 
  それが遠術には面白くないのだ。 
  実は、この同門の遠紹を遠術は良く思っていない。 
  年齢は遠紹の方が上であるため、道徳上、本来は敬う存在のはずだが、遠紹は妾の子であったため、嫡腹の遠術か
 らしてみれば遠家を名乗るのも烏滸(おこ)がましいという意識があった。 
  しかも器量の勝る遠紹に人気が偏ってしまう傾向が往々にしてあり、そのことが拍車をかけて、遠術は遠紹のこと
 を遠家が生んだ最大の姦物と陰口をたたくようになるのである。 
  その背景を知る孫堅は、遠術という人物の性格を考えると、これは根深いものだと感じて、遠術を口説き落とすた
 めに考えてきた方策を披露するのであった。 
  「遠術殿、董卓の悪行は許し難きものがありますな。」 
  「うむ。確かにそうだ。」 
  孫堅の問いに反射的に遠術は答えた。つまり、深い考えで言ったわけではないのだが、そこに孫堅はつけ込む。 
  「では、董卓を討つことに異論はございませんな。」 
  「・・うむ。」 
  立て続けに孫堅が問いを放つので、多少、遠術も警戒し出すが、一度、方向が決まった論調を覆すことはできなか
 った。 
  「反董卓連合は、恐らく酸棗(さんそう)あたりに集結するかと思われますが、この地から酸棗へ向かうは遠回り。
 直接、洛陽に向かうのが最上かと思います。」 
  「それが、何だというのだ?」 
  明敏な人間ならば、この一言で孫堅の言わんとすることを理解するのだが、遠術には分からないらしい。 
  遠術の程度を図るには参考になったが、これからも一々、こと細かく説明しなければならないかと思うと、うんざ
 りする気分になる。 
  しかし、孫堅はそんな感情をおくびにも出さず、先ほどの言葉の真意を伝えるのであった。 
  「つまり、我らは連合には別働隊として参加するのです。」 
  「別働隊?」 
  「はい。董卓の主力が連合本隊と戦っている隙に、我らが洛陽を落とします。」 
  「おお。」 
  「連合軍の盟主の名など捨て、実を取るのです。」 
  遠術は孫堅の言葉に感銘しつつも、その強い猜疑心が素直に首を縦に振らせないのであった。 
  そんな遠術に、孫堅は気持ちを長く持って対応する。 
  「よいですか。遠術殿。我らはともに三十代の前半、人生はこれからです。董卓を討った後の世も生き抜いていか
 ねばなりません。」 
  「ふむ。」 
  話が突然、人生論に変わったので、遠術は何を言い出すのかと身構えを強固にするが、孫堅は構わずに続ける。 
  「その時にどの位置にいるかによって、勝者と敗者に別れるのです。」 
  「位置とは?」 
  「世間の風評によって決まります。」 
  「風評が・・のう。」 
  世の中のことなど無頓着で、傍若無人に振る舞ってきた遠術にとって、孫堅の言っていることを理解しろというの
 は無理なのかもしれない。 
  孫堅に付き従って、宛城に入場した程普は、説得は無理かもしれないと、半ば諦めかけてきた。 
  その時、孫堅は遠術の心の琴線に触れる言葉を放つのであった。 
  「良い風評を得るとは、即ち英雄となることです。」 
  「英雄か!」 
  遠術の目が英雄という言葉を聞いて、輝き出す。表情も目に見えて乗り気になったことが伺える。 
  名門意識から、自分は特別だと思いこんでいた遠術が、自分に相応しい称号として考えていたのが、この英雄とい
 う言葉であった。 
  前もって、そのことを知っていた孫堅が温めていた秘策である。 
  「では、遠術殿に問います。」 
  「何だ。」 
  「英雄とは、連合の大軍の中に囲まれてふんぞり返っている人間でしょうか?それとも洛陽で非道を繰り返す董卓
 を討った人間でしょうか?」 
  「それは、言わずとも分かるではないか。」 
  「でしたら、ご決断を!」 
  孫堅はジッと遠術の目を見つめる。 
  その決断を迫られると、遠術は苦渋の汗を額に流しながら考え込むのであった。 
  確かに英雄という言葉に惹かれるが、気になることが一つある。 
  それは遠術にとって、もっとも重要なことであった。 
  「・・しかし、お主の言いようでは、董卓に簡単に勝てるような錯覚を起こすが、そんな楽な相手とは思えないぞ。」
  「はい。確かに董卓は手強い男です。そして、片腕となった呂布と知恵袋の李需は、侮りがたい人物。しかし、不
 承、孫堅文台。私は未だ負け戦を知らぬ男です。連合軍と董卓の主力が戦っている隙に、董卓を討つなど訳がありま
 せん。」 
  「なるほどな。しかし・・・では、儂など誘わずにお主一人で董卓を討てば良かろう。」 
  「確かにそうです。しかし、残念ながら私には遠術殿のような威光はありません。例え、董卓を討ったとしてもそ
 の功を第三者に奪われるとも限りません。」 
  「ふむ。まあ、遠紹あたりであれば、やりかねんな。」 
  「しかし、董卓を討ったのが遠術殿ということであれば、誰もけちのつけようがないというもの。」 
  その言葉は、他の人間が聞いても動くに値しない言葉であったが、自尊心の高い遠術なればこそ、決断する動機と
 なるのであった。 
  また、遠術自身も連合に参加せず、董卓の悪行を見送ったとなれば、遠紹に大きく後れをとるという計算も働き、
 孫堅とともに立ち上がることを承諾するのであった。 
  「お主の言うことは分かった。ともに董卓を討とうではないか。」 
  「おお、ありがたいお言葉。ここには遠術殿の重臣の方々もおられます。家臣の手前、二言はございませんな。」
  「あるわけがないだろう。」 
  孫堅は、その言質を受け取ると、ニコリと笑って立ち上がる。 
  「分かりました。それでは、先陣は私が切り、洛陽への露払いをして参ります。仕上げは遠術殿に任せますので、
 ごゆるりと御参上ください。」 
  孫堅は、そう言うと颯爽と遠術の前を後にしようとする。 
  「もう行ってしまうのか?」 
  「はい。兵は神速を尊びます。」 
  孫堅は、そう言うと再び歩き出すが、ふと、立ち止まると、思い出したかのように言葉を付け足すのであった。 
  「そうそう、忘れるところでした。我らは、取り急ぎ遠術殿のもとを訪れたため、戦の準備ができておりません。
 つきましては、不足な兵糧を補うため、倉の開放をお願いします。ともに立ち上がる盟友のため、どうぞ、よしなに。」 
  呆気に取られる遠術を尻目に、孫堅は所望していた兵糧を手に入れ、一路、洛陽を目指すのであった。 
  
  
  
  「また、世話んなるよ。伯珪(はくけい)殿。」 
  反董卓連合への参加のために上洛中だった、北平太守・公孫さんの軍勢に近づく不審な集団があった。 
  一時、夜盗の類かと公孫さん軍の中に緊張が走るが、その集団の先頭に見慣れた人懐っこい顔を見つけると、公孫
 さんはホッと胸をなで下ろし、と同時に自然と笑顔が生まれるのであった。 
  「玄徳よ。久しぶりだな。関羽や張飛も元気そうだ。」 
  目上の人物の労いに関羽と張飛が揃って、会釈する。 
  「伯珪殿。連合に参加するんだろ。」 
  「勿論だ。」 
  「じゃあ、おいら達も混ぜてくれ。」 
  「それは心強い。」 
  劉備に参戦を聞き、公孫?軍の中に歓声が上がる。 
  劉備に付き従う偉丈夫、関羽と張飛の膂力は既に公孫さん軍の中に知れ渡っており、また、劉備玄徳の不思議な魅
 力は、戦地にあって志気を高めてくれることも公然の事実となっていた。 
  強敵・董卓と対峙する前に、これ以上の吉報はない。 
  「玄徳。よろしくな。」 
  「ああ。天子様はおいらが必ず、お助けする。」 
  劉備とは長い付き合いだが、普段から、捕らえ所のないこの男が、ここまで決意を表情に表すのは、珍しい。 
  公孫さんは劉備の厳しい顔つき頼もしく思い、自軍を鼓舞しながら進軍を続けるのであった。  
 

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